こんにちは


にしもとひとみです。





突然ですが、
人生映画って考えたことありますか?


たまに娘と
人生を映画に見立てて話してると
だんだんおもしろくなって、
笑い転げてしまうんです。





この数年でわたしの
身近な人たちとの関係は
激変しました。




昔は何かあると

「あなたが悪い」
「ぜんぶお前が悪い」
「ママのせい」
「ぜんぶお前のせいや」

って言われることがありまして。

その度に落ち込んで泣いたり、
怒ったり悲しんだりして、
悲劇のヒロインやってたんですね。





そして、この数年、

良いとか悪いとか何???
良いとか悪いとかなくない?
ってことに気づいたり、


わたしのせいって思ってたけど、
あれ?わたしのせいとかどういうことだろ?
ってなったり、


あれもこれもわたしが悪いと思ってたけど、
悪いってなくない?!
ってことに気がついて、
その度に悲劇のヒロインを
熱演できなくなってしまって。





そして今、わたしに
あなたが悪いとか
ぜんぶお前のせいとか
ママのせいとか
わたしを責めてた人たちとの関係性が
ガラッと変わってまして。




小さい頃から事ある毎に
あなたが悪いと言ってた母は、
言うことが変わってきてて、
そういうこと言わなくなったし、
関係性が前と全然違う。




元旦那さんとは離婚。
(コワモテの雰囲気が変わって、たまに美味しいフルーツを持ってきてくれるフルーツおじさん🍓)




娘に至っては、
今のママはかわいいとか
ママは若返ってるとか
ママの子どもで良かったとか
ほめ上手な大先生ですラブ





今のこの人たちをみると、
昔のあの光景はにわかに信じがたい。
記憶ももううっすらとなってし。





そして、
これが本当の姿なのかもしれないと
思うんです。




「わたしが悪いの」
という映画を製作するにあたり、
あの御三方に、
あなたが悪い!
ぜんぶお前が悪いんや!
ママのせい!
というセリフで主役のひとみちゃんを
責め立ててください。
という演技指導して、
できればキャラ濃いめで、
ってお願いしてたはず(笑)
みんな台本通りの名演技。




「わたしが悪いの」
悲劇のヒロインという役のわたし。





役40年真剣に熱演してたんですけど、
飽きてきちゃって。
それじゃあってことで、
最後は見応えのある出来事をいくつか演出して
このシリーズThe END。




はい、カットー!と
長かったシリーズにカットが
かかって、

「お疲れ様でした〜」

「ありがとうございました!」

「あのときの怒り狂った感じ、
なかなか良かったですね〜」

「あのときのあの表情本当にこわかったです〜」

「いや〜もうあの役飽きたわ〜」

なんて言いながら、
みんなで居酒屋で打ち上げして、
お疲れしたーって、解散。





今のあの御三方は役柄を降りた
素のあの人たち。





映画「わたしが悪いの」の
企画、構想、監督、プロダクションは、
「魂」というか
「本体」というか
「本当のわたし」というか
頭ではわからない存在のわたし。




みなさまのご協力のもと、
無事にやり遂げることがでました。





次の映画も始まるんですけど、
憑依型俳優だから役を抜けるのに
ちょっと時間が必要で、
休養も取りたいので、
しばらく海外でのんびり休養中やしの木コアラ




また英気を養って
次の映画作りに励んでまいりますので、
お楽しみに〜✨️
次の作品でお会いできることを
楽しみにしてま〜すパー





な〜んてね
(笑)




人生映画は視点や見る世界が変わるから
おもしろい🩷
あのときはお世話になりました、
ありがとうございました、としか
思えなくなるし、
だんだんおもしろくなって笑ってしまうから
不思議🩷





次はどんな作品ですか?
と聞かれるんだけど、
思考ではわからない存在のわたしは
準備してると思うんですけどね、
思考のわたしには内容や台本は
まだ届いてないんですよね。




ラブコメとかやったことないから興味あるし、
クジラやイルカと海で泳ぐドキュメンタリーも
興味あるしイルカ
たまに見かける海外のぶっ飛んだ映画も
おもしろそうウインク




次はどんな作品が始まるのでしょうか。

楽しみですね💛





何それ、頭大丈夫?
と思われるかもしれませんが、
アタオカでいい。
楽しいよ♡





あなたの人生映画はどんな映画ですか?





人生映画のお話し聞いてみたいな〜

みんなで人生映画のお話会とかやったら

おもしろいだろうな〜💛









こんにちは



にしもとひとみです。







あなたが思うこと

あなたが感じてるもの

あなたの世界観

あなたのリズム

あなたのペース

あなたが信じてること

あなたがやりたいこと

あなたが心地よいもの

あなたの喜び

唯一無二のあなたの世界✨️





あなたの世界を

あなたが堪能するほどいい






『 みんな違って みんないい 』




金子みすゞさんの有名な言葉ですが、

短い言葉の中に

いろんなエッセンスがある

玉虫色のような言葉。






救いの言葉でもあるけど、

ポジティブな言葉でもあります。





みんな違って みんないい 





一人一人が唯一無二の存在で

その唯一無二な存在たちが

共存共栄してる世界っていいよね






そんな世界をみたい

そんな世界を生きたい





若き日のみすゞさんは

あの短い言葉に思いを込められたのかな、

なんて、思いを馳せたり。







あなたにしかない世界を

遊んで、楽しんで、

堪能していくほどいい。






自分の世界に没頭して楽しむって

最高ですよね♡





みんながそんな感じだったら、

一人一人、全員が天才に違いない。






どう思われるかなとか、

変に思われないかなとか、

そんなことに囚われることなく。

みんなが全員自分の世界に没頭してたら

そういう空気で

それが当たり前だから。

自分が自分の世界を楽しんでたら

同じような人に同調して、

「それいいね!」

ってお互いいい刺激になりますし。





この社会で生きてる人たちにとっては、

自分の世界に振り切って

どっぷり浸るくらいで

ちょうどいいと思うのです。







こんにちは


にしもとひとみです。







先日、友達とおしゃべりした後、
ふと封印していた
昔のことを思い出しました。




十代〜二十代の頃、
生きることがしんどくて、
解消する方法をいつも探してました。





その一つが、
大学生になった頃、
インターネットが使える環境になり
良さそうな心療内科、精神科を
探すことでした。





いろんな病院を探しては、
ホームページをなめ回すように見て、
勇気を出して予約の電話をして。





電車とバスを乗り継いで、
数時間かけて県外の病院に通って
看護師さんに、
「そんな遠いところから来てるの!」
って哀れんだような目で見られながら
通ったこともありました。





毎回、この病院なら!
って期待値Maxで行くんだけど、
少し話して、
そんな大した事ないって診断で、
たぶんセロトニンだったのかな?
軽いと言われるお薬を処方されて。





初めの頃はお薬飲んだら楽になる!
って楽しみに飲むんだけど、
効果も変化も感じられず、、





漠然とした「変われる」と信じてた気持ちが
病院じゃないかも、、
そんなに簡単じゃないのかも、、と
いろんな病院に通う度に
思うようになっていました。





良さげな病院に通って
優しそうなお医者さんと少し話して
真面目にお薬飲んで、
(もう最後の方はあまり飲んでなかった)
でもわたしが求めていた変化、効果は
得ることはできませんでした。





そんな病院通いでしたが、
唯一、楽しみにしていたものがありました。
当時通っていた心療内科の
受付の横に置いてあった
ハーブ入りのバスミルク。





その病院は2年近く通ったけど、
最後の方は
バスミルクを買うために通ってた感じ。





お風呂にあのバスミルクを入れると

ふわっと優しいハーブの香りがして、

毎日生きることにヘトヘトで

緊張でガチガチだった心と体がゆるんで、

力が抜けて

ほっとできた時間🌿✨️






でもすぐに、
一日の反省会と自分責めが始まるから、
ほっとできたのは一瞬だったけど。
あの瞬間は貴重なリラックスタイムでした。






わたしは

ほっとしたかったんです。






ぐるぐる思考が少し静かになって、

緊張してガチガチだった心と体が

ほわんてゆるんでリラックスしたあの感覚。

これを求めていたんです。






そのためには、

「自分を知る」

ということが必要でした。





しんどくて苦しくて、
ギリギリもヘトヘトも、
ほっとしてゆるゆるになるのも、
ぜーんぶ
自分で作り出していたんですね。





ぜーんぶ、自分次第。





誰も見ることないのに、
手帳に病院の予定を書くことすらできなくて、
病院の頭文字と時間だけ書いてたあの頃、
心療内科に通う自分を
ダメなわたしって恥じて
自分にも見えないように隠していたんです。
誰にも知られたくなかったし、
通わなくなってからは
自分でもすっかり忘れてました。





忘れられるというのも、
ありがたいことなんですけどね。





出来事の捉え方も、
自分にかける言葉も、
自分への扱いも、
ダメばかりで、
責めて責めて、否定して、
もっとがんばれ!
ちゃんとやれ!
だからダメなんだ!
ってね。





そりゃあ
苦しいし、しんどいよね、、
って今は思えるんですけど、
昔のわたしはそんなこと言われても、
「わたしがダメだから、もっとがんばらないと!」
って大真面目にやっていたと思われる、、汗

ふぅ、、遠い目、、。





紆余曲折しながらようやく
苦しい、しんどいの原因は
わたしによるものだった
と気付くことができるようになって、
ほっとする時間もたくさんできて、
心も体もゆるんで、
あの頃のわたしとは別人のような
生まれ変わった感じです。







心も体も

ほっとしたい






ただそれだけなのかもしれません。






カウンセリングのお申し込みは




こんにちは



にしもとひとみです。






9月に入って朝晩涼しくなってきましたが、
暑かった8月はわたしにとって
ややしんどい、
新手の感情を感じる期間でした。
※以下、個人的な話しです。





2020年から自分の内側に向き合い、
これまで見てこなかった自分の
思いや感情というものを思うまま
湧き上がるまま感じてきました。






一つのフェーズが終わったな〜って
ほっとしてると、
「はい、次はこれ」
と手渡されるように奥から未知の、
でも馴染みのあるものが出される
というのが流れのようになっていて、
来たか、、という感じ。






自分に向き合う例えでよく言われる、

「玉ねぎの皮をむくように」





なくならないの?
いつまで続くの?
玉ねぎの皮どんだけ〜〜って思うけど、
次が出てくるからしょうがないのですよ。





8月に出された新手の感情は、
「うんっっっざり」でした。

もう、うんっざり!
っていう感覚は
元旦那さんにも感じたことがあるものです。






これをわたしは子どもの頃、
母に対して感じていたんだけど
ある頃から蓋をしたもの。
あの頃感じていた、うんっっっざり感。




何をしてもわたしのせいにして怒る母に、
普通の会話にならない母に、
母の仕事の愚痴を聞いていたら途中から
怒りの矛先がわたしになっていて怒る母に。
(長くなるのでこの辺で、、)





「そうだったんだ」とか「良かったね」とか
軽い返事で良さそうな場面でも、
なぜか怒ってくる母に、
小さい頃のわたしは、
うんっっっざりしてたんです。






あるとき、
明らかに母の八つ当たりで
理不尽に怒られてると実感したときがありました。
「それってわたしが悪いんじゃなくて、
お母さんの問題じゃない?」
みたいなことを言ったら、
母の逆鱗に触れ、烈火のごとく怒られて、
家を追い出されたこともありました。
(最後は許してもらうけど、何度かあったな)






思っていることを母に言うとダメなんだ、
わたしが悪いんだ、わたしのせいなんだ、
こう思い込むことで、
怒られる度に湧き上がる
あの不快な「うんっっっざり」を
感じなくて済むってことを知ったわたし。
(無意識にですね)
"わたしが悪い"っていう方が楽に過ごせる。
この楽を選んだんです。






でも、これらの思い込みが
長年の生きづらさの要因の一つでもありました。

この5、6年向き合ってきて、
母に怒られようが、嫌われようが、
わたしはわたし、という立ち位置を
少しずつ確立してきて、
今まで話せなかったことをすんなり話していたり、
怒りが湧いて、暴言吐いたこともあったり、
40過ぎて反抗期、親離れの過程を
たどってきました。






うんっっっざり!
その奥には、
悲しみ、虚しさ、絶望、無力感、無価値感が
ドーンとあって。
わたしは何で生きてるんだろう、
何で生まれてきたんだろう、
泣きながらこういうこと考えてたねって
当時を思い出して、
懐かしいような、
やっと理解してもらえたような、
いろいろあったけど生きてきたね、という
労いの気持ちを自分とやり取りして。





そして、母に抱いていた
あの不快なうんっっっざり!は、
実はわたしがわたしに思っていたことでもあって、
今は現在進行系で、
湧き上がるままに感じています。






一ヶ月ほど付き合ってきて、
(毎日じゃないけど。たまにね)
この不快にも少しずつ慣れてて、
自分に感じてるこの部分は
気が済むまで付き合っていこうと思います。
(それしか仕方がない、、
終わりはわからない、、
でも本当は早く終わりたい、、笑)





今までずっと自分を否定して、
自分を押し殺して
偽って生きてきたことへの報い♡

そして、
そんな自己否定のひどい扱いの中、
生きててくれた自分への報い♡








こんにちは



にしもとひとみです。






昔と比べると、
心についての情報が多い世の中です。
悩みを解決したい、自分を知りたい、
そういう思いがある人にとっても、
いい時代だなと心から思います。





先日、スタバでお茶してたら、
隣の席に中学生の女の子グループが座って、
(夏休みの打ち上げ会みたいな感じ)
その子達のおしゃべりにびっくりしました。






クラスの女の子なのかわかりませんが、

「あの子さ、被害者意識強いよね」
「あ〜それ思う」
「でもあのときはそんなでもなかったよね」

みたいな会話で、
中学生で被害者意識って言葉知ってるの?
意味も知ってる!?
普通にみんな認識があって、
会話が成り立ってて。






悪口を言ってる感じでもなくて、
自分が思うこと感じたことを話してる中学生。






その場に居ない人の陰口言ったり、
人の不幸は蜜の味とか言ってたり、
仲良しだと思ってた人が悪口言い始めてたり、
「え?仲良しなんじゃないの?こわー」
この目で、そういう人たち、そういう場面、
たくさん見てきたぞ、、
そういう場所や人が苦手でそっと逃げてきたけど、
わたしも嫌いな人の悪口言ったことありますし。







イヤな気持ちになったときの捉え方、
そんな自分との向き合い方、
自分の思いや感情、ましてや意識について、
そんなこと話題にも上がったことないし
教えられたこともない、
おそらくみんな知らない(笑)
そんな環境で育ってきました。





親や周りの人がやってたように、
真似しながら「こういうもの」って
今もやってることが多いと思うのです。






だけど、今の時代は
イヤなことがあったときの捉え方
自分の気持ちについての向き合い方、
悩み解決
いろんなステキな生き方
こういう情報がいくらでもあります。






昭和、平成の解決方法じゃないやり方なんて
いくらでもあることを
わたしたちは知っています。






悪口の場所いやだなと思ったら、
じゃあ、自分はどんな場所がいいかな?
どんな自分としていたいかな?
こういうことの考え方、ヒントも解決方法も
簡単に手に入れることができます。






そうしてね、
自分のことを理解して、
相手の背景なんかを少しでも理解することができたら、
陰口を言わないといけないようなストレスって
なくなってくるし、
そういうことに意識が向かなくなって、
関わることがぐっと減るんですよね。





きっとあの女の子たちのおうちでは
お母さんやお父さんと
そういう話しをされてるんだろうなって
想像しながら、
ふむふむと聞いてました。





そういう考え方をしてる子が一人でもいたら、
その一人が周りの子たちに影響を与えて、
女子の集まりでも陰口会にはならないんですね。






心理リテラシーの高い中学生を見て、
これからの世の中は明るいな〜と感じました。






子どもは大人の背中を見て育ちます。
しっかりしようなんてことは
口が裂けても言えないですが、、
言う言葉や言い方よりも
子どもたちが真似をするのは大人たちの背中です。





カッコつけてもバレてるし、
大人ぶったり、いい人ぶったり、
平気なふりしてもバレてる。






「こんな自分」のまま

生きてくことかなと。

偽ることがない、ごまかしがないって、
自分にとっても、子どもにとっても、楽。

本当だから仕方ないってことですけどね。







自分に正直に生きる、

ということを心がけてというか、

それが当たり前だよねって感じで

いつもの日常を送ることができるって

幸せなことだなと思います。








カウンセリングのお申し込みは
こちらから








こんにちは




にしもとひとみです。







母の存在を自分より上に置いたままで


終わらせない。





自分の中の母と決着をつけて和解し、


自分の中の母を超えてゆく







そして、


子どもたちにも超えてほしい。


何十年かかろうとできるはず。







こんな人間を母親に選ぶって、


どんだけ怖いもの知らずやねーん!






百万回のごめんねと、ありがとうを


言っても足りません🙏






勇者に違いない(笑)


らくらく超えてゆけ







こんにちは



にしもとひとみです。







わたしたちは巧妙に

自分を覆い隠しながら

いつもの日常を送っていることが

多いものです。






ふと湧き上がってくる虚しさ、

苦手な人の前で平静を装う居心地の悪さ、

誰かの言動に反応して湧き上がるざわざわ






見ないように

蓋をするのが上手になっていて、

ささっと自分に気が付かれないように

見事に瞬殺するスキル。






その後、安心して外側を責めたり、

そんな自分を責めたりするんだよね。







自分が自分を覆い隠すときって

本当に瞬殺だから

なかなか気づきにくい。






でも、

このことを頭の片隅に留め置いて、

自分に意識を向けるってことをやっていくと、

『あ〜知ってる』

『いつもここにいるよね』

『あのときもいたよね』

っていう感じの

旧知の仲みたいな感覚がある。





だけど、

この感覚に気づきながら、

瞬殺で蓋してしまうの

残念だな〜って思うんですよね。

(わたしも瞬殺するから偉そうなことは言えないけど)






だってね、

あの感覚何でことあるごとに

出てくると思う?







どれだけ瞬殺で覆い隠されて

無視されても、

ずっと横にいたり、

何かのときに出てきたりするあの存在。






それってやっぱり、

あなたが大事な存在で、

大事なあなたに

気付いてもらいたくて

伝えたいことがあって、

もっと本当の自分で生きようっていう

心や体や魂からのサイン

なんだよね。






気づいてほしい

みてほしい

感じてほしい

そして、

もうこれ終わらせてほしい。

本当の自分に還りたい。






いつものあの感覚、

次は素直に会ってみよう。

会った後、

感じた後、

自分を感じる一体感

何とも言えない安心に包まれる。






会った後に、

何にも恐れるものじゃなかった、

めんどくさいものじゃなかった、

ってわかるんだよね。






とは言え、

めんどくさ!

という頭の声もあるもの。





ただ知らないだけ、慣れてないだけ、

やってみたら何にも大したことじゃなかった

あるあるの話し。






よく知ってる、

いつものあの感覚が

湧き上がってくるときは

瞬殺した後でも、

自分に意識を向けてみて🌿







もっと早く会ってたら良かったな〜

ってなること間違いなしですウインク









モニターカウンセリングを
募集しています

詳しくは→こちらから




こんにちは



にしもとひとみです。







「どーせわかってもらえない」

「どーせ認めてもらえない」

ってすねてしまうとき。






「何でわかってくれないの」

「どれだけがんばっても認めてもらえない」

と怒りが湧くとき。






いやな気持ちになって

気を紛らわせて忘れよう!となったり、

誰かや自分を責めて終わらせてしまうことが

多いもの。







こういう、

いつもの反応に気が付いて

自分に目を向けられたら、、





蓋をして見ないようにしてきた

自分に会える

絶好の機会だから。






本当の自分が

「気付いてー」って

メッセージ送ってるんですね。







わかってほしいの奥には

「わかってもらえない」





認めてほしいの奥には

「認めてもらえない」






わかってもらえない

認めてもらえない






誰に?






あなたに






誰でもない、

あなたにわかってもらいたいし

あなたに認めてもらいたい






あの人じゃない。






そんな気持ちに気が付いたら、

そっと寄り添って

その少しの時間、

少しの気持ちが

後々、うれしいギフトとして自分にかえってくる。






気を紛らわせた後でも、

誰かや自分を責めたとしても、

そこから始めてみよう。






メッセージ届いてるなと

気付いたら

受け取っていこう。






その先は良いことしかないんだから♡









ただ今モニターカウンセリング
募集しています。

詳しくは→こちらから










こんにちは



にしもとひとみです。







恥ずかしい話しですが、

最近半袖を着ると二の腕が、、(涙)

絶賛ぷるぷるを感じてまして。





「痩せたいなー」

って言ったのを聞いてた娘が

「痩せなくていいやん」って!

「昔〇〇さんに、また痩せたんじゃない?って心配されとったやろ?」

って言うんですおねがい





わたし「そんな時代もあったね〜〜〜」

娘「今のママが一番いいと思う」

わたし「えー?何か老けて見えない?」

娘「うんうん、今のママが一番かわいいよ」





なーんて褒め褒めされて、

そこまで言うなら、

ぷるぷるだけど、まあいっかー

となった次第であります。





今の娘は良き理解者のような存在で、

たまに話してると

「あなたカウンセラー?」って突っこむほど、

気持ち良く話しを聞いてくれて、

たまにバシっと本質を突かれて

「たしかに、、」となることも。






変われば変わるものですね。

娘が小学生の頃

こんな関係になるなんて予想もしてなかった。

「キモいおばさん」

「ババア」

「クソババア」

こんな風に呼ばれていたわたしの30代、、





「ウザい」

「キモい」

「昭和の古い女」





こんな言葉が毎日返ってくるから、

その度に、はあぁ〜〜ムカムカムカムカとなって、

親にそんなこと言うなんて!てな感じで。

でも娘とこんな関係いやだな〜って思い、

娘ではなく、

自分に意識を向けるってことをやってきました。





自分のことに一生懸命やっていたら、

いつの間にか 

娘の反抗的な言動がなくなっていて、

ババア呼ばわりがなくなり、

いつの間にか褒め上手な娘におねがい





昔はいいお母さんにならなくちゃ!って

がんばっていたんだけど、

そんなことは誰も望んでいなかった。





「ちゃんとして」

「世間体気にして」

「正しくて」

こういう鎧を一枚一枚脱いでいったら

不出来な人間が表れてしまい、

「ママって昔はちゃんとした人だったけど
よくあんなことやってたよね〜」という娘。

わたしの変化の過程を間近で見てたんですね。





不出来で、アホで、幼稚な人間、、

観念してください。

バレてしまいましょう。

「無駄な抵抗はやめなさい」

ってことです。





そんなことになったら大変なことになるー!

って以前のわたしは内心こわかったのだと

思うけど、

周りの人たちは案外、自分よりも

その辺のことわかってたりします。





だいぶ無理してるなとか、

本当は休みたいんだろうなとか、

本当の自分ごまかしてるよねとか、

コイツ、本当はアホだよなとか、、、
(これはわたしのこと)





不甲斐ない正体がバレたら

けちょんけちょんにされて、

呆れられそうなのに、

なぜだか、その逆で、

何だか喜ばれてるような、、、





こんな人間が

「親とは!」「子育てとは!」

って育児本読んで、

ちゃんとしたいいお母さんを

目指していたことがイタいですね。






ちゃんとを目指さない

世間体や正しさを求めない、

いいお母さんをやめる
(なれなかったけど目指すのをやめました)

がんばるのをやめて、

素のままではダメって思っていた自分のまま

本当はこんなんっていう自分を

子どもたちにもそのまま話して、晒して。





いいお母さんじゃないし、

ちゃんとなんてしてないけど、

無理のない、素の自分のままの

正直な関係って、

とっても楽。







でも、たまにふと、

子どもたちが小さかった頃、

こういう自分で、

こういう関係でいたかったな。

そうだったら、

どんな親子時間を過ごしていたのかななんて

考えることもあるけど、

それは次回のお楽しみということで。






今は今だけ。

今の時間、今の関係を

大切に味わいたいと思うのであります。








ただ今カウンセリング
募集しています。

詳しくは→こちらから










こんにちは



にしもとひとみです。






人と話しながら、もやっとしたとき

目の前の出来事に、ざわっとしたとき





自分の心がもやっとしたり

ざわっとしたり、

そんな場面ありますよね。





わたしたちはそんなとき、

無意識に

相手を責めたり、見下したりして

自分の心の反応をみない

ようにしてることが多いものです。






無意識にやってるから簡単に

気付けないんですよね〜

それに、親も、友達も、

学校も会社もメディアも多くの場合、

外側の何かを責めて、批判することが多いから

「そうするもの」

って暗黙の了解みたいになってる気もします。






「今、何にもやっとしたの?」

なんて会話はほとんどされない。

そういう家庭やコミュニティもあると思うけど

(そんなところに生まれたかったけど)

「どう感じたの?」

なんて気持ちを聞かれることもないし、

内側に意識を向けるような会話のない環境で

生きてきました。





あの人はわかってない、とか

ああいう人がいるから〇〇とか、

相手や出来事を批判したり、見下したり。

「そうするもの」

っていうのが当たり前な感じもします。





だけど、

この当たり前に気付いて、

本当は当たり前じゃないってことに

気が付くことができたらグリーンハーツグリーンハーツ





無意識の当たり前

に気が付くことができたら、

世界はぐるんと変わります。





相手を責めたり、見下したりした後でも、

あのとき、本当はもやっとしてたなってことに

気が付けたらそこから世界は変わる。






「何にもやっとしたんだろう」

「なぜそこにざわついたんだろう」

「何をされたような感じがしたんだろう」

「本当はどうしたかったんだろう」






もやっとした、ざわっとした、イラっとした、

これらは

自分から自分へ送られたメッセージ。

何か伝えたいことがあるんですね。

気が付いてほしいことがある。

あなたのために。





だから、

いつも通りの対応をしたとしても、

あのときのあれ、

何にざわついたんだろうって、

自分に意識を向けられると、

メッセージを送った側のあなたは喜んでいるはず。





その奥には、

もしかしたらネガティブな思いが

あるかもしれない。

さらにざわっとするかもしれない。

それを見たくないから、

多くの場合、外側の何かを責めたり、

批判したりして終わるけど、

そのネガティブな思いを紐解いていくと、

霧が晴れるようになくなるんです。

ネガティブな思いって幻だから。





見ないからある。

みると幻。

不思議ですね〜

ネガティブも悩みも問題も幻。






自分との信頼関係が大事とか

感じる心が大事とか

よく聞きますよね。

そのための第一歩が

自分から送られたメッセージを

キャッチすること。





そして、もやつく、ざわつく当たり前を

疑ってみてください。

「本当にそうかな?」

「そうじゃないとだめって思うのは何でかな?」

って。

いつものこれ本当にそうかな?ってことです。

無意識に

「そうするもの」「そういうもの」

ってしてるだけで、

本当はそうじゃなくても大丈夫ってことを

もやもや、ざわざわが

教えてくれているんですね♡





軽やかに、楽に、

本当の自分で生きるために、

日々いろんなメッセージを送ってくれる

大いなる自分からの大きな愛

受け取っていきましょう〜♡








今モニターカウンセリング
募集しています♡

詳しくは→こちらから