19660713-0713さんのブログ

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先月の欧州への一人旅...

次女 ”ママは一人旅気分のようだけど、私もいたことを忘れないでね”  

娘の帰国前に訪れる予定が、急遽予定が合わずに思いがけない国への旅へとなりました。

そして、娘も時間を調整して訪れてくれました。

 

ある一日、娘と宿泊してますホテルまでのんびりと歩いて帰るつもりでしたが、目標にしてましたものがどの角度からも同じに見えます。

あらぬ方向へと歩いてました。

 

夏時間とはいいましても、暗くなりかけてます。

お店も閉店して、その国では英語は思いの外通じないことも多く、私の地図の出番です。

 

かなりアナログな私は滞在先にて情報を調べ、やはり地図は必需品です。

しかし、実は地図はかなり苦手でほぼ直感に頼ってます。

 

私  ”だから、目標を中心に、この点(場所)と点(ホテル)を結び...?? 狐につままれてるようだわ‼︎"

娘  ”何、その狐⁇ 今日で2回目の登場‼︎”

 

地図には良く見ると細い道も多く、何故かたどり着きません。

結局、娘がwifiの繋がる場所を見つけ無事に戻れました。

 

 

前置が長くなりましたが、子供達の成長をありがたく思いながらも、世界共通、いつの時代も見守る気持は変わらないと思います。

 

 

(私はかつて、いつも10年位先をイメージして何とか前に進めたらと思ってました。

 

主人に結婚を求められた時、10年後もその先も二人だけの生活でも幸せと思ってくれるのかをさりげなく確認したことを記憶します。

何日かして、

主人 ”それはそれでいいかもしれない。”

 

私が決心した瞬間だっだかもしれません。)

 

 

日々、思い通りにいかないことや路頭に迷うこともあります。

娘達との出会いも大切な一つの縁だと感じます。

そして、子を想う親の気持を頂けたことはとてもありがたく思います。

 

海外に一人で出かける時、または検診で再検査を求められたり...

もし自分に何かがあっても、子供を見守ってくれる父親はかけがえのない存在です。

 

 

例えば楽しい登山でも、

”熊出没注意!”

皆との登山に次女も参加させて頂いたことがあります。

 

もし子育てのお腹の空いた熊との遭遇した場合、皆が逃げきれず、足の遅い者が犠牲になるのでしょう。

私は大抵、遅れて皆に付いてく感じです。

 

とりあえず必死に逃げるでしょう。

でも自分より後ろに娘がいたら、娘を先に行かせ、運命に任せるしかありません。

 

いつも前を走っていた方。

その姿に励まされ憧れてた方を見送り、一週間という時間が過ぎました。

 

(思い返せば、初めて富士山に挑戦した時も、その方がかなり先に行かれても待ってくれてる安心感があったからこそ辛い中でも前に進めました。)

 

お母様にそっくりなお嬢さん、息子さん達を、きっとご主人に託していつでもどこでも、見守ってくれてることと思います。

 

きっと、いつも笑顔で溢れてましたご家族の皆さんの心の中でいつも微笑んでると思います。

 

 

有り難うございます。

 

 

 

 

 


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次女が大学の進学への迷いを抱える頃よりブログを書き始めました。

長女がおしゃべりでムードメーカー的でしたので、次女はいつも控えめでニコニコしてるタイプです。

とても観察力のある次女は、ニコニコしながらもしっかりと自分の意志を貫くタイプかと思います。

幼い頃から興味を抱いてました英語、中学生の頃から夏休みを利用しては、南半球での現地校にて色んな経験をしながらもやはり得るものも大きかったのでしょう。

日本を離れて学び、四年の学びを終え卒業して先週、無事帰国致しました。

最後の一年は、試験や提出物、卒論に追われ一時帰国するゆとりもなく、更には専攻に関するものなのでしょうか。人との繋がりを自らの築きで、定期的にインターンとしての仕事も手伝わせて頂いてたようです。

かつての僅かな私自身の経験も、時代も変わりますと、娘がどのように学びを先へと繋げていくのかは、あまり役にたつようなものでもなく、日々の自分の判断と気付きで前に進んでもらいたいものです。

この四年間、離れた所からただ見守ることしか出来ず、文化も言葉も異なる国で生活をしながら学位を修得する娘への不安はいつもどこかにありました。

とにかく、心も身体も健康であることの大切さ。
渡欧した年は、世の中がかなり不安定でテロなどの事件もまだ記憶に残ります。
事件や事故に巻き込まれないように、自分の身は自分で守る。
少なくとも危険な所には近づかない…
人間一人では生きていけなく、先生や友人のみならず回りの方々への感謝の気持ちを大切に…

幸い、時代の進歩で常に連絡の取り合えるLINEなどもあります。
家族のラインでのコメントやスタンプに登場します娘の存在には本当にほっとさせられます。

このように、連絡がとれるのが当たり前の世の中、逆に旅先で数日でも連絡が取れないときの動揺はかなり大変でした。

帰国のその日、成田へ無事に到着して家に戻りましたその時、本当に無事に帰国、帰宅できました感謝の気持ちで一杯でした。

大袈裟のようですが、無事に戻るその日まで、その祈るような気持ちを言葉にすると失ってしまうような…

今冷静に振り返りますと、読み返す勇気もないこのブログではありますが、ひたすらoutputとして書き続けさせて頂きました。

今思いますと、娘が読んでくれてなくても、それでもいつでも帰れる場所を知らせる灯台の灯火のようなもののつもりだったのかもしれません。

長い間読んでくださいましたご縁のありました皆さんに、心からお礼申し上げます。



人生には、予想の出来ない、あらゆることが起こります。

先日、家族でお付き合いさせて頂いてる方がいます。
私はいつもその方の後ろ姿を遠くからゆっくり追い続け、いつも勇気や笑顔を頂いていました。

つい先日も、義母と同じお歳でも自転車に乗られ、笑顔で会話を交わした友人のお母様でした。
とくに友人のことはお話されませんでした。

僅か数日後に、友人のご主人様よりご連絡を頂き、お別れに伺わせて頂きました。

森林保護などのボランティアをされながらも、山の中や日本中を何百キロも走られる凄いランナーとしての姿もあります。

でも、お子さん3人を社会人として立派に育て上げ、素敵なお母様でもありました。

"あまりにも夢中で、子育てと聞かれても必死だったことしか思い出さないわ。"

と、いつもの笑顔で答えてくれながら、ご家族の皆さんとお店や我が家にも入らしてくださいました。

本当に、女性としての可愛らしさや美しさ、心の広さや優しさ、そして秘められた強さを兼ね備えられた本当に憧れの方でした。

あまりにも突然に、そしてなぜそんなに急いで逝ってしまわれたのか、きっと多くの方の心に残る彼女の姿が輝かしく、悲しくて悲しくてたまりません。

"生きる"
とは、どういうことなのかを考えさせられます。

振り返りますと、今の自分に導いてくれたであろういくつものご縁によります出逢いと別れがあり、そしていづれは自分もおそらく何かメッセージを伝えながら次の世代へと繋げていくのでしょう。


有り難うございました。












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確実に人生の折り返し地点はとうに過ぎています。

思い返しますと既に色んなことがありました。

そして様々な方とのご縁、家族にも支えられ、今があることを心より有りがたく思います。

身体の調子に違和感を感じてました主人、現代の医学の進歩と昨年始めに主治医(執刀医)の先生とのご縁があり今があることも心よりの感謝です。

朝陽を迎えますと、その日を健康で迎えられる有り難さを感じます。

今週は、日帰りではありますが、主人の幾度かの眼(網膜)の治療が始まります。

生きてく上で、与えられました五感の大切さを改めて感じます。
義母は聴覚をほぼ失っています。
補聴器の助けにより僅かな右の聴覚と筆談で伝えます。
音のない世界はどのようなものなのでしょう。

私は視力だけは良く、その為でしょうか。
最近は近くが見えず眼鏡が必要です。(^^;

視覚を失う世界…
ふと主人と話しました。
もし全く光を失うことになったら、これから先も共に同じ方向を向いて進めるのであれば、2つある角膜の1つは譲れるかもしれない。

まったく光を失う世界は想像することはとても難しく、怖さもあります。


でも仮にそれが聴覚でしたら、譲れません。

先日、大好きなピアノでのとても素敵な出逢いがありました。

かつてもの心ついた頃から何故かピアノが大好きでした。
田舎の祖母の家にも、UPのピアノがあり、夏休みやお正月に伺うときも特に練習するわけでもないのですが、何故かほっとするのを覚えてます。

でも、小学生高学年頃から極端な上がり症になり、人前に立つと別の自分になり、表現が出来なくなるのです。

原因はおそらく、自分に自信が持てなく、そして回りの皆が凄くみえて…
自信がないから失敗するのか、失敗により自信を無くすのか、もはや分かりません。

ショパンの憧れを抱きながら、あっさり辞めました。

小さなきっかけから、ピアノを再開。
ルービンシュタインの"英雄ポロネーズ"
に憧れて、イヤホーンで演奏を聴かせて頂きながら自分の音は全て無視して弾いていました。
(小学生の頃からの憧れの曲です。)

そして義母も思うように生活が出来なくなり介護が必要になります。

そして自分の生活や時間も限られたものとなり、かつて憧れてましたホロビッツの奏でます
"喜びの島"を聴かせて頂くと何故か凄くわくわくと物事に前向きになれたのです。

何故かまた弾かせて頂きました。
…音や響きを全く無視しました、ただ自分のイメージだけで指を触れてるようなものでした。(;_;)
それで終わりにするつもりでした。

(その日に、"ミラーニューロン"のお話を頂きましたが、まさしくイメージの共感を楽しむようなものです。)


でも、気持ちを新たにピアノに向き合いたいと思う大切な瞬間、そしていくつものご縁がありました。

そして今回のこの日も、大切なものを心に刻ませて頂いた日となりました。

私は、よく無意識の感情に気づかされることがあります。

その翌日に目が覚め、主人に、
私      "何故か涙が止まらなくて…"
と伝えると

主人  "また失敗したの!
もう潮時だから諦めて辞めたら…"

いつもの会話です。


でも不思議とその涙は、かつての劣等意識、自信のなさを全て受けとめてくれ、そして流してくれるような感覚でした。

かつては、回りの人が皆、励げましてくれても信用出来なく、先生のお宅の2匹のシャム猫ちゃん達にさえ受け入れてもらえないような。

そして、何よりも自分が信用出来なく、ネガティブな感情がそのまま結果に繋がってしまう現実。


その方にお会い出来まして、いつもですと緊張すべきその場面なのですが、何故かお話を交わさせて頂きましたその瞬間から、穏やかな気持ちになれましたことを感じました。

そして眼を閉じて自分の音に向き合うことの楽しさを教えて頂いたような瞬間でした。

そして、その方のお話くださいました全てがその後の演奏くださいました曲に込められています。

シューベルトの"糸を紡ぐ…"
時の経過と感情の変化を様々な音色や響きで表現され、一瞬にその世界に引き込まれて、心に深く刻まれました。

本当に、音楽は言葉以上に伝えるパワーがあることに改めて気づかされました。

私のピアノはまだ、自らのセラピーのようなものですが、いつか音色を紡いで伝えられるものになれたらとその魔法のような日を振り返ります。

感謝です。
有り難うございました。






























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