神話の神について。

神話の神は、饒速日命と御炊屋姫に集約される。

よって、神話は(途中まで)彼ら二柱の出来事を、状況、名を変えて、綴られた物語だ。

彼らを祀る人たちが地方に散らばり、その土地の名の神として名を変える。

職業の神として、自然の神として。

 

その名を余すことなく、別々の場面で登場させていた。

また記紀から発生した彼らの名を、彼らとして社に祀ってもいる。

 

そうして祀られていったのが神社の御祭神。

★前回の記事

 

 

  始まりの神 

 

造化三神、別天津神、神世七代

これらの神のほとんどは、記紀の成立と共に創られたと思われる。

 

祀られている宮は、物部神社。

饒速日命と御炊屋姫を祖神とする物部氏の社。

 

 

< 物部神社 >

 

祭神の名が多くある神社は、それだけ彼らとの縁が深く、強く、近く。

二柱の真の姿を知り、伝えていることを表している。

 

その中の筆頭が島根県にある石見国一之宮「物部神社」。

物部神社HP

 

彼らの御子、宇摩志麻遲命を主祭神としている。

ここに祀られる神(後の世の人以外)は、彼らなのだ。

(宇摩志麻遲命さえもそうかもしれない)

 

本殿、末社、摂社に数多の神の名が連なる。

多すぎてここではすべてを書けないので、一部だけアップ。

 

*物部神社 御祭神

主祭神 宇摩志麻遲命(うましまじのみこと)
相殿神

 右座 饒速日命

    布津御霊神(ふつみたまのかみ)
 左座 天御中主大神(あまのみなかぬしのおおかみ)天照大神、造化三神、別天津神、

 神世七代(豊斟渟命(とよくむぬのみこと)、泥土煮命(ういじにのみこと)、大戸道命(おおとじのみこと)、面足尊(おもだるのみこと)*1


須佐之男命、国常立神、御食津神(みけつかみ)*2、イザナギ神、イザナミ神、ヒコホホデミミコト、アメノオシホホミミノミコト、稲倉魂命(うかのみたまのみこと)、大穴牟遅命(おおなむちのみこと)、事代主命、大国主命、大年神、他

 

境外摂社の漢女神社(からめじんじゃ)

    幡千々姫命(たくはたちちひめのみこと)、市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)他

 

境外末社に、熊野神社、石上布留神社 他

 

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後の世の人以外は、すべて二柱の天照、饒速日命と后の御炊屋姫に集約される。
 

☆天照大神。

 

 

 

☆須佐之男命。

おそらく蘇我の男神。

「平家物語」の剣の巻には、スサノオは曽我里へと行っている。

蘇我氏の始祖は武内宿禰。

饒速日命を祖神とする物部氏と同族であった。

 

☆稲倉魂命、大年神、大穴牟遅命は大己貴神であり、大神神社の饒速日命。

 

☆御食津神(みけつかみ)は、大神神社の御炊社に祀られる御膳津神(みけつかみ)であり、豊受大神、宇迦之御霊を意味する。

饒速日命の后の御炊屋姫。

 

豊受大神は籠神社の神であり、絵馬では市杵島姫命とされている。

市杵島姫命は女神天照の別名にある。

 

 

☆国常立神

(「神の系譜 2 ~伊勢の神は磯良神*日月の神~」)

 

☆大国主神

 

 


☆境外末社に、熊野神社、石上布留神社などもある。

熊野大社の神は彼ら二柱。
*1の神世七代の四柱は熊野那智大社にも祀られていた。

 

 

☆石上神宮の布留神は饒速日命。

(「神の系譜 3 ~天照は磯神*いそのかみ~

 

 

 

☆境外摂社の漢女神社(からめじんじゃ)には、

𣑥幡千々姫命(たくはたちちひめのみこと)、市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)の名がある。
 

𣑥幡千千姫は、ヒメコソ神社に天火明命と共に祀られる。

母子とされるが、ここは七夕神社。

 

二つの社は同神と示唆する伝承より、

𣑥幡千千姫=織女神=市杵島姫命と繋がる。

さらに、天火明命は、籠の饒速日命。

もう一つの社の神より、高良神と住吉神と同神。

彼は「神秘書」でも物部の祖神、饒速日命であった。

 

彼が高良神なので、その后の神功皇后は御炊屋姫となる。

 

 

天照が住吉神であり饒速日命(高良神、鹿島神、春日神、武御雷神、志賀神、他と同神)。

豊受大神が御膳津神であり宇迦之御霊、弁財天である御炊屋姫であり、市杵島姫命である宗像大神。

 

それだけでも神話の続柄通りではないことが分かる。

 

 

日本神話の神々にはこのような矛盾が数多あるのだ。

すべての神が、彼ら二柱に集約されるから。

*記紀の中の「○○と言われている」はその通りのことが多い。

(日本書紀の「神功皇后は中国の文献では卑弥呼とされている」は、同神であることを示唆している。)

 

 

世界の始まりの神。

これらはそのほとんどが創作であり、その中に「天御中主神」など彼らの別名(分霊)を入れ込んでいた。

しかし、創作であった神もその後の人の祈りにより神になる。

 

<神は人の祈りが無ければ神にあらず>
前に聞こえたのだが、人の祈りは神の力となるほど大きいのだ。

 

 

(現人神社*住吉の元宮)

 

須佐之男命は祇園の神であった。

祇園祭の神は、住吉神と神功皇后であり、彼が須佐之男命でもある。

 

イザナギ神とイザナミ神以降は、彼らの物語を基にしている。

それを余すことなく、各地の彼らの分霊神も取り込んで鮮やかな物語に織り上げた日本神話。

 

基となった真実の物語を知ると、複雑で見事なその手腕に目を見張る。

彼らの生きた証をしっかりと伝えている日本神話。

 

 

須佐之男命・・・母のイザナミ神を失った彼は、高天原で災厄となる。

 

(くじゅう 坊がつる 天の川
*テン泊縦走した!)
 
物部神社の御祭神、宇摩志麻遲命には天の川の意味があった。
 
<銀河(天の川)をうましのみちと呼んだ>と真鍋大覚氏の「儺の国の星」。
 
星の神であり、饒速日命の布留神*と同じ意味。
*(布留は隕鉄=隕石でできた剣=星神。布留御霊は宇宙の色)
*真鍋氏は物部の末裔(先祖が鹿島神宮の神官=鹿島の神も饒速日命)
 

御子なのか同神なのか。

神となれば混ざりあって、どっちでもあるのかもしれない。  

 

 

神話の舞台、那珂川では天の川をイソラ川と呼んだと「儺の国の星」。

イソラ神(高良神=饒速日命)が天の神であることを伝えていたのだ。

 

 

( つづく )

 

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