あらすじ
七果は集団ストーカー被害に遭っていた。鶴ヶ峰バスターミナルでダブルバインドの攻撃を受ける。ターミナルを見渡せるマンションから主犯の佐竹と下働きの八木が彼女を監視していた。ある時七果のもとにハーメルンが現れ、容疑者を捕らえ始めた。
設定
友の会……集団ストーカー行為に手を染める。被害者の拷問データを各国の学者に売って財源にする。
ハーメルン……警察に対抗できる武装組織。
登場人物
樹七果(イツキ・ナナカ)……二十代、統合失調の烙印を押され、集団ストーカー被害に遭う。バスでクリーニング屋に通勤している。
佐竹……三十代、友の会鶴ヶ峰支部代表
八木……友の会の新人、二十代、佐竹の下働き。
【四番乗り場5】
「スナイパーは同じマンションか。危なかったな。しかし捕まるのは雑魚だ」
監視映像を見ていた佐竹は誰かが自分の肩に手をかけたことに気がついた。
「八木?」
下働きは艶っぽく微笑した。
「偽名だ。おれはハーメルン第三部隊員、帝凪。捜査に協力してもらおうか」
佐竹は一瞬の判断で即座に動いた。しかし部屋のドアから脱出しようとした時、仕掛けてあったトラップに足を取られ、転倒した。上体だけは起こしたが、トラップから抜けられない。
「馬鹿だな。やられるから悪いんだよ」
凪がせせら笑って歩いてきた。
「おれ、やられる奴、大っ嫌いなんだ。どうしてやられたのか説明しろよ」
「そこにトラップがあったから」
突然、凪がフロアスタンドを蹴倒した。電球と傘が粉々に粉砕する。
「物のせいにするんじゃねーよ! おれが納得する説明を考えろよ。どうしてトラップにかかったんだよ」
「そこにあったから」
「それじゃ説明になってないんだよ!」
凪は癇癪を起こし、近くの椅子を足で吹っ飛ばした。佐竹が動けないのにどんどんにじり寄ってくる。佐竹が足蹴りを食らうのは時間の問題だった。佐竹は寒気を感じながら説明した。
「おれが馬鹿だったからです」
「それじゃ説明になってないんだよ! 便利な言い訳しやがって、馬鹿って説明したら何でも後始末してもらえるよなあ! いくつになって他力本願してるんだ。おれ、そういうの大っ嫌いなんだ。お前ってそういう奴だよ」
凪は言いながらテーブルの上の陶器を次々と床でたたき割った。
「じゃあ何て言ったらいいんだ」
「考えろよ! 暴力って始めたらやめる理由を被害者に見つけてもらわなきゃいけなくて、やってる方も困るようになってるんだよ! 全部お前が悪いからだ! おれが反省しないで、おれが正しくて、お前が反省する方になる解決を考えろよ!」
「そんなの自分で考えたらーー」
「お前が悪いんじゃないか! 考えるのは自業自得のお前の方だ。おれは常に考えてもらう分担。こんな簡単なことがどうしてわからないんだよ!」
凪が癇癪でカーテンを引きちぎる。その時、佐竹の足からトラップがあっさり外れた。
「誰か助けて!」
佐竹はこのチャンスにすがり、部屋から脱出しようとした。その時身体全体を何かが強烈に締め付けるのを感じる。佐竹が振り返ると凪は腰から上を床から生やしている巨人に膨れ上がり、片手一つで佐竹の胴をつかんでいた。
凪の素肌は白く発光し、顔にかかる前髪に憂鬱そうである。倦怠感を感じさせる動きが輪をかけて巨人の剛腕を想像させた。佐竹は歯の根が鳴るのが止まらず、凪は喉で笑っていた。
「おれ、やられる奴も戦う奴も大嫌いなんだ。おれが攻撃をやめるために、おれは本人が悪いお前に依存しなければならない。おれを支配するなんて許さない。お前が悪いんだからな」
「わぁぁぁぁぁぁぁ!」
凪の手の中に電流が流れ、佐竹は感電した。
はっと目を覚ますと佐竹は元のサイズに戻った凪の前に立ちすくんでいた。自分の冷や汗で濡れ鼠になっている。佐竹は言った。
「おれは悪くない。七果が悪いんだ」
凪は猟奇的な瞳と毒婦のようななまめかしさで佐竹ににじり寄り、利き手の人差し指を舌でなめた後、それで佐竹の喉をつうっと撫で上げた。
「そう言ってる内は美味しいから苛め抜いてやるよ」
凪の蛇のようなまなざし、ぬらぬらと光る妖艶な唇――。その時だった。凪の頭に誰かがペットボトルの水を浴びせた。
「目を覚ませ」
第三部隊若手隊員、若鷺仁は凪と同世代、一つ上。凪が鶴ヶ峰集団ストーカー司令塔に近づいた後に続いて、司令塔の潜るマンション一室に仲間と突入した。悪い予感が的中して中で凪が暴れた様子。仁は凪にペットボトルの水を浴びせ、佐竹を捕獲――というより保護した。佐竹は仁に主張した。
「やられる方が悪いんだ」
「かわいそうな男だな。一生そう言って子分に利用されてなさい。みじめな晩年が待ってるよ」
仁は女子供に人気のある見た目からよくマリア様や王子様の役割分担が回ってくる。中身も保護者、保育士といわれる。佐竹がとっさにすがってきたのもわかる気がしたが、仁は万人に甘いわけではない。
暴走した凪は後から来た先輩隊員、舵涼子にハンドタオルで拭いてもらっていた。
「駄目でしょう、帝君」
「ごめんなさい。でもよく覚えてない」
「すぐカッとなって、もう」
凪は演技力で友の会最深部まで潜入できるが問題も起こす。ハーメルンでは便利なのか不便なのかわからないと言われ、諸刃の剣のように扱われている。
――その日、ハーメルンは鶴ヶ峰バスターミナルの容疑者を、過去までさかのぼって全て捕獲した。
(エピローグに続く)