こんにちは


にしもとひとみです。





書類の整理をしてたら、
息子が10歳の時、学校で
成人式の半分を祝うというのがあり、
親へ感謝を伝えましょうっていう授業の一環で
書いてくれた手紙が出てきました。




息子は手紙にたくさんのありがとうを書いて
くれてたんですけど、
その中に、
「苦労して育ててくれてありがとう」
「一人でがんばって家事してくれてありがとう」
って書かれてて、、汗。



息子にはそう見えてたのか、、 



負の遺産を相続させてしまってごめん
って思いながら、
過去は仕方ない、これからこれから、
って気持ちを切り替えました。




心と体って連動してるから
心が軽いと
家事だってさくっとやって、
気付いたら終わってるものです。




それが、昔のわたしは、
心が重くて、体もどんより重かったので、
家事をするのも一苦労で。
ちゃんとやらなくちゃ!
もっとがんばらないと!って
ネガティブなエネルギーをフル稼働させて
毎日自分を奮い立たせて
やってたという感じでした。

息子はそんな様子を見てたんですね〜




子どもって
澄んだきれいなおめめで
大人たちのこと
よく見てますね。




こうでなければならないとか
こうあるべきとかっていう
一般的だけど重たい概念も。

自分なんてとか、ダメなわたしとか、
無価値とか無力とか
こういう重たいセルフイメージも、
本来の自分じゃないもの。




心にずしっと来るもの
うっとなるものは
本来の自分に後付けした
自分じゃないもの、
そして本当はいらないものです。




たまに、この令和の時代で、
子どものために我慢とか、苦労とかを
美談みたいに言われるお母さん方もいるけど、
本当のところ、
そういうの子どもからしたら
迷惑な話しなんです。




成績が〜とか、塾代が〜とか、送り迎えが〜とか
それなのに子どもが勉強しない〜 
とかも
たまに聞くけど、
本当に子どものことを思うなら、
子どものことは子どもにおまかせして、
お母さんはお母さんのことに集中すること。




子育ての過去の罪悪感や
子どもの将来の不安も同じく。
こういう意識を向けられるのって
子どもからしたら迷惑。




罪悪感や将来への不安は、
それを持ってる人のもので、
持ってる人が自分で解消するしかありません。




どんなお母さんも
子どものことを思ってのことです。
大切で、愛おしい我が子に
幸せな人生を送ってほしい💛
そのあふれる愛を
どの方向へ注ぐか。




我慢や苦労、罪悪感や心配より
お母さんが自分を大切にして
自分らしく機嫌よく
自分としていてくれたら💛




子どもにとって、
こんなに安心して、
自分でいいんだ♡っていう
メッセージは他にありません。




あんな風に幸せになっていいんだって
幸せの許可を下ろせるし、
あんな風に幸せになろうって
いいお手本になりますから💛





息子が苦労の意味を勘違いして使ってたら
いいな(笑)
誰かの手紙を真似して本当はそこまで思わないで
書いてたらいいな(笑)
なーんて、妄想?現実逃避もしたけど(笑)
過去は仕方ないか。




この数年、自分に正直に生きよう、
自分として生きようって
やってきたけど、
娘の目にわたしは
化けの皮が剥がれた珍獣にみえるそうで、、




もっとキャピってしてる
うさぎちゃんとか子ねこちゃんとか
かわいいのをリクエストしてるんですけど、
うさぎちゃんとか子ねこちゃんとか
かわいらしいのじゃないそうで、、昇天




子どもたちの目に
どんな風に映ってるのでしょうか、、
知りたいけどおそろしいな(笑)




もっといい感じの呼び方になるためにも、
(かわいくてステキな感じのがいいー!)

自分として生きる
これをやっていくことだなと思います💛









こんにちは



にしもとひとみです。






先日、大好きなお店が閉店されると
いうことで、娘と行ってきました。




元旦那さんの知り合いのお店なので、
離婚したら行けないって思ってたんだけど、
閉店となると、
二度とあの料理を食べられない、、
そんなのやだー!でも行きづらい、、って
もじもじしてたら、
娘が「行こう!」って背中を押してくれて、
予約することができました。




結論、行ってよかった!!
あのまま行かなかったら
わたしは一生後悔してたと思う。




久しぶりにいただいたお料理は、
どれも変わらず最高でした。
丁寧に作られてるのに、
遊んでるように楽しんで作られてる感じが
お料理を通して伝わってくる♡




お魚や野菜たちもこんなに丁寧に料理されて、
みんなに美味しい美味しいって食べられて
うれしいだろうな〜って思ったり。
どれもこれも美味しすぎて幸せでした♡




そして気がついたらほぼ満席だった店内が
わたしたちだけになってて、
ご主人のおしゃべりもいい感じになってきて、
お水と言われる焼酎の水割りを片手に
隣のテーブルに座って、
いろんな話しを聞きました。




昔の修行時代の話し、
料理の世界の話し、
最近の若い人たちの話し、
家族の話し、
閉店される話し。
どれもこれも漫画みたいな話しばかり、、




そして、
ご主人の体が悲鳴をあげていることも。
焼酎を飲むと体の痛みが消えていくから
大丈夫って、、
休んでー!
って何回も言いたくなったけど、
閉店まで全力疾走のご主人に言う気になれず。




「いつ死んでも後悔ない」
と言えるやりきった生き方に言葉が出ず。




漫画みたいな本当の話し、

やりきってる人の話し、

書けない話しだけど本当におもしろくて。


この前仕込みが終わったのは5時だったとか
今日はおにぎり1個と焼酎だけとか、、
早寝早起きとか一日三食とか普通の常識が
ぶっ飛んでる。

明日の仕込みが終わるのは2時かなと言うのに、
このままわたしたちが居たら
3時、4時になってしまう!
面白い話しもまだまだありそうな余韻の残る中、
断腸の思いでお店を後にしました。





時代の変化
生き方の変化
価値観の変化
いろんなことが大きく変わってる




信じて疑わない確固とした
『こういうもの』が
たった何十年でこんなに変わる。




『こういうもの』という人の意識。




信じて疑わないものだけど、
もし自分の中に不快を感じたときは、
勇気を持ってとことん疑っていいし、
心地よい『こういうもの』にしていい。
それくらい柔らかいものなんだと思う。





人間いつ死ぬかわからないんだから

やりたいようにやりなさい

やって後悔するのはいい

やらないで後悔するのはあかんよ





やりきってきた人の言葉は、
どの時代でも変わらない言葉。




そのためにも自分の純度高く在れ
そんなことを教わったような時間でした。




奥さんには
「雰囲気変わって明るくなったね」
って言ってもらって♡
わたしも生まれ変わったくらい
変わりました。




わたしももっと自分に正直に、
もっとバカみたいになりたいと
思った次第です。





それにしても、
あのご主人の隣で、
淡々として居られる奥さんて、、すごい。







ありがとうございました。





こんにちは



にしもとひとみです。






娘が小さかったとき、
育児本を読んでは実践、を繰り返しながら、
内心では、
「うちはもう終わってる、、」
って思ってました。




「ちゃんとした子」から脱落してる娘、
ちゃんとした子育てができない母親。




これを思うとものすごい焦りや怖さがあって、
でも、この焦りや怖さを見ることも
こわくてこわくて、、
そういう思いになりそうになると、
気を紛らわすように
心のことを学んだり、
育児本を読んだりしてました。




もうこうなってるのに、
(娘の言動とか理想の母親像と違う自分とか、
機能不全家族とか、、)
今さらもう遅いだろうなって
思う気持ちもうっすらありながら、
でもそんなこと認めたら、
どうなるのーこわーい
ってことの繰り返し。




世界から脱落するような恐怖心。
周りとは違う世界になってしまいそう
どうなってしまうんだろう
生きていけない、、
みたいな感じで
こわくてこわくて仕方なかった、
でもそれすらも認めることがこわかった。




何とかギリギリでも落っこちないように、
かすかな希望を持ちながら
あれこれやっていた、そんな感じでした。




そんな頃、地元の友達に、
実は娘がクソババー、うぜー!キモい!
って言うこととか
けんか腰のような反抗的な態度とか
悩んでたことを話したことがあって。
そのとき、
友達の知り合いの話しに、
一筋の光を見ましたキラキラ





「知り合いの娘さんなんだけど、
小さい頃は暴言がすごくて、
暴れて手に負えなかったのに、
高校生になったら突然、
家のお手伝いをするようになって、
今日のお弁当美味しかったとか
お母さんありがとうとか言うようになって、
別人みたいにお母さん思いの優しい子に
なったんだってー」って。




「えーー!そんなことあるのー!!」って
当時のわたしには、ものすごい衝撃!!




ダメ子どもとダメ母確定、
内心「うちは終わった」と思ってるけど、
そんなことがあるんだ!って
よくわからないけど変わることがあるんだ!
暗闇に差した一筋の光のようでしたキラキラ




でも、めっちゃ希望を感じた直後、
「とは言え、、どうやって?
そもそも、うちとは違うんだろうな。
それにあの娘が?いやいや想像できない、
友達の知り合いの奇跡的な話しかな」
って感じでした。




でも、その話しを聞いた翌年、
別の二人の知り合いの方から
似たようなお母さんと娘さんのお話しを
聞くことになって、
合計三名の希望の光情報キラキラキラキラ




知り合いからお話しを聞く度、
本当にそんなことあるんだ!!って
想像はまったくできなかったけど、
救われたような、心がほっとしたことを
覚えてます。




光の情報って
暗闇にいるときはまぶしすぎて、
いやいや、うちは違うみたいに
なかなか素直に受け取れないもの。
でも、
目の前の問題を横に置いて
明るい世界があるって
一瞬でも思えたら
それが暗闇に光る一筋の希望なのかなと。




地元の友達から知り合いのお母さんと娘さんの
話しを聞いて、あれから約10年。





娘との関係、めちゃくちゃ変わりました。
この4、5年クソババーもキモいもない。
娘の成長はとても感じるけど、
でも、
娘が特別に変わった訳じゃないと思ってて。




イヤなものはイヤ、
やりたいことはやりたいって言うし、
人目を気にせずやりたいことを実行する娘。




それをダメなことだと思っていた
わたしでした。
そんな自分に目を向けていった結果、
わたしの中にあったたくさんの
「こうでなければならない」
「こうあるべき」
みたいなものを一つ一つ精査してみたら、
そうじゃなくてもいいものばかりだったって話し
(笑)




世界から脱落するような恐怖心。
周りとは違う世界とか
そういうのも本当に幻想。




あの世界から脱落して良かったし、
周りと違う世界に行けて良かった。




もし、
あのとき娘がわたしの望み通りに、
ちゃんとしたいい子に
なっていたらと思うと、、 
ぞっとしてしまう。




今となっては、
何であんなに必死だったんだろう?
って不思議だけど、
カチコチの石頭だったから仕方ないか笑い泣き





石頭な母親に
小さな背中でずっと大切なことを
教えてくれていた娘。
どれだけ怒られてもお説教されても
自分に正直な姿勢に感服です。
(師匠すごいっす!そしてありがとう♡)





悩み事とか問題にみえるようなことって、
問題を何とかしたくなるんだけど、
それは問題じゃないんですよね。




問題だと思ってる自分に、
そこから卒業していこう
もっと広くて明るい世界があるよ〜
もっと正直になっていいんだよ〜
っていう
自分からのメッセージだなと思いますキラキラ






こんにちは



にしもとひとみです。







中二になる息子が
どうやら反抗期に入った模様です。




息子は、小学五年生のとき
「中学校はママが通ってた中学校に行く!
おばあちゃんちから通う!」宣言があり、
小学校を卒業してから、
離れて暮らすようになり、もうすぐ二年。




その後いろーーんなことがあって、
(はしょりますが、)
今は元旦那さんと娘、息子の3人暮らし
をしています。





何でこうなってるの?って
気持ちのやり場がなくて、
答えの出ない問いを考える日もありましたが、
無意識の領域で一人一人の総意のもと、
出来事は作られているし、
すべて最高最善、必要必然のこと、と
葛藤が湧き起こる度に
自分に言い聞かせてきました。   





この状況で、
中ニの息子がついに反抗期か!?
年末はまだ可愛らしさが残ってたんですけど〜





子どもの反抗期は、
娘の長い反抗期を終えて、
わたしの人生二度目です。





反抗できる、文句を言えるって
ネガティブなことじゃないんです。
むしろ逆で。

悩み、苦しかった娘との関係を通して、
親のわたしに
「成長の余地がある」
ということを、体験させてもらいましたので、
「今度のわたしはどんな殻を破るんだろう」
ってわくわくしてる気持ちもあります。




だけどーー!!!




支離滅裂な暴言を言われるのって、
不快極まりない!
腹が立って仕方ない!




それにね、
ほんとうはママ大好きーっていう本音が
手に取るようにわかってしまう。
暴言を吐いてる息子の言動と裏腹な心の声。 
(これ男の子ママあるあるですよね)





心の声と真逆な言動をとる息子に、
喝を入れたくなる。
(ただの過干渉かもしれないがw)




あの子ったら、もう!!
思ってもないこと言って、
わざわざ苦しい方に行く必要ある?
何やってんのよ!って思うんだけど!って、
娘に一しきり不満を話したところ、、




「〇〇君の本音はママ大好きだし
それは自分にもわかる。
でも、いつもママが言ってるけど、
すべて最高最善で必要必然なんやろ?
必要なことやってるってことでしょ?
放っといたらいいんじゃない?」





最高のタイミングで、
最高な神の助言
ありがとうございますお願い





小さい頃から毎日のように
お姉ちゃんとお母さんのガヤガヤを
隣で見ながら育ってきた
平和主義の息子。




それだけでも計り知れないストレス
だったと思うけど、
大人になりきれてない親が二人もいて、
夫婦仲が良かったわけでもなく、
明らかに機能不全家族で、その一員として、
悲しい思い、さみしい思いを我慢して、
たくさん蓋してきたことだと思うんです。
(ほんとにごめんね)





その怒りや悲しみ、
言葉にならない思いや感情が
あの支離滅裂な暴言になって
出てきてるように思う。
そういうものを出せるようになった息子、
それを受け取れるようになったわたし。





子どもの言動に一喜一憂して
何とかせねば!
ってやればやるほど、
ややこしいことになる、
というのを娘とのやり取りで、
イヤというほど経験してきました。
心が揺れ動くときは息子じゃなくて、
自分に意識を向けて、
自分に集中!を保つこと。





それに子どもって、
どんなときも
お母さんの笑顔と幸せそうな姿が大好き♡
そのためなら
本来とは真逆ないい子を演じたり、
はたまた
手のかかる問題児の困ったちゃんを
演じることくらい朝飯前。





お母さんへ盲目的な愛を送る生き物♡
そうでした、そうでした。




師匠の神アドバイスで、
わたしの脳回路はバチッ!と
切り替わりましたおねがい





わたしは自分に集中すること。





心が晴れ晴れしたら、
息子の話しはさっとお蔵入りして、
娘と時間を忘れておしゃべりしてたら、
気がついたら夜中の12時過ぎ!
車の中で!




娘は、
「この前の将棋も楽しかったけど、
今日も楽しかったねー!
またしゃべろうねー!」
って言いながら車を降りました。





昔のわたしが今のこの様子を見たら、
そんなのダメーー!
間違ってるーー!
ちゃんとしてーー!って
絶叫して、
気絶していたことでしょう





正しい間違い、
良い悪い、
こうあるべき!
の頭カチカチ人間でしたので(照)





娘との関係に悩んで、
親としての自分を責めて、
夜も寝れないほど悩み苦しんでいた頃の
わたしにもし会えるなら伝えたい。





頭を柔らかくして
心を開いて
じきに想像もできないような関係になって、
想像もできないような
楽しい時間を過ごすことになるから、
今は信じられないと思うけど、
安心して目の前の道を進んでねって🌿✨️






すべて最高最善の必要必然で、

すべてうまくいってるよ

大丈夫だから安心してね♡って。






こんにちは


にしもとひとみです。






久しぶりに、
本をしまってた段ボールを開けたら、
20年ぶりくらいの
懐かしい本が出てきました。
同時に当時の苦悩が蘇る、、




段ボールにしまい込んだ本のほとんどが、

「幸せになるため」のこと。

車に例えると、アクセルの重要性を
主に教えてくれてる内容で、
ブレーキについては
補足といった感じでしょうか。




当時はこれらの本にブックカバーをつけて
カバンに入れて、
何回も読み直して、真剣でした。




でも、それが、
どうがんばっても
全然うまくいかなくて、
そういう系の本を見るだけで
だんだん胸が苦しくなるようになって、
段ボールにしまい込んだ、、
こういう経緯です。




久しぶりに読み直して、
おそらく著者さんが伝えたかった
メッセージはそういうことだったのか!と
20年越しにようやく受け取れたかな?
って感じです。





そして、今思うのは、
わたしに必要だったのは、
アクセルじゃなくて、
ブレーキについてのことだったってこと。




当時も少しはわかってるつもりでいたんです。
アクセルとブレーキを同時に踏んでるって。
でもね、
全然そんなレベルじゃなかったびっくりマーク




ブレーキというか、
乗車拒否?
乗りたくありません
ってくらいの拒否。
もっと言うと、
車なんて見えませーん(笑)
ってくらいの拒絶、逃避ぶりでした、、笑い泣き




簡単に言うと恐れがすごかったんです。




この恐れがわたしを車に乗せなかったし、
見えなくしてたし、
たとえ車に乗れたとしても

「車は危ないよー注意

「前に進むと痛い目に遭うよー注意

って目一杯ブレーキを踏んでました。





こわい、あぶない、だめだって
こういう恐れが大元、前提なので、
恐れを感じるような
現実を創り出すという、、
当時は蟻地獄のように感じてました。

意識のはたらきですね。





この5、6年、自分の内側に向き合うことを
やってきたんですけど、
やってた内容は、
自分のネガティブビリーフや
長年見ないように蓋してた

《 恐れ 》

に向き合うことでした。





蓋して見ないようにしていたものが
たくさんあった。

(今世で蓋したものだけではないな、、
というのが今の感覚です。)




一つ一つ蓋を開けて、
いろんな恐れたちと共に過ごして、
恐れとの付き合い方も
だいぶ慣れてきて、
恐れの正体というのも
何となくわかってきました。





恐れを恐れるから恐れは存在できる。
(リンカーンの演説みたいw)




恐れてるときって、
恐れに対して背中を向けて、
目を覆って見ないようにしてて、
「こわい!こわい!」って
ブルブル震えてる状態。



これもまたこわい!



なので、このこわい!
を感じないように、
恐れを感じさせないような安全圏を
選んでいるつもりなんだけど、
そうはいかないのがおもしろいところで。

(全部無意識にやってるので、
自分で気づくのは難しい)




恐れって、
恐れを恐れないようにするために、
さらなる恐れを作り出して、

恐れの多層構造を作り出します。
恐れの世界で完璧にガードして
安全圏だと思っているけど
恐れの遊園地にいるようなものです。




恐れが起点だから、
恐れを生み出すわけです。




段ボールにしまい込んでた本たちは、
ネガティブじゃなくてポジティブを、
笑顔で、明るい言葉を、
みたいなことが多く書かれていました。
こういうのは、
恐れが少ない人にはいいのかもしれません。

だけど、
大量の恐れを蓋してたわたしにとっては、
さらなる恐れを増やして、
またそれを蓋して、
さらに重く苦しくなっちゃった。




わたしに必要だったのは

恐れについての知識。 




蓋してる恐れがあることに気づくこと、
恐れは見ても大丈夫なもので、
安心してこわーいを感じていいこと、
敵でも悪でもないこと、
そして、
恐れって直視したら
あったことすらなくなってしまう
幻想ってこと♡





そんなことを教えてくれる
「恐れとの付き合い方」
「恐れと共に」
「恐れへの誘い」
なんてタイトルの本があったら、、

本屋さんで見かけても、
見なかったことにして、
手に取ることはなかったでしょう笑い泣き

無意識にそうなりますね。
こわいもん。




でも、恐れを見てきた今思うのは、

あるのにないふりをして、
見ないようにしてるうちはあり続ける

あると認めて、
受け入れ、
体感することで
あったことすらなくなってしまう

パラドックスです。





学校でも教えてほしいくらい
大切な真理だと思う。

恐れって無意識に避けるし、
社会に浸透してビジネスにもなってるし、
教えてもらうこと自体難しいのかな。

それに、そもそも恐れを見たくないわけだから、
恐れは幻想だよ、
なんてこと言われても、
「そうなんですね〜」って言いながら
絶対に逃げる自信がある!




過剰に恐れを持ちながら
自分でそこに気づいて、近づくなんて、
魂レベルが高い人か、最近の子どもたちか
達観した仙人か、です(笑)




子育てに悩み、そんな自分に悩み、
苦しくて何とかしたくて、
参加した子育てセミナーで
「自分に向き合うこと」を教えてもらい、
一人ではどうにもできなくて、
自分の内側をみていくプログラムに飛び込み
講師や仲間たちと
知らず知らずのうちに、
蓋してた恐れを見ることになり、
知らず知らずのうちに、
恐れとお付き合いする流れになったことは
ラッキーでした✨️
(その道中も逃げて、抵抗して、
見ないふりしまくって、の今)




あまりにビビリ体質なため、
知らず知らずのうちに、っていう道を
魂が用意したのかもしれません。


 

悩み、苦しみも、悪や敵ではなくて
自分を良い方向へ向かわせてくれるもの
ってことですね♡

 



恐れって普通にあるものだし、
見ても、感じても、大丈夫
蓋するよりお付き合いしてく方が楽だよ
直視したらただの幻想🌿

ってことが当たり前の常識になって、
ますます軽く、楽になって、
ポジティブ系の本が多くの人に
本来の効果を発揮するような、
そんな世界だったら
最高ですね🌿✨️
















こんにちは


にしもとひとみです。





突然ですが、
人生映画って考えたことありますか?


たまに娘と
人生を映画に見立てて話してると
だんだんおもしろくなって、
笑い転げてしまうんです。





この数年でわたしの
身近な人たちとの関係は
激変しました。




昔は何かあると

「あなたが悪い」
「ぜんぶお前が悪い」
「ママのせい」
「ぜんぶお前のせいや」

って言われることがありまして。

その度に落ち込んで泣いたり、
怒ったり悲しんだりして、
悲劇のヒロインやってたんですね。





そして、この数年、

良いとか悪いとか何???
良いとか悪いとかなくない?
ってことに気づいたり、


わたしのせいって思ってたけど、
あれ?わたしのせいとかどういうことだろ?
ってなったり、


あれもこれもわたしが悪いと思ってたけど、
悪いってなくない?!
ってことに気がついて、
その度に悲劇のヒロインを
熱演できなくなってしまって。





そして今、わたしに
あなたが悪いとか
ぜんぶお前のせいとか
ママのせいとか
わたしを責めてた人たちとの関係性が
ガラッと変わってまして。




小さい頃から事ある毎に
あなたが悪いと言ってた母は、
言うことが変わってきてて、
そういうこと言わなくなったし、
関係性が前と全然違う。




元旦那さんとは離婚。
(コワモテの雰囲気が変わって、たまに美味しい果物を持ってきてくれるフルーツおじさん🍓)




娘に至っては、
今のママはかわいいとか
ママは若返ってるとか
ママの子どもで良かったとか
ほめ上手な大先生です♡





今のこの人たちをみると、
昔のあの光景はにわかに信じがたい。
記憶ももううっすらとなってし。





そして、
これが本当の姿なのかもしれないと
思うんです。




「わたしが悪いの」
という映画を製作するにあたり、
あの御三方に、
あなたが悪い!
ぜんぶお前が悪いんや!
ママのせい!
というセリフで主役のひとみちゃんを
責め立ててください。
という演技指導して、
できればキャラ濃いめで、
ってお願いしてたはず(笑)
みんな台本通りの名演技。




「わたしが悪いの」
悲劇のヒロインという役のわたし。





約40年真剣に熱演してたんですけど、
飽きてきちゃって。
それじゃあってことで、
最後は見応えのある出来事をいくつか演出して
このシリーズThe END。




はい、カットー!と
長かったシリーズにカットが
かかって、

「お疲れ様でした〜」

「ありがとうございました!」

「あのときの怒り狂った感じ、
良かったですね〜」

「あのときの表情最高にこわかったです〜」

「いや〜もうあの役飽きたわ〜」

なんて言いながら、
みんなで居酒屋で打ち上げして、
お疲れしたーって、解散。





今のあの御三方は役を降りた
素のあの人たち。





映画「わたしが悪いの」の
企画、構想、監督、プロダクションは、
「魂」というか
「本体」というか
「本当のわたし」というか
頭ではわからない存在のわたし。




みなさまのご協力のもと、
無事にやり遂げることがでました。





次の映画も始まるんですけど、
憑依型俳優だから役を抜けるのに
ちょっと時間が必要で、
休養も取りたいので、
しばらく海外でのんびり休養中やしの木コアラ




また英気を養って
次の映画作りに励んでまいりますので、
お楽しみに〜✨️
次の作品でお会いできることを
楽しみにしてま〜すパー





な〜んてね
(笑)




人生映画は視点や見る世界が変わるから
おもしろい🩷
あのときはお世話になりました、
ありがとうございました、としか
思えなくなるし、
だんだんおもしろくなって笑ってしまうから
不思議🩷





次はどんな作品ですか?
と聞かれるんだけど、
思考ではわからない存在のわたしは
準備してると思うんですけどね、
思考のわたしには内容や台本は
まだ届いてないんですよね。




ラブコメとかやったことないから興味あるし、
クジラやイルカと海で泳ぐ静かな
ドキュメンタリーも興味あるしイルカ
たまに見かける海外のぶっ飛んだ映画も
おもしろそうウインク




次はどんな作品が始まるのでしょうか。

楽しみですね💛





何それ、頭大丈夫?
と思われるかもしれませんが、
アタオカでいい。
楽しいよ♡





あなたの人生映画はどんな映画ですか?





人生映画のお話し聞いてみたいな〜

みんなで人生映画のお話会とかやったら

おもしろいだろうな〜💛









こんにちは



にしもとひとみです。







あなたが思うこと

あなたが感じてるもの

あなたの世界観

あなたのリズム

あなたのペース

あなたが信じてること

あなたがやりたいこと

あなたが心地よいもの

あなたの喜び

唯一無二のあなたの世界✨️





あなたの世界を

あなたが堪能するほどいい






『 みんな違って みんないい 』




金子みすゞさんの有名な言葉ですが、

短い言葉の中に

いろんなエッセンスがある

玉虫色のような言葉。






救いの言葉でもあるけど、

ポジティブな言葉でもあります。





みんな違って みんないい 





一人一人が唯一無二の存在で

その唯一無二な存在たちが

共存共栄してる世界っていいよね






そんな世界をみたい

そんな世界を生きたい





若き日のみすゞさんは

あの短い言葉に思いを込められたのかな、

なんて、思いを馳せたり。







あなたにしかない世界を

遊んで、楽しんで、

堪能していくほどいい。






自分の世界に没頭して楽しむって

最高ですよね♡





みんながそんな感じだったら、

一人一人、全員が天才に違いない。






どう思われるかなとか、

変に思われないかなとか、

そんなことに囚われることなく。

みんなが全員自分の世界に没頭してたら

そういう空気で

それが当たり前だから。

自分が自分の世界を楽しんでたら

同じような人に同調して、

「それいいね!」

ってお互いいい刺激になりますし。





この社会で生きてる人たちにとっては、

自分の世界に振り切って

どっぷり浸るくらいで

ちょうどいいと思うのです。







こんにちは


にしもとひとみです。







先日、友達とおしゃべりした後、
ふと封印していた
昔のことを思い出しました。




十代〜二十代の頃、
生きることがしんどくて、
解消する方法をいつも探してました。





その一つが、
大学生になった頃、
インターネットが使える環境になり
良さそうな心療内科、精神科を
探すことでした。





いろんな病院を探しては、
ホームページをなめ回すように見て、
勇気を出して予約の電話をして。





電車とバスを乗り継いで、
数時間かけて県外の病院に通って
看護師さんに、
「そんな遠いところから来てるの!」
って哀れんだような目で見られながら
通ったこともありました。





毎回、この病院なら!
って期待値Maxで行くんだけど、
少し話して、
そんな大した事ないって診断で、
たぶんセロトニンだったのかな?
軽いと言われるお薬を処方されて。





初めの頃はお薬飲んだら楽になる!
って楽しみに飲むんだけど、
効果も変化も感じられず、、





漠然とした「変われる」と信じてた気持ちが
病院じゃないかも、、
そんなに簡単じゃないのかも、、と
いろんな病院に通う度に
思うようになっていました。





良さげな病院に通って
優しそうなお医者さんと少し話して
真面目にお薬飲んで、
(もう最後の方はあまり飲んでなかった)
でもわたしが求めていた変化、効果は
得ることはできませんでした。





そんな病院通いでしたが、
唯一、楽しみにしていたものがありました。
当時通っていた心療内科の
受付の横に置いてあった
ハーブ入りのバスミルク。





その病院は2年近く通ったけど、
最後の方は
バスミルクを買うために通ってた感じ。





お風呂にあのバスミルクを入れると

ふわっと優しいハーブの香りがして、

毎日生きることにヘトヘトで

緊張でガチガチだった心と体がゆるんで、

力が抜けて

ほっとできた時間🌿✨️






でもすぐに、
一日の反省会と自分責めが始まるから、
ほっとできたのは一瞬だったけど。
あの瞬間は貴重なリラックスタイムでした。






わたしは

ほっとしたかったんです。






ぐるぐる思考が少し静かになって、

緊張してガチガチだった心と体が

ほわんてゆるんでリラックスしたあの感覚。

これを求めていたんです。






そのためには、

「自分を知る」

ということが必要でした。





しんどくて苦しくて、
ギリギリもヘトヘトも、
ほっとしてゆるゆるになるのも、
ぜーんぶ
自分で作り出していたんですね。





ぜーんぶ、自分次第。





誰も見ることないのに、
手帳に病院の予定を書くことすらできなくて、
病院の頭文字と時間だけ書いてたあの頃、
心療内科に通う自分を
ダメなわたしって恥じて
自分にも見えないように隠していたんです。
誰にも知られたくなかったし、
通わなくなってからは
自分でもすっかり忘れてました。





忘れられるというのも、
ありがたいことなんですけどね。





出来事の捉え方も、
自分にかける言葉も、
自分への扱いも、
ダメばかりで、
責めて責めて、否定して、
もっとがんばれ!
ちゃんとやれ!
だからダメなんだ!
ってね。





そりゃあ
苦しいし、しんどいよね、、
って今は思えるんですけど、
昔のわたしはそんなこと言われても、
「わたしがダメだから、もっとがんばらないと!」
って大真面目にやっていたと思われる、、汗

ふぅ、、遠い目、、。





紆余曲折しながらようやく
苦しい、しんどいの原因は
わたしによるものだった
と気付くことができるようになって、
ほっとする時間もたくさんできて、
心も体もゆるんで、
あの頃のわたしとは別人のような
生まれ変わった感じです。







心も体も

ほっとしたい






ただそれだけなのかもしれません。






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こんにちは



にしもとひとみです。






9月に入って朝晩涼しくなってきましたが、
暑かった8月はわたしにとって
ややしんどい、
新手の感情を感じる期間でした。
※以下、個人的な話しです。





2020年から自分の内側に向き合い、
これまで見てこなかった自分の
思いや感情というものを思うまま
湧き上がるまま感じてきました。






一つのフェーズが終わったな〜って
ほっとしてると、
「はい、次はこれ」
と手渡されるように奥から未知の、
でも馴染みのあるものが出される
というのが流れのようになっていて、
来たか、、という感じ。






自分に向き合う例えでよく言われる、

「玉ねぎの皮をむくように」





なくならないの?
いつまで続くの?
玉ねぎの皮どんだけ〜〜って思うけど、
次が出てくるからしょうがないのですよ。





8月に出された新手の感情は、
「うんっっっざり」でした。

もう、うんっざり!
っていう感覚は
元旦那さんにも感じたことがあるものです。






これをわたしは子どもの頃、
母に対して感じていたんだけど
ある頃から蓋をしたもの。
あの頃感じていた、うんっっっざり感。




何をしてもわたしのせいにして怒る母に、
普通の会話にならない母に、
母の仕事の愚痴を聞いていたら途中から
怒りの矛先がわたしになっていて怒る母に。
(長くなるのでこの辺で、、)





「そうだったんだ」とか「良かったね」とか
軽い返事で良さそうな場面でも、
なぜか怒ってくる母に、
小さい頃のわたしは、
うんっっっざりしてたんです。






あるとき、
明らかに母の八つ当たりで
理不尽に怒られてると実感したときがありました。
「それってわたしが悪いんじゃなくて、
お母さんの問題じゃない?」
みたいなことを言ったら、
母の逆鱗に触れ、烈火のごとく怒られて、
家を追い出されたこともありました。
(最後は許してもらうけど、何度かあったな)






思っていることを母に言うとダメなんだ、
わたしが悪いんだ、わたしのせいなんだ、
こう思い込むことで、
怒られる度に湧き上がる
あの不快な「うんっっっざり」を
感じなくて済むってことを知ったわたし。
(無意識にですね)
"わたしが悪い"っていう方が楽に過ごせる。
この楽を選んだんです。






でも、これらの思い込みが
長年の生きづらさの要因の一つでもありました。

この5、6年向き合ってきて、
母に怒られようが、嫌われようが、
わたしはわたし、という立ち位置を
少しずつ確立してきて、
今まで話せなかったことをすんなり話していたり、
怒りが湧いて、暴言吐いたこともあったり、
40過ぎて反抗期、親離れの過程を
たどってきました。






うんっっっざり!
その奥には、
悲しみ、虚しさ、絶望、無力感、無価値感が
ドーンとあって。
わたしは何で生きてるんだろう、
何で生まれてきたんだろう、
泣きながらこういうこと考えてたねって
当時を思い出して、
懐かしいような、
やっと理解してもらえたような、
いろいろあったけど生きてきたね、という
労いの気持ちを自分とやり取りして。





そして、母に抱いていた
あの不快なうんっっっざり!は、
実はわたしがわたしに思っていたことでもあって、
今は現在進行系で、
湧き上がるままに感じています。






一ヶ月ほど付き合ってきて、
(毎日じゃないけど。たまにね)
この不快にも少しずつ慣れてて、
自分に感じてるこの部分は
気が済むまで付き合っていこうと思います。
(それしか仕方がない、、
終わりはわからない、、
でも本当は早く終わりたい、、笑)





今までずっと自分を否定して、
自分を押し殺して
偽って生きてきたことへの報い♡

そして、
そんな自己否定のひどい扱いの中、
生きててくれた自分への報い♡








こんにちは



にしもとひとみです。






昔と比べると、
心についての情報が多い世の中です。
悩みを解決したい、自分を知りたい、
そういう思いがある人にとっても、
いい時代だなと心から思います。





先日、スタバでお茶してたら、
隣の席に中学生の女の子グループが座って、
(夏休みの打ち上げ会みたいな感じ)
その子達のおしゃべりにびっくりしました。






クラスの女の子なのかわかりませんが、

「あの子さ、被害者意識強いよね」
「あ〜それ思う」
「でもあのときはそんなでもなかったよね」

みたいな会話で、
中学生で被害者意識って言葉知ってるの?
意味も知ってる!?
普通にみんな認識があって、
会話が成り立ってて。






悪口を言ってる感じでもなくて、
自分が思うこと感じたことを話してる中学生。






その場に居ない人の陰口言ったり、
人の不幸は蜜の味とか言ってたり、
仲良しだと思ってた人が悪口言い始めてたり、
「え?仲良しなんじゃないの?こわー」
この目で、そういう人たち、そういう場面、
たくさん見てきたぞ、、
そういう場所や人が苦手でそっと逃げてきたけど、
わたしも嫌いな人の悪口言ったことありますし。







イヤな気持ちになったときの捉え方、
そんな自分との向き合い方、
自分の思いや感情、ましてや意識について、
そんなこと話題にも上がったことないし
教えられたこともない、
おそらくみんな知らない(笑)
そんな環境で育ってきました。





親や周りの人がやってたように、
真似しながら「こういうもの」って
今もやってることが多いと思うのです。






だけど、今の時代は
イヤなことがあったときの捉え方
自分の気持ちについての向き合い方、
悩み解決
いろんなステキな生き方
こういう情報がいくらでもあります。






昭和、平成の解決方法じゃないやり方なんて
いくらでもあることを
わたしたちは知っています。






悪口の場所いやだなと思ったら、
じゃあ、自分はどんな場所がいいかな?
どんな自分としていたいかな?
こういうことの考え方、ヒントも解決方法も
簡単に手に入れることができます。






そうしてね、
自分のことを理解して、
相手の背景なんかを少しでも理解することができたら、
陰口を言わないといけないようなストレスって
なくなってくるし、
そういうことに意識が向かなくなって、
関わることがぐっと減るんですよね。





きっとあの女の子たちのおうちでは
お母さんやお父さんと
そういう話しをされてるんだろうなって
想像しながら、
ふむふむと聞いてました。





そういう考え方をしてる子が一人でもいたら、
その一人が周りの子たちに影響を与えて、
女子の集まりでも陰口会にはならないんですね。






心理リテラシーの高い中学生を見て、
これからの世の中は明るいな〜と感じました。






子どもは大人の背中を見て育ちます。
しっかりしようなんてことは
口が裂けても言えないですが、、
言う言葉や言い方よりも
子どもたちが真似をするのは大人たちの背中です。





カッコつけてもバレてるし、
大人ぶったり、いい人ぶったり、
平気なふりしてもバレてる。






「こんな自分」のまま

生きてくことかなと。

偽ることがない、ごまかしがないって、
自分にとっても、子どもにとっても、楽。

本当だから仕方ないってことですけどね。







自分に正直に生きる、

ということを心がけてというか、

それが当たり前だよねって感じで

いつもの日常を送ることができるって

幸せなことだなと思います。








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