#36 せら 「縁」 | 名古屋大学女子ラクロス部WILLAWSのBLOG

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こんにちは。
名古屋大学女子ラクロス部'24 MFリーダーのせらです。

まず初めに、弊部を応援してくださる皆様、様々な形でお力添えくださった全ての方々に心より感謝申し上げます。本当にありがとうございました。ラクロスができる環境に4年間身を置けたこと、幸せでした。


最後のブログ。
部活漬けの4年間
本来ならばキラキラ経済ライフを謳歌するはずだったのに気づけば学内ジャージすっぴんの毎日でした。
そんな4年間を振り返る機会をいただいたので、長々と自分語りになりますが最後までお付き合いいただけると嬉しいです。


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1年生

中高、部活と勉強に追われだいぶ忙しかったから、もう大学はのーんびり人生の夏休みだあ。
そんな呑気な気持ちで入学した春。

心の底では何かに夢中になりたかったんでしょう。
女ラクに出会い、惹かれ、悩んだ末に勢いで入部。
部活だし苦しむんだろうな、とは思ってたけど絶対に4年間最後までやり遂げたら後悔しない自信があった。これまでがそうだったから。
だから入部を決めた。



入部して初めての夏、
B練参加で最初から名前があったこと、
なのに一週間でB練落ちしたこと。
そこから一生最後まで上がれなかったこと。
当時のわたしからしたらめっちゃきつくて、苦しくて、今考えたらちっぽけすぎるけどラクロス人生初めての挫折だった笑


目先のことしか見えてなかったから
目の前の評価に苦しんだし、来年再来年どうなりたいか?自分のラクロスプランを思い描いてなかった。

これって凄いもったいなくて、
でも名大にはこういう子が多いんじゃないかな、、。他大と比べて名大が遅咲きって言われる1つの原因だと思います。

だから今の1.2年生、これから入る子達も長い目でどういう選手になりたいかを考えてみてほしいなって思う。
2年生でスタート目指すとか、
ユースで活躍するとか、
3年生でオールスターに出るとか、
4年生でMVP獲るとか、
なりたいプレーヤー像を思い描きながらラクロスしたらもっともっと先のことが見えて楽しいんじゃないかな。
そしてそこから逆算してコツコツ練習したら上級生になる頃にはちゃんと力が積み重なってるはず。
私も現実的な目標ばかり言ってあまり大口叩けないタイプだけど、みんなもっとアメブロででっかい目標書いていいんだよ。
背伸びしちゃうくらいがちょうど良いと思います。



話は戻して1年生の集大成、新人戦。

うちらは同期の人数が多かったから
新人戦でスタートで出るには、
競るであろう大事な試合で長時間出場するには、1年練で結果を残すしかなかった。
そんな思いで絶対にスタートになりたくて必死だった。
後で後悔したくないからと夜に1人でクレードルリレーしたり、グラボ特訓したり。
自己流キープ練考案してみたり。
やってもできないならそれは練習が足りないからだと、負けず嫌いなのもあって一年生ながら自分に厳しく練習してたと思う。
一年練は自主練の成果を発揮する場所だった。


結果、
MFのスタートで出ることができて、
点も決めてナイディーって先輩にいっぱい褒められてなかなか楽しかった。
決勝、残り数分数秒で南山に大逆転されて結構悔しかったけど、新人戦は楽しい同期との思い出でした。なかじさん、にこさんが育成コーチで良かったです。
ありがとうございました。


集合写真で顎外れたじゃんぼ



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2年生、ガチ病みした。笑

でも1番強くなれた、成長できた1年間でした。めちゃめちゃ濃かった1年でした。

(色んな感情を味わいすぎて、ワンシーンごとに明確に覚えているせいでとても長いですご容赦ください。)



ユース活動。


ありがたいことに21東海ユースに選んでいただいて素直に嬉しかった。正直最初は自信もあった。
でも蓋を開けてみれば練習試合では全然自分の名前は呼ばれなくて、ほぼずっとベンチ。
グラボも取れない。そもそも多分寄ってない。
パスキャはミスる。得意だと思っていたワンもかけたらキープミス。

どんどん自信も無くなって、ユース活動中にコーチさんに自分から話しかけにいくこともない。周りの子達はみんなイキイキしていて楽しそうにラクロスしてるのに。
コーチさんに名前覚えられてるのかも危ういレベルで存在感なかったと思います。

そしてそりゃそうだの結果で、
チャレンジマッチは2年連続出られず、
名大そして南山愛教中京金城の同期は揃ってメンバー入りする中、私はベンチ外。
だからチャレマの集合写真にもわたしはいない。なかなかの屈辱だった。
でも全部自分の実力不足。根性不足。挑戦不足。情けなかった。

選ばれただけの落ちこぼれのユースだった。




 A練参加


2年生の私は、リーグ直前までAとBの狭間でずっといったりきたりを繰り返してました。
チーム変動は沢山あったけどそこでネガティブな気持ちは全然なくて、Aに入ったらよしやってやろう、声だけでも1番出すぞ!って意気込んでたし、Bに落ちても自分の苦手を潰そうチャンスだって基本前向きでした。

でも5月頃、本当にA練が怖くなってしまった時期があった。試合に出るのも怖かった。
自信がなかった。
ある日の練習前日Aチームにせらの名前があって、
嬉しいはずなのに苦しくて、Slackを見て夜に大号泣した。もうどうしたらいいのかわからなかった。

Aに上がりたくても上がれない同期もいる、
Aでずっと踏ん張りながら必死に食らいついている同期もいる、
そんな中で誰にも弱音を吐けなかった。
そんなこと言ったらチームの皆んなにも失礼だと思った。

1人で勝手に抱え込んで誰にも相談せず、
本気で辞めようと思った。辛すぎた。

それでも私のメンブレに気づいて声かけてくださるお姉ちゃんのゆきさんとか、3.4年生の先輩方が話を聞いてくれて救ってくださった。(今でもずっと感謝しています。)
ぽろっと、本当に今日行きたくないって言ったら、じゃあ練習終わりラーメンいこって遠回しに励ましてくれたみあの優しさにも救われた。
どれだけ自分は苦しくても、そんな名大女ラクっていう組織が、22チームが誇りで大好きだったのもあって、


結局やめなかった。
というか、やめる勇気がなかった。
やめたら一生後悔して、一生背負う傷になると思って逃げたくなかった。負けず嫌いだったんだきっと。(ペじゅと同じ笑)


そんなこんなでなんとか復活し、
気合いを入れ直し、迎えたでらうま。
絶対爪痕を残したい、もう失うものなんてない。そんな気持ちで試合に出た。
グラボには死ぬ気で飛びつき、気合いでもボールに触りたかった。持ちたかった。ボール持ったやつが1番目立つってらいさんに教わってたから。笑
気合いが先走ってグラボにスライディングとかしちゃってた笑
結局点も決められず、特に目立ったプレーもできずだったけど、
ありまさんにせらってそんなガッツあるプレーする系なんだねって驚かれたり、
らいさんからこのグラボの寄りいいじゃん笑ってスライディンググラボの動画が送られてきたり、、。恐れずやってやろうって気持ちが芽生えた試合だった。


一緒に頑張ってた同期MFとベンチに入れたのが嬉しくてスクショとかしてました笑




そこから上手くいくことばかりじゃなかったけど(時系列はズレるけど忘れもしない関東遠征とか笑)、最高に楽しかった七帝戦@仙台も終えていよいよリーグ。



開幕戦vs南山、一週間前。
私はまだBにいた。調子が上がってるのは自覚してたけど練習試合もなく、幹部コーチさんへの見せ場もない。どうしよう、もう22リーグは間に合わないのかもしれない。焦っていた。

そんな思いを抱えながらある日の2部練。おそらく開幕戦5日前とか。
隣でやってるAの66に

『せら、dfで入って。』

あやさんに呼ばれた。
多分緊張はしてたけど、よっしゃきたと弱気な気持ちは一切なくてむしろ自信が強かったと思う。
ワンワンのdfは自信があったのもあって、
ありまさんにせらのライン上げるのめっちゃいいって、ナイディーって先輩からも褒められて、私の転機だった。
(尊敬なる偉大なMFらいさんるるさんから送られてきた褒めメッセージは嬉しくて全部スクショしてました笑)


しっかりBで準備して下積みして、壁当てで自信を身につけた。その成果だった。
絶好のチャンスを掴んだ。


次の日からAメンバーに私の名前があった。
ギリギリだけど開幕戦のベンチにも滑り込み。
結果は主将そらさんのブザービートフリショで同点ゴール。
一生忘れない光景を得た。震える瞬間だった。
私はずっとベンチから見てその感動に貢献はできなかった。

それでも、

大好きな4年生と一緒にコートに立ちたい、少しでも長く一緒にラクロスがしたい。
そのために自分が勝ちに、全学ベスト4に
プレーで貢献したかった。
2年生の追い上げや爆発力が必ずチームのためになる。
そんな気持ちで夏を過ごした。


予選は続き、


vs愛教
長めに出してもらえて、自分の中ではミスもなくやれたと思ってた。でもプラマイゼロすぎてそんなんじゃ下級生として、サブメンとして
意味がないと気付かされた愛教戦。

vs岐阜
愛教戦から反省して絶対点決める、ナイディーする、意気込んでいた。
ブレイクケア、そしてキャッチミスからの気合いのワンでリーグ初得点を決め先輩に頭ポンポンされて、
22リーグ私の大転機。
あやさんに『今日よかったじゃん』って、
めちゃめちゃ覚えてる。褒められた。笑


そこからはありがたいことに66固めの方に入れてもらえたり、
信州、金城とスタートで出させてもらったり、
毎回大緊張だったけど4試合連続得点。
自信に繋がった。
でも調子は良かったが、少しでも気を緩めたらボロが出る気がして、
毎日気は張り詰めた状態だった。練習の日は午後練だろうと朝から集中してたと思う。
たぶん朝練は前日の18時くらいからソワソワしてた。


そして22最終試合となったFINAL vs南山


最強で大尊敬できる大好きな4年生が率いる22willawsでなら、必ず勝って東海制覇し、
全学に進めると心の底から信じていた。
けれどサドンデス2回の果てに敗れた。
2年生ながらに東海制覇の壁の高さを痛感し、同時に私のモチベでもあった4年生が引退してしまった。


期待を込めて2年生をAチームに入れ、一年間通して扱いてくれた幹部を始めとする4年生のために、コーチさんのために、絶対に次は勝って恩返ししたいと思った。金メダルを先輩達にかけてあげたい。これが最高学年になった時の原動力にもなった。







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3年生、初めての幹部、3年主体。

正直、下級生の頃とは違う意味で辛かった一年。


23チームで幹部になりMFリーダーとなった。
サブリでもなくトップ。

2年生で最後のリーグにひょこっと出てきただけの私。
実力なんて全然ない。
スタートの保証もない。
絶対Aの確信もない。

私がメンバーを決める?
fbを同期や後輩、ましてや先輩に送る?


責任感はだいぶ強いタイプだから不安よりはMFを引っ張るんだ、っていう気持ちの方が強かった。
でも、もし、実力伴わずスタートから外れたら、万が一Bになったら。(そんな弱気だったわけでもないけど万がーを考えてた。)
MFどころではなくチーム全体が崩れてしまう。そんな責任感と使命感で走り始めた。




チームを動かすことの難しさを知った。


幹部として練習中の正解の提示、
改善されない練習の雰囲気、
お互いのコミュニケーション不足、
あらゆる方面との連携ミス、
AB間、学年間の溝、


歴代の先輩達の凄さを実感したと同時に、
自分達の無力さを痛感した。
正直ダメダメだった。


それでも諦めずに、見捨てることなく厳しくもチームに求め続けてくださるあやさん始めコーチさん方。本当に感謝してもしきれません。
23あってこその24だったと思っています。







幹部だったけど、MFリーダーだったけど、
周りにもっと目を向けなきゃいなかったのに
自分のことで精一杯だった。

リーグ期間中に思うように上手くいかず苦しんでいる同期、後輩のMFの子達。
Bに落とされて突き放された気持ちにさせてしまったと思う。
声をかけ、活躍できる環境に来れるまで引っ張り、引き上げる責任があるのに。



23最後の同期mtgで、
『もっと多様性を認め合えるチームにしたい』
という言葉が出た。

皆んながそれぞれの場所で頑張っているし、
逆にもがき苦しんでいる。
だけど、それを知らないし認め合っていない。
そんなチームは好きじゃないと言われた。

それを聞いたとき、
私ってみんなの気持ちなにも知らないんだ。
この一年、幹部としてなにしてきたんだろうって。
名大は人数が多いのもあって目を向けないと気づきにくい役職、努力、苦悩があるとは思ってる。それでもそこに全然気づこうとしてなかった。自分のこと、幹部の中だけで精一杯になってた。大反省した日だった。

24ではみんなのことを見よう。
みんなの努力を見にいこう、
話しかけにいこう、
知ろうとしよう。
そして認めよう。


幹部として、そう心に留めた。



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4年生、ラストイヤー。

信じられない速さで過ぎ去った。



打破ー!叫びながら乗り越えた冬のタイトレ

みあと日の出からドローした関東武者

就活と同時並行で正直死にそうだった春休み

東農大に逆転負けし、自分たちの弱みを痛感したスーパーカップ

6on6前の65mダッシュ(打破)




いよいよ最後の夏が始まった。



デイキャンプ、2部練、幹ミからの午後練、
からの夜のビデミ、、、、、
毎日がラクロス三昧でオフも練習のために接骨院と岩盤浴で疲労回復。笑
体はきつかったけど最高に楽しかった。
青春だった。
毎日山に行く日々が終わってしまうなんて信じられなかった。




迎えた24リーグ。

実は前日まで39℃の高熱、初戦の岐阜戦。

ホームグラウンドで皆んなが活躍した中京戦。

ぺじゅ、ここがいない中で戦った連戦の淑徳、金城。

全勝し、続く南山、愛教に向けて幹部でmtgを重ねた。試合想定の話、気持ちの話、技術の話、最悪の想定まで含めた考え得る全ての状況に思考を巡らせた。
想定内、想定内。が合言葉になってたね


そして迎えた南山戦、愛教戦

正直勝てる自信しかなかった。それくらい自分としても、チームとしてもできる準備は全部した。
もうこれ以上できることはないと思った。

だが結果は一点負け、同点。
名大3位通過。
そしてfinal4にぺじゅは出られない。

側からみたら最悪の状況に見えたかもしれないけど、4年生を始めポジティブに捉えていた。
正直じぶんはやばい、。とどこか感じていたような気もするけど、同期のポジティブさに救われたんだと思う。


メンバーを組み直し、考え直し、
さらに準備と想定を進めて迎えたfinal4。
負けたら終わりのvs南山@愛教

ここで勝てば歴史が変わる。

名大が大きく一歩進む。

今年だけじゃなくて、来年、再来年もっと強くなれるきっかけになる。

激闘の末勝つ姿を、光景を後輩たちに見せてあげたい。

OGさんに名大が南山を倒す瞬間を見せたい。

一緒に戦ってチームを創り上げて、全てを名大に懸けてくださったコーチさんと喜びたい。


東海制覇、関東打破前の大事な大きな一歩だった。


負けているなら自分が決めて勝たせる。
ボールは私にくれ。
足なんてどうなってもいい。
気持ち悪くなって立てなくなってもいい。


4年間を全てぶつけた試合だった。
4Q3点差がついても、残り時間が少なくても、最後まで勝てると心底信じていたし疑うこともなかった。慢心とかではなくこれまでやってきたことが自信に繋がっていたし、このチームでなら、仲間となら勝てると信じていた。


応援側には試合会場が急遽変更になっても駆けつけてくださる保護者の方々やOGさん、
声が途切れることもなく最高の応援を届けてくれる1年生中心とするスタンドの子達。
 

食トレに加え練習外の筋トレ、ラントレ課題、壁当て課題、
大幅に増やしたmtgや練習量、夜のビデミ、、。
それでもAB関係なくついてきてくれて、
4年生のラストイヤーに一緒に走ってくれる後輩たち。

幹部だけじゃなくて、Bリーダー、エンゲ、育成、役職なんて無くても、チームの為にそしてずっと強い名大ためにそれぞれの立ち位置で頑張り協力してきた誇りの同期。
 

そんなみんなの為に、みんなと一緒に、
勝って最高の景色ってやつを見たかった。



けれど、


ピッピッピーー。
ホイッスルの音とともに試合終了。
一点負けが確定しうちらの夢は途絶えた。
思い描いていたストーリーも虚しく終わった。


勝てなくて悔しいもあったけど、悔しいの先に、結果で恩返しできなかったことへの申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

時間とか労力とかそれだけじゃなくて、今年のチームに大きな期待を持ってまさに一緒に戦ってくださっていたコーチさんたちに本当に申し訳ないと思った。
いつかのmtgで関東打破した時あやさんはどんな顔で喜んでるかな?他のコーチさんはどうかな?の問いに皆んなが涙腺崩壊しながら想像したあやさんの顔。
大井ホッケー場で泣いて喜んでくれる姿を自分たちの勝利で見たかった。
想像したコーチさんの喜んだ顔、それが原動力だった。
それなのに、いちごの最後の挨拶と共に、
応援席に深々とお辞儀させて終わらせてしまった。


ここまで付いてきてくれた後輩たちにも、。

今年沢山変えた。練習外の時間の拘束も多かったと思う。勝つために、結果を残すためにみんなに負荷をかけた。
本当にみんなよくついてきてくれたと思う。
ありがとう。
だからこそ絶対に勝って東海制覇して、
関東打破して。
頑張ってよかった、これだけ頑張ったら勝てるんだって、来年もっと頑張ろう、って
原動力に変えて欲しかった。


今年勝ったら来年、再来年の名大の流れも変わると思ってたから、勝ち癖をつけたかった。
勝てる名大に変えたかった。
その使命が今年にはあった。






いまだに悔しいです。







でもここで味わった色んな感情、
出会えた仲間、
考えた時間、
ありふれた言葉になるけど、
かけがえのない4年間だった。



女ラクに入った4年間は大正解でした。
想像通り、やり遂げて後悔はありません。
3年半前の私、最高の選択でした。
1年生の頃に仮に戻ったら、
もう一度女ラクに入る選択をすると思う。
ありがとう。

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最後に伝えたい人たちへ



コーチさん
あやさんもえさんは私たちが1年生の頃から、そしてありまさん、しらさん、こうきさん、
Bコーチのけんとさん、
育成とあさんるるさんおちこさん、
24willawsに尽力してくださり本当にありがとうございました。
このチームに懸けてくださって、恩返しとして結果で証明するべきでした。

きっと勝ってたら
あやさんは涙を流しながら拍手してて、
もえさんは涙を堪えながら静かに喜んでいて、
ありまさんは毎日走ったからですね笑って集合で言ってくれて、
しらさんはすずと抱き合ってて、
こうきさんは『お前ら最高だなー!』って言ってくれて、
けんとさんは応援席でニコニコしてて、
とあさんるるさんおちこさんはよく頑張ったねって言ってくれる。
そんなことを想像していた。
やっぱり、やっぱり、一緒に勝ちたかったです。応えられずごめんなさい。
コーチとしてだけじゃなくて、大人として大好きな人たちです。

名大を選んでくださって、
沢山の時間と頭と神経を使ってくださって、
ありがとうございました。



OGさん、保護者の方々
今年はより多くの方々が試合会場まで駆けつけてくださり、とても力になりました。
OG会を通しても、名大女ラクはこれまで多くの方々によって支えられ、創り上げられたものなんだと改めて実感し、そんな方々のためにも今年勝ちたいと強く思いました。
これからも変わらず、ご支援、応援いただけますと幸いです。
来年のリーグ戦からは21世代応援団長として尽力させていただきます。



後輩へ
ついてきてくれて、一緒に戦ってくれてありがとう。それぞれの立場で辛いこともあっただろうけど、AB1年生関係なく皆んなが頑張る姿を見て鼓舞されてました。
全国に連れて行きたかったな、ごめんね。


そして伝えたいことと、残したいこと。
偉そうに語らせてください。
一部締めみで話しましたが、、、、、
(2分に収まりきらなかった分)
①1年生のせらから、
目先のことだけじゃなく長い目でラクロスプランを考えて欲しい。
細かいことは最初の方で言ったことかな。

②2年生のせらから、
いつか必ずチャンスがくるから、それを掴むための準備と自信。
いつそのチャンスが来ても掴みとれるように。
これ実は18世代主将のしまさんが締めみでおっしゃってたこと、ずっと心に留めてた。

③最後に、これは幹部(上級)目線になるんだけど、
下級生は特に、失敗を恐れずにどんどん挑戦して欲しい。
正直1.2回のミスなんて気にならない。
それよりも何もせずに目立たない方が悪。

私も2年生の頃は一回のミスが、とかミスが目立つのが怖くて安牌ばっかしてた。
でも幹部になって下級生を見てる中で、
せっかく試合に出てるのにワンかけないとか、
ボール貰わないとか、
グラボ寄らないとか、
勿体ないなあって。
期待されてるんだからプラスを何か残したいし、プラマイゼロよりはむしろ挑戦した結果マイナスの方がいい。マイナスだったら次こうしようって言えるからね。
−10、−20、+50 = +20
これでいいと思う。


みんな上手いんだから自信持ってたくさんチャレンジしてねってことですつまりは!
来年のリーグでみんなが活躍する姿楽しみにしてるね。





同期へ
自慢の同期。
今年一年、皆んながみんなそれぞれの立場で頑張ってたよねって話してたけど本当にその通りだと思う。ずっと強い名大のため、24チームのため。皆んながアンテナ張って、気づいたことにはそれぞれがフォローして、発信して、解決して。
忘年会と沖縄でまた語り尽くそうね。


同期幹部へ
(ライン名 24willawsで勝つ女たち)
いちごすずはるれんそう(みいも)

2年間このメンバーで幹部ができて良かった。
みんな本当に頼もしくて、私が持ってないもの沢山持ってて、気づかないこと、新しい視点を沢山くれた。mtgしててもこういう人たちがきっと今後社会で活躍するんだろうなあって感心しちゃうほど頼もしかった。
みんなとっても責任感も強い。
おもろいほど負けず嫌いで、時々同期の私でも怖いと感じることもあったけど(暴露笑)、
最高の同志だったよありがとう。

あと、
最後の一年、各ポジトップが伸びろ、
いちご、せら、はる、れん。
ここが伸びないと関東で、ましてや東海でも勝てない。
言われ続けていた。言葉の通りだった。
プレッシャーもあった。

正直final4で負けた時、
1年間全てを否定された気持ちになった。
ああこんなに変えてもダメなんだ、って。

でも数日後にベストプレイヤーの発表があって、この4人の名前を見た時、
この過程は間違ってなかったんだなって、
正解だったよ頑張ったねって言われた気がした。
少しだけ、報われた。
自己満に聞こえるかもしれないけど、自分が選ばれたよりこの4人が揃って選ばれたことが嬉しかったな。













正直未だに引退した実感はあまりありません。
ないというか、たぶん認めたくないだけ、笑
バイト終わって携帯開いても幹部ラインの通知はもちろんないし、20時リミットを過ぎてもメニューラインも音沙汰なし。
少し寂しかったりもします。今もなおラインのピン留めは外せず、
上から24全体、24戦術、24幹部、24遅刻欠席、24ドロワーズ、、、、、、。
何回も外そうと(外さなきゃ)と思ったけど、
横にスライドして、ああやっぱむりだ、ってそのまんま。
外したら本当に全てが終わってしまうような気がしてこわいんですきっと、
新人戦まではそのままにしよっと。






2021年4月。
当時部活なんてまったく入る気ゼロだったのに、女ラクに出会ってくれてありがとう。

全ての縁で私は女ラクを選択し、
最高の4年間を過ごせました。

新歓で私を名大女ラクに沼らせてくれたらいさん、ろんさん。
これまで最高の組織を創り上げてくださった名大女ラクに関わる全ての皆様。
ありがとうございました。

最高のチームの一員になれて、幸せ者です。
女ラクに入ってなかったら出会っていなかっただろう人たちにも出会えて、
そんな人たちから影響を受けて、
自分も与えて、
色んな感情を味わいながら、
人として強くなれました。


すでに25willawsは始動していて、
この一年で頼もしく逞しくなった
れあここれお中心に、
また24とは違った色のいいチームを創ってくれると思います。


これから続く25willaws、その先までずっと
名古屋大学女子ラクロス部を今後とも応援の程よろしくお願いします。





全ての出会いと縁に感謝





ありがとうみんな出会えてよかった!

愛してるぜうぃろーず!


#36 せら