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名古屋大学女子ラクロス部WILLAWSのBLOG

部員紹介や活動について更新しています!

こんにちは!4年スタッフさちです🌸🌸


24willawsを応援してくださった全ての皆様、本当にありがとうございました。


去年までは先輩の引退ブログを読んで、悲しいなあ引退して欲しくないなあと思っていたんですが、今年はついに自分が書く側になってしまいました。時の流れは早いものですね。

私はプレイヤーとして女ラクに入り、3年の夏前にスタッフに転向した珍しいタイプの部員です。なのでラクロス4年目!というよりはスタッフとして2年目!しかもラストイヤー!っていう気持ちでこの1年を過ごしました。
日々更新されている同期のブログは自分のブログを書き終えてから読もうと思っているので、みんながどうやって書いてるのか分からず不安ですが、今の自分の気持ちを書いていこうと思います。


1年の浪人を経て入学した名大で、私は部活は疎かサークルに入る気すら1ミリもありませんでした。そんな私に初めてできた同じ専攻の友達が#31 みいです。みいが女ラクとよさこいが気になると言うので、一緒に女ラクの新歓に行きました。その新歓で、楽しそうでキラキラした先輩方を見て、私もラクロスしたい!!とほぼノリで入部を決めました。

クロスを買ってスパイクを買って、、入部してからの出費の多さに驚愕しながら練習していました。私は小中学校のバスケ部時代に足首の怪我をしまくってせいで両足首の靭帯が伸びきっています。そんな足でラクロスを存分にプレーするのは難しくて、入部して1ヶ月くらいのときに足首を捻って練習に参加できないこともありました。1年練のときの私は1on1が本当に大嫌いで、自分の番が来る度に泣いていました😅 それでも同期だけで出た新人戦はめちゃめちゃ楽しかったし、写真撮影のときにじゃんぼの顎が外れたのも昨日のことみたいです笑笑

2年生になって1年生が入ってきて、妹ができました。姉らしいことは何もできなかったけど、どんどん上手くなる妹子を見るのが楽しかったです(もちろん今もですが🤭)当時はラクロスへのモチベがびっくりするくらい無くて、辞めようと思っていたんですが、妹子ができてからは私も頑張ろうと刺激をもらっていました。それでもこの1年間は精神的にも身体的にもしんどくて疲れてた記憶しかないです、、🙃🙃

思い返すと、2年生の冬から3年生の春にかけてが女ラクに入って一番しんどかった時期かなあと思います。怪我が増えて、足首だけじゃなく膝や腰も痛むようになって、診察やリハビリにお金はかかるしプレー中は痛くてしんどいし、、やる気に比例して足腰の痛みも大きくなっていって、本当に辛かったです。なので新歓が終わった瞬間に部活を辞めようとしていました。本気で辞めようと思って同じアパートに住む#25 はるにも伝えました。そのときはるから、後悔しないの?マネージャーになるのは?と言われたときに衝撃を受けました(笑)私の頭の中にはプレイヤーor辞めるという選択しかなかったので、そこにマネージャーになるという選択肢が新しく出てくると思わなかったんです笑  スタッフのみんなに話して同期に話して、、緊張したけどみんな受け入れて応援してくれてすごくうれしかったなあ。ラクロスが好きで女ラクのみんなが好きだった私は、マネージャーに転向して女ラクに居続けて大正解だったなと思います。(はるありがとう笑)


スタッフに転向してから、しんどいこともたくさんありました。想像していた2倍も3倍も仕事量が多くて、スタッフってこんなに大変なのかと驚く毎日でした。昨年のリーグや練習ではスタッフとしてペーペーで何もできなかった私でしたが、今年は昨年よりはできることが増えて自分の成長も感じることができて、スタッフとして過ごす毎日は本当に楽しくてキラキラしていました。こんなに頑張れたことは人生で初めてだったし、これからもそうそうないんじゃないかなって思います。こんな気持ちで引退できたのは優しくて元気でちょっと変なスタッフのみんなとラクロスガチなプレイヤーみんなのおかげです!本当にありがとう!!!


私が女ラクで過ごしたこの4年間と、本気で頑張る仲間と出会えたことは一生の宝物です!!!負けたことは今でもめっちゃ悔しいけどラクロス人生に悔いなし!!です!!!


そして、後輩のみんなへ
私はプレイヤー時代、しんどくてしんどくて辞めたいってずっと思ってたけど、練習行けただけで自分えらい!!!って思ってどうにか辞めずに続けることができました。スタッフになってからはみんなにラクロスバカになったねって言われるくらいやる気に満ち溢れて頑張れて、今では心の底からスタッフになって良かったなって思います。今、練習に行くことが辛くて辞めようか悩んでる子がいるかもしれないけど、一人一人が輝ける場所は絶対にあるしラクロスが楽しくなるときが絶対にくる。だから自分のことを諦めないで、前を向いて頑張って欲しい。ラクロスと関わる時間を最高に楽しんでほしいです!!



これからはwillawsの1ファンとしてみんなのことを応援したいと思います!!これからも名古屋大学女子ラクロス部のことをよろしくお願いします🙇🏻‍♀️🙇🏻‍♀️


4年間本当にありがとうございました!!!








どうもこんにちは、女ラクは引退しても“全ウィ”生活(全身ウィローズ生活)は引退できない4年のいとです(汗)
同期のこういうおふざけもあんまりなくて、これが引退ブログなんだなあ……となんだかしんみりしますね🥲(?)

まずはじめに、平素より名古屋大学女子ラクロス部を応援してくださっている皆様、本当にありがとうございました。引き続き、次の’25willawsのこともどうぞよろしくお願いいたします。



さて今回は、同期の皆と同様引退ブログを書いていきます✎*


とその前に、色々長くなりそうなので、、、メッセージを先に書きます。


これまで関わってくださったコーチさん方

本当にお忙しい中、貴重なお休みの日に練習に来てくださったり仕事終わりにビデミに来てくださったりして、ありがとうございました。戦術に関するお話もそうですが、チームスポーツに向き合う上での思考やメンタルに関するお話の全てが、今までの自分に一切ない視点で語られていて本当に勉強になりました。ありがとうございました。
また、各代のBコーチの方々には特にお世話になりました。コーチとして教えていただける期間は毎年半年程度しかありませんでしたが、本当に何から何まで教えていただきありがとうございました。どの学年のときも、Bコーチの皆様と一緒に練習できる時間がなによりわくわくして楽しかったです。笑


一緒に頑張ってくれた後輩の皆

今までありがとう!
特に、Bの皆が今年たくさん成長しているのを間近でみながら一緒に練習できて嬉しかった。木曜の自主練とかワンワンとか誘ってもらって一緒にできて良かったな。
何かを皆に与えられるような素敵な先輩にはなれなかったけど、私は皆の頑張る姿やリーグで活躍したいって気持ちに触れて、凄く刺激をもらって頑張れました。これからも♯ラクロスガチってください(笑)



22、3歳にもなってずっきゅん💘チアーズしてる同期の皆

本当に面白い学年だなあと思うし、皆が同期だったからラクロスの世界に飛び込んでみて良かったと思えたんだと思います。まあまあ詳しくはお酒の席で語りましょう!笑
思想バトルしましょう!


お世話になった先輩方

現役時代もたくさんお世話になりましたし、引退されてからもずっと応援していただいてありがとうございました。
特に今年は、突然練習にお誘いするLINEを送ったり、七帝戦の応援に来てくださった先輩方を応援のお礼もそこそこにナンパして(?)練習にお誘いしたりと、突然謎の声掛けマンになったにも関わらずたくさんのOGさんに練習に来ていただけて本当にありがたかったです。チームに対するアドバイスはもちろん、私個人も励ましていただけちゃったりして、実はそれに凄く凄く支えられました。本当にありがとうございました。遠方にいらっしゃる先輩方も、代が被っていない先輩方も試合に駆けつけていただいて、名大の繋がりを感じました。自分はそういう試合で何もできなくて、励ましていただいたのに悔しかったけれども、そんな自分にも声をかけてくださって本当に嬉しかったです。ありがとうございました。


その他、合同練習や武者でお世話になったラクロッサーの皆様、SNSや広報関連でお世話になった企業の方々など、LACROSSE MAKES FRIENDSという言葉の通り、コロナ禍も被っていたにもかかわらず本当に様々な方と交流でき、たくさんの刺激を受けました。
ラクロスを通して関わってくださった全ての皆様、本当に本当にありがとうございました。









さてさて。本題です。
引退ブログ!4年間続けた特権ですね。


私の4年間を振り返ると……振り返るまでもなく、嬉しい、楽しいという気持ちよりも、悔しい、苦しい、と思ってしまうことの方が圧倒的に多かったです。むしろ、「悔しい」という感情の土俵にすら立たせてもらえてないような、そんな4年間でした。

新人戦の決勝も、これまでのリーグも、最後の七帝戦で東北大に負けて3連覇を達成できなかったときも、FINAL4で南山に1点差で負けたときも、選手として私ができることは何もなかった、まま、終わりました。

チームとしても個人としても、ラクロスにおける目標達成が叶わなかったので、4年間の達成感のようなものはほとんどなかったです。終わる予感をコートで感じられぬまま、あっけなく幕を閉じました。

この感覚も含め、本当にたくさんの感情とともに4年間を駆け抜けました。
先輩と同期が今まで出会ったことのないたくさんの「楽しい」をくれた。それ以上の「悔しい」が待っていた。苦しかった。初めての新人戦、大事な試合は観ているだけだった。やっぱりスポーツ向いてないんだよって、すぐ言い訳するだけの自分が嫌だった。私より上手い同期がたくさん辞めた。22の開幕戦で電流が走った。ファイナルでラクロスに魅せられた。辞めるつもりは無いのに、壁あてしながらずっとラクロスを辞める言い訳を探していた。しょうもない怪我でスタッフの仕事を増やすだけの自分が情けなかった。実家にクロスを持ち帰る度小言を言われた。ワンワンだけが楽しかった。夏が苦しかった。ラクロスじゃ何も貢献できないからHP制作に逃げた。インフルの流行にのっかって、うっかりAに入った。自分が適任じゃないのは私が1番分かっていた。練習中は楽しかったけどそれ以外の時間全部が鬱だった。Bの66に逃げた。体調がおかしくなった。就活で言えることが何もなかった。応援席にいたら東北に負けていた。Bから抜け出せなかった。色んな先輩に応援してもらった。ユニフォームの手違いで、連日の試合で、実習組の関係で、メンバーに入った。去年と違って理由が明白だったけど、実力じゃないのは同じだった。1点差で、また1点差で負けた。同期の顔を見たら涙が止まらなかった。willawsに染まって真っ赤な応援席の暖かさが苦しかった。

マイナスなことばっかり。でも女ラクに入って初めて経験した感情ばかりで、自分の世界はすごく広がりました。
全部の感情が、それを共有できる仲間の存在が、正解の方向を手探りで模索し擦り合わせ続ける環境にいた経験が、私の財産となるだろうし、これからの成長の糧になる、貴重で大切な体験であったと感じています。糧にしなければならないと思います。

だから女ラクに入らなければ良かったとか、同期が女ラクに見切りをつけてたくさん辞めていったタイミングでしれっと辞めればよかったとか、そういう後悔は一切していません。
私の人生において、ラクロスをただ4年間やっていた以上の価値があって、意味があって。自分の駄目なところも嫌なところもきらいなところも、逃げ場がないくらいに思い知らされたけど、これからの人生を生きる上で……私の人生を俯瞰する上で、その全てがなにより重要なステップだったと評価できる日がくるだろうと確信しています。“誇れる自分”になるための、欠かすことのできないピースになるはずです。





私は回り道が得意です。誇らしげに言うことではないですね。要領が悪いだけです。
加えて、色々な方向に興味関心のアンテナがあって、何でも知りたいし体験してみたい。あらゆる情報にアクセスしたい。歩いたことのない道に惹かれる性格で。
ラクロスも、最初は大学生活のちょっとした回り道でした。気づいたらその道が太く太くなっていて、ラクロスの道も真っ直ぐ進めなくて。ぐるぐる回って、色々な道を歩いてみました。逃げ道ばっかり選んだかも。コンバートだってした。


ブログのタイトルは、「回り道でも1番前」、私は1番前に行くことは出来なかった。だから、この言葉を後輩たちに託したいです。そういう想いでタイトルをつけました。
ぐるぐる回って、自分がどこを進んでいるのか分からないときがたくさんあると思います。特にBにいる子のそういう気持ちはとてもよく分かります。

後輩の皆も、女ラクにプレイヤーとして入ったからには試合でたくさん活躍したいだろうし、皆に活躍してほしいと思います。でも現実はそんな甘くなくて、私のようにベンチや応援席で試合を観ている時間の方がずっと長くなる子達もいると思います。

私のような立場の人間が4年間やってよかったって思えたってことが、そういう子達が少しでも前向きに部活に取り組める力になれたらなあと思います。本当はプレーでみせたかったけど……。そういう層がどれだけ上にあがれるかが、チームの底力向上の鍵を握っていると思うからです。

だから、皆が、最後に1番前に来たって、プレーで証明してくれる姿を楽しみにしています。応援してるよ。









あー本当に終わっちゃうんだなあ。
これからはおうちでぬくぬく、漫画でスポーツを楽しみます笑
名大でラクロスできて、皆と出会えて本当に良かったです。
今までありがとうございました。

♯95 いと










こんにちは、#83 らんです!

まずはじめに、平素より名古屋大学女子ラクロス部を応援してくださった方々、ご支援くださった方々に心より感謝申し上げます。
今後とも引き続きwillawsの応援の程、よろしくお願いいたします。


ついにラストブログです。
せっかくの機会なので、4年間を振り返ってそのとき私が思っていたこと感じていたことを書き出しました。とても長くなってしまいましたが最後まで読んでくださるとうれしいです。




1年生

当時掲げてた東海制覇をガチで目指してるのが、新歓で先輩たちと話して伝わってきて、かっこいいなって思った。スタートラインが同じっていいなって、あとユースに自分もはいりたい!って思った。部の雰囲気であったり先輩方も素敵な人ばかりで、アメフトのトレーナーとも悩んだけど女ラクに入部した。

はじめはできないことがどんどんできるようになるのがうれしくて、先輩たちはとにかく褒めてくれるし同期もたくさんいて毎日楽しかった。

B練には早い段階でよんでもらえた。
何もできなかったし間合い近くてアザだらけだったけど、上級生と練習できるのがとにかく楽しかった。

すずがA練によばれて、試合で点決めてて悔しかった。でもこのときの私はポジティブで、私も頑張ったらベンチはいれるかな、もっとやってやるってメラメラしてた気がする笑


10月に対面練習が再開したときキープが全然できなくなってて、でも同期はすごく上手くなってて焦った。


新人戦。全然試合に出してもらえなかった。キープポロってするしグラボがとれないからMFで出して貰えずATだった。
決勝戦でシュート決めたのが唯一のいい思い出かな。あとは悔しかった記憶しか無い笑
決勝vs南山。1Q終わったときは3-1だった、でも2Qでどんどん追い上げられて3-4になってそのまま1点差で負けた。







2年生

新人戦おわって、悔しい思いはたくさんしたけど、これからはもっと上手くなる!試合出る!ってモチベ爆上がりだった。
オフ課題の壁あて頑張ったら、はじめの基礎のAB分けでAに入れてもらった。
いつかのさんぐりのスクエアでらいさんがらんがまじでよかった!っていってくれてすごくうれしかった。

最初のAB分けはBスタートだった。
そのあと2.3週間後にAにいれてもらえた。けどびびってばっかで、ミスして怒られるのが怖くて、ボール来んなって思ってた。練習に行くのすらこわくなった。

Bに落ちたりAにまたよばれたりの繰り返し。
AB分け以外にも、Bリーダー・フィジカル・ユース全部うまくいかないことばかりで、メンタルボロボロで、自分ってまじでダメで下手でもう無理だって、全部にネガティブになってとにかく辛かった。




どうせやっても上手くいかないもう無理。
部活をやめたいと思うようになった。

5月の関東遠征の1日目終わりにBに落ちたのが本当にショックだった。遠征中にメンバーから落とされるくらい私は下手で、チームにとっていらない存在なんだなって思った。
やめたい気持ちがどんどん大きくなった。





いろんな人にやめたいって相談した。
2年の5.6月のときのお姉ちゃんのようさんとのLINEを見返したら、1週間単位でやめたいって長文LINEを送ってた笑

本気でやめようと思ったけどやめなかったのは、真剣に話をきいてくれて、今は苦しいかもしれないけどらんなら大丈夫だよとか、らんらんと一緒に頑張りたいっていってくれる、応援してくれる人がたくさんいたから。あのとき話を聞いてくださって励ましてくださった方々、本当にありがとうございました。




七帝戦後からやめたいって言わなくなった。その頃はもうずっとBだったけど、またAに上がれるようにって気持ち入れ直した。

開幕戦のベンチメンバーに自分の名前がはいってたときはまじで嬉しかった。
コートから見る景色は今までの景色と全然違ってて、遠い存在だと思ってた先輩たちに少し近づけた気がした。



それから何試合かはベンチメンバーに選んでもらえた。
でもリーグに出れたのは岐阜戦のラスト2.3分だけだった。
当時の私はベンチに入れただけで喜んでた、でもベンチ入っただけで試合に出られなかったら、今まで応援席でいたのと変わんないし意味ないってはじめて気づいた。
岐阜戦以降メンバーに選ばれることはなかったけど、来年はただベンチに入るだけじゃなくて常に試合に出る、スタメンを勝ち取るって決めた。



Final。
必死に戦う先輩たちがめちゃくちゃかっこよくて声が枯れるまで応援した。しんどいこととかつらいことばかりだったけど、4年生についてきてよかった途中でやめないでよかったって心から思った。
負けた瞬間は信じられなかった。4年生が泣いてる姿をみて自分も涙が出た。
大好きだった4年生が託してくれた思いを背負って来年は東海制覇を成し遂げたいと思った。そして来年こそはMFスタメンで試合に出て戦力としてチームに貢献すると誓った。








3年生

2月にAB分けがスタートしてずっとAに入ってたけど、5月半ばにBに落ちた。

なんかもうこのままA上がれなくて今年も全然リーグ出れないのかとか、悪いイメージで頭の中がいっぱいになって、絶望だった。
悔しくてめっちゃ泣いた。

そして1週間後、幹部からDBとしてAに上げたいと言われた。
MFではなくDBで複雑な気持ちだったけど、Aに上がる以外の選択肢はなかった。

久々の66。
死ぬ気で声出して、いろいろ必死でDFした。
そしたらめちゃくちゃ褒められた。

七帝戦。決勝vs東大。
スタメンで試合に出た、優勝した。
はじめて戦力としてチームに貢献できたと思えた。
この頃にはMFとして試合に出て点決めるのがベストだけどチームの勝利を考えたとき自分はDBなんだってわりきれるようになっていて、七帝戦を機にDBとしてラクロスする決意を固めた。

DBとしてプレーするうえで課題はたくさんあった、まず裏ワンのポジショニングがわからんくて、AT陣に自主練たくさん付き合ってもらった。ましゅさんのラクロス垢をみてDFの知識をつけた。スカウは22の試合や資料も見返して徹底して研究した。他にもやれることは全部やった。

練習したこと想定したことはリーグでもちゃんと通用したし守りきれた。試合をみたOGさんにらんよかったねって言って貰えるのが本当にうれしかった。
もうリーグで一生点決められないと思ってたけど、ずっと目標にしていたリーグでの得点も達成できた。


あとは2年生までは試合出られてうれしい!で終わってたけど、予選の中京戦を通して、自分のたった1つのプレーがチームの勝敗にかかわること、代表としてコートに立つ以上試合に出られない人の分の思いを背負ってコートに立ち続ける責任を自覚できたことも良かったなって思う。




予選は3位通過。
課題に向き合ってFinal4に向けてたくさん準備した、前日は緊張してあんまり寝られなかったけど、勝つ未来しか想像できなかった。

でも結局この年も南山に勝てなかった。


試合が終わって同期がラストイヤーに向けて前を向いている中、私は部活を続けるかやめるかで悩んでた。

リーグと実習が丸かぶりでもし怪我したらやばい、平日練習できない、土日に実習あれば続けたとしても試合に出られずに引退する可能性もあった。卒研院試も不安で部活続けることで全部中途半端になるのは嫌だった。みんなと同じ熱量ではやれないきっと途中でしんどくなってついていけなくなると思った。


学年ミで進退迷ってることを伝えてから、いろんな人と話をさせてもらった。
はじめはみんなが必死でとめてくれるのはとめなきゃって責任感とか来年のDF大変になるからだけだと思ってた。でも話をするうちに、人柄とかいてくれる存在が大事と思ってもらえていたことや、DFとか以上に1人の同期として最後まで一緒に戦って勝って笑顔で終わりたいという気持ちを知った。らんがいない練習とか想像しただけで寂しいよ大変なのわかってるけどやめないでほしいよって泣いてくれる人もいた。あと後輩から電話がかかってきて私にやめてほしくない理由をたくさん伝えてくれた笑。特に後輩に何かしてあげられたことなかったのに頼りにしてもらってたんやってびっくりだった。

こんなに私の存在が大事って伝えてくれて必要としてくれる人達がいて、私って幸せ者だなって思った。
ラスト1年、この素敵な組織でいたい。みんなと全力でやりきりたいって思った。

不安は消えたわけではなかったから本当に最後まで悩み悩みまくり、続ける覚悟を決めた。








4年生

関東打破を目指すために自分がもっと成長しなきゃいけないのは分かってた。1on1で奪えるようになりたくていろいろトライした一年だった。

なかなか上手くいかなかったし、進路卒研で頭いっぱいでラクロスに集中できないときもあったりした。精神的にしんどかった。

そんなときもまたみんなに支えてもらった。
前にも書いたけどせりに喝いれてもらったり、ちょんは実習就活ある中たくさん話きいて励ましてくれた。練習後のダウンやアフターのお喋りで就活とか研究室とか忙しい中みんな頑張ってるんだってわかって、私も頑張ろうと思えた。
大変だったけど乗り越えられたのはみんなのおかげだなー、ありがとう。



あっという間にリーグがはじまった。
予選は3位通過だった、去年と同じ。
どうしても接戦で勝ちきれない。
Final4はぺじゅが出られないことを知ってみんな不安そうだった。

でも私は1点差、引き分け、って順調?にきててチームとして着実に成長してるって思ったし、Final4は勝てる!って謎の自信があった。

実習が始まり平日の練習にいけなくなった。平日実習土日練習で休みなくて思った以上に大変だったけど、勝つためと思えば頑張れた。


Final4。
あらゆる想定練をしてたくさん話し合ってきたうちらなら勝てるって思って臨んだ。

序盤OF陣がたくさん点を決めてくれた。
リスから駆け寄ってGo 打破Win!ってクロス上げるのが好きだった。こんなワクワクする試合はじめてだった。楽しかった。

2.3Qで名大の流れ悪くてもどうにかなるってマインドだったし、4Qに3点差ついたときは無理かもって思いかけたけど、死ぬ気で走った。みいせらが点決めてくれて、まだまだいける勝てるって最後まで諦めなかった。

でも最後の笛が鳴ってしまった。
負けた、しかもまた南山か、1点差か。
意外と冷静ですぐに涙は出なかった。

なかなか実感はわいてこなかったけど、もうみんなとラクロスできないんやなとか、いろんな思いでいっぱいになった。

試合後先輩方とお話して、引退した先輩たちはこういう気持ちだったんやなって、終わってはじめて理解した。あのときもっとやっとけば勝てたのかなとか後悔ばかりうかんできて、でももうどうにもできない。引退して後輩に託すしかないんだってわかって、先輩たちがうちらに託してくれていたものの大きさを痛感した。

最初は自分のことしか考えてなかったけど、今は自分のためじゃなくて、関わってくださっている全ての人たちのために勝ちたかった。結果で恩返ししたかった。


1ヶ月たっても悔しい。
今も試合見返すと泣きそうになるし、これからもずっとこの悔しさは心の中に残り続けるんだろうなと思う。


後輩たちにはこんな思いしてほしくないし勝って笑顔で引退してほしい。全部終わってから後悔してほしくない。この悔しさを忘れずに、は難しいと思うし気持ちってどうしても薄れていくものだけど、最後に後悔しないためにもつらいことがあっても諦めずに逃げずに向き合い続けてほしいです。






ここからはメッセージです。


コーチさん方へ
お忙しい中有給をとって練習に来てくださったり夜遅いビデミにも参加してくださったりと、たくさんの時間をかけてくださって本当にありがとうございました。
厳しいお言葉もあり挫けそうになったときもありましたが、私ならやれるって期待してくださってるんだって思うと頑張れました。
大好きな最強のコーチさん方と関東打破して恩返ししたかったです。負けてしまい結果を出せなかったこと、申し訳ない気持ちでいっぱいです。


OGさんへ
試合前にメッセージをくださったり遠いところから試合にきてくださったりと、ずっと支えてもらっていました、本当にありがとうございました。コートから応援席をみてるとお世話になった先輩が毎試合たくさんいてとてもパワーをもらっていたし、試合後にお話してらん上手くなったねって言って貰えるのがすごくうれしかったです。
また個人的にOGさんとの繋がりを感じた出来事があって、実習先にwillawsの名前を考えた代の方がいて「OGラインみてるよ、Final4勝ってね!」と応援してくださいました。直接の関わりがなくてもたくさんのOGさんが応援してくれてるんだと感じました。
勝ってOGさんが喜んでいる姿を見たかったです。


家族へ
入部したときは大変そうな部活やけどやりきりなよってゆってくれた。3年でやめるっていったのに結局もう一年続けるって言った時も、最後まで応援してくれたありがとう。全然帰省せん娘でごめんね。
徳島から遠いのに試合応援しにきてくれるのがうれしくて、見にきてくれる試合はいつも以上に気合い入ってたし全部絶好調だった🔥バスケも合わせて12年間、ずっと支えてくれてありがとう。


後輩へ
4年生のこと信じてついてきてくれてありがとう。反省聞こえないくらいの大きな応援が毎試合心強かった。
Bリーグをみてみんな成長したな、頼もしくなったなって思ったよ。
みんなが頑張ってうまくなろうとしてる姿がうれしかったし私も頑張ろうと思えた。
これからのみんなの活躍がほんとに楽しみ。
ずっと応援してるよ。また練習いくね!


同期へ
みんなが同期でよかった。一人一人尊敬できるかっこよすぎる人達ばかりだった。
みんなのおかげで頑張れました。ありがとう、だいすき!
これから生きてく中で打破とか想定とかきいたらきっとみんなのこと思い出すんだろうな笑。卒業しても会おうね。
締めみには間に合わなかったから、忘年会までには全員に手紙書く!





最後に

振り返ってみると、本当にたくさんの人の存在のおかげで、私は最後までラクロスをやってこれました、私がラクロスを頑張る原動力でした。途中でやめなくてよかったし、進退も続けると決めたこと今は全く後悔してないです。

素敵な人たちに囲まれて4年間を通して得たものは、私の人生においてかげかえのない宝物です。一生大切にしていきます。

私のラクロス人生に関わってくださった全ての方に感謝の気持ちでいっぱいです。
幸せな4年間でした、本当にありがとうございました。


#83 らん