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こうして書き込みフォームを睥睨していてもらちがあかない。
なんでもいいいから書き出してしまうのがブログのコツだと最近気付いた。
といって特筆すべきことなどなにもなく、ただいたずらに時間は過ぎる。
…というのは言いすぎ。先刻まで本を読んでいて、まだ読みかけだが、その読後感に浸っている。
小学生の頃から読書感想文というのが嫌いなので、そういったことを書くつもりはない。
しかしこうまで書くことがないと、読んだ本の書評でも書かないとブログの維持存続に関わる。
こんな泡沫ブログ、なくなったところで誰も困らないのだがね。
だからこそ逆に意地になって書いているフシがないではない。
『オンライン麻雀育ち』が増えてきた。
彼らの強みは2戦3戦の沈みではヘコまないところにある。
対局数100とか1 000、「トータルでの平均順位や勝率」で勝負しているからである。
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BIG or SMALL という単純な遊びがある。
例えばシャッフルしたトランプを一山置いて一枚めくる。
次にめくるカードが大きい数字か小さい数字かを当てっこするのである。
「トータルでの勝率」を重視すれば7以下のカードがめくれていたらビッグを、7以上ならスモールを宣告して、次のカードをめくればいい。
オンライン麻雀が活況するまで、麻雀の強弱を計るものがなかった。
強い弱いを判断するために用いられたのが統計である。
極端な話、ビッグオアスモールで麻雀やっていれば、良い成績は残るのだ。
ということを我々はもっと発信していかねばならない。
ノーレートのオンライン麻雀ではいくら負けてもかまわないのだから。
9月30日。同意を得て彼女と別れた。
寂しさはない、といって明るい気持ちでもない。
ちょっとだけアンニュイなのは夕食後に服用したくすりのせいにしておこう。
「別れよう」と決断したのも、別れるまでにモラトリアムを設けたのも、適切な判断だった。
でも『その問題』についてはふたりで模索する道はあったのだ。提案したが彼女を納得させることができなかった。今回のおわりに関してはひとえに小生の無力、これだけである。
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ひとと関わるにあたり、順風満帆もあり、艱難辛苦もあり…って当たり前の話をしようと思う。
順調なときもあれば、つらい時期もありますよ。じゃあつらいコトがあったらどうしますか、って問題だ。
そのひとの真価が問われる…とは言いすぎだけど、問題解決能力があらわになる。
別れるのなんか一番簡単な「こたえ」じゃないか。
本音をいえば一番簡単なこたえは、一番出したくないこたえだった。
もっと複雑でもっと難しいコトに挑みたかったのが正直なところ。
まだまだまだまだまだまだだな。
何力というのか知らないけど、鍛えなくてはいけない力がある。
彼女と別れることが大筋で決まった。
ブログなんかには簡単に書けないようなことが、主たる理由である。
ウィルコム同士で話をしながら、「じゃあ別れよう」「友人関係のほうが合っている」ということになった。
でも、別れるのは後日にしようと提案しておいた。
「鬱と鬱が話し合ってまともな結論に達すると思うかい?」という小生の問いに対する彼女の答えが「ノー」だったからである。
じゃあ日を改めて、体調も心の調子も万全の状態でもう一回、別れ話をしようじゃないか、と提案し彼女が肯ったため、『別れるけど別れてない関係』にいまある。
やはり白痴に恋は不向きであった。
「何かあったの?」
ひとと会うたびに聞かれるが、理由が無くちゃいけないのかい。
「何もないよ。ぼうずにしたかったダケ」
「ええ、小生もそろそろ俗世間から離れて出家しようと思いまして」
「秋なので栗をイメージしてみたんですが、どうですか」
てきとうに返答して、深くは追求させない。
追求されたってないものはないのだから。
友人に代わり、彼のエスティマを運転した。
街乗り高速あわせて300Kmくらい。
普段安い車に乗っているのでね、お高い自動車ってどんなものざましょ、と思ってシートベルトを締めた。
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まずは良い点。
後部座席(2列め)がお気に入り。足元のスペースは充分だし、リクライニングやシートアレンジも含め、総じて快適。ちょっとした日帰りの旅。小生は往路、2列目で快眠していた。
純正ナビの操作性、バックモニタ。友人の説明を聞かずともできる簡単操作。
運転席からの視認性。トヨタ車はだいたいそうだが、居住性と視認性は文句のつけどころがない。
ダメな点。
ミニバン。4人以上乗ることが滅多にないにもかかわらず、ミニバンであること。
良いミニバンに乗ったことがないので多少イメージが先行しているかもしれないが、ミニバン特有の不愉快なロールは交差点でも確かに出る。
といって足回りがやわらかいわけではなく、むしろ意外にもカタめの印象。なのにしっかりロールする。と。
ふにゃふにゃハンドル。反力、ダイレクト感がまったくない。むかしゲーセンにあった車のゲームを思い出した。トヨタは直す気がないらしい、というわけでトヨタ車にはふにゃハンドルが標準で装備されております。
高速でのカーブ。踏めばパワーのあるエンジンでも、飛ばしたいと思わないのは単に恐いからである。100Km/hを維持しつつ、徐々にハンドルを切っていく。反力のないハンドルはどこまでも切れていく(感覚に襲われる)のに対し、ボディは傾き、足はふんばりを失い…この車の限界がそう高くないと感じると、運転手は恐怖するのである。ただし、同乗者に恐怖を悟られてはならない。トークは明るい口調で、というのがエスティマに乗るコツだ。
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ファミリーカーとドライバーズカーはなぜ乖離しているのか…むかしから相反するものだったのか、それともキャラクターの押し出しをすすめていくとともに離れていったのか…小生にはわからないが、運転が楽しいファミリーカーがあってもいいのではないかと強く思う。
とりあえずエスティマは、カーブの連続する山道を運転したくない車である。
と同時に、山道を不器用に登り降りするミニバンに、いたずらに苛立ってはいけない。
これがエスティマか…小生ならいっそハイエースを選ぶなぁ
なんて思いながら、霧雨の中央道を巡航するのであった。

