キャバ嬢スカウトお断り
今日はやけに、キャバクラのスカウトに遭いました。
タマゴを割ったら黄身が2つ入っていた、くらいの増量ぶり。
8cmのヒール靴にもかかわらず、ひたすら早足で歩き抜けたので
いつもより余計に脚が痛い…。
夕方以降は増加の一途。
仕方がないので電話をしているフリをして歩きました。
スカウト陣のお出まし時間だったのか
夏休みが終わり人手不足に陥っているのか
新調したラビットファーのバックがギャル風だったのか
単にモノほしそうな顔をしていたのか
あるいは、突然美しくなってしまったのか
いずれにしても
Leave me alone.(←たまには英語も使ってみる)
放っておいてほしいものです。
ひやかしに「じゃあ話だけ」な~んてついて行ったとしても
年齢を申告した時点で
結構ですとスパッとお断りされるのでしょうね。
誘っておきながら、なんと失礼な話 ゛(`ヘ´#)
いや、働く気はありませんけどね。
やはり多少なりとも傷つくと思います(笑)
まぁ、罪悪感なく素通りできるので
新宿駅で遭遇する「手相を見せてください」という
見習い占い師の方々よりは、ずっと良いです。
そういえば。
西口を歩いていると、早足だろうがホロ酔いだろうが
9割近い確率で遭遇するのですが
手相占い勉強中の方って日本にどれほどいるのでしょう?
祝・W杯初出場!トーゴが10日を休日に
世界各地で2006年ワールドカップ(W杯)予選が行なわれた8日、
アフリカでも最終予選の最終節が開催され、
チュニジア、トーゴ、ガーナ、コートジボアール、アンゴラの5ヶ国が
本大会出場を決めました。
チュニジアは3大会連続4度目と、ここ最近の常連ですが
その他の4ヶ国は今回が初出場。
しかもそれぞれ、ナイジェリア、カメルーン、セネガル、南アフリカ(2010年W杯開催国)といった
強豪国を抑えての出場権獲得。勢力図が大きく変わったといえますね。
2002年大会でのセネガルの躍進は記憶に新しいと思います。
しなやかな身体(からだ)、筋肉を巧みに使い
欧州各国のリーグで活躍するアフリカ出身選手は増加の一途。
欧州やアジアに加えて今後みていきたい要注目の大陸です。
さて。W杯初出場を受け、
トーゴでは10月10日が休日に なったそうです。
帰国した選手たちを空港で出迎えたエヤデマ大統領が
「国民はこの勝利を祝いたがっている。政府は10日を有給の休日にすることを決めた」と発表。
休日、しかも有給です!なんとうらやましい(笑)
たしかブラジルでも、2002年W杯優勝を祝して
(選手が帰国する)7月2日を祝日にしていましたが
トーゴにとってはW杯出場が、
ブラジルにとってのW杯優勝と同じ価値を持つ快挙ということなんですね。
トーゴ は西アフリカに位置するギニア湾に面した小さな国で、首都はロメ。
東西をガーナとベナンに挟まれ、
北部国境にはブルキナ・ファソが隣接しています。
サッカー協会 (HPもある!)が設立されたのは1960年。
(ちなみに日本は1921年、フットボールの母国イングランドは1863年です)
その2年後の1962年にFIFA(国際サッカー連盟) 、
翌年にCAF(アフリカサッカー連盟) に加盟しました。
国内リーグも1964年には創設されていましたが、W杯はもちろん五輪出場の経験もなし。
(ユース世代で一度、U-20アフリカ選手権(1987年)で準優勝の成績を残しています)
フル代表の国際タイトルはクラブレベルを含めても皆無という状況。
W杯予選も、1974年の西ドイツ大会以来、最終予選にも進めずにいたのですから
トーゴのW杯出場=ブラジルのW杯優勝、という等号が
成り立つのも納得ですね。
国民の次の関心事はおそらく
「第二のセネガル」となれるかどうか。
アバデヨル(モナコ)、カデル(ソショー)といった代表選手たちへの期待は
来年6月に向け日増しに強くなっていくはず。
私も楽しみにしています!
美術館で涙を流す
20数年の人生で初めて、絵を見て涙を流した。
流したというより、流れたといった方がより正確かもしれない。
10月8日(土)正午
早起きして仕事を片付け、再チャレンジしたルーヴル美術館展。
折りしも降り出した雨、お昼という時間帯もあり、
館内にできていた短い螺旋状の列の最後尾につくと、5分ほどで中に入ることができた。
正面から、右から、左から。少し離れて全景を、ぐっと近付いて細部を。
気に入ったものはさまざまなアプローチで見たい。
照明の当たる角度によって浮かび上がる
一枚の絵の異なる表情をうかがうのも愉しみのひとつ。
入場制限はかかっていたものの急かされることはなく
今日は心行くまで眺める余裕があった。
さて、今回私に最大の感動をもたらしたのは
アリ・シェフェールの『聖アウグスティヌスとその母、聖女モニカ』。
アウグスティヌスは、古代キリスト教最大の神学者、哲学者として
また、『三位一体論』や『神の国』の著者として
学生時代に習った、あのアウグスティヌスだ。
歴史や倫理の教科書に出ていたアウグスティヌスは
たしか、メガネをかけ、ツンとした表情の中年男性だったが
絵の中の彼は若く、聡明な顔をした青年。
白い衣に身を包み、椅子に座っている母に寄り添い、手を握り、
ふたり、それは穏やかな表情で遥か彼方を眺めている。
鳥が遊んでいるのか? 空が美しいのか? はたまた一番星が現れたのか…
視線の先にあるものは分からない。
ただ、静かな色使いで描かれた静謐な雰囲気から
それはとても崇高なものであるような気がした。
なぜふたりはこんなに幸福そうなのか
何に目を奪われているのか。
私もこの場に入り込んで同じ時間を共有したかったと強く思ったとき
涙が頬を伝った。
美術の時間や夏休みの終盤、
絵を書けずに泣きそうになったことはあるけれど
人ごみの中で、しかも真昼間から涙を流すとは、まったくもって想定外。
自らに起きた異様な反応にただただ驚き、
しばらくその場から動けなかった。
帰り際に購入した画録によると、母子は
「目で見ることも、耳で聞くこともなく、
人の心が達することもないあの永遠の生とはいったい如何なるものであるか」
と思いをめぐらせているんだそう。
私の考えなど及ばない、もっとずっと厳粛な世界だったわけだが、
大げさではなく、涙がひいていくにつれ
最近 乱れっぱなしだった心の波がすうっとひいていく感じがした。
たった一枚の、顔も名前も知らない誰かが描き出した世界が
人間の心にこうも直接的に触れることができるとは…。
美術館が好きと言うと
「すごく高尚な趣味を持っているのね」的な目で見てくれる方もいるが
構図がどうとか、この色がどうとか、何派だとか、時代背景がどうとか、
私はそういう難しいことはほとんど分からない。
それでも色々な愉しみ方ができるのが絵画。
映画や本のように泣きどころ・笑いどころもなく、
見たいように見て、感じたいように感じ、受け入れるだけ。
「そんな澄ました場所」と食わず嫌いせず
映画館や遊園地、ショッピングに行く感覚で
出かけてみるのも良いのではないかな~と思う。