名古屋大学女子ラクロス部WILLAWSのBLOG -72ページ目

名古屋大学女子ラクロス部WILLAWSのBLOG

部員紹介や活動について更新しています!

こんにちは。DFリーダーを務めました、

4年DF #25 はるです。


本年度も名古屋大学女子ラクロス部のご支援、応援の程ありがとうございました。今年こそ結果を示して恩返しをしたいと思い発足した24チームでしたが、結果を出すことが出来ずとても悔しいです。現地やインスタライブ、LINE等での応援はとても励みとなりました。来年は頼もしい後輩達がwillawsを引っ張り、歴史を変えるために頑張っているので、引き続き応援して下さると嬉しいです。よろしくお願い致します!




さて、ついに引退ブログを書く時がきました笑



私の4年間の振り返りやここで感じた思いなどを綴っていきたいと思います。(国弱ですのでまとまりがないと思いますが、温かい目で読んでいただけると嬉しいです🤣。)


1年生。 

ずっとやってきたソフトボールを続けるか迷っていましたが、やるならガチでやれる所に身を置きたいと思い、女子ラクロス部に入部しました。でも、新しいスポーツ!がんばろう!って思っていたのは初めの1ヶ月だけ。バスケみたいな対人スポーツは今まで一度もやったことがないし、戦術も検討がつかない。体力も技術もなかったので当然同期の中ではだんだん霞んでいきました。強いて言うならずっと屋外スポーツをやってたので熱中症にならないことや足を吊らないことが強みって感じでした(笑)あと捻挫しないこと笑

新人戦までずーーーっと1年練でB練にあがったことなんてないし、Bにあがっていく同期を見てすごいなって思うけど自分ごとに捉えることは出来なくなり、最初はやっぱり悔しかったけれど、だんだんその悔しさも薄れていきました。

新人戦前も同期が燃えている中どこか上の空で練習してて、新人戦決勝で負けて同期が泣いている中、私は泣くことが出来ませんでした。その時のことはあまり覚えてないんですが、恐らくそんなに悔しくなかったんだと思います。もっとこの時にラクロスの楽しさに気づいて、がむしゃらにやれれば良かったなと今になっては思います。


2年生。

新人戦が終わって、22が始まって数ヶ月。同期が立て続けに辞めていって、ラクロスへのモチベーションもあまりなかったので私もその流れに乗って辞めようかと思いました。同期のみんながはるは辞めると思ってたと思います。笑 
でもやっぱり1度やると決めたことを途中で辞めるのは悔しい、自分に負けた感じがする、なかなか辞めたいって先輩に言えませんでした。

そんな時Aメンバーの中に自分の名前がありました。+α欄に名前が書いてあったのでちゃんとしたAではなかったけど、初めてSlackの #メンバー に はる と載り、自分の実力が少し評価され、A練に参加するチャンスを貰いました。
上手くなるチャンスが転がって来てるのにここで辞めたら私は人生をかけて後悔するし、自分がチームに必要となる存在になったなと思うまで辞めるかどうか考えるのを辞めようと思い、22が終わるまでは絶対辞めずに19の先輩方について行く。そう決めました。
当たり前なんですが、1年練と違ってA練は質も高くて量も多くて、スクエア1つとってもスピード、球の質、パスキャ精度、会話量、全然違う。心が折れかけて練習に猛烈に行きたくない時もありました。試合でもせっかくAで出させてもらったのにミスしないようになるべくボールに触らないようにしてたらグラボも全然取れず、求められているガッツあるプレーができなくて次の日からはBになる、なんてこともありへこでしまうことも多かったです。

それでもここで辞めたら後悔する、22で絶対に勝ちたいという思いだけでリーグ前ラクロスをしていました。

リーグ期になるとだんだんAに固定で入れるようになってきて、もう本当に下手だったけどリーグ戦ではたくさんミスをカバーして貰って、得失点差が重要な試合が続いていたにも関わらず点差をつけてもらって、出場する機会を先輩方がたくさん作ってくれました。本当に感謝してます🙇‍♀️

22のファイナルでは、DFで唯一私だけが下級生でベンチに入れてもらいました。けれどファイナルは1秒もコートに立てなかったし、チームもサドンの末負けてしまいました。同期のみいやすずやれんが緊張感漂うコートに堂々と立ってるのに私はそのコートに立つ自信もなく、正直出なくてよかったと思ってしまった自分もいて、後からめちゃくちゃ悔しくなったのを覚えています。






3年生。


22が終わったらやめようと思っていましたが、悔しすぎて絶対ここでやめても後悔するとおもったので続けることにしました(まだ辞めようとおもっていたんかという感じです笑)。

あとは19の先輩方のラクロスにかけている姿がとてもかっこよくて、私もこんな風になりたいと思ったからです。




ですが正直幹部をやる気はなかったです。自分は人を引っ張るタイプでもないし、まだまだ全然上手くない、そんな私が幹部に入るなんてありえないと思っていました。けれど、Bリーグで4年生がいない試合に出て、23のDFは誰が動かす、と考えた時にこれは私が覚悟を決めなければ繋いできてもらったずっと強い名大が途切れてしまうと思い、幹部をやると決めました。


でもここからが茨の道(笑)の始まりで、まず何から手をつけたらいいのか分からない。自分の事でいっぱいいっぱいなのにチーム全体のことを考えなければならない。どこが課題で、今自分たちが何を頑張らなければならないのか的確に伝えられない。これが正解だと断言出来ず全てのメニューにおいて中途半端。DFはどう?ってなった時にみんな私の方を見る、分からないからみんな私の事見ないで。という感じでした😅幹部なのに(笑)


この1年は自分でもどうしたらいいのか分からなくて本当に苦しくてラクロス楽しいなんて1ミリも思えなくて、コーチさん、特にもえさんにははる大丈夫か、手抜いてるんじゃないかとたくさん思わせてしまったと思います。すみませんでした。😣


先程、幹部をやると覚悟を決めたと書きましたが、明らかに中途半端な覚悟だったと思います。もっとしっかりとDFリーダーとしての自覚を持ち、チームを引っ張っていくという覚悟を持たないと上には進めない。そんなことを学んだ1年だったと思います。ただ、この1年があったからこそ、自分自身大きく成長できました。






4年生。


ラストイヤー。絶対にチームを勝たせるDFリーダーになって最強のDFを作るという覚悟を持ち、チームにおいて絶対的な存在になる。そう決めてキックオフした24willaws。 


自分自身、実習で長期間離脱したり、就活や卒業研究もあったりとなかなかラクロスに時間を割くことが難しい1年になりましたが、それでも24willawsで打破したその先の自分たちはどうなっているのかと想像しワクワクすることで頑張っていました。


自分で動かすDFは大変なことももちろんあり、練習後家に帰ったら涙が出てくる、1人で泣きながら山下る、なんてことは日常茶飯事でしたが(笑)、それでも今までで1番やりがいがあって、楽しくラクロスが出来たなと思っています。


勝ちたい思いが先行して厳しい言葉をかける時もたくさんあったし、言語化が全く出来なくて説明は擬音語多用(笑)、頼りない部分もかなりあったと思うけど、それでもついてきてくれたみんなには感謝しています。ありがとう。



そんな今年の結果はFinal4敗退。昨年と変わらなかった。勝てると信じていたので、最後のホイッスルが鳴った瞬間、頭が真っ白になった。コートで泣き崩れる仲間を宥めることしか出来なかった。終わりはこんなにも呆気ないものなのかと思った。


昨年の負けから足りなかったことや改善すべき所を出して、私たち幹部は関東打破するためにを行動の軸として動いてきたし、チームメイト全員が、勝つために、関東打破するために練習してきた。


しかし、部の中にいた人同士じゃないとその過程は評価されない、やはり内部だけでなく外部の人にも結果を出して名大は強いと評価されたかった。


この1年をかけてやれるだけのことはやってきたし、やってきたことに関して後悔はしてないですが、結果を出して色んな人に恩返しがしたかったです。それに尽きます。





ですが、結果が全てではなく、私はこの4年間で得たことがものすごく多かったなと引退して数週間たった今、心から思っています。


自分に自信を持てたこと。常にチャレンジングに生きようと思えたこと。そして、自分の可能性を広げることが出来たこと。他にも書くとキリがないですがこんな感じです。


特に最後の、自分の可能性を広げることが出来たこと。私は人を引っ張るタイプではないと勝手に自分を決めつけていましたが、無事に(?)この1年間幹部をやりきることが出来ました。

壁にぶつかることも沢山ありましたが、その壁をぶち壊せた時、あ、自分でも出来た、できるんじゃん👍🏻⟡.·って思うことが増えて、間違っていてもいいからとりあえず前だけ向いてやってみよう精神になっていきました。


これは24キックオフの時にしっかりとDFリーダーとしてすべての責任を負うという覚悟を持てたからだと今では思っています。

 



私は今、これからの人生、広がっていく自分の可能性にワクワクしているし、自分がどんな選択をしていくのか楽しみです笑(いちごのおかげで人生スケールで物事を捉えられるようになりました笑)

女ラクに入ってなかったらきっとこんなマインドで生きてはいなかったし、入部したての頃に比べればもう大成長です笑笑

3年前の自分は今の自分を見てとても驚くのではないでしょうか。(笑)






ラクロスという新しいスポーツの世界に飛び込み、仲間とともに熱い4年間を過ごし、たくさんのことを学べた自分を今はとても誇りに思います。


この組織に身を置けて本当に良かった。





以上が4年間の振り返りです。




最後に感謝の気持ちを伝えます。



コーチさん方


ほぼ毎週土日練習に来てくださって、私たちに足りていないことをしっかり言語化してくださり、1から教えてくださってありがとうございました。私がDFリーダーで不安にさせることも多々あったと思います。それでも最後まで名大女ラクに関わってくだり、本当にありがとうございました。コーチさん方から学んだことをこれからの社会人生活でも活かして頑張りたいと思います!!!



OGの皆様


練習や試合会場に足を運んでくださったり、インスタライブで応援してくださったり、暖かい声をかけてくださったりとありがとうございました。OGさんの応援がとても励みになりました。

24として結果を残すことは出来ませんでしたが、25で逞しい後輩たちが私たちの思いを繋いでくれるので、引き続き応援よろしくお願いします!




家族


物心ついた時から左バッターになっていて、家でバットを振っているくらい野球一筋の家に生まれたので、ラクロス部に入ると伝えた時はソフトの時ほど応援してくれないだろうと思っていたけど、年末年始にクロスを持って帰省するとお父さんはグローブ、私はクロスでパスキャ(キャッチボール笑)してくれて、雪が降って練習できない時は室内練習場にも連れて行ってくれましたね笑

2年生くらいの時からだんだん試合も見に来てくれるようになり、4年になると応援団長📣👨とバードウォッチング📸👩(笑)でリーグ戦はほとんど見に来てくれました。金沢から笑

なかなか帰省しないし、問題だらけな娘だったけど私が決めたことは何一つ反対せず、必ず最後まで応援してくれて、感謝しています。ありがとう!




後輩のみんな


特にラスト1年はみんなの頑張りで私も奮い立って頑張ろうと思うことが多かったです。ありがとう!

この先、楽しいことばかりではないかもしれないけれど、4年間のラクロス生活を通して、周りの人を誇り、周りからも誇られるようになり、そして自分自身をも誇れる人になって欲しいと思っています。覚悟を持ってやり遂げたその先にそれはあると思います。



そして、25を引っ張るリーダー達へ


部活をやっているとたくさんの選択肢があって、チーム、個人としてどちらに進もうか迷う時もあると思います。そんな時は自分が選んだ道を正解にしていけばいい。間違えたらもどって再スタートすればいいだけです。自分が向いた方向であれば360°どこでも前だからね。自分の可能性が広がっていくことを思いっきり楽しんで、後悔のないように突き進んでください。



頑張ってね。応援してます。





同期


プライベートでは全然遊ばないけど笑、部活の時は本音で自分の考えや人生観を伝えられる同志。

もう頑張れない!って思った時に周りを見ると、みんなが色んな所で責任を持ってチームの為に頑張っていて、その姿を見て私ももっと頑張るしかないと思わせてくれました。

そんな同期と出会えたことで私の価値観は180度変わったし、物事に対する捉え方も変わりました。ありがとう。

ほんとに出会えてよかった人達。大好きなのでこれからも私のだる絡みに付き合ってください。

みんなと作った24willawsは私の宝物です!💎






これが私の引退ブログになります。本当に濃くて人としてものすごく成長できた時間になりました🧚‍♀️ 

たくさんの素晴らしい人たちに出会えて、素敵な環境でラクロスが出来たことはとても幸せでした。




4年間で関わってくださった皆様、本当にありがとうございました!!!!!




#25 はる













こんにちは!
スタッフリーダーを務めさせていただきました。4年MGのそうです。



まず初めに名古屋大学女子ラクロス部に関わってくださった全ての方々本当にありがとうございました。たくさんの暖かい声援のおかげでここまで走り抜くことができました。「応援してくださる方達のために勝ちたい」部活をする中でそんな風に思ったのは私の人生で初めてで、そう思えたのもみなさんの声援があってこそです。
来年も後輩たちが「ずっと強い名大」の元、いいチームを作りあげてくれるので変わらぬご声援をどうかよろしくお願いいたします。



では最後のブログを書こうと思います。3年の意気込みブログは私の中で引退ブログだと思って書いていたので実質2回目の引退ブログです笑


4年間、もう全部思い出せないくらい濃い毎日でした。自分の気持ちを直接話すよりこうやって文章化する方がまだ得意なので半分自己満で振り返っていこうと思います。長いので飽きたら最後のまとめぐらいまで飛ばしてください🪶




1年生
高校生、どこか馴染みきれない3年間
いままでの関係全て断ち切って0からスタートしたくて自分が行ける中で1番レベルが高かった名大に入学した

中高テニスのプレーヤーだったけど自分の性格的にマネージャーがあってると思っていた
何かがんばるものが欲しかったからひたすら部活の新歓を回った

たっくさん新歓いってボートか女ラクかの二択だったけど、女ラクに決めたのは新歓試合。試合がかっこよかったのももちろんだけど、それと同じくらい審判に目がいったマネージャーにも輝く場所がある事に惹かれてそのまま入部、ここからラクロス漬けの4年間がスタート!





最初は新しいことを覚えていくのが楽しくて仕方なかった

あの頃は同期が多かったのもあってプレイヤーとは馴染みきれず、ずっと同期マネと一緒にいた。けどそれが楽しかった。練習中ビデオとデータでシフトがかぶれば中反省でくだらない話をして、練習が終われば馬鹿みたいなことばっかりして

最初からプレイヤーともっと仲良くなってたらまた違ったのかなとも思う。あの頃はプレイヤーのことなんて考えてなくて、ただマネのみんなと会えること、話せることがすべてだった

でも試合自体は楽しかった。あの頃ルールとか全然分からなかったけど、コートで試合する先輩たちの姿がただただかっこよかった
自分が初めてベンチに入った試合、あの試合で同期のすずがコート入って点決めてその時同期がコートで活躍する嬉しさを知った

愛教戦、あの頃の因縁の相手で一緒に役割入ってたみんさんがすごい緊張してた。試合に勝った時プレイヤー、マネージャー関係なくみんなほんとに喜んでて私もいつかこんなに喜べるぐらい部活にのめり込めるのかなと思ってた




1年の春休み
覚えることも少なくなった途端に自分の部活における存在意義ってなんなんだろう?なんで自分が苦しい思いして部活におらなあかんのやろうと思って部活をやめたくなった。今思えばあたりまえ、ただのお手伝いさんみたいだったから

同期の中でも新しい道を自分で見つけてラクロスとは違う方向に進む人達が増えた

私は何がしたいんだろう
よく分からなくて、考えてるけど考えてる風で思考停止してた
自分の気持ちが分からないから誰にも相談できず、そのまま2年生になった





2年生
妹ができた、後輩ができた

自分が役割を教えるから下手なことは教えられないと一つ一つの仕事の意味を考え始めた。ここらへんから私がずっと大事にしてる「こだわる」という気持ちが芽生えてきたのかなって思う。後輩ができたら自然と辞めたいという気持ちは薄れていった

22willawsは緊張感があるチームだった

スタッフの仕事に対して幹部の方たちが感謝も叱咤もしてくれて、すごく嬉しかった。マネのこともチームの戦力だと考えてくれてる、必要な存在としてみてくれてると思えた

見てもらえているからこそ毎日緊張感をもって部活をしていた。ミスをしないようにと気を配るのはすごくしんどかった。22が終わった時やっと息ができる気がすると文章で書いちゃうくらい笑だから1番近くでがんばってた選手のみんなはどんなプレッシャーの中でラクロスしてたんだろうとぞっとする時もあった

だからこそfinalで負けた時、信じられなかった。最後の瞬間まで絶対勝てると思ってたし、
勝つことがあたりまえだと思わせる実力も想いも努力もあった

来年先輩たちの想いを継いで私たちが頑張らなきゃいけない。でかすぎる想いを背負ったねってるりはと帰り道に話してた



それとこの時期、審判3級の資格をとった
66で毎回マネの役割ではなく並走に入らせてもらって、役割こなす同期に申し訳ないと思いながらべるさんりきさんに何度も何度も質問して、、少しずつファールが分かっていくのが楽しかった。Finalの日、サドンのルール話してたらるりはがめちゃ勉強してるんだねって褒めてくれたの地味に結構嬉しかったりした笑

10月Bリーグ、2回オフサイドを間違えるというかなりやばいミスを犯したものの3級合格
すごくすごく嬉しかったし、おめでとうと同期が祝ってくれたのが何より嬉しかった。ここから私の審判生活が始まった🦓

それと時系列バラバラで申し訳ないけど、finalの日べるさんがゼブラ賞に選ばれた
スタッフでも表彰される、輝く舞台がある
私もこれに選ばれたい。心の底からそう思った
おのずとそこが私の目標になった





23キックオフ
幹部になった
プレイヤーと距離を詰めてこなかったせいで同期でさえ何話したらいいか分からなくて対面かんみでかなり孤独を感じてた笑笑

それでもここで同期幹部と近づけたことがこの後のラクロス人生の大きなターニングポイントになった


幹部になって1番困ったのは自分の意見がないこと、人の意見に納得することしかできなかったことだった。自分の意見をちゃんと話す同期幹部の姿を見て結構焦った

とにかく行動するしかないと思ってかんみでは1回1発言を心がけた。自分が幹部に入ったことの意義を見出したかった。おちこさんに締めみの手紙でそうは立場的に発言しにくかったやろうけどちゃんと意見しててえらかったって書かれてて、ちょっとは変われてたのかなってすごく嬉しかったです


やまさんとも沢山会話した。できるだけ自分の意見を絞り出して伝えられるよう意識した
やまさんとは幹部・AN・タイム班とかなり似た立場で、だからこそすごく比べた、それでたくさん落ち込んだ

周りが見えない、気づきが足りない・伝えられない、練習を俯瞰して見れてない、言語化できない、、言い出したらキリがなくて
同期マネとも上手くいってない時期だったかな
足りないところだらけで何もできない自分が嫌い+学部も実験レポートとか適当で、学部の同期ともどんどん差がついてる気がしてなに中途半端に生きてるんだろうって思った
色んなことが重なって5.6月のナイターの日のダウンの時間、急に心が折れた。涙が止まらなかった


その日1人で帰りながら

「今年でラストにしよう」

そう決めた


それからは今年でラストだからとそれで気持ちを奮い立たせてなんだって頑張れた

審判は2級を目指してた。もっと上手くなりたかったから。ここは部活続けるとはなんか別だった笑部活辞めても審判だけは続けようと思ってた
この時はチームのためというより自分のための方が大きかったかな、自分のためにがんばる目標が欲しかった

練習中はとにかくやまさんの背中を必死に追いかけた。分からないからとにかく見て真似した。何をすべきか考えることは諦めなかった


リーグ戦が始まって、開幕戦、タイムに選んでもらった
まさかのまさかすぎてほんとにビックリした
やまさんに少しは認めてもらえた気がしてすごく嬉しかった

あとひっそり嬉しかったのはあやさんにベンチにはやまかそうがいて欲しいと言われたこと

私もやまさんと同じように必要とされてるんだ、そう思われる存在にまでは成長できたんだ。それはほんとに嬉しかった



迎えたfinal4
役割はタイムだった
この日はとてもとても冷静で、頭が冷えていて、なんでも出来そうな日だった、なんか点も決められそうみたいな笑それは意味わかんないけど

結果は1点差
隣で泣き崩れるみあをみて負けたんだって認識した

涙は流れたけど現実味がないまま、次の試合の審判に向かった


やまさんにfinalの舞台に立って欲しかった
タイムをしてもらいたかった
金メダルをかけて欲しかった
その願いが叶わなかった、それが1番悔しかった




24キックオフ
同期に辞めたいことを話した
「辞めたい」をみんなに伝えられたのは初めてだった

色んな人が色んな気持ちを伝えてくれた
自分が思っていたより必要としてもらえていた事が嬉しかった

研究室は忙しいを避けれない分野に進みたかったから部活に来れない日が増えることは分かってた
何においても中途半端は絶対に嫌だったし、また予定に押しつぶされて自分が潰れる自信しかなかった


それでも続けたいと思ったのは同期幹部のmtgがあったからでした

毎日mtgをして、これはもちろん進退に関わらず全力で取り組むと決めてたから精一杯考えてた。大変だったけどみんなで考えてる時間は楽しかった

そのmtgを経て
「24で絶対全国行ける」
と思った。その時自分がそこのベンチにいないことが悔しかった、最後の最後全国行った時のメンバーに自分がいないのが嫌だった

みんなと全国行きたい。そう思った

続けるならスタッフリーダーをやりたい。幹部としてチームに関わりたい
それなら早く決断しないとと10月半ばおそらく進退を迷っていた中で誰よりも早く続ける決断をした


24のスタッフ組織として何を大事にしたいか
スタッフでmtgをして、みんながなりたい自分と組織像を聞いた
それで決めたスタッフ軸が「主体性」

自分の役職に責任をもってほしい、自分にしかない何かを見つけて欲しい
部活に自分の存在意義を感じて欲しい
全員が輝ける場を作りたい
全員が戦力であっていてほしい
そんな私がスタッフとして3年間過ごしてきた中での悩みや想いもこめた言葉

誰にでも自分に価値があると思って欲しかった
なにか自分にしかできない事がある、自分の価値を感じられる部分があると部活は絶対楽しくなるって分かってたから


だれも自分が部活にいて価値が無いなんて思わないようにどうすればいいか
そのヒントになったのが明治大への武者だった

プレイヤーがおそらく50は超える中でスタッフはたったの5人。それでも各自がMG,AN,TRと役割をもちその役割に責任とプレイドをもっていて、自分の役職について5人とも語ってくれた

かっこよかった。
私が目指したいのはここだと思った

たくさんみんなと話をして、完全役割分けを決めた
最初は問題だらけでみんなを苦しめてしまって分けない方がよかったのかなとも思ったけど、各ポジがそれぞれのやり方で成長してどのポジも負けない組織になれた

でもまだまだこれからだと思うよ。今年どうするかは分からないけどどのポジに上も下もないから勝負してる気持ちでがんばってね!


それと24はとにかくやるべきだと思ったことはすぐ行動に移した。きゅうさんのお言葉、24幹部の合言葉?的な

時間はなかった。1年という限られた時間の中で何を成し遂げられるか
考えるよりまず行動、それから評価
周りも適度に巻き込みつつ(できてたかな?笑)食トレ・ファールの講習会、知識をつけて実践に落とし込む。その経過は楽しかったな

練習中はとにかくコートを、プレイヤーを、次の動きを、考えて頭を動かし続けた
伝えるべきだと思ったことはできるだけ分かりやすい言葉にしてその場で、言語化が苦手で最後の最後まであんまり上手くならなかったけど行動はした

スタッフからしか見えないことがあると思ったから疑問に思った事はとにかく伝えた。MGになったことでよりメニューへの認識が高まったからそこはやりやすかった
タイム管理はプレイヤーのメニューへの認識を聞いて、どこを削ってどこを伸ばすべきか判断して自分で考えたりもして行動した

プレイヤーが練習に100%集中できる環境作りを常に目指した


3年までは
私自身が良く見えるようにするにはどうすればいいか
と考えていたことが4年になってようやく
チームが強くなるにはどうすればいいか
になれた気がする
遅すぎるけど


始まったリーグ戦、最後の1年
毎回の試合成長できるようにベンチメンバーのLINEグループ作って振り返り制度を作った。ベンチの動きは少しずつよくなっていたと思う


9/15 愛教戦
ぺじゅがイエローレッドで次の試合出場停止になった

知っていた知識だった
止められるファールだった
1枚目出ているからカードプレーはするなと一声かけられた

もちろんぺじゅが1番悔しかったはず
でも私が一声かけていたらとすごく後悔した


10/6 Bリーグ たくさんの問題が起きた
いままでの積み重ねだった
詰めが甘すぎた
他責にしすぎていた
責任を自分たちで背負いすぎていた

ここまで責任感が強いこと、自分に責任を負わせることは癖だったし別に悪いことだとも思っていなかった
それはチームとして悪い方向に進んでしまうことをやっと気づいた、遅すぎたけどでも気づくことができた
誇れる自分ってなんだろうをもっかい考え直した
落ち込んだけどまだやれるって、南山戦に向けた最後の1週間みんな全力だった


10/12 final4
たくさんのことが積み重なりすぎて、それでも試合ができていること自体がすでにありがたかった

この日のチアワーズは始まる前から泣く気がしてた笑たくさんの想いが重なって、みんなを勢いづけたくて、そんなチアワーズにできてたかな


結果1点差で負けた
負けた瞬間、この時も信じられなかった、ありえなかった
ここで終わるの?まだ瑞穂の舞台にすら立ってないのに、

ベンチから出るまではまだ倒れちゃいけない、最後までしっかりやりきれって

会場変更で試合間がなくなり、次の試合の審判集合にすぐ行かなければならず最後の挨拶にも行けなかった、OGさん達に応援に来てくれてた同期に挨拶にも行けなかった、コーチさん達とも話せなかった。この時ばかりは審判を恨んだ(FINAL4の審判に選んでもらえたのはほんとに光栄でした)
こんなに応援してもらったのに最後感謝の気持ちを伝えにいけなくて本当にすみませんでした



審判が終わって帰りのバス

「私のせいじゃん」

そう思った


FINAL4
合計イエロー4枚、足つり者多数
私のせいと思うことさえ烏滸がましいことは分かってる、でも
66中もっと厳しくファールを吹いていれば
私自身が正しい知識をもっともっていれば
final4季節的に涼しいからとなめてなかった?
もっとつり対策できたんじゃないの?
スタッフの反省最近できてなかった
ベンチワークの引き継ぎちゃんとできてなかったんじゃないか

カードがたくさん出たこともみんなが足をつったことも防げたことなんじゃないかって、すごくすごく後悔した

だからいまだに虚無から抜け出せないのかもしれない、現実を受け止められないのかもしれないです


10/20 final
女子の決勝戦後先輩審判さんに呼び出された
ゼブラ賞はらぴちゃん
その場でできるだけ顔に出さないようにしてたけど(たぶんくまさんにはばれてた笑)ほんとにめちゃめちゃ悔しかった
分かってはいたし納得もできるし自分の努力不足が原因だった
でも2年前から憧れていて、この3年、特に3.4年の2年間は部活に+αで審判をするのはかなりしんどくてそれでもがんばったからかなり落ち込んだ

ベスト10に選ばれる同期を見ながら私もゼブラ賞をとってあの横に並びたかった



関東打破できなかったこと、メダルをかけれなかったこと、来年開幕戦を用意してあげられなかったこと、ゼブラ賞とれなかったこと
なかなか消化できないし、この先あと何年かは引きづりそうです

でもこの4年間、特にラスト1年、こんなに何かにかけて全力でがんばったのは初めてでした
みんなと高い目標を掲げて高めあえたことは楽しかったし、無我夢中で高い目標を追いかけたこの経験と感情は生涯忘れることのできないものだなと思います

ーーーーーーー
長すぎる4年間の振り返りを読んでいただきありがとうございました。

最後にまずはメッセージから💬

コーチさん方へ
試合に練習にビデミにmtgにと、たくさんの時間をチームに割いてくださり本当にありがとうございました。あの大井ホッケー場の大舞台にコーチさん方と一緒に立ちたかったです。
スタッフにたくさん目を向けてくださったこと何よりも嬉しくてやりがいでした。


東海審判の先輩方、同期、後輩へ
審判は私のラクロスにおいてとても大切な存在でした。ラクロスという競技に対して面白さを持てたのは審判のおかげです
試合にはいる度たくさんのことを教えてくださりありがとうございました。
大事な試合の審判に選んでいただけること、オールスターに選ばれること、色んなチャンスをいただけたことが嬉しかったしやりがいでした
特に岐阜審判ずに出会えてほんとによかった。勝手にライバルだと思ってました笑見てるか分からないけどみんな大好きほんまにありがとう
来年度もよろしくお願いします!


家族へ
全然実家に帰らないし、帰っても部活で傷心モードだったりでたくさん心配かけたけど私の挑戦をいつも見守っていてくれてありがとう。Final見せたかったな。これから親孝行して返していきます


OGさん方へ
冒頭でもお伝えしましたが、現地に来て応援してくださる方、応援のメッセージを送ってくださる方、応援パックという形で支援してくださる方、練習に来て下さる方、色んな形で支えてくださりほんとうにありがとうございました。
FINAL4の最後の挨拶、愛教という交通の便が悪い土地でありながらたくさんの方々が見に来てくださってる景色を見て愛されて支えられたチームだったなと思えました。


スタッフの先輩方へ
半年しか関われていないのに4年生までLINEでも対面でもたくさん相談に乗ってくださったさくらさん、なかなか成長しない私にたくさん何度も審判を教えてくださったべるさん、スタッフとしての永遠の目標のやまさん、そして私の大好きな姉、ずっとずっと相談に乗ってくださったなこさん
みなさん、ほんとにたくさんの事を教えてくださり支えてくださり本当にありがとうございました。4年間ずっと楽しかったです。


後輩みんなへ
色んな組織に入ってた分、みんなの頑張りはたくさん見えてる方だったと思う。それぞれの役職でたくさんがんばってるみんなかっこよかったよ。4年生を沢山支えてくれてほんとにありがとう。来年からどんなチームを作っていくのか今から楽しみ!みんなで支え合っていいチームを作ってね。うちらが届かなかった夢たくしたよ


後輩スタッフへ
なかなか思ってること伝えられないリーダーでごめんなさい。ずっと一緒に頑張ってくれてありがとう
1年まねずも3年まねずもみんな個性が強すぎで面白くて、そんな個性を崩さずみんなのいい所が部活における強みになるようなそんなふうに頑張ってくれたらうれしいな
また部活行きます、困ったことあればなんでも相談してね!


いままでの同期マネみんなへ
さちちょんには手紙で個々に伝えます
4年間、思い出せないくらい色んなことあったしもう思い出したくないこともいろいろあった
でもどの時期も心の底から楽しかったしみんなが大好きだった。成長する機会をたくさんもらいました。
私のわがままでいっぱい迷惑かけたと思う、ほんとにたくさんありがとう


同期へ
誰もかける事ができない21人だった
全員がそれぞれが特有の個性を持ってて、これを頼むならこの人!が誰かしらに当てはまる。これってすごいことだよね

熱くて頼もしいみんなと4年間部活ができてよかった、ありがとう。本当に楽しかった
きっと5年後10年後ふと会いたくなる人達なんだろうなって思います。努力ができる人たちだから久しぶりに会った時どんな人間になってるかとても楽しみ!負けないようにがんばらなきゃ笑
また会おうね!

ーーーーーーー
最後に

ここまで読んでくださりありがとうございました。

この組織には様々な個性を持った人達があふれかえっています。自分の意思や考えをしっかりと持っているみんなと何気ない話をする時間、意見をぶつけ合う時間が楽しくて宝物でした

こういう考えを持って共有して聞いて考えることができる人間っていうのは面白いなと思えた4年間だったので私のブログのタイトルはこうしました

色んな種類の人間が女ラクにはいるので普段話したことがない人ともどんどん話をして関わってほしい、私がそうだったように新しい考え方を聞いて脳にビビッと刺激を受けて欲しいなと思います。そうしないとこんなに面白い女がたくさんいるのにもったいない!笑

以上で終わります



4年間このチームのスタッフができたことが私の誇りです。幸せな4年間でした。
ありがとうございました

25willaws応援してるよ!📣



#MG そう















おはようございます、こんにちは、こんばんは!4年TRのちょんです🥴🐡

まずは24willawsを支えてくださった皆さま、本当にありがとうございました。たくさんの方のおかげで最後まで駆け抜けることができました。25willawsもよろしくお願いいたします。


引退ブログということで、4年間を振り返ろうと思ったのですが、過去はすぐ忘れてしまうタイプなので9割思い出せませんでした!
具体的には覚えていないけれど、1~3年生のころをまとめると辛かったな苦しかったなという感想になります。

そんな中でも記憶に残っていることを書きます。

1年生
新人戦の決勝戦で役割はタイムでした。カウントダウンがズレにずれてみんなを動揺させ、0と叫んだ10秒後に笛がなりました。

なんてこった。




2年生、3年生

いつかの7帝戦で、にいゆうか(せい)がメンバーに選ばれ、コートにたちました。なんかすごく泣けてきました。主将と並んで交代エリアにいる背中をみて、頑張ってよかったねってそう思いました。

FINALのサドンでは冗談抜きで心臓飛び出るくらいバクバクしました。かっこよすぎました。この試合は本当に忘れていないし、ずっと記憶に残る試合だと思います。
隣で藤本さんがまじで緊張するんだけど、って言ってくださったのを覚えています。嬉しかったです。興奮しすぎてりこちゃん(きい)に貸してもらっていたバインダーを破壊しながらもみんなで応援し続けました。ショットが決まった瞬間、興奮していた身体が一気に冷静になる感覚がしました。立ち上がれないれんの姿を見て、わずか2年で、このサドンの名大ゴールを守るという重責を背負って戦ってくれていた同期がいることに、尊敬以上の気持ちを抱きました。言葉にするのが難しい感情なんだけど、畏敬の念というのかな。その日以降、れんの背中がより逞しくみえました。


リーグ戦以外の練習試合でも、毎試合感動しました。日に日に強くなる同期の姿がかっこよくて、憧れで誇りでした。成長やプレーに現れる気持ちに感動させられ続けました。涙が込み上げない試合なんてほとんどありませんでした。


早期引退を迷いました。なんのために部活をするのか、当時の私にはあまり分からなかったから。でも、試合の感動が、同期の成長が私を引き止めました。熱い気持ちで部活をし続けた先の勝利をみんなと一緒に追い求めて経験したかった。だから私は続けました。


4年生

最高でした。

FINAL4で負けるなんて1ミリも思わなかったし、試合中はドリンクの仕事でほんとうに試合内容なんてみれてなくて、点差も分からなくて、気付いたら終わっていて、負けていて、いとの背中で死ぬほど泣いたけど、それでもこの1年最高だった。来年がある後輩たちが心底羨ましいし、まだ現実逃避中だけど、最高だった。

本当に続けてよかった。私はこの1年で女ラクとラクロスが本当に好きになりました。続けなかったら得られなかった宝物をたくさん貰いました。




4年間続けて得られたものは、最高の仲間と自分を変えるチャンスだと思います。

苦しい中逃げずに立ち向かって頑張った人にしか大きな機転は訪れない、成功してる人はみんなそうだと思います。今の自分を変えたいなら自分が頑張るしかない。そうじゃないとこの先の人生一生そのままになってしまうと思いませんか?私は嫌なことから逃げるというか、真っ向から立ち向かうことが苦手で、そんな自分が嫌でした。でも私は最後の1年本気で頑張りました。
辛い環境から逃げなかったという成功体験が、この先なんでも出来るという自信になりました。どれだけ辛いことがあっても、この4年間のおかげで絶対に負けない自信があります。意気地無しで責任感のない自分が成長できた。そんな自分で次の社会人というステージに進めるのが嬉しいです。
絶対に負けない。負けないことでこんなにも大きなものを得られることを知りました。

ここで大切になるのは、目標を持って取り組むということです。それがあっての継続に意味があると思います。
私が女ラクに入った理由は、友達が出来そうで雰囲気もよく楽しそうだったから。これって入部してすぐに達成してるんですよね。だからそれ以降目標がなくてなんのために部活をしているのか分からなくて辛かった。でも、4年生になって明確にやりたいことを見つけられました。そうしたら辛かったことにも耐えられたし、立ち向かうことができました。何となくやっているだけではしんどいだけだし、時間の無駄になってしまうと思います。日程とか冷静に考えてもすごい時間を女ラクにかけてると思う。普通に辛い環境です。なんとなくで耐えられるものじゃないし、成長できない。こなすことも頑張りの1部ではあると思います。でも、それじゃもったいないと思います。

締めみでも言ったけど、私はみんなの頑張りを見てきました。頑張ってるみんなを知ってるから、みんな自身のために目標を持ってやって欲しいなって思います。
みんなはどんな自分なりたい?どんな大人になりたい?そのためにはどんな人生が、経験が必要?部活がそのための経験になるなら、部活を全力で頑張って欲しい。試合を見に行った時、道端で偶然会った時に、今も頑張ってるみんなのその頑張りが、みんな自身の力に変わっていたら、それだけで私はとても嬉しいです。

目的や目標なんてコロコロ変わっていいし、突然芽生えていいと思います。今はまだなんとなくでも、いつか大きな目標が見えるかもしれない。それを見つけるために頑張るでもいい。それ自体が目標になっていればそれでいい。
でも、その目標を見つけられる人は、自分自身でいっぱいいっぱい考えて悩んで、苦しんでそれでも立ち向かった人だと思います。全てを何となくで生きてたらきっと見つけられないと思います。
辛いけど、苦しいけど、立ち向かうその1歩が大切だと私の経験をもってみんなに伝えます。もう素敵なみんながより素敵な人になっていけるように、どうか頑張ってみてほしい!
辛い時は無理だけはせず、話をしに来てね🥴

女子ラクロス部での人生はこれで終わりだけど、私の人生はまだまだこれからです。ここで貰った宝物を持って、私は次へ進みます。
南山に1点差で負け続けた経験も、私たちのこれからの人生に必要な経験なんだと信じて、何事にも負けずに生きていきます。

どうか後輩のみんなも、自分のために頑張れますように。自分があっての組織。思いやりとコミュニケーションだけは忘れずに25willawsも頑張ってね!



メッセージゾーンみんな作ってたので私も作ります!✉️🕊


コーチさん方へ
お忙しい中、多くの時間をかけてたくさんのことを教えてくださり、本当にありがとうございました。私たちでは考えられない先まで見据えてご指導していただいて、尊敬と感謝の思いでいっぱいです。スタッフの端くれの私なんかが話していいのかという気持ちのせいで、最後まであまりお話できなかったことを悔しく思います。FINAL4の後や締めみで優しい言葉を下さり、救われた4年生は多いと思います。最後までお世話になりました。本当にありがとうございました。


藤本さんへ
長い間お世話になりました。お忙しい中練習に来てくださって、講習会も開いてくださって、熱く優しい思いでプレーヤーと関わってくださって、とても支えられていました。藤本さんから教えていただいた知識が私の自信になっていました。未熟な私を頼りにして信じてくださっていたことが本当に嬉しかったです。感謝しきれないです。本当にありがとうございました。


OGの先輩方へ
私が4年間続られたのは、辛かった時に救いの手を差し伸べてくださった先輩方のおかげでしかありません。グズグズだった私を心配して話を聞いてくださったり、美味しいものをくださったり、助けられ甘やかされまくりでした。先輩方に救われた分、私もなにか後輩に返すことが出来ていたらいいなと思います。代が被っていないのに見に来てくださっている方、沢山教えてくださる方、どれだけの先輩方が私たちを応援してくださっているのか、考えるだけで力が出ました。本当にありがとうございました。


支えてくださった皆さんへ
試合の時に応援席をふと見ると、本当にたくさんの人が見に来てくださっていて、どれだけ皆さんに支えられていたのかを実感しました。willawsに染った応援席からの声援がコートにたつ皆の力になっていました。負けたあともあたたかな拍手でいい試合だったよと言ってくださって、皆さんの温もりに支えられ続けた1年だったと改めて感じました。本当にありがとうございました。


後輩のみんなへ
こんな私たちについてきてくれてありがとう。みんなが"私たちが4年生を連れていく"と言ってくれたこと、すごく頼もしくて嬉しかった。いつのまにか大きく成長してたね、凄いねみんな。自分の頑張りが分からなくなった時、辛くて苦しい時はいつでもおいでね。嬉しいメッセージをありがとうね。みんながみんならしく頑張れますように。


家族へ
基本部活のことあんまり興味無さそうだったけど、話を聞いてくれてありがとう。生きてるかー?って生存確認してくれてありがとう。帰省できない私の代わりにわざわざ名古屋まで会いに来てくれてありがとう。好きなことをさせてくれてありがとう。これからもよろしくお願いします。


大好きな友人たちへ
辛い時話を聞いてくれてありがとう。女ラクを応援してくれてありがとう。大好きなみんなに大好きなチームが応援されることがとても幸せで嬉しかった!自分事のように考えてくれてありがとう。本当に支えられた1年だった、これからもよろしくね🥹


最高の同期へ
みんなと出会えたことが1番の宝物。最後の試合、足をつる人がたくさんでみんなに最高のプレーをさせれなくてごめんなさい。それだけが本当に心残りです。ごめんなさい。みんなかっこよくて憧れで最高の仲間です。みんなと一緒に4年間駆け抜けられてよかった、みんなだから良かった!私を引き止めてくれてありがとう。続けてくれてよかったって言ってくれてありがとう。最高の4年間をありがとう。





最後まで読んでくれてありがとうございました!このコートネームともさよなら!
ちょんでした!

TR  ちょん