昨日から ぐずついていた空模様は機嫌を損ねたまま。暗闇の部屋の中で雨音だけを聴いている。暫く暑い日が続いていたので 迎える朝は心地よいものになりそうな予感がする。本日は戦争の恐怖と愚かさから仮に解放された日。決して記念日なんかじゃ無いって事を肝に銘じて生きていこうと思う………。だから偽善的な涙を流している暇は無い。降り続く雨のみが鎮魂歌であり真実の涙なのだろう。俺はただ酔い醒めの身体で その懐かしい音を追いかけるだけで、追いつく事も追い抜く事もない。記憶の中の悲しみのぺ一ジから何故だか笑顔の父親の映像が届けられた。「どうにか やってるよ…」それだけを告げた。今年は墓参りに行けなかった。足が麻痺していて真っ赤なポルシェのような軽自動車をどうしても運転できなかった。もうすぐ夏も終わる。
笑い声で家の中が満たされた。こんなに笑ったのは 本当に久しぶりだ。 中学1年生と小学1年生の最近凝ってる遊びは 肉体へのペインティングである。ピンク色のハ一トや得体の知れない花や名前などをお互いの肉体に描くという単純な遊びだ。ビールで少しばかりリラックスしてた俺は ここぞとばかり 小学1年の娘の肉体に刺青調の素敵なペイントを試みる事にした。絵を描くという行為は生活の一部だった時代も有った為 多少の自信はある。父ちゃんの存在をアピールする舞台としては充分である。肩に桜、背中に滝登りの鯉を精魂込めて写し出す。まるで全く別の生命を宿すが如く にわか彫り師は気張りに気張る…。小一時間を掛けて渾身の名作は誕生した。下絵や見本が無かったので 鯉の滝登りというよりも上向きの金目鯛みたいだがなかなかユーモラスでありオトボケ顔した娘とのバランスが絶妙である。達成感を感じながらもう一本のビールを開けて味わう。呑みながら、娘に今度はペイントしてもらう。30分程で力作が俺の背中に姿を現した。 家族4人と花2本と正体不明の女とウサギがいた。親子3人大爆笑!至福のひとときである……。嫁さんがパートから帰って来た。久しぶりに玄関から聞こえてくる笑い声に「どうしたの?」とこれまた久々に見る笑顔で部屋に入って来た。呆れて笑う嫁さんに「お前も脱げ!」と酔ったパワーはコントロール不能状態。しかし笑いのパワーはそれを上回る。どんなにくだらない事でもいいんだね。タイミングさえ合えば全ての出来事は幸福へとつながっていくのさ。
チャックベリーのような顔をした初老の冒険家の自称ハックルベリー・フィンは熱い湯で満たされた浴槽とキンキンに冷えたビールが待っている場所へ歩を急がせる。大粒で激しく降っていた雨もラスト500メートルの距離を残した位で北西の彼方へ過ぎ去っていった。酸性雨と頭皮へ与える影響などを クールを装いやり過ごす。「ちょっとばかり 刺激的な影響がありそうだな…」と結論付けたものの ずぶ濡れの髪はそのままに隠れ家に辿り着いた。風呂が先かビールが先か…。などと本能丸出しの状態の中での ときめきとの出逢いだった。娘が夏休みの宿題で育てている植木鉢のアサガオの花。花びらの透き通った純粋と呼ぶに相応しい青がそこにあった。葉っぱは もう枯れかけている。見かけはアンバランスではあるが生命の流れを感じずにはいられなかった。来年も間違い無くアサガオは同じ姿…いやそれ以上の姿を見せてくれるだろう。そして そのリズムは永遠のサイクルを刻み続けていくのだろう。ビールのことも風呂のことも雨雲と共に北西の彼方へ飛んでいった。変わりに一つだけ謎が解けたのだと思う。「アナタはワタシ。ワタシはアナタ。」