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名古屋大学女子ラクロス部WILLAWSのBLOG

部員紹介や活動について更新しています!

こんにちは。
今年度df幹部を務めさせていただきました、4年ゴーリーのれんです。


まず初めに、名大女子ラクロス部を応援してくださった皆様、多方面からの応援・ご支援ありがとうございました。皆様の力があったからこそここまで戦い抜くことができました。結果で恩返しをできず申し訳ない気持ちでいっぱいです。これから続いていく25willawsも変わらぬ応援よろしくお願いいたします。




早速ですが、最後のブログを書いていきたいと思います。


長いようで短かった4年間のラクロス人生。まとまりのない文章でとてもとても長くなってしまいました。かなりの自己満ブログです。
私なりに頑張った書いたのでどうか温かい目で読んでいただけると嬉しいです。







1年生
全く部活に入る気はなかった。たまたま新歓の前日に女ラクの先輩に声をかけられて行ってみたら、「あーたぶんここに入るんだなあ」って女ラクの雰囲気に惹かれて、たぶん入ります!ってらいさんに連絡した記憶がある。チョロい新入生だった。覚悟が決まらなくてお父さんに話してみたら、入った方がいいんじゃないって言われてその一言で入部を決めた。笑




私のラクロス生活の幕開け。




誰かに負けるのは嫌だから入るなら絶対一番になりたかった。
早く上級のB練に呼ばれたくて、何回もB練参加のメンバーを見たけど私の名前が書かれていることはなかった。
やっぱりすずが上手でグラボもパスキャもピカイチだったから、あー一番にはなれないかもなぁなんて思うこともあった。




そんな時ゴーリー体験というものが始まった。
ゴールキーパーというポジションに魅力を感じていなかったし、走って点決める方が絶対かっこいい!って思ってたから、絶対ゴーリーになんかならない!って決めてた。



そしたら、ゴーリーの先輩から声がかかった。みんなは1回しかゴーリー体験してなかったのに、私だけ5回くらい体験した。なんで私なんだって思ったし、当時はちょっと嫌々やっていました(先輩たちごめんなさい泣)。
はうるさんからもLINEの追加が来て、目指してるゴーリーの動画も送られてきた。こんな動画送られてもな、、と思ったけどちょっとかっこよかった。



たくさんたくさん悩んだ。
本当にめちゃくちゃ悩みました。



フィールドとして活躍したいって決めたのに、
ゴーリーになるって決めたら逃げの選択肢になる。なんか自分に負けた気がするなって思ってしまう気がして。



でも、ゴーリーになったら試合に出れる確率上がるかもしれない、活躍できるかもしれない、早くB練に上がれるかもしれない、2年後3年後にチームにとってプラスの存在になれるかもしれない。



今思えばただの私の欲でしかなかったけど、1年生の8月、真剣に悩んだ末ゴーリーになることを決めた。



ゴールキーパーとかやったことなかったし、どうやって止めたらいいかもわからないし、みんなのシュートめっちゃ当たるし、最初はわからないことだらけだったけど、だんだんできることが増えていって、はうるさんがいる時の練習はたくさん褒めてもらえて、当時ははうるさんに褒めてもらうことが私の一番のモチベでした(笑)



徐々にB練に呼ばれるようになって、Aもいる上級のシュー練に呼ばれるようになっていいねー!って褒められることがすっごく嬉しくて。1個セーブしただけで褒められる1年生はとにかくわくわくが止まらなかった。


リーグ戦が始まった。すずが試合に出てシュート決めてたのはすっごく覚えてる。うわ〜やっぱすごいなーって。



信州戦、自分にもチャンスが回ってきた。ベンチに自分の名前があった。まじか!嘘!えー!ってメンバー発表の時は心臓がバクバクしてた。



飛んできたシュートはポールに当たったものだけで特に何もできなかったけど、しまさんたちに大丈夫だよって背中を押されてど緊張しながらゴールに立ったのを覚えている。





12月新人戦。

同期だけで出られる最初で最後の試合。

優勝するぞって臨んだ。

特に調子の良かった試合で、ゴールから戻ってくるとなかじさんとにこさんが

「れん!やるやん!!さすっがー!」

って背中叩いて言ってくれたことが嬉しかったな。



でも結果は決勝戦で南山に1点差で負けた。

2Q終わりの数分で点数をたくさん決められた。

自分のせいで負けた。

悔しくてたくさん泣いた。



上手くなっていつか必ず倒す。



負けて悔しかったけど、今思えばもっと頑張らないとって思わせてくれた、私にとってプラスになった試合だった。





2年

スタメン取る。アピランする。



これだけを目標にとにかく練習した。

大好きな4年生の先輩とどうしても試合に出たかった。一緒にコートに立って全学ベスト4っていう目標を達成するんだって、そのためには自分が上手くなることが第一条件だって思った。





ゴーリーアップは上手いシューターとすることが一番の近道だって教えてもらったから、毎回らいさんそらさんるるさんの誰かにお願いした。

前日くらいまでに連絡しておかないと他のゴーリーに取られるからなるべく早めにお願いしますってLINEした。2年生だけど、2年だから、がめつく貪欲にとにかく必死に食らいついた。




先輩とするシュー練はほんとに楽しくて、春休みあたりかららいさんと毎日100本チャレンジしたり、そらさんと裏ワンのシュートを研究して特訓したり、、あの時間は自分にとってもたくさん成長できたとても濃い時間だった。たくさん付き合ってくれた先輩たちには頭が上がりません。。ありがとうございました。




春が過ぎ去って夏が始まろうとしていた。冬からリーグ直前まではずっと絶不調。どんな試合に出てもセーブできず、毎回終わった後はずっと泣いてた。リーグ戦までにどうにかなるだろうか、不安しかなかった。

こんなとこで泣いてたら、私はここまで。

そう思って、とにかく数と量をこなした。




シュートが試合で入らないのはゴーリーの実力不足。



こんなことも言われた。



まじか。そうなのか。



自分が上手くならないとチームは負ける。



れんに打って入ったら誰でも絶対入る!

って思ってもらえるように。

これは4年生までずっと私の頭の中に残り続けた言葉だった。大事にしてきた思考。




リーグ戦開幕。

目標としていたスタメンアピラン。

開幕戦で叶えた。

初めてのビッグゲーム、たくさんのお客さん、お祭りみたいでワクワクした。


ありまさんがいつもビッグゲームの前に、

「いいイメージしかできていません」



そう言っていた。ちょっと緊張がほぐれて、その言葉で何回も心が奮い立たせられた。

試合中はずっと足がガクガクだったけど。






あっという間に試合が終わっていって、

10月9日final。

4点差で迎えた4Q。負ける気はしなかった。

ベンチ内でも大丈夫。いけるいける。

声を掛け合っていた。

4Q同点で終了。延長線へ。


サドン。

ゴールに立っていた。

ずっと足の震えが止まらなかった。



2回目のサドンが終わろうとしていた時、



自分の左足の外側にボールが通り過ぎた。

試合の終わりを告げる笛が3回鳴った。



終わってしまった、

絶対行けると思った。

4年生に申し訳なかった。

4年生のために勝ちたかった。


涙が止まらなかった。



強くなって絶対ここに戻ってくる。

そしてリベンジする。

変わってやる、強くなってやる。


この瞬間を忘れないために、辛いけど、嫌だけど画面録画してずっと残して見返した。



この年、初めてベストゴーリーに選んでもらえた。

らいさんとファミマに寄った帰りに重大発表があります!って言われて知った。笑

らいさんは得点王、私はセーブ王。

2人で取れたことがすごく嬉しかった。

たくさんシュー練して頑張った結果がこのような形で認められたこと、チームの結果としては悔しいって言葉じゃ表せないくらい悔しかったけど、個人として東海で認められたことはとても嬉しかった。自信になった。





3年


幹部になった。

わからないことだらけだった。組織のこと、技術のこと。たくさんコーチさんに迷惑をかけたし、たくさん怒られた。でもやるしかなかった。

やるしかないから目の前のことをとにかくこなした。チームの理念ってなんだろう?

理念とか考える前に結果を出さないと。

次の自分の代に繋がる1年にしないと。

そんなことを思いながら、一番大事なことを考えずに1年を過ごしてしまった。





冬、私のラクロス観が変わった。

こうきさん、しみしょうさんたちが練習に来てくれた。最初はコミュ障すぎてまともに話すらできなかったけど。笑

男ラクとの出会いは新鮮で、こんな速い球打てるんか!こんな速く身体って動くんか!

新しい発見ばかりで感動した。

視野を広げて男子の動画も見るようになった。




男子ゴーリーみたいになるにはどうしたらいいのか、たくさん教えてもらった。

今まで関わりなかったのに練習に来てたくさん教えてくれた。感謝しかないです。



その中で型練が大事だと知った。

セーブを身体に染み込ませること。




私は3日坊主の人間だから絶対続かないなと思った。だけどその言葉を信じて、結果に結びつくと信じて春休みあたりから毎日続けた。いつ結果が出るかわからないけど。

雨の日も台風の日も雪の日も毎日4年生のfinal4の日まで1日欠かさずやり続けた。







途中で幹部主体が3年に変わった。

3年幹部、パニック。

たぶんみんなパンクしてた。

模索しながらの毎日。

でも突き進むしかない。

あの時全然はるの力になれてなかった、たくさん負担をかけてしまってごめんね。





同期が幹部と非幹部に分かれてるなー、

何言われてんだろう。

なにかあるなら言ってほしいな、

そんなことも感じていた。

言わずにもやもやしてた。

いろんなところでの『溝』も感じながら時が過ぎた。





最終手段。

自分が止めればチームは勝てる。

そう思うようになってしまっていた。

個人としても、幹部としても、

この考えがだめだった。




相手に求めることをしていなかった。

自分が止めれば勝てると思ってたから。




迎えたfinal4。

南山に1点差で負けた。

また1点差。正直final4で負けるとは思っていなかった。


だけど今までの自分の行動、覚悟、気持ち全てがこの結果に繋がっていることは明らかだった。



finalはスタンドで見ていた。

スタンドにいて何もできない自分にも腹が立った。悔しかった。

来年こそはこの舞台で。



終わった後きゅうさんと4年新幹部でコメダで話した。どんなチームにしたいのか、目標達成したあとに何を求めるのか。

この先1年を通してwillawsみんながどんな自分になってほしいのか。

哲学的なことを考えるのは難しくて苦手だけど、みんなと語り合ったあの時間はラストイヤーを迎える上で欠かせない時間だった。

willawsというでかい組織の中でラクロスをしていく上で核となる部分、理念、ってほんとに大事だと気付かされた1年だった。








4年


キックオフ。

とにかくワクワクしてた。

自分たちの代でどんだけワクワクすることができるだろう。

毎日の練習が楽しかった。




そんな中での実習はかなり痛手だったけど。笑

7月末まで断続的に続く実習が鬱でしかなかった。でもナイターはクロス隠して実習先に持って行ったし、朝練はゴーリーアップする時間さえあれば実習に行く前に行った。

(内緒だからね!絶対先生に言わないでね!笑)





練習に行くと、ただの1対0グラボも、辛くて辛くて死にそうなタイトレも、関東打破する姿を想像しながら、みんなと「打破ー!」って叫びながらやったらあっという間でなんでも乗り越えられた。

(いい意味でバカな同期たくさんで良かったな〜)




いちご中心に4年生でたくさん学年ミをした。

『誇れる自分』『ずっと強い名大』

21人みんなの思いを語り合ったよね。

人数が多いからこそ、それぞれがいろんな場面でどうしたら誇れる自分になれるのか、ずっと強い名大に繋がるのか、それぞれが考えた。

自分がずっと知りたかったみんなの心の中を覗けた気がして嬉しかった。今まで話しにくかった話もできるようになった。みんな頼もしくなったよね。



春合宿、でらうま、スーパーカップ、七帝戦、、

光の速さで過ぎ去って行った。(割愛)





リーグ開幕。

熱中症指数が下がらなくて初戦延期。



8月10日やっと初戦を迎えた。

インターしていちごがブレイクで決めたシーンは結構私の中で嬉しかった。笑



その後も20点ゲームがベースの試合が続いた。

点を取れるようになったのは去年からの成長だったね。あやさんからもちょっと褒められたから、点は決めれないけどかなり嬉しかったな。




9月に入って、南山愛教戦と続いた。

たくさんスカウしてたくさん想定した。

1Q何点ビハインドだったら、、

ありとあらゆる想定をした。




想定内。



これがリーグ期の流行語大賞だった。

いつでも想定内。

大丈夫、大丈夫。

点が決まっても、Go 打破 Win!って声をかけあって切り替えた。

せらやはるが試合中たくさん想定内だよって声をかけてくれた。ありがたかった。




結果は予選3位通過。

南山とfinal4で当たることが確定した。




final4までの約1ヶ月。

基礎の見直しの徹底、細かい部分の擦り合わせ、想定の積み重ね。

コーチさんの力を借りながら朝から晩までラクロスのこと考えて、たくさんラクロスをした。

気づいたら夜、日暮れてんじゃん、なんて日常茶飯事。

みんなとラクロスしてたら一日あっという間に過ぎていった。

みんなと関東打破する未来を語りながら帰る山降りの時間は格別だった。話すたびにわくわくして、打破やな、って語り合ったよね。




10月12日、final4。

いい天気に恵まれた。


応援席にはたくさんの名大サポーターの皆様。

赤く染まった応援席。

1年生中心の東海一の応援。

試合中応援席の皆様には本当にたくさんの自信をもらいました。



相変わらずコート内で一番緊張してたけど、

ここまでやってきたから大丈夫。

全部想定内。



ここが点を決めて、

てぃーが点を決めて、

3年生がたくさん点を決めてくれた。

嬉しかった。




4Qでビハインドになったけど、

まだいける、

大丈夫。



ゴーリーなのになぜか初めて足を攣った。早く戻らないと。



タイムアウト明けにはるが背中を押してくれた。

頼もしいやつだな。

たくさんはるに救われた。


セーブしてせらに渡してみいが決めた。

よしよし。

こっからこっから。



Go 打破 Win!っていう魔法の言葉をかけあって。

最後の最後の1秒まで諦めなかった。




ボールはofゾーンに。

お願い、決めてくれ。



虚しくも笛が3回鳴った。

1点差だった。




負けた。



溢れ出てくる涙。

もうみんなと戦えないんだ。

関東打破できないんだ。




たくさんイメージしてきた関東打破の瞬間。

24willawsのみんなと共有したかった瞬間。

一番鳥肌の立つ瞬間。




叶わなかった。




たくさん練習に来て時間を割いてくださったコーチさん、

いつも気にかけてくださった先輩方、

たくさん応援に来てくれた保護者の皆様、、



たくさん応援してくれたのに本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。



先輩たちに金メダルかけたかったな。

正々堂々瑞穂で倒して、トロフィー掲げたかったな。






変えたかったな、

ずっと強い名大を作る第一歩になりたかったな、

歴史を変えるのは私たちでありたかった。





未練残るばかりです。




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ここからは後輩へ。



私がこの1年間で意識したことは2つ。


なんでも挑戦して上手くなり続けること。

みんなに求め続けること。変わり続けること。




1個目は締めみで伝えたけど、


なんでも挑戦するって4年生では忘れがちになっちゃうこと。

安定を求められる学年だから。


後輩に挑戦してもらわないとって自分が引いたらチームとしても上がらないって思ったし、あやさんが代表に匹敵するレベルの選手が各ポジ1人以上は作らないとチームは勝てないってずっと伝えてきてくださった。




だから特に冬は個人のレベルアップにフォーカスして、選考会があったら参加してみたり1人で関東のクラブチームに参加してみたりした。めっちゃ緊張したし自分を上手く出せなかったり落ち込むこともあったけど、自分の目指すべき姿、位置がまた明確になった。あの時は移動費でバイト代がほぼゼロだったな〜



だから後輩のみんなも学年関係なくいろんなことに挑戦し続けてみてください。別に大きなことじゃなくていい。


この一歩頑張ってみよう。

インターしてみよっかな。



小さなことでいい。

いずれはでっかいことに結びつくはず。

この一歩、この一本。

このちょっとの意識で結果変わるって思ったら頑張れちゃうよね。





みんなに求め続けること。変わり続けること。


求めること。変わること。

たぶんこれは名大生にとってすごく苦手なこと。

プライドがあって変に気を遣って何も言わない。変えようとしない。

何も言わないのって変えようとしないことってチームにとって一番マイナスなこと。私も苦手であとになって苦しんだ。




変えること。

幹部のみんなとは試行錯誤しながらたくさん考えたよね。笑




でも変わってないこともたくさんあって。

ありまさんから変わってないじゃんって言われた。1週間前に来た時に比べて変化がわからない、変わってないじゃん。



あー変われてないんか。

結構心にきた。

でもあのありまさんの言葉がなかったら、

「変えてるつもり」からは抜け出せてなかった。




プレー外でもプレー内でも、

『変えること』


最後の最後まで苦戦したけど、


思ってるだけじゃ変えられなくて、

行動しないと変えれなくて、

「つもり」じゃ変わらなくて。



劇的に変化するのは結構難しい。

だけど変え続けて、求め続けてください。

チームに対しても、仲間に対しても、個人に対してもアプローチし続けること。

とっても大事な視点だなって学びました。





ゴーリーズのみんなへ。

ゴーリーズのみんなは一人一人が自分と向き合って頑張れる子たちばっかりだったね。

間違いなく東海一のゴーリーズだったと思います。厳しく言ったこともたくさんあったと思うけど、今まで私についてきてくれて、れんさーん!って呼んでくれてありがとう。みんなだからこれまでたくさん頑張ってこれたよ。これからも強い名大ゴーリーズを作っていってね。

特にじゃんぼには本当にたくさんお世話になりました。広くて優しい心にたくさん甘えてきた部分もたくさんあったし、じゃんぼがいなかったらどうなってたんだろう、、って思うことばっかりです。4年間一緒に戦ってきてくれてありがとう。





コーチさん方へ。

たくさん時間を割いて練習に来てくださったり、組織面においてもたくさん関わっていただきました。結果として恩返しがしたかったです。ごめんなさい。


いつまでもお尻を叩き続けてくれたあやさん

私のメンタル死んでる時にいつも助けてくれたもえさん

2年生のころからゴーリーコーチとして強い名大ゴーリーズの基盤を作ってくださった、そして足りないことを伝え続けてくれたありまさん

自分もプレーしながら名大ofを作ってくださったしらさん

いつでも元気をくれて背中を押してくれたこうきさん



他にも書ききれないくらい力になってくださいました。

24willawsの一員としてここまで一緒に戦ってきてくださり本当にありがとうございました。





OGさん、保護者の方々へ。

今までたくさんの応援やご支援ありがとうございました。会場では、毎回のようにたくさんの方々が応援に来てくださり、部員一同大きな励みになっていました。試合中何度も応援の声に救われました。ありがとうございました。

24willawsはここで終わりとなりますが、これからもより一層の応援よろしくお願いいたします。



家族へ。

なんだかんだわがままをたくさん聞き入れてくれて、応援してきてくれてありがとう。

うちわを作って会場に応援に来てくれたり、頑張ってねと声をかけてくれたことがとっても嬉しかったです。




同期へ。

やっぱりみんなしかいないっしょ。

私はみんなが同期で本当によかったです。

途中ちょっと心配なこともあったけど、程よい距離感でお互いを刺激しあっていろんなことを語れる仲間でした。今まで本当にありがとう。




幹部へ。

みんなとは部活の中でたぶん一番話したよね。

いろんな壁にぶち当たったし、砕けたし、心折れそうなこともあったけど、このメンバーだから言い合えたこともたくさんありました。

いちご筆頭に24willawsという素敵な組織を作り上げていくことができて、本当によかった。


特に4年幹部。

2年が終わった頃からみんなと幹部ができたこと、感謝しています。みんなだからできたことかも。正直な話ができたのはみんなしかいなかったな〜。ブチギレたこともあったし、イライラしたことも山ほどあった。笑

こんな私を受け入れてくれてありがとう。


よく語り合ったよね。

勝ちたい理由を何度も何度も再確認できた。

アツくてアツすぎる私の最強同期たち。

ここまで一緒に戦い続けてくれて本当にありがとう。

たくさん刺激を与えてくれてありがとう。

たくさん支えてくれてありがとう。






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この4年間、

ラクロスっていうスポーツに出会ってなかったら、

名大女ラクという組織に出会ったなかったら、



熱く厚くアツすぎる4年間は過ごせなかった。




苦しんで、泣いて、もがいて、

でもたくさん嬉しくて笑って喜んだ。




みんなと共有したいろんな感情も時間も今となっては愛おしいです。





結果としては残せなかった、


ただ、

『誇れる自分、誇れるチーム』

にはなれてたんじゃないかな。




良いチームだったね、

だけで片付けるのはもったいない。



この『良いチーム』ってのを

各世代の色を出しながらこれからも作り続けていってね。




でもいろんな人に良いチームだったねって言われて、そのチームの一員となれたことが私の誇りです。





いろんな人と出会い、

感化され、

刺激を受けた4年間。




ラクロス界は優しい世界でいろんな人に助けてもらいました。

他大学、他地区のラクロッサーにもたくさん刺激をもらいました。




最初は絶対やりたくもなかったゴーリーというポジションも今では魅力をいくらでも語られるくらい大好きなポジションです。

ゴーリーになって良かったな。

1年生の頃の自分にさっさとゴーリーなっちゃいなよって伝えてあげたいです。





名大を選んで、

女ラクを選んで、

ゴーリーというポジションを選んで、

4年間をラクロスに捧げるという道を選んで、



この選択は間違いじゃなかったなって思える4年間でした。





ラクロスに、

みんなに出会えたことは一生の宝です。




より一層のみんなの活躍を期待してます。




これにて私の学生ラクロスおわり!





みんなありがとう。








#18 れん












こんにちは。
名古屋大学女子ラクロス部'24 MFリーダーのせらです。

まず初めに、弊部を応援してくださる皆様、様々な形でお力添えくださった全ての方々に心より感謝申し上げます。本当にありがとうございました。ラクロスができる環境に4年間身を置けたこと、幸せでした。


最後のブログ。
部活漬けの4年間
本来ならばキラキラ経済ライフを謳歌するはずだったのに気づけば学内ジャージすっぴんの毎日でした。
そんな4年間を振り返る機会をいただいたので、長々と自分語りになりますが最後までお付き合いいただけると嬉しいです。


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1年生

中高、部活と勉強に追われだいぶ忙しかったから、もう大学はのーんびり人生の夏休みだあ。
そんな呑気な気持ちで入学した春。

心の底では何かに夢中になりたかったんでしょう。
女ラクに出会い、惹かれ、悩んだ末に勢いで入部。
部活だし苦しむんだろうな、とは思ってたけど絶対に4年間最後までやり遂げたら後悔しない自信があった。これまでがそうだったから。
だから入部を決めた。



入部して初めての夏、
B練参加で最初から名前があったこと、
なのに一週間でB練落ちしたこと。
そこから一生最後まで上がれなかったこと。
当時のわたしからしたらめっちゃきつくて、苦しくて、今考えたらちっぽけすぎるけどラクロス人生初めての挫折だった笑


目先のことしか見えてなかったから
目の前の評価に苦しんだし、来年再来年どうなりたいか?自分のラクロスプランを思い描いてなかった。

これって凄いもったいなくて、
でも名大にはこういう子が多いんじゃないかな、、。他大と比べて名大が遅咲きって言われる1つの原因だと思います。

だから今の1.2年生、これから入る子達も長い目でどういう選手になりたいかを考えてみてほしいなって思う。
2年生でスタート目指すとか、
ユースで活躍するとか、
3年生でオールスターに出るとか、
4年生でMVP獲るとか、
なりたいプレーヤー像を思い描きながらラクロスしたらもっともっと先のことが見えて楽しいんじゃないかな。
そしてそこから逆算してコツコツ練習したら上級生になる頃にはちゃんと力が積み重なってるはず。
私も現実的な目標ばかり言ってあまり大口叩けないタイプだけど、みんなもっとアメブロででっかい目標書いていいんだよ。
背伸びしちゃうくらいがちょうど良いと思います。



話は戻して1年生の集大成、新人戦。

うちらは同期の人数が多かったから
新人戦でスタートで出るには、
競るであろう大事な試合で長時間出場するには、1年練で結果を残すしかなかった。
そんな思いで絶対にスタートになりたくて必死だった。
後で後悔したくないからと夜に1人でクレードルリレーしたり、グラボ特訓したり。
自己流キープ練考案してみたり。
やってもできないならそれは練習が足りないからだと、負けず嫌いなのもあって一年生ながら自分に厳しく練習してたと思う。
一年練は自主練の成果を発揮する場所だった。


結果、
MFのスタートで出ることができて、
点も決めてナイディーって先輩にいっぱい褒められてなかなか楽しかった。
決勝、残り数分数秒で南山に大逆転されて結構悔しかったけど、新人戦は楽しい同期との思い出でした。なかじさん、にこさんが育成コーチで良かったです。
ありがとうございました。


集合写真で顎外れたじゃんぼ



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2年生、ガチ病みした。笑

でも1番強くなれた、成長できた1年間でした。めちゃめちゃ濃かった1年でした。

(色んな感情を味わいすぎて、ワンシーンごとに明確に覚えているせいでとても長いですご容赦ください。)



ユース活動。


ありがたいことに21東海ユースに選んでいただいて素直に嬉しかった。正直最初は自信もあった。
でも蓋を開けてみれば練習試合では全然自分の名前は呼ばれなくて、ほぼずっとベンチ。
グラボも取れない。そもそも多分寄ってない。
パスキャはミスる。得意だと思っていたワンもかけたらキープミス。

どんどん自信も無くなって、ユース活動中にコーチさんに自分から話しかけにいくこともない。周りの子達はみんなイキイキしていて楽しそうにラクロスしてるのに。
コーチさんに名前覚えられてるのかも危ういレベルで存在感なかったと思います。

そしてそりゃそうだの結果で、
チャレンジマッチは2年連続出られず、
名大そして南山愛教中京金城の同期は揃ってメンバー入りする中、私はベンチ外。
だからチャレマの集合写真にもわたしはいない。なかなかの屈辱だった。
でも全部自分の実力不足。根性不足。挑戦不足。情けなかった。

選ばれただけの落ちこぼれのユースだった。




 A練参加


2年生の私は、リーグ直前までAとBの狭間でずっといったりきたりを繰り返してました。
チーム変動は沢山あったけどそこでネガティブな気持ちは全然なくて、Aに入ったらよしやってやろう、声だけでも1番出すぞ!って意気込んでたし、Bに落ちても自分の苦手を潰そうチャンスだって基本前向きでした。

でも5月頃、本当にA練が怖くなってしまった時期があった。試合に出るのも怖かった。
自信がなかった。
ある日の練習前日Aチームにせらの名前があって、
嬉しいはずなのに苦しくて、Slackを見て夜に大号泣した。もうどうしたらいいのかわからなかった。

Aに上がりたくても上がれない同期もいる、
Aでずっと踏ん張りながら必死に食らいついている同期もいる、
そんな中で誰にも弱音を吐けなかった。
そんなこと言ったらチームの皆んなにも失礼だと思った。

1人で勝手に抱え込んで誰にも相談せず、
本気で辞めようと思った。辛すぎた。

それでも私のメンブレに気づいて声かけてくださるお姉ちゃんのゆきさんとか、3.4年生の先輩方が話を聞いてくれて救ってくださった。(今でもずっと感謝しています。)
ぽろっと、本当に今日行きたくないって言ったら、じゃあ練習終わりラーメンいこって遠回しに励ましてくれたみあの優しさにも救われた。
どれだけ自分は苦しくても、そんな名大女ラクっていう組織が、22チームが誇りで大好きだったのもあって、


結局やめなかった。
というか、やめる勇気がなかった。
やめたら一生後悔して、一生背負う傷になると思って逃げたくなかった。負けず嫌いだったんだきっと。(ペじゅと同じ笑)


そんなこんなでなんとか復活し、
気合いを入れ直し、迎えたでらうま。
絶対爪痕を残したい、もう失うものなんてない。そんな気持ちで試合に出た。
グラボには死ぬ気で飛びつき、気合いでもボールに触りたかった。持ちたかった。ボール持ったやつが1番目立つってらいさんに教わってたから。笑
気合いが先走ってグラボにスライディングとかしちゃってた笑
結局点も決められず、特に目立ったプレーもできずだったけど、
ありまさんにせらってそんなガッツあるプレーする系なんだねって驚かれたり、
らいさんからこのグラボの寄りいいじゃん笑ってスライディンググラボの動画が送られてきたり、、。恐れずやってやろうって気持ちが芽生えた試合だった。


一緒に頑張ってた同期MFとベンチに入れたのが嬉しくてスクショとかしてました笑




そこから上手くいくことばかりじゃなかったけど(時系列はズレるけど忘れもしない関東遠征とか笑)、最高に楽しかった七帝戦@仙台も終えていよいよリーグ。



開幕戦vs南山、一週間前。
私はまだBにいた。調子が上がってるのは自覚してたけど練習試合もなく、幹部コーチさんへの見せ場もない。どうしよう、もう22リーグは間に合わないのかもしれない。焦っていた。

そんな思いを抱えながらある日の2部練。おそらく開幕戦5日前とか。
隣でやってるAの66に

『せら、dfで入って。』

あやさんに呼ばれた。
多分緊張はしてたけど、よっしゃきたと弱気な気持ちは一切なくてむしろ自信が強かったと思う。
ワンワンのdfは自信があったのもあって、
ありまさんにせらのライン上げるのめっちゃいいって、ナイディーって先輩からも褒められて、私の転機だった。
(尊敬なる偉大なMFらいさんるるさんから送られてきた褒めメッセージは嬉しくて全部スクショしてました笑)


しっかりBで準備して下積みして、壁当てで自信を身につけた。その成果だった。
絶好のチャンスを掴んだ。


次の日からAメンバーに私の名前があった。
ギリギリだけど開幕戦のベンチにも滑り込み。
結果は主将そらさんのブザービートフリショで同点ゴール。
一生忘れない光景を得た。震える瞬間だった。
私はずっとベンチから見てその感動に貢献はできなかった。

それでも、

大好きな4年生と一緒にコートに立ちたい、少しでも長く一緒にラクロスがしたい。
そのために自分が勝ちに、全学ベスト4に
プレーで貢献したかった。
2年生の追い上げや爆発力が必ずチームのためになる。
そんな気持ちで夏を過ごした。


予選は続き、


vs愛教
長めに出してもらえて、自分の中ではミスもなくやれたと思ってた。でもプラマイゼロすぎてそんなんじゃ下級生として、サブメンとして
意味がないと気付かされた愛教戦。

vs岐阜
愛教戦から反省して絶対点決める、ナイディーする、意気込んでいた。
ブレイクケア、そしてキャッチミスからの気合いのワンでリーグ初得点を決め先輩に頭ポンポンされて、
22リーグ私の大転機。
あやさんに『今日よかったじゃん』って、
めちゃめちゃ覚えてる。褒められた。笑


そこからはありがたいことに66固めの方に入れてもらえたり、
信州、金城とスタートで出させてもらったり、
毎回大緊張だったけど4試合連続得点。
自信に繋がった。
でも調子は良かったが、少しでも気を緩めたらボロが出る気がして、
毎日気は張り詰めた状態だった。練習の日は午後練だろうと朝から集中してたと思う。
たぶん朝練は前日の18時くらいからソワソワしてた。


そして22最終試合となったFINAL vs南山


最強で大尊敬できる大好きな4年生が率いる22willawsでなら、必ず勝って東海制覇し、
全学に進めると心の底から信じていた。
けれどサドンデス2回の果てに敗れた。
2年生ながらに東海制覇の壁の高さを痛感し、同時に私のモチベでもあった4年生が引退してしまった。


期待を込めて2年生をAチームに入れ、一年間通して扱いてくれた幹部を始めとする4年生のために、コーチさんのために、絶対に次は勝って恩返ししたいと思った。金メダルを先輩達にかけてあげたい。これが最高学年になった時の原動力にもなった。







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3年生、初めての幹部、3年主体。

正直、下級生の頃とは違う意味で辛かった一年。


23チームで幹部になりMFリーダーとなった。
サブリでもなくトップ。

2年生で最後のリーグにひょこっと出てきただけの私。
実力なんて全然ない。
スタートの保証もない。
絶対Aの確信もない。

私がメンバーを決める?
fbを同期や後輩、ましてや先輩に送る?


責任感はだいぶ強いタイプだから不安よりはMFを引っ張るんだ、っていう気持ちの方が強かった。
でも、もし、実力伴わずスタートから外れたら、万が一Bになったら。(そんな弱気だったわけでもないけど万がーを考えてた。)
MFどころではなくチーム全体が崩れてしまう。そんな責任感と使命感で走り始めた。




チームを動かすことの難しさを知った。


幹部として練習中の正解の提示、
改善されない練習の雰囲気、
お互いのコミュニケーション不足、
あらゆる方面との連携ミス、
AB間、学年間の溝、


歴代の先輩達の凄さを実感したと同時に、
自分達の無力さを痛感した。
正直ダメダメだった。


それでも諦めずに、見捨てることなく厳しくもチームに求め続けてくださるあやさん始めコーチさん方。本当に感謝してもしきれません。
23あってこその24だったと思っています。







幹部だったけど、MFリーダーだったけど、
周りにもっと目を向けなきゃいなかったのに
自分のことで精一杯だった。

リーグ期間中に思うように上手くいかず苦しんでいる同期、後輩のMFの子達。
Bに落とされて突き放された気持ちにさせてしまったと思う。
声をかけ、活躍できる環境に来れるまで引っ張り、引き上げる責任があるのに。



23最後の同期mtgで、
『もっと多様性を認め合えるチームにしたい』
という言葉が出た。

皆んながそれぞれの場所で頑張っているし、
逆にもがき苦しんでいる。
だけど、それを知らないし認め合っていない。
そんなチームは好きじゃないと言われた。

それを聞いたとき、
私ってみんなの気持ちなにも知らないんだ。
この一年、幹部としてなにしてきたんだろうって。
名大は人数が多いのもあって目を向けないと気づきにくい役職、努力、苦悩があるとは思ってる。それでもそこに全然気づこうとしてなかった。自分のこと、幹部の中だけで精一杯になってた。大反省した日だった。

24ではみんなのことを見よう。
みんなの努力を見にいこう、
話しかけにいこう、
知ろうとしよう。
そして認めよう。


幹部として、そう心に留めた。



______________

4年生、ラストイヤー。

信じられない速さで過ぎ去った。



打破ー!叫びながら乗り越えた冬のタイトレ

みあと日の出からドローした関東武者

就活と同時並行で正直死にそうだった春休み

東農大に逆転負けし、自分たちの弱みを痛感したスーパーカップ

6on6前の65mダッシュ(打破)




いよいよ最後の夏が始まった。



デイキャンプ、2部練、幹ミからの午後練、
からの夜のビデミ、、、、、
毎日がラクロス三昧でオフも練習のために接骨院と岩盤浴で疲労回復。笑
体はきつかったけど最高に楽しかった。
青春だった。
毎日山に行く日々が終わってしまうなんて信じられなかった。




迎えた24リーグ。

実は前日まで39℃の高熱、初戦の岐阜戦。

ホームグラウンドで皆んなが活躍した中京戦。

ぺじゅ、ここがいない中で戦った連戦の淑徳、金城。

全勝し、続く南山、愛教に向けて幹部でmtgを重ねた。試合想定の話、気持ちの話、技術の話、最悪の想定まで含めた考え得る全ての状況に思考を巡らせた。
想定内、想定内。が合言葉になってたね


そして迎えた南山戦、愛教戦

正直勝てる自信しかなかった。それくらい自分としても、チームとしてもできる準備は全部した。
もうこれ以上できることはないと思った。

だが結果は一点負け、同点。
名大3位通過。
そしてfinal4にぺじゅは出られない。

側からみたら最悪の状況に見えたかもしれないけど、4年生を始めポジティブに捉えていた。
正直じぶんはやばい、。とどこか感じていたような気もするけど、同期のポジティブさに救われたんだと思う。


メンバーを組み直し、考え直し、
さらに準備と想定を進めて迎えたfinal4。
負けたら終わりのvs南山@愛教

ここで勝てば歴史が変わる。

名大が大きく一歩進む。

今年だけじゃなくて、来年、再来年もっと強くなれるきっかけになる。

激闘の末勝つ姿を、光景を後輩たちに見せてあげたい。

OGさんに名大が南山を倒す瞬間を見せたい。

一緒に戦ってチームを創り上げて、全てを名大に懸けてくださったコーチさんと喜びたい。


東海制覇、関東打破前の大事な大きな一歩だった。


負けているなら自分が決めて勝たせる。
ボールは私にくれ。
足なんてどうなってもいい。
気持ち悪くなって立てなくなってもいい。


4年間を全てぶつけた試合だった。
4Q3点差がついても、残り時間が少なくても、最後まで勝てると心底信じていたし疑うこともなかった。慢心とかではなくこれまでやってきたことが自信に繋がっていたし、このチームでなら、仲間となら勝てると信じていた。


応援側には試合会場が急遽変更になっても駆けつけてくださる保護者の方々やOGさん、
声が途切れることもなく最高の応援を届けてくれる1年生中心とするスタンドの子達。
 

食トレに加え練習外の筋トレ、ラントレ課題、壁当て課題、
大幅に増やしたmtgや練習量、夜のビデミ、、。
それでもAB関係なくついてきてくれて、
4年生のラストイヤーに一緒に走ってくれる後輩たち。

幹部だけじゃなくて、Bリーダー、エンゲ、育成、役職なんて無くても、チームの為にそしてずっと強い名大ためにそれぞれの立ち位置で頑張り協力してきた誇りの同期。
 

そんなみんなの為に、みんなと一緒に、
勝って最高の景色ってやつを見たかった。



けれど、


ピッピッピーー。
ホイッスルの音とともに試合終了。
一点負けが確定しうちらの夢は途絶えた。
思い描いていたストーリーも虚しく終わった。


勝てなくて悔しいもあったけど、悔しいの先に、結果で恩返しできなかったことへの申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

時間とか労力とかそれだけじゃなくて、今年のチームに大きな期待を持ってまさに一緒に戦ってくださっていたコーチさんたちに本当に申し訳ないと思った。
いつかのmtgで関東打破した時あやさんはどんな顔で喜んでるかな?他のコーチさんはどうかな?の問いに皆んなが涙腺崩壊しながら想像したあやさんの顔。
大井ホッケー場で泣いて喜んでくれる姿を自分たちの勝利で見たかった。
想像したコーチさんの喜んだ顔、それが原動力だった。
それなのに、いちごの最後の挨拶と共に、
応援席に深々とお辞儀させて終わらせてしまった。


ここまで付いてきてくれた後輩たちにも、。

今年沢山変えた。練習外の時間の拘束も多かったと思う。勝つために、結果を残すためにみんなに負荷をかけた。
本当にみんなよくついてきてくれたと思う。
ありがとう。
だからこそ絶対に勝って東海制覇して、
関東打破して。
頑張ってよかった、これだけ頑張ったら勝てるんだって、来年もっと頑張ろう、って
原動力に変えて欲しかった。


今年勝ったら来年、再来年の名大の流れも変わると思ってたから、勝ち癖をつけたかった。
勝てる名大に変えたかった。
その使命が今年にはあった。






いまだに悔しいです。







でもここで味わった色んな感情、
出会えた仲間、
考えた時間、
ありふれた言葉になるけど、
かけがえのない4年間だった。



女ラクに入った4年間は大正解でした。
想像通り、やり遂げて後悔はありません。
3年半前の私、最高の選択でした。
1年生の頃に仮に戻ったら、
もう一度女ラクに入る選択をすると思う。
ありがとう。

______________


最後に伝えたい人たちへ



コーチさん
あやさんもえさんは私たちが1年生の頃から、そしてありまさん、しらさん、こうきさん、
Bコーチのけんとさん、
育成とあさんるるさんおちこさん、
24willawsに尽力してくださり本当にありがとうございました。
このチームに懸けてくださって、恩返しとして結果で証明するべきでした。

きっと勝ってたら
あやさんは涙を流しながら拍手してて、
もえさんは涙を堪えながら静かに喜んでいて、
ありまさんは毎日走ったからですね笑って集合で言ってくれて、
しらさんはすずと抱き合ってて、
こうきさんは『お前ら最高だなー!』って言ってくれて、
けんとさんは応援席でニコニコしてて、
とあさんるるさんおちこさんはよく頑張ったねって言ってくれる。
そんなことを想像していた。
やっぱり、やっぱり、一緒に勝ちたかったです。応えられずごめんなさい。
コーチとしてだけじゃなくて、大人として大好きな人たちです。

名大を選んでくださって、
沢山の時間と頭と神経を使ってくださって、
ありがとうございました。



OGさん、保護者の方々
今年はより多くの方々が試合会場まで駆けつけてくださり、とても力になりました。
OG会を通しても、名大女ラクはこれまで多くの方々によって支えられ、創り上げられたものなんだと改めて実感し、そんな方々のためにも今年勝ちたいと強く思いました。
これからも変わらず、ご支援、応援いただけますと幸いです。
来年のリーグ戦からは21世代応援団長として尽力させていただきます。



後輩へ
ついてきてくれて、一緒に戦ってくれてありがとう。それぞれの立場で辛いこともあっただろうけど、AB1年生関係なく皆んなが頑張る姿を見て鼓舞されてました。
全国に連れて行きたかったな、ごめんね。


そして伝えたいことと、残したいこと。
偉そうに語らせてください。
一部締めみで話しましたが、、、、、
(2分に収まりきらなかった分)
①1年生のせらから、
目先のことだけじゃなく長い目でラクロスプランを考えて欲しい。
細かいことは最初の方で言ったことかな。

②2年生のせらから、
いつか必ずチャンスがくるから、それを掴むための準備と自信。
いつそのチャンスが来ても掴みとれるように。
これ実は18世代主将のしまさんが締めみでおっしゃってたこと、ずっと心に留めてた。

③最後に、これは幹部(上級)目線になるんだけど、
下級生は特に、失敗を恐れずにどんどん挑戦して欲しい。
正直1.2回のミスなんて気にならない。
それよりも何もせずに目立たない方が悪。

私も2年生の頃は一回のミスが、とかミスが目立つのが怖くて安牌ばっかしてた。
でも幹部になって下級生を見てる中で、
せっかく試合に出てるのにワンかけないとか、
ボール貰わないとか、
グラボ寄らないとか、
勿体ないなあって。
期待されてるんだからプラスを何か残したいし、プラマイゼロよりはむしろ挑戦した結果マイナスの方がいい。マイナスだったら次こうしようって言えるからね。
−10、−20、+50 = +20
これでいいと思う。


みんな上手いんだから自信持ってたくさんチャレンジしてねってことですつまりは!
来年のリーグでみんなが活躍する姿楽しみにしてるね。





同期へ
自慢の同期。
今年一年、皆んながみんなそれぞれの立場で頑張ってたよねって話してたけど本当にその通りだと思う。ずっと強い名大のため、24チームのため。皆んながアンテナ張って、気づいたことにはそれぞれがフォローして、発信して、解決して。
忘年会と沖縄でまた語り尽くそうね。


同期幹部へ
(ライン名 24willawsで勝つ女たち)
いちごすずはるれんそう(みいも)

2年間このメンバーで幹部ができて良かった。
みんな本当に頼もしくて、私が持ってないもの沢山持ってて、気づかないこと、新しい視点を沢山くれた。mtgしててもこういう人たちがきっと今後社会で活躍するんだろうなあって感心しちゃうほど頼もしかった。
みんなとっても責任感も強い。
おもろいほど負けず嫌いで、時々同期の私でも怖いと感じることもあったけど(暴露笑)、
最高の同志だったよありがとう。

あと、
最後の一年、各ポジトップが伸びろ、
いちご、せら、はる、れん。
ここが伸びないと関東で、ましてや東海でも勝てない。
言われ続けていた。言葉の通りだった。
プレッシャーもあった。

正直final4で負けた時、
1年間全てを否定された気持ちになった。
ああこんなに変えてもダメなんだ、って。

でも数日後にベストプレイヤーの発表があって、この4人の名前を見た時、
この過程は間違ってなかったんだなって、
正解だったよ頑張ったねって言われた気がした。
少しだけ、報われた。
自己満に聞こえるかもしれないけど、自分が選ばれたよりこの4人が揃って選ばれたことが嬉しかったな。













正直未だに引退した実感はあまりありません。
ないというか、たぶん認めたくないだけ、笑
バイト終わって携帯開いても幹部ラインの通知はもちろんないし、20時リミットを過ぎてもメニューラインも音沙汰なし。
少し寂しかったりもします。今もなおラインのピン留めは外せず、
上から24全体、24戦術、24幹部、24遅刻欠席、24ドロワーズ、、、、、、。
何回も外そうと(外さなきゃ)と思ったけど、
横にスライドして、ああやっぱむりだ、ってそのまんま。
外したら本当に全てが終わってしまうような気がしてこわいんですきっと、
新人戦まではそのままにしよっと。






2021年4月。
当時部活なんてまったく入る気ゼロだったのに、女ラクに出会ってくれてありがとう。

全ての縁で私は女ラクを選択し、
最高の4年間を過ごせました。

新歓で私を名大女ラクに沼らせてくれたらいさん、ろんさん。
これまで最高の組織を創り上げてくださった名大女ラクに関わる全ての皆様。
ありがとうございました。

最高のチームの一員になれて、幸せ者です。
女ラクに入ってなかったら出会っていなかっただろう人たちにも出会えて、
そんな人たちから影響を受けて、
自分も与えて、
色んな感情を味わいながら、
人として強くなれました。


すでに25willawsは始動していて、
この一年で頼もしく逞しくなった
れあここれお中心に、
また24とは違った色のいいチームを創ってくれると思います。


これから続く25willaws、その先までずっと
名古屋大学女子ラクロス部を今後とも応援の程よろしくお願いします。





全ての出会いと縁に感謝





ありがとうみんな出会えてよかった!

愛してるぜうぃろーず!


#36 せら

















こんにちは、今年度OFリーダーを務めました4年ATのすずです🔔



はじめに、今年度もご支援・ご声援をいただきました皆様、本当にありがとうございました。試合会場でのご声援、OGさんとの交流会、応援パック等、様々な形でこのチームと関わり、支えてくださったおかげで、私たちは最後まで駆け抜けることができました。


結果で恩返しをすることができず、本当に悔しいですが、これから後輩達が強い名大を作ってくれると思うので、今後とも応援よろしくお願いします。






感情は生物(なまもの)だから、時間が経てばだんだん薄れ、消えていく。


Final4が終わり、私の大学生活の全てだったラクロスがなくなって、虚無になった。


負けたこと引退したことが受け入れ難くて、この4年間のいろんな感情や思い出に蓋をしてラクロスのことを考えないようにした。



「ああ、もう色んなこと忘れちゃったな、、」と思っていた。
だけど、締めミやこのブログを通して4年間を振り返ってみると、色んな感情が溢れてきて様々な場面を鮮烈に思い出すことができた。


そのくらい濃くて、最高の4年間でした。


※書くことないよなあとか思っていましたが、想定以上に色んなことを思い出したため、かなり長くなっております。暇な方だけ読んでください笑






【1年生 がむしゃらラクロスバカな一年】

友達を作るために新歓に参加した。
「炎天下に弱くてすぐダウンするから外の部活はやめといたら?」って親から言われていたけど、女ラクの雰囲気に惹かれノリで入部。
親には入部したことを事後報告した。笑



そこからは一気にラクロスの沼にハマった。



新歓でチャレンジマッチを見た後、かこさんから「ラクロスは初めの100時間が大切なんだよ」と言われ、まだ入部してないのに先輩のクロスを借りて自主練をし始めた。


待ちに待った入部。やる気100%笑
上手いねって褒められるのがとにかく嬉しくて、ここは私が活躍できるフィールドだと思った。(バスケ部時代はスタメンじゃなかった)



6月くらいから、姉のそらさんはすでにスタートで、かつ2学年差だから一緒にコートに立たないままそらさんが引退しちゃうかもしれないことに気づき、夜に泣くようになった笑



最低でも2年生の時には試合に出る、いや1年生のうちに試合に出たい!!!


早く追いつかなきゃの一心で練習に励んだ。


練習で上手くいかないことがあると半泣きだった。「あー、早く帰りたい。帰って自主練したい」って思ってた。

正規練は育成の人がいるから、下手なところを見られたくなかった。


この時、「苦手は自主練でつぶす、正規練はその発表の場」ということを自然と身につけられたのはよかった。
この言葉はきゅうさんが仰ってて、すごく大事な考えだなと思った。


だんだん成長を感じられるようになった頃B練に参加した。
B練からの1年練で練習量は倍になり、かなり体力的にはきつかったけど、挑戦できる環境が楽しかった。


良くも悪くも「やってやる!」という気持ちが先行して怖いもの知らずだったので、3つ上の先輩相手でも挑む姿勢は変えなかった。


そんな姿勢を評価してもらえたのか、リーグ初戦からベンチメンバーに入れてもらえた。
(上級生になった今、貴重な一枠を渡すことは簡単な判断ではないし、先輩やコーチさんからどれだけ期待をかけてもらっていたかよく分かるようになりました。ありがとうございました)


吐きそうになるほど緊張したリーグ初戦、頭の中に「強くワンかける」だけをかいて、ボールをもらったらそのままゴールまで走った。
点を決めることができた(ど緊張で覚えてはいないけど笑)



↑当時の写真




その後、A練に入れてもらえるようになった。
けど、A練はレベルが全然違った。

速い、痛い、抜けない。
十八番のダッチかけて走り抜きしか知らない私は止められまくり、腕があざだらけで真っ青になった。


練習間の反省では泣いてるのを隠すためにアイガを外さない時もあった笑
腕が痛すぎて初めてラクロスちょっと辞めたいかもとか思った。(後にも先にもラクロスを辞めたいと思ったのはここだけ笑)



新人戦では、決勝で南山に負けた。
1Qは3-1で勝ってたのに、2Qで追い上げられて3-4で1点差で負けた。

私たちって新人戦も4年ラストリーグも同じ試合展開で負けてたんだね。
悲しいね。悔しいね。






↑新人戦の写真



【2年生 成長の一年】

るるさんらいさんに続く3枚目争いで、MFは激戦区だった。
知識技術共に全然足りていなかったので、とにかく幹部やコーチさんの話をよく聞いて、できるだけ早く落とし込めるようにした。
りんさんの前十字や、とあさんのDF転向など色々あったのもあるけど、だんだん3枚目として出してもらえるようになった。


らいさんから「シュートフォームきもい」「パスフォームきもい」と沢山言われたけど(笑)、とことん付き合ってもらい、だんだん6on6の中でのパスキャにも自信が持てるようになった。


開幕戦、らいさんにアシストしてもらい点を決めることができた。
自分がちょっとでも貢献できたのが嬉しかった。そらさんのブザービートの同点ゴールをはじめ、先輩達の姿がカッコ良すぎて今年なら全学ベスト4を達成できると思った。


でも、リーグで試合を進めるにつれ、どう考えてもスタートの穴であること、なかなか戦力になれていないことに悩むようになった。
先輩たちの流れを乱さないようにって思って消極的になり、なんで出してもらえるか分からない時期もあった。

この頃からせらが先に出ることもあって、めちゃくちゃ悔しかった。



決勝戦は、即決してもらえたわけではなかったけどスタートとして出してもらうことができた。

ベンチや応援席から大きな声援が響いてて、背筋がピンと伸びた。

この舞台で私がボールもらって大丈夫かなとふと不安がよぎり、ボール持つのが怖くなった。
たぶん私のポゼッション時間はめちゃくちゃ短かった。本当にごめんなさい。

延長線、私のところで抜かれたらどうしようと不安でいっぱいだった。
私のトイメンがボールを持った時、らいさんが「すず大丈夫だよ!」と鼓舞してくれた。
すっと気持ちが楽になって守れたのを覚えている。
他にも19の先輩方が沢山チームを盛りあげてくださった。先輩達の方が足に限界がきているはずなのに。


結果としては延長戦ラスト1分で負けた。
「ああ、私のせいで負けた」

この試合のビデオはずっと見れなかった。



もっともっと上手くなる。
苦しい時でも後輩を鼓舞できるプレーヤーになる。
絶対金メダル取ってそらさんにかける。
って心に決めた。





↑決勝戦後の写真



【3年生 伸び悩んだ1年】
決勝で負けたことがかなりショックで、2年生だったくせにちょっと燃え尽き症候群ぽくなってた。

そんな時に男ラクのこうきさんこうすけさんしみしょうさん達が自主練に来てくださるようになり、見たことないスピード・技術を目の当たりにしてラクロスが広がっていくことにワクワクした。


そこから、もっと自分でラクロスは広げていかなくちゃとインスタやYouTubeで拾ってきた色んなダッチをワンワンで試してみたり、シュートのバリエーション増やしてみたりした。

おちこさんに色んなことにトライしてるの褒めてもらって嬉しかった。笑

武者に行く回数も増え、1人で参加しに行けるようにもなった。


でも、ずっとやってる"つもり"、頑張ってる"つもり"だったのかなって思う。


練習の責任の所在はだれ?
とコーチさんに言われた時も、「私幹部じゃないしな、、でもやらなきゃいけないのは私だしな、、」って中途半端な気持ちだった。


半分人のせいにして責任を負い切らなかった。
その中途半端さはたぶん色んなところに出てた。
育成リーダーやってたけど、いちごに頼ってしまうことも多かった。
もっと自分が上手くなればいいだけのに、なんでこうやってプレーしてくれないんだろうって他の人に思ってしまう時もあった。



トップが伸びなきゃチームの成長はない。
そんなことは分かっていたけど、常に視座を高く持って成長し続けることはできていなかったと思う。


リーグではファイナル4で南山にまたしても一点差で負けた。

成長をしてなかったわけじゃないと思うけど、東海制覇するにふさわしい成長度合いではなかった。

リーグを通してせらより目立てていないなという焦りはあったから、ベストプレーヤーに選ばれなかった時もやっぱりかと思った。


悔しかった。
でも、覚悟と責任が足りていなかった。

下級生の頃上手くいってきたしみたいな慢心もあったのかもしれない。



来年こそは絶対に東海地区で優勝し、関東打破する。
自分やチームの課題に向き合うことは、痛みも伴うけれど、ちゃんと向き合う。


覚悟を決める。
来年度のOFの全責任を負う。
そう心に誓った。






↑開幕戦の写真
(せらとはタイミングが合うなと思ってたからアシストもらってゴールまでいけて嬉しかった)



↑2年間一緒に育成した同期
(正確にはこの写真3年生ではないけどこちらの方が良い写真なので採用笑)
育成も色々あったけど長くなりすぎるので割愛🫶笑



【4年生 1番泣いた年】

片道2時間かかる帰り道、電車の窓の外を眺めながら何回泣いたか分からない。(側からみたらやばい子笑)

苦しくて辛くてもどかしくて、、、

でも1番楽しくて愛おしい一年間だった。





・ラストイヤー覚悟を決める。必ず関東打破をする。
・関東に通用する最強なOF作る。
・コート内での司令塔として、ゲームメイクをする。




そんな風に意気込んで始まった4年生。

でも、年末の南山のラクロス納めに参加した時、前十字靭帯を損傷した。


医者からは11月復帰と言われ、絶望。



それでも沢山の人に相談に乗ってもらい、手術をする判断を下し、この判断を正解にするために自分ができる全ての努力をやろうと決めた。





↑手術前日の写真
(たぶんクロスは病室に持ち込まない方が良い🫢)


入院を乗り越えてもまだまだ試練だらけだった。


長いリハビリ生活。
本当に私はまたグラウンドに立てるのだろうか。
先が見えない中で頑張り続けることはとにかく苦しかった。


そんな中、きゅうさんから「OFリーダーとして」と「1プレーヤーとして」の2軸で進めていくアドバイスをいただいた。





まず、OFリーダーとして。

初めは、なかなか上手くいかなかった。
練習中は、自分で体を動かして説明することができない。練習前に動画を見てきてもらうようにしても、練習になると動画のイメージが薄れてきて、思い描くレベルにいけない。


試合は練習よりももっと遠いベンチから声を出すことしかできず、オンタイムでの修正に関与できない。


そこで、いかに練習やビデミでみんなの共通認識を作るか、試合のQ間やタイムアウトで的確な指示を出せるかにこだわろうと思った。


ビデミを増やしたり、他の子を巻き込んで戦術を考えたりする中で、少しずつOFが形になってきた。

外から6on6を見ながら手元のマグネットを動かしていると、だんだん構造的に理解できるようになってきた。(まだまだ足りない部分は沢山あったけど)



リーグを通して得点力もついてきたと自信になっていった。

ただ、最後まで後半の得点力やゲームメイクの仕方など足りないところはあった。
はじめに書いた通り、今年のOFの全責任は私にある。
東海地区でさえ、通用しきれなかったのは申し訳ない。

一つよかったのは、何人かから「今年のOF楽しかった」という言葉を聞けたこと。
私もコーチさんやOF陣と作っていくOFがすごく楽しかったし、だんだんプレーの幅が広がっていくことにワクワクした。 

そのワクワクを広げてまだまだ強いOFを作りたかったな。





次に、1プレーヤーとして。

初めは特に辛かった。

大好きだったはずのアフターやみんなとやる自主練。
みんなが楽しそうにシュー練をしている姿を端でクロスワークや筋トレをしながら眺めることしかできなかった。


練習に1プレーヤーとして参加することができていない事実を認めるのが怖かった。

でも、練習を盛り上げるべき立場だったから、練習中は一番ラクロスを楽しんで明るくいようと思っていた。(特に最初は出来ていないけど)




そんな中、南山との新歓試合でボコボコにされ、悔しくて堪らなかった。


負けるってなった時、涙が出るくらいには悔しかったのに、他の子達はケロッとしているように見えてムカついた。


なんでそんなに簡単にやられるの?

なんでその一本大事なグラボに寄らないの?

みんなには全力で走れる足があるじゃん。


って思ってた。 

ただの八つ当たりだった。



心の余裕がなかった。

ただただ焦ってた。



この1年間たぶんずっと焦ってた。

このままでこのチームは勝てるのか?
いいof作れるのか?
私は復帰して活躍できるのか?

メニューに少しずつ復帰した時、テーピングの巻き方一つにもすごく神経質になっていた。
TRには、「TRとしてもっと責任とプライドを持って」と伝えた。(嫌な思いをさせちゃった子もいると思うごめんね。)



苦しいことも多かったけど、ラクロスと向き合うことからは目を背けなかった。

ラストイヤーにそんな時間ないし、とにかくチームが勝つため、自分が復帰して活躍するためにやらなきゃいけないことは山ほどあったから。



だんだん動けるようになってからはATとしてどんな風に活躍するかを常に考えてた。

ワンはかけられないけど、カットインで勝負しよう。ゴール周りのシュートで点を決めよう。

れんとシュー練しまくった。
手元の技術が上がったねって言ってもらえて嬉しかった。


あやさんに復帰を早めることを提案してもらって、リーグ初戦から出してもらった。


個人的な結果としては散々だった。
周りの子の協力もあってチャンスを何度も作ってもらったのにポロポロキャッチミスした。


課題は沢山あることを目の当たりにした。
でも、それすらも楽しかった。

ラクロスができるって最高。
ラクロス超楽しいって思った。


怪我をしてからもずっと「関東打破してみんなで最高の景色を見ること」「東海決勝でMVPを取ること」っていうイメージはずっと持ってた。


リハビリ期間は苦しかったけど、心のどこかでこのワクワクを諦めてなかったから、折れずにやってこれた。


ただ、リーグを進めるにつれて、後者のイメージを叶えられるか不安になった。

側から見れば無謀と思われたかもしれないけど、決勝の舞台の時にはもっと動けていいプレーが出来るようになっているはずとずっと信じてきた。


でもATはいちごみいここが定着していたし、どれだけスピード感のない自分に存在価値がつけられるんだろう?

もうコート内でOFを動かすリーダーにはもうなれないんじゃないか?
スタメンじゃないOFリーダーってめちゃくちゃダサいな。


って思った。



試合前のメンバー決めで、しらさんから「スタメンはいちごみいここでいいかな?」と聞かれ、「それでいきます」と答えるのは苦しかった。


自分の感情は置いておいて、とにかくチームが勝つための選択を取ることはずっと念頭に置くと決めていた。


それに、自分の体の状態は自分が1番よく分かっていた。


対1年生だったら大丈夫かと思って1本だけ1on1をしたら、ズキズキ痛む膝。
頑張れば頑張る程身体は悲鳴をあげ始め、怪我をかばう左足は常に肉離れ状態になっていた。


出来る限りの調整をして、試合に調子をもっていった。

 

そして迎えた
2024年10月12日 Final4 vs南山
 因縁の相手。
今年こそは、今回こそは違うことを証明したかった。

想定も沢山してきたし、スカウも頭に入っている。前半は点が伸び、めちゃくちゃ楽しかった。
ただ、後半にまたしてもひっくり返され、今回も1点差で負けた。


せらが苦しい時間帯に点を決め、みんなが希望を持った。
残り秒数も少ない最後のチャンスに私がボールを持った。
 

「ワンをかけなきゃ。」


この瞬間、「大丈夫かな」って最悪な考えが頭をよぎった。

私がワンかけても抜けないかもって一瞬よぎってしまった。再断裂覚悟はもうとっくに出来ていたし、思いっきりプレーすればよかった。


自分のミスでゴールには向かえず、そのまま試合終了のホイッスルが鳴った。

すぐには涙が出てこなかった。
だんだん状況が理解できて、自分のせいで最後のチャンスを潰した事実が苦しすぎて、あの場からいなくなりたかった。



みんなと関東打破したかった。

MVPを獲りたかった。

オールスターに選ばれたかった。

コーチさんや先輩に結果で恩返しがしたかった。


果たせなかったものは沢山あった。



でも、final4直後にきゅうさんから「最後に怪我をすると分かっていても、もう一度女ラクに入ってたでしょ?」って言われて、即答で「はい」と答えられた。



よく「怪我してなかったら、、って思うよね」
と言われることがあるけど、不思議と怪我をしなかった時の世界線はあまり考えることがなかった。

怪我をして良かったとは一切思わないけど、怪我をきっかけに成長した部分は大きいし、今はそれも含めて私のラクロス人生だった気がしてる。






最後に、

弊部の理念である「誇れる自分に」を目指して、今年の初めに描いた理想像と現実は全く違った。



ただ、思い描いていた未来にはならなかったけど、この4年間で色んな人と関わり、様々な感情を経験し、沢山の壁を乗り越えて成長してきた私を今、誇りに思う。



また、そんな環境である名古屋大学女子ラクロス部を、その環境を作り出すピースとなっている部員一人一人のことを、誇りに思う。


これが私の思う、「誇れる自分に」。


この組織の一員で良かったです。
最高の4年間をありがとうございました。



______________________________________

長くまとまっていない文章でしたが、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
最後にメッセージをかかせていただきます。
そろそろ疲れてきたと思うので、該当箇所だけさっと読んでもらえれば大丈夫です。笑


🌟コーチさんへ
この4年間私たちと関わってくださったコーチさん方、本当にありがとうございました。
足りないことだらけの私たちに、沢山の時間を注いで、技術だけでなく、チームの在り方、人として大切なことまで、色んなことを教えてくださって本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
最強のコーチ陣でした。結果を残せず申し訳ないです。勝って、あやさんを胴上げしたかったです。


🌟OGさんへ
関わりのある先輩から、代が被っていないOGさんまで沢山の方が応援してくださっていることに気づけた一年でした。本当にありがとうございました。
また、ラクロス垢に沢山アドバイスをくださったり、相談に乗ってくださったり、応援メッセージをくださったりと、私が頑張れる理由の一つでした。

そらさんへ
ラクロスの楽しさを教えてくれてありがとうございました。一年生の振り返りはそらさんへの愛重めでしたが引かないでください。笑
絶対またご飯行きましょうね!🤝


🌟後輩へ
今まで一緒に頑張ってきてくれて、こんな4年生についてきてくれてありがとう。
「すずさんすずさん!」って沢山話しかけてくれて、嬉しかったしそんなみんなが可愛すぎました。特に沢山関わってくれた、れあめるいぶ。本当にありがとうね🫶

締めみでも少し伝えたけど、みんなには「ワクワクを追い求めること」を大事にしてほしいなって思います。
きっとそれがあったら苦しく思えることも、そのワクワクにいくための手段だからあまり辛いとは感じないはず。
色んな可能性がある残りのラクロス人生に夢や野望を抱いてほしいなって思います。


🌟特に次の幹部となる子達へ
「常に今を疑うこと」を忘れないでほしいと思います。

これは結果を残せなかった反面教師として伝えたいこと。

今やっている練習内容、意図、雰囲気は果たして目標を達成するにふさわしいか?
東海地区、全国へと目を向けて今自分はどの位置にいるのか?


みんな頑張ってる。それは間違いない。
でも他大学の人だって同じように頑張ってる。
結果を残すためには常に高い視座を持ち続けることが大事。

目の前のことに囚われてしまいがちなのは私もそうだったからすごーくよく分かるけど、常に今を疑って、目標であるワクワクすることと照らし合わせ続けてほしいな。


みんなが首から金メダルを下げているところを見たい。
応援しています。











#96 すず