私は家族と生きる。~毒親育ちが母になった~ -50ページ目

夢を見る事は現実を見る事

愛情の伝え方【実母】


母の愛情表現について書きましたが下矢印



実母を見ていて思うのは

愛情は望まれた時に望まれた形で渡さないと伝わらないのでは?という事。



自分が望む形でなければ受け取れなかった私にも非があるのかと考えた事もあったけど、、、



無い。全く無い真顔



親になった今、確信している。

受け取れないのは子供の責任ではない。





毒父の大病発覚と、私の気持ち【実父】

父が大病を患った。


今すぐどうこうというわけではないようだが、この答え合わせをする日の事が過ったのは確かだ。




両親も高齢なのでどこかで病気をする事は当然想定内ではあったが、それにしても、話を聞いた時の自分の感情に驚いた。



心の底から何も思わない。(現時点では)



このパターンは自分でも想定していなかった。



「父を最後まで許せない」とか

「許せない自分を許せない」とか

「本当は愛されていたと気づく」とか

今の時点で何となく想像できるような方向に向かうのか

それとも全く未知の感情が現れたりするのか

自分でも見当がつかないや。



人間の気持ちって難しい。




センシティブな内容なのでちょっとあれなんですが、自分の心の変遷の記録として、たまに書いていこうかなと思います。




これもまぁまぁ酷いワードでは【実父】



これもそこそこ酷いと思うワードチュー笑い


「近所に見られたら恥ずかしいから外に出るな」


社会人6、7年目くらいの時、世界的な不景気のあおりをもろにくらって業界ごと会社が傾き、1年くらい実家に居候していた時期の話。



今思えば会社と共に自分のメンタルまで潰れるとか馬鹿馬鹿しいんだけど、当時本当に自分の成長が楽しくて仕事が全てだったから、学べる場所がなくなるのは耐え難かった泣くうさぎ


まず電車に乗れなくなって、次に電気を消して眠れなくなった魂
最終的には眠ると息が出来なくなって目が覚めるようになって、実家に出戻りショボーン
まぁ帰れる(箱としての)家があるだけましだった


退職してもフリーランス(副業)で仕事はあったから若干の収入はあったけど、正社員や公務員もしくは妻の肩書き以外は認めない父なので、毎日家にいる私は無職扱い。

「近所に見られたら恥ずかしいから出ていけ」
よりは、ちょっとマシなのかはてなマーク


そしてこの後お見合いさせられましたー昇天



我が子にしてあげられなかった事【実母】


母の人となりについて書きましたが下矢印



その影響で私が自分の子供たちにどうしてもしてあげられなかった事があります。


読み聞かせです。


これが子供たちにとって不利益なのはわかっていたけど、出来ませんでした。



私は夢見がちで現実が少しも見えないまま年をとった母を見下していました。

自分に酔った母の言葉選びにもうんざりでした。



本を読んだからと言って母のようになったりしないのは承知のうえですが

したほうがいい≪空想癖のある母を連想したくない

という心境でした。



自分の子供たちには「母とは真逆」の、現実を冷静に把握して、それに自分で対処出来る術を身につけてほしいと強く願っていましたが(今も)


私が母の面影に拘るあまりに、子供たちの選択肢をひとつ奪ってしまった事は、私の視野の狭さであり弱さだったと思います。




母は「大切な事を物語から学べる」という考えのもと私に数百冊(?)の本を与えましたが


大人になった私が読むのは「災害時サバイバル読本」とか「九死に一生DEAD OR ALIVE」とか。笑




精神世界よりも現実世界を生き抜きたい。


大切な事は日々の現実からしか学べないと思っています。