こんにちは
にしもとひとみです。
書類の整理をしてたら、
息子が10歳の時、学校で
成人式の半分を祝うというのがあり、
親へ感謝を伝えましょうっていう授業の一環で
書いてくれた手紙が出てきました。
息子は手紙にたくさんのありがとうを書いて
くれてたんですけど、
その中に、
「苦労して育ててくれてありがとう」
「一人でがんばって家事してくれてありがとう」
って書かれてて、、汗。
息子にはそう見えてたのか、、
負の遺産を相続させてしまってごめん
って思いながら、
過去は仕方ない、これからこれから、
って気持ちを切り替えました。
心と体って連動してるから
心が軽いと
家事だってさくっとやって、
気付いたら終わってるものです。
それが、昔のわたしは、
心が重くて、体もどんより重かったので、
家事をするのも一苦労で。
ちゃんとやらなくちゃ!
もっとがんばらないと!って
ネガティブなエネルギーをフル稼働させて
毎日自分を奮い立たせて
やってたという感じでした。
息子はそんな様子を見てたんですね〜
子どもって
澄んだきれいなおめめで
大人たちのこと
よく見てますね。
こうでなければならないとか
こうあるべきとかっていう
一般的だけど重たい概念も。
自分なんてとか、ダメなわたしとか、
無価値とか無力とか
こういう重たいセルフイメージも、
本来の自分じゃないもの。
心にずしっと来るもの
うっとなるものは
本来の自分に後付けした
自分じゃないもの、
そして本当はいらないものです。
たまに、この令和の時代で、
子どものために我慢とか、苦労とかを
美談みたいに言われるお母さん方もいるけど、
本当のところ、
そういうの子どもからしたら
迷惑な話しなんです。
成績が〜とか、塾代が〜とか、送り迎えが〜とか
それなのに子どもが勉強しない〜
とかも
たまに聞くけど、
本当に子どものことを思うなら、
子どものことは子どもにおまかせして、
お母さんはお母さんのことに集中すること。
子育ての過去の罪悪感や
子どもの将来の不安も同じく。
こういう意識を向けられるのって
子どもからしたら迷惑。
罪悪感や将来への不安は、
それを持ってる人のもので、
持ってる人が自分で解消するしかありません。
どんなお母さんも
子どものことを思ってのことです。
大切で、愛おしい我が子に
幸せな人生を送ってほしい💛
そのあふれる愛を
どの方向へ注ぐか。
我慢や苦労、罪悪感や心配より
お母さんが自分を大切にして
自分らしく機嫌よく
自分としていてくれたら💛
子どもにとって、
こんなに安心して、
自分でいいんだ♡っていう
メッセージは他にありません。
あんな風に幸せになっていいんだって
幸せの許可を下ろせるし、
あんな風に幸せになろうって
いいお手本になりますから💛
息子が苦労の意味を勘違いして使ってたら
いいな(笑)
誰かの手紙を真似して本当はそこまで思わないで
書いてたらいいな(笑)
なーんて、妄想?現実逃避もしたけど(笑)
過去は仕方ないか。
この数年、自分に正直に生きよう、
自分として生きようって
やってきたけど、
娘の目にわたしは
化けの皮が剥がれた珍獣にみえるそうで、、
もっとキャピってしてる
うさぎちゃんとか子ねこちゃんとか
かわいいのをリクエストしてるんですけど、
うさぎちゃんとか子ねこちゃんとか
かわいらしいのじゃないそうで、、
子どもたちの目に
どんな風に映ってるのでしょうか、、
知りたいけどおそろしいな(笑)
もっといい感じの呼び方になるためにも、
(かわいくてステキな感じのがいいー!)
自分として生きる
これをやっていくことだなと思います💛