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旅中毒

バックパックと少しのお金とパスポートがあればいい。行けば行くほど行きたい場所が増え、人生狂って後悔なし!

涼しいスコットランドのお話もやっと終わりましたので、次の旅行の話を。

 

今年の冬休みは、オーストラリアに行くことにしました!(到着したら夏休みだけど)

 

と決めたのは秋でしたので、まさかこんなことになるなんて思ってもみませんでした。

 

山火事続く豪州、2度目の非常事態宣言 (BBC、2019年12月20日)

 

シドニー近郊に住む友人が「うちに泊まりにおいで」と言ってくれているので、お言葉に甘えることにしております。秋に話した時には「日焼け止めとサングラスは忘れないでね」とのことでしたが、この度「マスクも持ってきてね」と言われました。燃えていないところでも、煙が流れてきて大変らしい。シドニーも煙ってるって。

 

友人の一家は街中に住んでいるので火災の被害には遭っていないのですが、彼らのお友達一家は森の中に住んでいて、避難済みなんだそうです。物理的に家を失うかもしれないと思いつつの避難… ちょっと気持ちの想像がつきませんわ…。

 

最近、こんなアプリケーションもできたそうです。

 

ウェブサイトはこちら。

https://www.rfs.nsw.gov.au/fire-information/fires-near-me

 
現在火災が発生している場所や危険度、避難などについて情報などが得られるようだ。

 

Triple Dさんが「大変な年に来ることになってしまいましたね」と言ってくださいましたが、ホンマにねえ。そんな大変な時に呑気に遊びに行っていいものだろうかとも思っちゃいがちですが、変に気遣って経済を停滞させるのも良くないんだろうなとも思いますしね。

 

日本でも、台風19号の影響で、千葉の被災していない観光施設までが大打撃を受けているそうで。「交通機関も問題なく動いていますし、飲食店や宿泊施設も通常通り営業していますから、来てください」って悲鳴のようなお願いを読みました。私も国内旅行のための積立しなきゃ。千葉も行ったことないんだ。(たぶん。幼児の頃は定かではない) 次は佐渡島か隠岐の島にと思っていたんだけどさ。それか郡上八幡か高地の仁淀。

 
とりあえず、そろそろ荷造りをはじめなければね~。今夜からやります。
 

2019/5/5

 

さて、聖アンソニー礼拝堂からクイーンズ・ドライブを挟んだ反対側には、何やら人々が集っておりました。そしてバグパイプバンドの音がっ! すっ飛んで行きましたよ。これは本番ではなく練習のようですが、撮らせてもらっちゃった。


 

My Peak Challenge と幟が立っております。何それ。マラソン大会?

 

帰国後に調べましたところ、例の「アウトランダー」の主役の一人ジェイミーを演じたサム・ヒューガンが主催する活動だそうです。My Peak Challenge とは… まずは自分自身が精神的・身体的に健康で幸福な生活を送るよう努力し、それを通して基金を募って、他の人も同じように健康で幸福になれるように手助けしようという、国際的なチャリティ運動なんですって。具体的には、例えばこの日私が見た人達みたいにスポーツ大会を企画し、参加者や見物人から寄付を募る。寄付金は My Peak Challenge を通して他のNPOなどに送られる。去年は血液のがん撲滅を目指す団体や、がん患者と家族を支援する団体などに寄付金を送ったって。サム自身は世界中を回るマラソンに挑戦中とのこと。

 

マッチョマンだもんね、この人。

 

せっかく得た知名度だから、目いっぱい利用して慈善に役立てているんだね。東日本大震災で炊き出しをした杉良太郎さまが「売名でやってるんでしょ」と意地悪を言われて、「はい、売名ですよ。貴方もどんどん売名なさっては?」と返した話を思い出すわ。

 

これは帰りじゃなく、朝、ホリールード・パークに行く際に通りかかった聖レオナルド・ホール。パークのすぐ隣にはエディンバラ大学の巨大学生寮ポロック・ホール(20世紀後半のもの)があり、その敷地内に、19世紀に建てられたこの聖レオナルド・ホールもある。元はこの一帯はポロック卿の持ち物で、彼が第2次世界大戦後に土地を寄付したんだってさ。ポロック卿はエディンバラ大学の学長も務めたお方。

 

これは町に戻っていく最中に見かけた素敵な建物。いちいち名前はついておらんだろうけど。

 

ロイヤル・マイルまで戻ってきたよ。ここはかなり東の方。ここをまっすぐ行くとホリールード宮殿がある。

 

今思えば、聖アンソニー礼拝堂ってホリールード宮殿の目と鼻の先だったよね。アーサーズ・シートとホリールード宮殿をセットで訪れても良かったかも。前日に、グラスゴーに行くのではなく、ホリールード宮殿に行って、その後にアーサーズ・シートに行くとかさ。でもエディンバラ城が新しくて今ひとつ… みたいな気分になっていたところだったし、ほとんどが17世紀に再建された新しい建物であるホリールード宮殿も今ひとつだわ…って気分になっていたかも。また今度にしましょう。

 

さて、最後のスコットランドごはんは、再度のハギスバーガーです。どうしても一昨日に食べたハギスバーガーに納得がいかなかったので、再度の、そして最後の挑戦を。

 

でもやっぱりごく普通のビーフパテのハンバーガーだとしか思えない…

 

で、ほぐしていてハッと気づいた。私、勘違いしていましたわ! ハギスバーガーって、ハギスパテのバーガーだと思っていたけど、違うのよ! ベーコンバーガーと同じことで、ビーフパテの上にハギスが乗っているだけなのよ! なるほど! つまらん! すごく美味しいけど!

 

さて、友達に頼まれていたエディンバラ・ロック(柔らかくてほろほろと崩れる飴。食べたことないけど)も買いましたし、荷物も引き取りましたし、後は空港に向かうだけ。いろんな行き方があるけど、私はヘイマーケット駅まで行ってトラムに乗り換えました。

 

 

後は特筆すべきことも無く…。出国審査がないので、チェックインしたら終わり。

 

あの黄色は何だろう。黄色とみるとハリエニシダのような気がしてしまうけど、あんなに四角く生えるわけないし。エニシダの方だったりして? 栽培している?

 
機内食はまずまず美味しかった。

 

パンがカイザーゼンメルだ!

 

そのうち、機内食はすべて予約制の有料とかになるかもしれんよね。それでいいんじゃないかな。機内での飲食サービスって、飛行機に乗ることがもっと贅沢で珍しかった時代の名残って気がする。

 

おにぎりでもサンドイッチでも、自分で買ったものを好きに持ちこんで勝手に食べたらいいのよ。でもそれはそれで、古くなったものを持ちこんでお腹を壊す人なんかもいそうで怖いけど。バスと違って途中下車はできないのだからな。

 

 

 

香港の空港で何か麺でもと思っていたけど、やっぱりお腹がいっぱい過ぎて無理でした。

 

 

ということで、長年の憧れだったスコットランドにやっとこさ行ってきたゴールデンウィークの旅行記がやっとこさ終わりました。

 

今回も書くのに長いことかかった…。イタリア旅行記を書いている間にスコットランドに行ってきちゃったけど、スコットランド旅行記を書いている間にウイグルに行ってきたよ…。

 

2019/5/5

 

最終日。昼にはもう空港に向かわねばなりません。午前中にめいっぱい楽しみたいので、朝は早くからお出かけする予定でしたが、前の晩に深酒しておりますので、真ん中を取って8時に宿を出て、最後の目的地であるアーサーズ・シートに向かいました。

 

アーサーズ・シート(アーサーの玉座)は、エディンバラ郊外にある小高い丘です。ここなら開館時間も何もないので夜明け前だってかまわないのだ。荷物はもちろん宿に預けておきました。ちなみにセントクリストファー・ホステルの荷物預かりは有料ロッカーです。電子式の最新。

 
英国で「アーサーの玉座」なんて言われたら無条件でアーサー王を思い浮かべちゃうけど、名前の由来には諸説あるのだった。それはそれとしてですね、アーサー王とは関係ない命名だと主張する根拠として「これと同じような地名は各地にあるから」ってのがあるそうですが、それ、理屈として破綻してない? どうせ架空の人物なんだし、神話や伝説から地名がつくのは珍しくないし、むしろ「アーサー王にちなんで名づけた場所が各種、あちこちに、沢山ある」、そして「アーサー王と関係ありそうに聞こえる名前がついている地名の中には、アーサー王にちなんだものもあればそうじゃないものある」ってだけでしょ。この2つは両立するよ。
 
さて、アーサーズ・シートは宿(=エディンバラ・ウェイバリー駅 or ロイヤルマイル)から歩いて45分くらいとのこと。少し遅くなったとは言え、時間配分も考えて、余裕を持って出かけたつもりでした。が、愚かにも往きと帰りで違う道をなどと考えたせいで、道に迷ってしまったのだ!
 
アーサーズ・シートがあるホリールード・パークまではもちろんすんなり来れました。で、パーク内の舗装道路を歩いている時点で「これはもしかしてどんどん離れていっているのでは」と思い、車を停めて脇に立っていた人に尋ねたら、「反対、反対! あっちに行かなきゃ」と元来た道を戻るよう言われまして。
 
そんで戻って、フットパスに入りましてね。まあ、この頃はまだ呑気に構えておったんです… ええ…。

 

ハイランドにもよく咲いていてた黄色い花。ハリエニシダですね。手でつまんで潰すとココナッツみたいな香りがするよとライアンさんが教えてくれたっけ。

 

とにかく何かあっち(上写真奥)に行ければ良いのだと言う程度の認識で歩いておりました。が、丘が連なっているから向かう対象が視界から消えるし、その状態でクネクネ道を進んでいるうちに方向感覚がなくなってくるのよ…。

 

アーサーズ・シートもグーグルマップにピンが立ちます。マップにはフットパスも表示されます。なので、それに従って歩いて行けば着くでしょ、とか考えていたんです。甘かったわ。と言うのも、丘って建物のように明確ではないから、遠くから位置を変えて眺めているうちにどれが目指す丘なのか自信がなくなってきてさ。それに周りに目印もないので、ストビューの例の青い丸が本当に自分が今いる場所に出ているのか確信が持てない。あれ、よく嘘つくし。ああ、そう言えばグーグルによく騙されたっけな… 特にセルビア、ベオグラードでは… とか考え始めてしまう。

 

 

幸い、時折ウォーキングや犬の散歩に来る人もいる。ある女性に道を尋ねましたところ、さすが地元民、アーサーズ・シートがある方角も把握していらっしゃいました。ただ、「ここからだと… どう言えばいいかしら…」みたいな反応。そりゃそうだよね、遠回りして変な方から上ってるんだもの…。「そこのパスを上って行けば近いけど、ちょっと道が険しいから、あっちから回ってもいいですね。あっちだと40分くらいかかるけど」と言われ、頑張って険しい方を上ったよ。それにしても、そこから何分かかるとか、パパッとわかるってのもすごいよね。

 

 

上の写真を撮った辺りでまた心細くなり、犬を散歩させていた男性に道を尋ねる。すると、「ああ、このまま上り切ったところで反対向きに歩いて行けばいい。すぐ着きますよ」とのこと。安堵の溜息が…。

 

言われた通りに上り切って振り返ると、ああ、あれか! やっと見えた、あれがアーサーズ・シート。一般的なルートから言えば、私は裏から上ったことになるのね。無事に着いてしまえば、やはり違う道から行って良かったなと思いましたわ。違う景色を見れたんだもの。

 

最後の上りがまた急勾配だったけど、短い距離ですからつらくもない。ここね、たくさん歩くから、個人的には底のグリップがしっかりしたスニーカーとかが良いと思うけど、おしゃれな靴で上ってきている女性や、スポーツサンダルの男性もいましたよ。ま、問題ないでしょう。

 

 

あの白いやつが、一応、「ここがアーサーズ・シート」の目印らしい。てゆか、とにかく風が強くて寒い! 皆、ダウンジャケットとか着込んで防寒していました。薄着で平気な顔をしている人もいますが。

 

この写真ではよくわかんないと思いますが、エディンバラ城もくっきり見えました。ズームでも撮ってみたけど、画像が粗くなり過ぎなので載せない。この写真の真ん中辺です。

 

フォース湾も一望の元よ。そして写真の真ん中ちょっと右寄りに見えているのが、一派的なルート。人が歩いているのが見えますでしょうか。

 

白い目印から見たアーサーズ・シートの頂上。大昔はここに砦があったらしい。

 

アーサーの宮廷を作るならと間取りを検討しました。今立っているここに玉座があるとして、こう大広間があって… 王家の住居… 円卓の騎士たちの部屋… 一段下がったところに中庭が広がり… 城壁で囲うのはあれくらいの距離までにして… 塔をこう配置して… 正門はあっちに作って… 厩舎も作らなきゃ… 井戸か貯水池も必要だし… 

 

 

ではそろそろ降りていきますね。 もっとここにいたいけど、お土産も買わなきゃいけないし、最後に名残のごはんも食べたいし。

 

裏側から下りていく人たちもいました。私が上ってきた方角ね。このように部分的には上り下りが大変だったりもするけど、基本的には気軽なハイキングコース。幼児連れもたくさん見かけたよ。

 

上の方にちょこんと突き出ているのがアーサーズ・シート。この通り、最後の部分を除けば、一般的なルートはこんな感じのダラダラとした坂なのだ。小さな子でも楽勝。

 

これも赤ちゃんと幼児を連れた一家。ベビーバギーで上ってくる家族もいたよ。

 

右、メインルートに人が連なって歩いている様子。私は谷を挟んだ反対側になっていた。なぜ一般的なルートを通ろうとする際にも微妙に外れたパスを歩くのか私。意図したわけではないのに。

 

もちろん、私が通っている道だってこの通り beaten track ではあります。

 

ここ、良くないですか?ハリエニシダに挟まれて歩いて行く…

 

お、脇道の先に何か見える…

 

聖アンソニー礼拝堂。ほとんど何も情報がないそうだけど、1426年に修復費用を教皇から援助してもらった記録が残っているので、恐らくは1300年代のものか、更に古いと考えられるとのこと。

 

ホリールード修道院と関係があったと推測されているそうです。で、修道院の外部に作られた礼拝堂だとか、修道院への巡礼者がフォース川を遡ってくる際の目印として建てられたとか、色んな仮説があるんだって。でも結局は謎のまま。

 
礼拝堂のすぐ下にあるのは、セント・マーガレット・ロッホ。小さな池です。

 

ここからはアーサーズ・シートもよく見える。礼拝堂のすぐ近くに井戸の跡もあるんだって、後から知ったよ。どこにあったんだろう。見たかった。

 

メインルートから外れて歩いて良かった。メインルートからだったら、ここに気づかず帰ったかも。

 

結局、宿からホリールード・パークまでが30分、そこから大回りでアーサーズ・シートまで40分、上にいたのが40分、下に下りてくるまでは、寄り道しつつ25分てとこでした。

 

私はパークのかなり南の方まで行っちゃったし、フットパスも大回りしたけど、一般的なルートとしては、エディンバラ・ウェイバリー駅からパークの北の入り口まで20分、そこからアーサーズ・シートに30分てとこらしいです。

 

2019/5/4

 

グラスゴーから戻ってきて、まだ少し時間があったのでパブで一杯。宿のある通りからロイヤルマイルマイル方面に抜ける坂道の途中にあるお店。

 

メニューには温かい食事もあったけど、今は出していないとのことなので、ナッツをつまみに。

 

混んでいたので同じテーブルに2人の地元民のおじさまが相席となりました。少し話をして、地下ツアーの時間が迫ってきたので「じゃ、私はそろそろ」と立とうとしたら、「もしかして僕たちのせいで居づらくなった?」と心配されました。いやいやいや、「リアル・メアリー・キングス・クローズ・ツアー」に予約してるんですよ… と説明しました。

 

 

さて、地下ツアーはと言いますと…

 

エディンバラは17世紀に入るころにはスコットランドで最も人口過密な都市となっていました。お城から真っすぐ伸びる大通りハイ・ストリートには壮麗な建物が立ち並んでいたけれど、その周りには迷路のような小路、クローズが張り巡らされていきました。

 

クローズの命名には大きく分けて2種類あるそうな。そこに住む人たちの職業から名付けられたクローズ、例えばパン屋さんたちが住んでいたベイカー・クローズや、法律家たちが住んでいたアドヴォケイツズ・クローズ。そして、そのクローズに住む有名人の名前から名付けられたクローズがあり、メアリー・キングス・クローズはこれに当たる。元は別の関係ないキングさんの名前で呼ばれていたクローズで、代替わり的に彼女の名前で呼ばれるようになったらしい。メアリーさんは、16世紀終盤生まれの、布物を商っていた裕福な未亡人だって。
 
これが地下のマップ。この部屋の全てに入れたわけではありません。1時間だしね。

ホールみたいなところで当時の住人(メアリーとか)に扮した人の映像を流すコーナーもあったよ。当時の入居家庭を再現した部屋もあった。ここに一世帯と思うと、どこも狭かったわ。

 

当時は人口増加に伴い、とにかく住居を増やす必要があったのね。なので、元は1つの住居だったものを1階と2階で分けたり、大きな部屋を壁で仕切ったりして、複数の家庭の住居としました。更に建物の上にどんどん階を増築していって、高いものは8階建てにもなりました。

 

そして、当時は下水システムが整っていなかったので、増え続ける生ゴミも糞尿も往来に垂れ流されていた。少しでもお金がある人たちは少しでも上に住み、貧しい人たちは陽も当たらない小路に堆積したゴミと糞尿の中で、ひしめき合って暮らすようになった。

 
そんな中で1644年、エディンバラの北東にあるリース港から上陸したと思われるペストがアウトブレイク。不衛生の極みだったエディンバラでも何万人もが犠牲になりました。と言うわけでペストも大きなポイントですので、ガイドさんは途中でペスト医師のマスクをつけたりもしていらっさいましたわ。

 

 

くちばしの中にはハーブを詰めるの。それでペストの感染を(ある程度は)防げると信じられていた。今では意味がないとわかるけど、現代の医療もきっと300年後には「なんであんなので治ると思っていたんだろう」と不思議がられていたりするんだろうな。ちなみに、命がけで治療に当たることは間違いなかったので、ペスト医師は高給取りだったようです。
 

後で売店でお土産にこれを買いました。確かに、こんなのくらいしか意匠がないわな。友達にあげた。

 

ペストにかかった家族の再現コーナーもあったよ。患者は決して非人道的な扱いを受けたわけではなく、ただ自宅や郊外の小屋に隔離されたそうです。飲食物の差し入れは毎日ありました。再現の中には、胸辺りに血まみれの傷を持つ子供のお人形もありました。ウィルスで腫れ上がったリンパ節をナイフで抉り取った後、焼灼して止血する荒療治。治療の激痛でショック死する患者もいたそうです。と、ここで、後ろでズザザッて音がしたので振り返ったら、ツアー客の一人が真っ青になって座り込んでいた。感受性が強い人は、あまりリアルに想像しない方がいいぞ。

 

ここ、幽霊も出るんだって。有名なのはペストで死んだ女の子。冝保愛子さんが感知して、今ではその子にと世界中の観光客がお人形を持ってくるそうな。まさかここで日本人の名前を聞くとは。

 

(撮影禁止だから写真なし。inlinguaから拝借)(ここで有料の記念写真は撮ってもらえる)

 

ところで、他のブログを読んでいたら、「ペストの蔓延を防ぐために、まだ生きている患者ごと貧民街を埋めた。それがこの地下の街だ」とか書いている人が何人もいるんだけど… 違うと思うよ。

 

クローズを埋める工事が始まったのは、上記のスコットランド最後のペスト大流行から100年以上も経った18世紀半ばだよ。クローズのあまりの荒廃ぶりも要因ではあったようですが、一番の目的は、大きな商業センター「ロイヤル・エクスチェンジ」を建設して、メルカートクロス周辺の路上で開かれていた市場を屋内に移設すること。敷地確保のため一帯は立ち退きとなり、クローズの上に屋根をかける形で新しい地面が作られたの。

 

この頃から少しずつ、市中心部への人口の集中も緩和されつつあったようだから、立ち退かされた人達も引っ越していったのかもね。19世紀半ばにコックバーンストリートを通した際にも更に他のクローズが埋められている。最後の住民がクローズから強制退去させられたのは20世紀に入ってからでした。ちなみに今はロイヤル・エクスチェンジは市役所となっているそうです。

 

ここのガイドさんも面白かったな。中は写真撮影禁止だし、見学できる部分も限られているので、申し訳ないからせめてこのドアをとてもドラマチックに開けて差し上げます… とか言って、皆が固唾を飲んで見守る中で木のドアを押したら「ギギギィィィ……---」という音がして… 一瞬ののち、大爆笑に。静かにさせといてからのアレ、上手いなあ。

 

ツアー終了後はとっぷりと日も暮れておりました。作家博物館の広場を静かに堪能。

 

夜のお城を外から眺めたりと、少しお散歩して…

 

さあ、宿に帰るか~。明日も早起きだしな。

 

とか言って、パブに入ってしまいました。音楽が聞こえたんだもの…。

 

翌朝撮った写真ですが、このパブです。ロイヤルマイルからコックバーンストリートに入ってすぐのところにあります。すごい混雑でしたわ。音楽に合わせて踊っている人たちもいた。

 

このパブでビールを2杯飲み、さあ、本当に帰って寝なくちゃ。と思ったんですけど、宿のあるビルの1階のバーでも音楽が。週末だもんねえ…。ウィスキーを2杯飲みました。

 

 

最初にバーに入った時、床に並んで座った男の子たちがカヌーレースみたいにオールで水を掻く真似をしながら熱唱していてびっくりした。「貴方もどうぞ!」と招かれたけど、びっくりしすぎて酔いも醒めて、そこまで弾けられんかった 笑

 

2019/5/4

 

では元来た道を引き返していきます。

 

……が、大聖堂脇の門が閉まっていて焦ったわ! もちろん、元の道を引き返せばいくらでも外に通じている道があるわけですが、通るつもりだった門が閉まっているというのは、ビビるものですね。ちょっとだけ戻ったら横に出る道があったので、そっちから出ました。

 

出たところにあった、カテドラル・ハウス・ホテル。これも素敵ね。中のカフェでお茶くらいしたかった。

 

帰り道に見かけた光景。十代らしい少年たちが、道に出してあるゴミを蹴散らしてげらげら笑いながら去っていきました。どうもね… グラスゴー、ちょっとそういう雰囲気があったな、と。場所にもよるんだろうけど、エディンバラに比べたら少し荒れている感じがした。別に治安が悪いとかじゃないけど、人の服装とか雰囲気も、エディンバラとは違っていた。スコットランドを舞台にした社会派の映画ってグラスゴーが舞台のことが多いのはこういう理由なんだろうか。実際、貧富の差も激しいそうだし。

 

とか思っていたら、つい最近GIGAZINEで配信された記事にもこんなのが。

異常なほど住民が早死にする街「グラスゴー」は一体なぜ生まれてしまったのか?

急激な人口動態の変化、飲酒文化、人口過密、格差、都市部で暮らすストレス、自然の少なさなどが原因として挙げられているよ。

 

モントローズ・ストリートとコクラン・ストリートの交差点。市役所の一番裏側に当たるらしい。

 

ジョージ・ストリートとジョン・ストリートが交差するところ。

 

ブキャナン・ストリートのプリンセス・スクエア。ショッピング・センターです。派手だなー。

 

そのお隣、一番上のテラスの手すりの曲線がタメイキもの。建物の名前はわからない。こんなに素敵なのに、特筆すべきって建物ってわけでもないのね。そんな街、グラスゴー。

 

このタワーみたいな建物は、マッキントッシュがヘラルド新聞社の社屋としてデザインしたもの。今ではアート・センターとして展示やイベントに使われているそうです。

 

この建物の横の細い路地には物乞いのお婆さんがいました。他にも、少し離れたところで、浮浪者らしき人がいた。地方都市で見かけなかったのは普通だとして、エディンバラでもそういう人たちを見かけなかったんだよね。そういう点でもグラスゴーに少し荒れた印象を受けた。まあ、エディンバラも、もしかしたら中心部の観光地からはそういう人が排除されているだけで、別の場所にはいたのかもしれない。

 

これはどこだったか思い出せない。セントラル駅の近くのはず。The Scotsman という字が読める。

 

セントラル駅の北側のゴードン・ストリート。もう夕方なので明かりが灯っている。

 

やっぱり優雅だよねえ…。

 

 

暗い面もあるんだろうけど、グラスゴー大学という名門大学を擁する若者の町でもあり、近年は文化・芸術の中心地としても名を馳せている。ロンドンとエディンバラに次いで英国で3番目に観光客が多い町でもあるそうです。私もまた行ってみたいわ。次は一泊くらいはしたいね。

 

2019/5/4

 

さて、いっぺん宿に戻りまして、どこに行こうかと考えた末、鉄道でディーン・ヴィレッジに向かいました。エディンバラ・ウェイバリー駅から1駅目のヘイマーケット駅から徒歩15分くらい。宿から歩いても30分くらいなんだけど、レイルパスがまだ使えたからさ。今思うとバカだ。てゆか、今思えばこれが第1の失敗か。

 

By Gary Campbell-Hall from Edinburgh, UK - Dean Village, Edinburgh, CC BY 2.0, Link

 

でもさー、大都会に取り残された小さな古い住宅地は魅力的なんだけどさー、素敵な田舎町をハイランドやオークニーで見てきているしなあ。とか思っていて、電車で座って一息ついたら降りるのが面倒くさくなっちゃって、せっかく乗った電車がグラスゴー行だから降りるのがもったいないような気がして…

 

で、そのままグラスゴーに行くことにしちゃった。

 

そしてこれが第2の失敗でしてね! と言いますのは、電車が遅れに遅れたのっ! 英国の電車はよく遅れると聞きますが…。普通に行けば50分で着くものを、倍くらいかかったわ。

 

さて、グラスゴーの駅。なかなかいい感じですね。あの木製のカフェ(パブ?)に入ってみたかったな。改札と入口の間のいちばん広い所にはピアノが置いてありました。そして、失礼ながらちょっとボロい服を着て無精ひげをはやした年配の男性が流暢に弾いていた。 

 

駅を出たところはこんな風。グラスゴー中心部は近代建築がいっぱい残っている。この程度では旧市街とは言わないのだろうけど。言わないよね?

 

グラスゴーってスコットランドで一番大きな町なんですってね。英国全体でも4番目。かつてはヨーロッパでもロンドン、パリ、ベルリンに次いで4番目だったけど、区画編成などで小さくなったらしい。

 

私が持っているイメージはとにかく、かの有名なマッキントッシュを生んだ町。彼が遺した建築がそこかしこにあります。それらを巡って旅してみたいね。私、建築の知識など皆無だし勉強もしていないけど、建物を見るのは好きなんだ。ところで、マッキントッシュって不遇な一生を送った人だったのね。ほんの一時だけ脚光を浴びたけど、その後は評価されることもなく没し、再び注目されたのは死後半世紀も経ってからだったと。ゴッホみたいだな。

 

これは別に、マッキントッシュとは関係ないです。セント・ヴィンセント・プレイスのステキな建物。反対側から撮れば良かったな。時計が2面にあるの。シチズンが入っているよ。

 

こちらはジョージスクエアと市役所。

 

 

聖マンゴ宗教博物館。入ってみたかった。古そうに見えるけど1989年の建築です。雰囲気大事。

 

プロバンド領主館。元は15世紀に建てられた病院だったらしい。今は昔の生活を展示する博物館になっているのでとっても楽しみにしていたけど、ぎり閉館時間に間に合わなかった。くそー、電車さえ遅れていなければ…! 正直、エディンバラ城よりこっちの方が私の好みだわ。なのに写真がない!

By Kim Traynor - Own work, CC BY-SA 3.0, Link

 

 

で、到着しました、グラスゴー大聖堂。とりあえずここと墓地を見ておこうと思いましてね。

 

グラスゴー大聖堂は12世紀末に建てられたそうです。スコットランド宗教改革を生き延びた大聖堂としては、スコットランド本土では唯一のものだって。なるほど、本土でなければカークウォールにもあるしね。時間が遅かったのでもう入れませんでしたが。

 

んで、大聖堂の脇を通り過ぎて…

 

裏手にある墓地に。1833年に開設されたもので、5万人ほどが埋葬されているとか。でも墓標があるのは3500くらいなんだって。

 

 

大した高さのある丘ではないので上るのもさほどしんどくはないけど、見晴らしは結構いいの。

 

 

伝統的には人が亡くなると教区教会の墓地に葬られていたのですが、人口が爆発する一方で教会に通う人が少なくなっていた時代、教会とは関係のない墓地が必要になってきたんだって。

 

 

ここら辺は丘の上の方なので、墓標も大きくてお金がかかっていそうなのが多い。下の方は普通の墓石が多いようでした。

 

 

ここが一番高い場所。奥にあるのが宗教改革者ジョン・ノックスの記念碑です。墓地の開設よりも先に建てられていたもの。

 

 

 

 

 

立派だね。一族のお墓かな?

 

2019/5/4

 
エディンバラ城を予想外に早く出てきたので、興味を引かれていた作家博物館に行ってみました。写真の左端の建物の中にあります。展示も良さげだけど、この建物に入ってみたかったというのもある。
 
ロバート・バーンズやウォルター・スコットなど、スコットランドを代表する詩人や作家たちの胸像があり、写真も貼ってあります。彼らが執筆や日常生活に使用していた品々の展示などもある。
 
 
と言いつつ建物ばかり撮っている。でも、他の人たちが撮った写真を見ても、やはり建物メインの写真がほとんど。まあ、この博物館の展示物って作家や作品の解説文とか顔写真とか愛用のペンとかで、見るのは楽しいけど写真映えって点では地味かも。一方、建物自体は優雅で美しいものね。
 
 
写真が下手なのでわかりにくくなっちゃってるけど、赤い部分は螺旋階段の壁。この上の階には梯子で上るらしい。でも立ち入り禁止。残念。ああ、最上階のバルコニーに出られたらどんなに…。
 
作家と言えば編集や印刷と切っても切れない仲。お人形によるお仕事の説明がありました。楽しい。
 
 
お向かいの建物もステキ。ここら辺、古い建物が残っているのでね。
 
この広場に、私がハイランドのアップルクロス半島ツアーでお世話になったティンバーブッシュ社のオフィスがあったわ!
 
さて、実はちょっと時間が戻るのですが、エディンバラ城から出てきて作家博物館に行く前に、ロイヤルマイルで何人かのパイパーを見かけました。
 
この人は上手いらしいけど、撮り始めてすぐ演奏が終っちゃって、別の人と交代していました。

 

派手な衣装に身を包んだこの方々より、上のシンプルなおじさまの方が上手らしい。

 

 

それからここで一杯ひっかけました。宿のあるマーケット通りからロイヤルマイルに抜ける、フレッシュマーケット・クローズの真ん中辺にある小さなパブ。真ん中辺だからハーフウェイって名前なのか。

 

ここでビール一杯流し込んで遅い昼食とする。歴史小説とかでビールが食事として扱われている場面を読んだこともあるし(確かに栄養価は高い)、これはこれで正しいのだ!

 

2019/5/4

 

この日はエディンバラ城をたっぷり楽しむため、丸一日を割く予定。開館時間ピッタリに入れるよう宿も早くに出発しました。まあ、すぐ近くなんですけどね(宿の立地、ホントにいいでしょ…)。でも人の姿もまばらなロイヤルマイルや、丘の下の町をブラブラ散策して、楽しく時間を過ごしました。

 

エディンバラ城は丘の上にあるので、外からだと見上げる形になるのだ。威風堂々。

 

お城の前には広場が。ミリタリー・タトゥーでは両脇に観覧席ができ、バグパイプ隊が演奏する。

 

上の写真の門の内側にチケット売り場があり、次にこの門を通る。スコットランドの国章が見える。

 

入り口からずーっとまっすぐ入っていったとこ。右側にはカフェとかもある。お昼をここで食べようと思っていたけど、入ってみて何だかピンとこないなと思ってやめちゃった。

 

上の写真の突き当りにはスコットランド国立戦争博物館があります。近世~現代の展示がほとんど。好みで言えば守備範囲外だけど、興味深い展示でした。

 
エディンバラ城が文献に出てくるのは1093年が最初らしい。この年にスコットランド王マルカム3世が戦死している。間に4人を挟んだ5代後の息子デイヴィッド1世の治世に本格的に王家の城塞となった。当時はすべて木造だったけど、13世紀にはすべての建物が石造りに建て替えられたとか。木造の時代を見てみたいねえ…。11世紀とかさあ…。タイムマシン…
 
1296年に城はイングランド軍に攻め落とされ、1318年にはスコットランド軍が奪還したけど、今後イングランド軍に利用されないようにと破壊。その後も取ったり取られたりしながら破壊と再建を繰り返したので、建物それぞれに年代は違う。でも近世になってから全体的に大掛かりな改修が施されているそうなので、建物としてはそんなに古いお城ってわけではないのだ。

 

司令官の邸宅(右手前)や兵舎(右奥)を右手に、王宮や大広間がある区画(左側)に向かう道。

 

かっこいいんだけど……  これは1日は要らんな…と言う気持ちが強くなってくる…。

 

エディンバラ城は、私の好みとはちょっとズレがあるしな。私はもっと古い時代のお城が好きなんだろう。中心に天守があって、その周りを城壁と塔が囲んでいるとか、城壁に城館がくっついていて、塔の中に城主のお住まいがあるとか、そういう…(専門用語は知らん)。エディンバラ城やスターリング城は、城壁の中に王宮や教会、各種施設がバラバラに建てられているのだ。と言っても、プラハ城やブダ城みたいに、王宮や大聖堂、教会、官庁だけでなく商店や職人街まであったひとつの町ってわけでもない。一口に城と言っても本当に個性があるよねー。

 

こちら、右がスコットランド国立戦争記念館、左が王宮。

 

国立戦争記念館のある場所には中世には教会があった。それが後年、王室礼拝堂だの倉庫だの兵舎だのと使途が変わり改築を重ね、1920年代に戦争記念館が新たに建設されたそうな。隣の王宮は、メアリ・スチュアートがジェームズ6世を出産した場所でもある。でも王族の住居だったのは17世紀初頭まで。ジェームズ6世は1603年にイングランド王位を継いだらすぐロンドンに引っ越して戻ってこなかったから。念のため、スコットランド王ジェームズ6世はイングランド王・アイルランド王ジェームズ1世です。

 

クラウン・スクエアに入って振り返る。

 

王宮内にあるジェームズ6世の謁見室と、王宮のお隣にある大広間。

 

 

ジェームズ6世、即位50周年(ちなみに1歳で即位してる)のお祝いに一回戻ってきただけなので、この謁見室も一回しか使われなかったって。メチャクチャお金かかっただろうに、もったいない。

 

王宮の中には様々な宝物と一緒に「運命の石」が飾られている。聖地パレスチナで聖ヤコブが枕に使っていたという言い伝えもある(痛そう)。500年頃にこの石をアイルランドからスコットランドに運んだ人が王国を建国した経緯から、スコットランド王家の守護石とされるようになりました。

 

スクーンに運ばれてからは、スクーンの石と呼ばれるように。そして1296年、イングランドがこの城を攻め落とした際に戦利品としてロンドンに持ち去り、王の椅子にはめ込んで戴冠式で使うようになった。歴代の英国王たちは、このスコットランド王家の象徴をケツに敷いて戴冠してきたのだ。1950年にはスコットランドの大学生グループがウェストミンスター大聖堂から石を盗み出す事件も起きている。すげえな! 捕まって石も戻ったけど。(その際に2つに割れちゃったって)

 

1996年にやっとスクーンの石はスコットランドに返還されました。実に700年ぶりの帰還であります。

撮影禁止だったのでパンフレットからちょっとだけ無断転載… 之もアカンよな、すみません。

 

エディンバラ城で何よりも見たかったのがスクーンの石だったので、まあ、これを見れたら満足です。ところで、日本語のウィキペディアには、聖ヤコブがこの石(230kg)を頭に乗せたと書いてある。そうなの? 奇跡なの? でも枕だし、「頭を石に乗せた」の間違いとかじゃないの…?

 

 

お城に残る唯一の中世の建物、聖マーガレット礼拝堂(12世紀)。

 

この↑写真は出てきた後で撮ったので人が並んでいますが、私が入った時はおばあさま二人が静かに座っているだけで、「皆こんな地味な建物には興味がないのかしら」とか思っていたのですが…

 

1時を過ぎたら人であふれかえった。人がおらん間に写真を撮ってしまえば良かったわ。

 

なぜ1時かと言うと、エディンバラ城名物「ワンオクロック・ガン(午後1時に空砲を鳴らす)」を見物すべく、皆がそっちに集まっていたのだった。まさかそんな理由でガラ空きなのだとは思わんかった。


ステンドグラスは1922年のもの。これは聖マーガレットとウィリアム・ウォレスね。他に3枚あって、聖アンドリュー(12使徒の一人でスコットランドの守護聖人)、聖ニニアン(4~5世紀の伝道者)、聖コルンバ(6世紀の伝道者)というひれ伏しそうになる面々なので、ウォレスの扱いのすごさが際立つね。

 

 

マーガレットは1045年に生まれたサクソンの姫君。ノルマン・コンクエストによりイングランドから脱出したものの船が難破し、スコットランドの海岸に打ち上げられ、マルカム3世と結婚したの。スコットランドにおける教会の行事や典礼をそれまでのケルト式からローマ式に改めさせ、その功績により死後に列聖されたそうな。(ケルト文化が残った方が面白かったのにと思ってしまう外国人の異教徒であるワタクシ)

 

この礼拝堂は、息子デイヴィッド1世が亡き母上のために建てたものです。1314年にロバート・ザ・ブルースがこの城を破壊する際にも、この礼拝堂だけは壊さなかった。戦乱を通して城は荒れ果てますが、ロバートは死の床でマーガレット王妃の物語を語り、礼拝堂の修復を命じたとか。

 

こちらはクラウン・スクエアの下にある、18世紀~19世紀に使われた捕虜収容所。一番若い捕虜はトラファルガーの海戦で捕えられた5歳の鼓手だったってさ。リトル・ドラマー・ボーイ…。

 

収容所の展示の続きだったかなあ、スコットランドの歴史や昔の武器を紹介するコーナーは面白かったわ。カタパルトの模型とか、アレクザンダー3世(ノルウェイからヘヴリデーズ諸島を奪還した人ね)の嵐の中での落馬による最期などを描く切り絵風のアニメとかもあった。

 

これ書くまで忘れていたけど、ショップで蜂蜜入りのウィスキーのミニボトルを買った。お土産にした。

 

 

こうして見るとエディンバラ城も充分町っぽいね。

 

 

これは正門の内側だな。

 

今イチ気に入らんと言いつつ3時間半くらいはおりました。ここには書いていない展示も多かったし。でもお城好きがよく言う、「エディンバラ城は下から見上げているのが一番良い」というのも理解できちゃった。いえ、期待とはズレがあったってだけで、エディンバラ城は素晴らしいんです。むしろ、好みじゃないのにこれだけ時間を使っちゃうくらい規模も大きく、見どころがたくさんあるのだ。

 

 

他の人のブログを見ていたら、「ついにエディンバラ城に来ました」みたいな出だしで、建物だけでなく戦争関係の博物館の展示を、たくさんの写真とたくさんの「!!」がついた文章で詳細に紹介している、興奮と感動のレポがありました。歴史ミリタリーマニアさんらしく、連隊の構成や歴史を細かく説明してあって目が滑る… 笑

 

同じものを見ても、趣味の違いによって、ブログに報告する内容も感想も評価も変わるのだ。

 

2019/5/3

 

宿のあるマーケットストリートから、フレッシュマーケット・クローズ(新鮮じゃなくて肉のフレッシュね)を通って南に。坂を上っていくことになります。クローズってのは、小路ってくらいの意味らしい。

 

途中にも色々と店があって面白いの。この写真の右にちょっと見えているパブは3回入ったっけ。

 

階段を上り切るとコックバーン・ストリートに出ます。ここもステキ。

 

左の方から行っても上の通りに行けるけど、どうせなら…

 

続けてフレッシュマーケット・クローズを通りましょう。

 

ハイ・ストリートに出ました。

 

西の突き当りにエディンバラ城があり、東の突き当りにホリールード宮殿がある。この間が「ロイヤル・マイル」と呼ばれる、エディンバラ観光で一番賑わっている場所なのだそうです。

 

どうしてこう、逆光ばかりなんだよう…。写真を加工しましたが、嫌な感じ。

 

アダム・スミス大先生の頭にも鳥。なぜ鳥はああも銅像の頭に止まりたがるのさ。奥にはセント・ジャイルズ大聖堂、そしてその手前にメルカート・クロス。保護色みたいになってるし幅も上手いことはまって、メルカートクロスがもう、大聖堂の入り口にしか見えん…。トリック写真としてどっかに投稿したいくらい。

 

コックバーン・ストリートとハイ・ストリートの交差する辺りに、観光ツアーの路上受付がたくさんある。

 

地下ゴーストツアーが多かったわ。エディンバラの地下には古い市街の跡が残っているの(すごい話ですな)。地下廃墟はとても見たいのですけど、私は地下廃墟の歴史的な話が聞きたいのであって、ゴーストは要らんのよ。てことで、普通の市内ゴーストツアーに申し込みました。その日のツアーに入れるよ。私が申し込んだのは、無料で、後でガイドさんにチップを払うやつ。

 

歴史的なツアーとしては「リアル・メアリー・キングス・クローズ」ってのがあります。建物の中に立派な受付もあるようなマジもんツアー。それに参加したかったんだけど、その日はもう満席でさ。翌日夜8時のツアーに申し込んでおきました。皆さん、行く予定ならさっさとネットで予約しようね!

 

さて、市内ゴーストツアーでは色んな場所の色んな幽霊の伝説を教えてくれましたが… あかん、半年も経つと何も憶えておらん…。妻を殺した男の幽霊が出没する話で、「奥さんならわかるけど、なんでお前が出てくんねん」と思ったことくらい。死刑になって腹が立ってるとか、そういうことですかね。

 

これはその途中で寄った、セント・ギリス・ストリート。角っこの階段があるトコからエディンバラ・ウェイバリー駅の方を眺めているところ。

 

まだ明るい時間帯だったからか(何しろ日没は21時)、あまり怖くなかったな。ダブリンのゴーストツアーはとても怖かったっけ。特に墓泥棒が墓に閉じ込められて出られなくなって死んだ話とか… ガイドさんの話っぷりがまた…。そう言えば日本ではあまりないね、ゴーストツアーって。でも松江のゴーストツアーは、 小泉八雲先生のお膝元だけありクオリティが高いと評判だ。いつか行かねば。

 

さて、ツアーは グレイフライアーズ・カークヤード(エディンバラで一番有名な墓地、観光名所になってる)で解散。エディンバラの中心にはいくつも墓地がある。ここが一番美しいそうな。で、その後は町をぶらぶらと歩きながらロイヤル・マイルの方に戻っていきました。

 

エディンバラで歩き回ってみた中でも特に好きな場所が、ヴィクトリア・ストリート。

 

ヴィクトリア女王治世下の1837年に、ジョージ4世橋からグラス・マーケットに通じる道を新たに作るために、ここにあった家々を立ち退かせて作った道なんだってさ。

 

右に見えている一際立派なファサードのある建物がリッドル邸。1590年代に建てられた豪商の住居で、この邸宅の前には広いお庭があったそうです。こんな人口密集地の都心に庭園を持つとは、それだけでどれほどの富豪だったかわかると言うもの。そのお庭もヴィクトリア・ストリートを通す際に潰したらしいけど、18世紀の終わりごろから富裕層は新市街に移動していたそうだから、潮時だったのでしょう。

 

 

これをヴィクトリア・テラスと呼ぶそうです。ステキねえ。ちなみにリッドル邸はヒストリック・スコットランドの保護下に入って修復され、今では会議やイベントや結婚式に使われているそうな。

 

で、ここはロイヤルマイルのお隣みたいなもんなので、ロイヤルマイルに戻りました。そろそろ夕食を食べて宿に戻りたい。翌朝は早起きの予定だし。本当なら路地裏にある小さな食堂でも探してみたいところだけど、食べたいものがハンバーガーだったので、どこでもええわって気持ちになりロイヤルマイルにあるお店にテキトーに入りました。

 

なんでハンバーガーが食べたいかと言うと、スターリングのレストランのお兄さんから、ハギスの一般的な食べ方としてハギスバーガーを薦められていたから。

 

てことで、ビールとハギスバーガーを頼みました。

 

まあ… 美味しいけど、なんか普通のハンガーが―と変わらない気がする…。これ本当にハギスバーガーなの?って思ってしまう。普通に牛肉パテの味がするんだよな。いや、美味しかったんだけど。

 

2019/5/3

 

ドゥーンはこじんまりした静かな町。広場には晒し台が残っております。バス停はこの写真の右側の道、あのカーブを曲がり切ったくらいのトコにあります。

 

私は気が小さく早めに行動するタチでして、バス停にも余裕を持って到着しましたので、少し時間がありました。で、ビールの一杯くらい飲めるだろうかと、バス停に近い宿屋兼パブらしきお店(上の写真の右の道沿いにある白い建物)に入ってみました。確かに営業中で、他のお客さん(5人グループ)がビールを手に歓談していたのですけど、店の人がいない。奥で働いている音はするけど、しばらく待っても出てくる気配がない。恐らくこのグループのための食事を厨房で作っているのだろうと推測し、忙しいところを呼び出すのも気が引けるし、出てくるのを待ってからでは間に合わんかもと思ったので退出。

 

これは、上の広場から反対側を撮った図。この道をずーっと行くと右手にドゥーン城があるのだ。この写真の右側の奥に、白い壁に青い玄関の店が見えますでしょ。ここに入りました。

 

そこはベーカリーでして、お菓子や食事系のパイなどを売っている。ここでカレーの入ったパイとクッキー、メレンゲのお菓子等を購入いたしました。立ち席で店内食も可能なようでしたが、バスの時間が心配だったのでお持ち帰りにして、バス停でお水と共にいただきました。

 

ドゥーンの近くにはウィスキーの蒸留所があるんだ。ディーンストン蒸留所。上手く撮れなかったので蒸留所の前の川だけ…。ここ、地理的にはスターリングとの間ではないんだけど、バスは行きも帰りもここに寄りました。見学もできるそうなので、時間のある方は是非。

 

公式サイト Deanstone から拝借。

 

ところで、帰りのバスは2階建てでした。もちろん上の階に席をとり、途中からは一番前に座ることができたの。お陰様で、スターリングに近づいてお城が見えてくるのも、最高の展望状況で堪能できました。車窓からズームで撮ったこの写真じゃ画像が粗くて、岩の一部にしか見えんけど。

 

いつも思うけど、遠くに小さく見えている物体を肉眼で見ている時の方が、拡大した写真を見るよりも大きく感じるのって、どういうことなんでしょうね。一部を切り取らずに全体を見ているるからなのかな。

 

さて宿に戻って荷物を引き取り、ちょっと気になっていた店に入りました。ウェールズの旗が翻っていたもので…。スコットランドの右隣はアイルランド? ではその向こうの赤っぽいのはイングランドかな?

 

オーセンティックなパブ。観光客も使うだろうけど、地元民のためのお店だね。ここに限らず、スターリングって、観光客がすごく多いだろうに『観光客向け!』てな場所は少ない気がした。私が知らないだけなのかしら。それとも地元民から見たらまた違って見えるのかしら。

 

サッカーでもラグビーでもなく、ビリヤードの試合が映し出されておりました。まあ確かに、これも球技の一種だ。ビリヤードもこんな風にスポーツアリーナで競技会を行うんだねえ。

 

スターリングの駅舎はなかなか感じがいいの。ここを右に進むとバスターミナルがあるけど、そっちはごく普通のビル。他の町でも大抵そうだけど、鉄道駅の方が古い雰囲気を残していることが多いね。鉄道は大掛かりなインフラだから大きな町では威信にかけて立派な駅舎を建てがちで、もったいないから保存しているのかしらん。

 

 

改札もある。インヴァネス駅にも改札があったよ。ストーンヘイヴンにはなかったかな。ヨーロッパの鉄道は改札がなくて車内で検札するのが普通だったと思うけど、今ではそうでもないらしい。北欧のどこだったかにも最近改札が導入されたとネットで読んだ。どう考えても改札システムの方が合理的よね。

 

ホームの雰囲気も好きだ。リノベーションできれいになっても、現代的なペッタンコの建物にはされていない。外壁だけ修復保存してあって中が普通の現代ビルだったりすると興ざめだけど、ここはなかなか良い雰囲気が残っている。

 

で、こちらはエディンバラ・ウェイブリー駅。こっちも優雅さを残しているよ。維持費の関係からも、大きな駅ほど昔の雰囲気を保つのは難しいだろうから、ありがたいね。

 

ここが私が泊まった宿のあるマーケット通り。この写真はグーグルのストリートビューです。

 

旧市街の中心地と駅の両方がすぐ近くと言う好立地。写真の奥、道路がちょっと広がっているところあるでしょ。あの左側にある階段を降りたらそこが駅なんだよ。宿は写真の右側、手前からの2つ目のビル。Bar & Hostel って書いてあるの、読めるかしら。ホステルの受付はバーのカウンターでした。

 

セント・クリストファーズ・インというホステルです。3段ベッドの女子ドミ。

 

古い建物なので、例によって階段がステキなの。こんな風に階段だけは昔の雰囲気を残す建物も多いよね。ベッドルームは完全に現代的な部屋だし、廊下もペッタンコで無機質だけど、こんな風に往時の面影を残せる部分だけでも保存してくれている。嬉しいことです。