旅中毒 -19ページ目

旅中毒

バックパックと少しのお金とパスポートがあればいい。行けば行くほど行きたい場所が増え、人生狂って後悔なし!

2019/5/3

 

そんで、ここがゲートハウス、城主一家の住居がある建物の、一番下の部屋である「城主の広間」。

 

確か19世紀に改装されたんだっけ…。この写真の手前側に、廊下との間に木製の薄い壁と格子窓みたいなのがあって、紋章が飾ってあった。あまり興味を引かれないので撮ってない。

 

この図の③のとこがこのお部屋です。

 

すみません、この写真よそのサイトからなんだけど、URLがなくなっちゃった… 申し訳ないな。脇部屋と上の階にこんな風に繋がっていきます。

 

で、螺旋階段がある塔の中には…

 
こんな小さなお部屋があるのでした。

 

狭いから、広角レンズがあったって一枚には収まらんやろう。てゆか、窓の前に階段がついてるのはなんでなん。斜面にするより簡単だから? 大広間の片面の窓に階段がついてたのも同じなのかな。

 

もう少し上がりますと、こんな風に出ていく通路があって…

 

こんな広い部屋があるのでした。上の間取り図の④ね。たぶんここが城主の私室だったって。そして、床がもう抜けちゃってるけど、この上の階に城主夫人のお部屋があったのだろうって。

 

人が入っていない写真を撮るの、大変だったんですよ…。実は、柱の後ろに人がいるのだ(影が少し見えている)。一番左の窓の横に見えている暗い通路は、城壁の上に繋がっていく。今は城壁が修理中なので、通路も閉め切られていましたが。ここもまた来なくちゃね…。

 

城壁、今はこんなんだから。

 

真ん中の窓のとこにはチャペルもあります。

 

城内に城主一家のためのプライベートな礼拝堂を作るのはよくあると思うけど、私室の中に礼拝堂(堂になってない)があるのは、あまり見かけない気がする。どうなんだろ。

 

この城主の私室(推定)の方が「城主の広間」より大きいな。hall を広間と訳すからアカンのか。城主の広間ではなくロード・ホールがいい? 大広間もグレート・ホールと訳されてるし(つか訳してない)。

 

この城主の私室は、天井(上の階の床)が抜けて2階分が一部屋になり、大広間状態になっちゃってるせいで実際よりも広く見えるのかもね。でもロード・ホールの階には脇部屋があったし、変な仕切りを設置して細い廊下が作られたから、実際にこの城主の私室より狭いはず。更に、ロード・ホールは天井もヴォールトになっているから余計に狭く感じるよね。

 

まあ、本当に城主の私室だったとしたら、ここは城主の執務室であり、居間であり、親しい人を招き入れる応接室であり、寝室でもあったはずだから、広くないとね。(こう書くとワンルームマンションみたい)

 

上の階の城主夫人の私室(推定)は、城主の私室(推定)より一回り小さかったんだな。壁沿いに小部屋が作ってある分、面積が減る。なんでそんな作りにしたのかしら。


 

あああああ、昔に戻って実際に使われていた様子を見てみたいなあ。特に建設当初の頃を。後年に「こういう部屋があるから、こういう風に使おう」ってなった時代じゃなくて、最初の、「こういう風に使いたいから、こういう部屋を作ろう」の時代に、どう使われていたかを見たい。この城の使用人になって… というより、透明人間になってそっと見物して回りたい。

 

 

てゆか、部屋が大きいだけあって暖炉も巨大っすね。

 

何やら音楽が聞こえてきたので窓から見下ろしたら、駐車場の横の芝生の上でフォークダンスを踊っている人たちがいましたわ。同好会か何かの遠足かしら。

 
城主ホールの、仕切りで作られた廊下から外に出て、階段で中庭に降りていきます。
 
最初は木製の階段があっただけだろうけど、後年に立派な門付きの石段に。こういう門が設置されたのは、城主一家の保安のため?イタリア、ヴィテルボのプロッフェルロを思い出すわ。

 

帰り際に係の人と少し話をしました。「素晴らしかった。ぶっちゃけ、スターリング城よりこちらがいい」と言ったら、「こちらの方が中世の雰囲気を残していますからね。古いお城が好きな人だと、ドゥーン城の方が好きと言う人も多いですよ。時間があるなら、リンリスゴー宮殿もお薦めです。あちらも同じように古いお城だから」と言っていました。現存するリンリスゴー宮殿は1424年に建設が始まったそうなので、1380年代には既にあったらしいドゥーン城より半世紀近く新しい。でもリンリスゴー宮殿もぜひ行ってみたい。

 

2019/5/3

 

では、台所の上にあるお部屋を見に行きましょう。螺旋階段でぐるぐると上っていくの。

 

この右側の図(First floor = 日本でいう2階)で「キッチン」と書いてあるとこ、その上階に客室がある。カークウォールの伯爵宮殿と同じく、客室は台所の上なのね。お城の中で一番暖かい場所だから。

By Jonathan Oldenbuck - Own work by uploader, based on plan in Simpson, W.D. "Doune Castle" Proceedings of the Society of Antiquaries of Scotland 72: 73-83 [1], CC BY-SA 3.0, Link

 

このようにこじんまりとした、心地の良いお部屋があるの。向かって左奥がお手洗い、右奥は何か知らんけど小部屋があります。

 

お客様用のお部屋だから専用のお手洗い付き。

 

何かよくわからない小部屋。お客さんの荷物とかを入れておく場所とか? 身分の高い人だと旅行用の長持も幾つも運んできただろうし。それか、お着きの人が泊まる部屋?(それが奥にあるのも変か)

 

このスイートルームに泊まったやんごとなきお客様の中には、あのスコットランド女王メアリや、その息子のジェームズ6世などがいるそうです。メアリがここら辺触ったかも…と壁に手を置いてみる私。

 

この写真を左にずらしたとこが、一枚下の写真。広角レンズがあれば一枚に収まるんだろうな。

 

左側の小さな入り口が、階段に繋がる場所です。逆光でもう…。こういう時、皆どうやって撮ってるの?

 

一枚上の写真の窓から見える光景。手前が大広間で、下の階段は大広間と繋がるゲートハウスの出入り口。その奥には、地上にお城の入り口が見えておりますね。

 

螺旋階段を出たところなんですが、これを見ると、客室の隣にも部屋があったっぽくない? 梁を通した跡が残っているし。これで見えるだけで3階分ある。地階を入れて4階建てだったんだよ。

 

んで、こちらが大広間。台所の方から入ったところ。左奥に、ゲートハウスに繋がる入り口がある。

 

反対側まで来て振り返ったところ。

 

真ん中に置いてあるのは、たぶん、火を焚くかご(専門用語があるんでしょうが…)を再現してあるのではないかと思う。大広間の真ん中に火を設置するのは中世でも初期までと聞いたこともあるけど、このお城が作られたのは中世でも終わり頃だよね? でもこの大広間、暖炉がないしな。広間の真ん中で火を焚くなら、排煙のための設備が別途必要だったとかも聞く。時代が下ると壁際に暖炉を作るようになって、煙突も付けらるようになった、と。

 

大広間の1枚目の写真に写っている反対側の壁の窓には階段がついているんだ。こっち側にはないけど。なぜだ? あと、写真の左から2つ目の窓の右側に、小さな入り口が見えるでしょ。それは、上の写真の左端に写っている小部屋なの。妙に高い位置にあるけど、何をするところなんだろう? ああ、昔に戻ってこういうお城が実際に使われていたところを見てみたい~。

 

小部屋の反対側には、下に降りていく階段があった。下の階には倉庫があるから、そこと繋がっているんだろう。入れないのが残念でした。

 

この写真、手前(下側)だけ見ると上っていく階段に見えない? で、流れで写真の上の方まで目をやって、「???」ってなる…。

 

2019/5/3

 

この日は荷物を宿に預けて、ドゥーン城に向かいました。スターリングからはバスで25分くらいでドゥーンの町に着き、そこから歩いて10分くらいでお城に着きます。

 

もともとは13世紀に建てられたけど、スコットランド独立戦争で破壊され、現存する建物は恐らく1375~1425年ごろに建て直されたと考えられているそうな。

 

その後も幾度もの戦争を経て、18世紀に床材や屋根が大幅に修復されてはいますが、中世の姿をとどめているお城として映画やドラマの撮影にもよく使われるとのこと。

 

By Andrew Shiva / Wikipedia, CC BY-SA 4.0, Link

 

ロケに使った有名どころでは、最近なら「ゲーム・オブ・スローンズ」。古くは「モンティ・パイソン」。そして何と言っても外せないのが「アウトランダー」ね。だから場内の音声ガイドも、普通のガイドのほかに、アウトランダーの主役の一人ジェイミー役のサム・ヒューアン氏が吹き込んでいるロケ地としてのお城のガイドもある。同じ機械で聞けるよ。「あの塀の上からクレアが僕を見たのです。つまりジェイミーをね」とか、あの声が耳元で聞こえてくるんだから、ファンにはたまらんでしょうね。

 

修復中なので足場がちょっと無粋ですが、中庭。お天気が良くてね。ピクニックテーブルでお弁当を食べている家族連れもいたよ。お城のすぐ近くに川もあるし、一日ここら辺で過ごして楽しめる。

 

入り口と、ゲートハウス。ゲートハウスの上に城主一家の住まいがありました。

 

1361年にロバート・ステュアート(ロバート・ザ・ブルースの曾孫)が、大叔父であるスコットランド王デイヴィッド2世から、この土地を古い砦ごと与えられ、お城の建設を始めたと考えられるそうです。

 

彼の父ロバート2世も、フランスに亡命したデイヴィッド2世の留守中に摂政としてスコットランドを統治していましたが、このロバート・ステュアートも、デイヴィッド2世の跡を継いだ父王の摂政を務めました。即位時に54歳だった父王は既に健康状態が最悪だったためです。そして、父王の跡を継いだ病弱な兄ロバート3世の治世を通しても権力を保ち、オールバニ公爵となり、そのまた次の王となったジェームズ1世がイングランドに捕らえられてしまうと、彼の摂政としてスコットランドを収めました。
 

 

実質、彼が1388年から1420年に死ぬまでスコットランドを支配しており、その間、たくさんの勅許状がこのドゥーン城で発行されていたそうです。ここが政治の中心地だった時代もあったのだな(言い過ぎ?)。彼の死後は息子のマードックが摂政職とドゥーン城を引き継いだけど、イングランドから戻ってきたジェームズ1世が権力を取り戻し、マードックを反逆罪で投獄、処刑してしまったのでした。

 

その後お城は王家の狩用の別荘や王家用のダワー・ハウスとして使われた。ダワー・ハウスというのは、英国において、夫を亡くした妻が、後継ぎ息子の一家に家を明け渡して移り住む家のことですって。ドゥーン城に住んだ寡婦の中には、オークニー諸島を持参金代わりにもたらしたデンマークのマルグレーテや、ヘンリー8世の姉のマーガレット・テューダーがおります。その後は例によって監獄とか軍事基地とかに使われ、荒れ果てていったのでした。

 

階段を上って入り口を入り、右に行くと大広間、左に行くと大きな台所がある。大広間の下の1階、かつての倉庫には今はお土産屋さんが入っている。

 

ショップには歴史的な書籍やカップなどの小物のほかにアウトランダー印の品々も色々とありました。アウトランダー塗り絵、買ってくれば良かったわ。アウトランダー塗り絵をめくってYouTubeに挙げてくれている人たちがいる… 笑

 

左が1階の間取り図、右が2階の間取り図です。

 

By Jonathan Oldenbuck - Own work by uploader, based on plan in Simpson, W.D. "Doune Castle" Proceedings of the Society of Antiquaries of Scotland 72: 73-83 [1], CC BY-SA 3.0, Link

 

 

台所で作られたお料理がそのまま大広間に運べるようになっていたのだよ。台所のある棟の上の階にはお客様用の続き部屋があります。

 

真ん中のドアが、外に繋がっている。その隣に、上階に繋がる階段。右側に台所。左側に大広間。

 

台所と外の廊下との間に、配膳窓が開けてあるの。お皿もここにドンと置けただろう。便利だよね。当時としては珍しい造りだって。最初に設計する時に偉い人たちがそういう動線を考えていたんだなと思うと何か嬉しい。身分の高い人が住むお城においては給仕は重要な家政だったものね。

 

あの奥がかまどがあった場所。大所帯だし、大きな宴会も開かれるので、かまどスペースはかなり大きかったのだ。

 

「アウトランダー」でも台所の場面は出てくる。でも、撮影のためには壁に物を吊るしたりしないといけないんだけど、お城にダメージを与えてはいけないので、別の場所にセットを作ったんだってジェイミーが言ってたよ。オーディオガイドで。

 

かまどスペースの中から見た台所。あの扉の外には中庭に降りる階段があるけど、あの外側は今修理中だから閉め切ってあるのかしらね。

 

右手奥にはパン焼き窯があったらしい。

 

2019/5/3

 

スターリングで泊まっていた宿は、Castle Walk Bed & Breakfast駅から徒歩5分、お城まで徒歩10分ほどの好立地です。

 

最初はお城と駅の真ん中辺に宿がないかと探していたんですが、写真を見て惚れ込んでここに決めました。元々はスターリングは1泊のみの予定だったので、ここに1泊の予約を入れましてね。前日もスターリングに泊まると決めた時には既に同じ部屋が予約済みで取れず。それに到着が深夜になるから個人経営のB&Bには頼みにくいなと思い、1泊目はホステルにしたのでした。

 

駅からなら、ステーション・ロードを進んでマレー・プレイスに出たら南(左)に折れ、キング・ストリートに突き当たるとこの建物がある。建物を回りこまずに左に進むと、コーン・エクスチェンジ・ロードに。

 

コーン・エクスチェンジ・ロードにはこんな建物が。こんなのがゴロゴロあるスターリング。

 

上の建物のお向かいがここ↓。この写真の奥に続く道がザ・バック・ウォーク。お城からここまで続く裏道です。写真を撮った日が違うので、空模様が全く違っているねえ。

 

これ↑、もう少し後ろに下がって、左の建物(図書館)のてっぺんまで入れたら良かったんだけど、この時は雨が本降りでしてね。荷物もあるし、傘を差しながら撮るのが大変でして、余裕がなかった。次の日に撮り直せば良かったわ。てゆか図書館に入れば良かった。ちなみに右の建物は教会です。

 

では、ザ・バック・ウォークを入っていきます。この城壁は何百年も前からあるものなんだって。正確な年代は知らない。

 

その城壁の上にこんな建物があるのだ。これがお宿。

 

部屋も本っ当にステキ! ここで長い時間を過ごしたかった。

 

内装で言えば、今回泊まった宿の中でここが一番いいな。(外観ならストロムネス・ホテル)

 

部屋に洗面台はあるけど、バスルームは外。でも1階には2部屋しかなくて、もう1室はバスルーム付きの部屋だから、実質的に専用バスルーム。

 

てゆかバスルームがまた広くて豪華なの! 手前にもっとスペースがある。元は普通の細長い部屋だったんじゃないかな? ここにベッド突っ込んだら一部屋できるね。

 

1階の部屋はお庭に面しております。

 

季節と天気が良かったらお庭でゆっくりしたい。座るところもある。

 

朝食は1つ上の階のダイニングルームでいただく。スコットランド式の朝食かコンチネンタルか選べます。観光客としてはスコットランド式しかありえない。

 

ちょうど窓際の席が空いたので、町を眺めながらの朝食となりました。あっち側は旧市街の外になるんだろうけど、なかなか素敵だわ。

 

さて、時間を前の晩に戻しまして。

 

夕食を食べる場所でどこかお薦めはないかと宿の方に聞きました。まだ1回しかハギスを食べていない、もっといろんな店で試してみたい、と。そして教えてもらったのが Brea Restaurant 。宿から徒歩3分のレストランです。

 

まずはエルダーフラワーのカクテルから始め、食事と共にペンギン大行進ビールを。

 

 

お料理はもちろんハギス。やはり普通に美味しいw 若いウェイターさんに「宿の人から、このお店が町一番のハギスを出すと伺いまして」と言ったら喜んでくれました。ただし、「うちのはとても美味しいけど伝統的な食べ方ってわけではないので、ハギスバーガーも試してみて」とのことでした。

 

位置関係はこんな感じ。

 

こんなにコンパクトに見どころがまとまっているのに、全然時間が足りなかった。街並みをもうちょっと堪能したかったなあ。美しいと評判の墓地も行くつもりだったのに。お城が閉館した後もまだ明るいから散策するつもりだったし。

 

ただねえ、お城を出る時、本降りになっていたんですよ。それで気持ちの余裕が失われてしまった。靴をあまり濡らしたくなかったしさ。オークニーでサイクリングする時の備えとしてシリコン製のオーバーシューズは持参していましたが、あと少しで帰国するというこのタイミングで、それも翌日はもう晴れると知っていて使う気にはなれなかったんだよな。汚れたら洗わなきゃならんし、乾かさなきゃならんし…。

 

町の中にいられたのは実質半日みたいなもんでした。また行かなくては。
 

2019/5/2

 

じゃ、お城の内側、インナー・クローズに行ってみますね。奥が大広間、手前が王宮。

 

この2つの建物を繋ぐ渡り廊下が好き~。渡り廊下とか屋根付きの橋ってワクワクするよね。

 

ちなみに渡り廊下の中はこう。

 

 

これが大広間の内部。1501~1504年にジェームズ4世によって建てられたと言われています。

 

エディンバラ城の大広間より大きいんだって。暖炉が5つもある。それくらいなきゃ部屋を温めきれなかったんだな。こんなに天井を高くしなかったら少しは暖かかったろうにねえ。いくら大広間だと言っても、なぜこうまで部屋を大きくしたかったのか。やはり威容が重視されたということなのだろうか。それにしてもまあ、今見てもめちゃくちゃ広いんだから、16世紀にはどんな風に見えただろうねえ。

 

が、王宮がロンドンに移った後はこのせっかく巨大な広間は、高すぎる天井との間に床が差し渡されて2階建てに改造され、天井も増スペースのため壊されたってさ。厩だの物置だの兵舎だのに使われたの。建てた王様はあの世で歯噛みしていたかも。

 

修復時には、1719年の建築図面に従って天井を再建したとのことです。信頼のおける資料を探すのも一苦労だったらしい。修復って、いつの時代に戻すかから考なきゃいけないし、大変だよね。

 

大広間の隣、北にあるのが王室礼拝堂。元はジェームズ4世により「旧・王の居住区(正式な和訳など知らん)」に続いて建てられたそうだけど、現存する建物はジェームズ6世が息子の誕生と洗礼に合わせて1594年に建て直させたものらしい。

 

 

「旧・王の居住区」は修復中で入れず。1494年に建てられた、インナー・クローズで一番古い建物だから、入ってみたかった。

 

もっとも1540年代には王様一家はお隣の建物「王宮」に引っ越したから、当初の目的に使われた期間は半世紀に満たないって。その後はいろんな用途に使われて、軍の駐屯所になってからは士官たちの住居となり、例によって床が差し渡されて階が増やされ、窓も増やされたと。やっぱ使い勝手が悪いんだって、大きすぎる部屋は。王様たち、少し考えなよ…。

 

礼拝堂の隣にあるのが王宮です。この階段のとこから入る。

 

ジェームズ5世がフランスからメアリー・ド・ギーズを妃に迎えるに当たり「フランスの王宮に負けない立派な住居を」と新しく建てたそうな。1538年に着工したけど、残念なことに完成は彼が1542年に死んだ後のことだったと。ちなみに娘がリンリスゴー城で生まれた6日後に死んだの。その娘があのスコットランド女王メアリ1世ね。生後6日で即位。ちなみにその息子ジェームズ6世も1歳1か月で即位。

 

王の「外の間」。お客の一行はここで待たされまして…

 

王の「内の間」には一部の人だけが招き入れられた。

 

王の寝室は執務室でもあり応接室でもあり、ここにはごく親しい人だけが入ることができた。

 

そのお隣が女王の寝室。

 

女王の「内の間」。ここのタペストリーが例の工房で作られたやつね。14年かかったそうです。

 

女王の「外の間」。

 

王宮にはガイドツアーがあるよ。無料です。同じツアーの中に上品なおばあさまがいらしてね。薄紫がお好きなようで、コートも鞄もiPadケースもすべて薄紫で統一していらっさいました。洒落てるなあ。

 

これはロの字の王宮の真ん中にある中庭、「ライオンズ・デン」。

 

王宮の端にくっついているプリンス・タワーの中に、スコットランド女王メアリ1世が教師たちから授業を受けていた部屋が残っている。うわー、メアリ女王ってホンマにおったんや…みたいな感慨が沸き起こる一瞬ですわね。

 

その教室から外に出て階段を下りれば、アウター・クローズに戻ります。

 

一通り見ただけだったのでゆっくり浸る暇もなかったけど、もう閉館時間だったので、仕方なく退出。雨に打たれて寒かったので「門の外にカフェがあったはず」と向かったものの、もう閉店していました。当たり前か。お城が閉まるなら敷地内のものはみんな閉まるわよね。でもほかにもカップルが1組、同じことを考えたらしくカフェに向かって、残念そうに戻ってきましたわ。

 

2019/5/

 

午後からはスターリング城の見学。

 

この午後は雨でしたが、屋内の見学も多いタイミングだったので助かりましたよ。雨に降られたのってこの時だけだったし、幸運だったよね。ハイランドのアップルクロス半島ツアーの朝も少し曇っていたけど、曇りだけで済んだし。

 

お城の前にはロバート・ザ・ブルースの像が。

 
この丘にはマエアタ族が砦を作ったりピクト人の支配下に入ったりしていたらしいのですが、今あるスターリング城が最初に文献に現れるのは1110年ごろで、スコットランド王アレクサンダー1世がこの丘に礼拝堂を建てたという記述があるそうで。スコットランド独立戦争の最中にはイングランドとの間で取ったり取られたりしていたらしい。

 

現存する建物は15~16世紀に建てられたもの。ただし城壁のほとんどは、お城が住居ではなくなって軍事基地に転用されるようになった18世紀に建て直されたものだって(一部16世紀)。真ん中辺の下辺りにある、紫色のマークが入り口のゲートハウスです。

 

模型で全体の感じを掴もう。

 

ゲートハウスはジェームズ4世が建てたもので、おそらく1506年ごろに完成しただろうとのこと。元はこの倍の高さがあったけど少しずつ解体されて、1810年に今の形になったそうな。

 
中世のお城としてはリンリスゴー城も有名。2つはデザインもそっくりだって。建設当時にはもうこういうゲートハウスは防衛的に有効ではなかったので、見た目重視でこうしたのだろうという記述もある。

 

これは「アン女王の庭」から見た図。

 

ゲートハウスから延びる城壁の西の端には王宮として使われた建物とプリンス・タワーがある。それを「アン女王の庭」から見ております。

 

これはその王宮の城壁から「アン女王の庭」越しに見る、ガードルーム。今は博物館。

 

博物館にはスコットランドとスターリング城の展示があるよ。これは1314年のバンノックバーンの戦いの動画。何かの映画からの抜粋かしら? ロバート・ザ・ブルース(ロバート1世)率いるスコットランド軍がイングランド軍に大勝した戦いです。

 

まあ、何と申しますか、こんな戦いをしなくていい運命に生まれついた幸運を感謝する気持ちになるよね…。こんな死に方したくないし、殺すのも嫌だ。

 

昔の姿と今の姿。スライドさせて見比べられる。

 

 

これは城壁の上の様子。

 

 

この、ちょっとややこしい造りがいいのよね。

 

門を入ったところ。

 

ゲートハウスの下にある小部屋。衛兵さんの詰め所?

 

これはゲートハウスの東の端の建物。昔は士官の宿舎だったらしいよ。台所もあったらしいけど、今はお土産屋さんとかオフィスが入っているのだ。

 

これは王宮。後で中に入ります。

 

上の写真の王宮の左下にあるアーチ天井の通路。ギャラリーになっている。

 

子供向けだけど、中世楽器体験コーナー。

 

中世の衣装の試着コーナー。着付けも順番に説明してあるよ。

 

左が王宮、右が大広間。大広間は20世紀末に建て直したので新しく、色も違うしめっちゃ目立つ…。これさえ昔のままだったら、私のスターリング城の評価はもっと上だった。てゆか渡り廊下がステキ。

 

左にちょっと見えてるのが大広間、真ん中が北門のゲートハウス、右は大きなお台所。前々から思っていたけど、お城の生活ってお台所と食堂が離れているから、運ぶ間に冷めちゃうよねえ。

 

お台所の様子。焼き物の番は子供の仕事だったらしい。体力なくてもできるから? 台所から、外に綱がある廊下(少し位置が高い)に向けて窓が開いていて、そこからお料理を渡せる。

 

 

 

 

ゲートハウスのトンネルをくぐって…

 

こういうとこホント好き。

 

北門の向こうに出ました。

 

外壁部分です。

 

これはガードハウス。あと、火薬庫もある。一番端っこに、タペストリー工房があるよ。後で見に行く王宮の中に飾られているタペストリーはここで作られたレプリカなの。

 

2019/5/2

 

スターリングの町なかに戻ってきて、まずは昼ごはん。時間がないのでパブでささっと。

 

 

スコットランドに来て6日目にしてやっと、ハギスを食べたよ…。シェパーズパイとして。

  

 

様々な評判を聞く噂のハギス、日本で食べたことはあるけど拍子抜けするほど普通に美味しかったので、いやいや本場で食べたらきっと…と妙な期待が高まっておりました。で、食べてみたら、拍子抜けするほど普通に美味しいんですけど…。

 

臓物系は絶対に無理って人ならともかく、一般的な日本人なら抵抗なく食べるやろ。昔はどうだったのか知らんけど、今のハギスはただの美味しい食べ物でしかないのでは…? 本当に、つまんないくらい美味しい。こんなもんなのかなあ。またどこかで試さねば…。

 

さてスターリング、見どころの集まっている旧市街はこじんまりしたものです。丘の上にあるお城に向かう途中で振り返ると、町がこんな風に見えるよ。

 

 

これは昔の監獄。一般公開されているので楽しみにしていましたが、今日は閉まっていると…。

 

と言うか、2019年の開館時間は「4月19-21日、6月28日-9月8日、10月12-20日、10月25日、27日と書いてある。基本的に夏しか開けないんだな公式サイトをちゃんと見るべきであった。

 

展示もさることながら建物に興味津々だったの。あと、この塔からの眺めもいいって。街を一望するのはお城からでもできるけど、この塔からはお城を多少なりとも高い位置から見れるわけだし。

 

 

そしてマーズ・ウォークへ(左手の建物)。

 

火星の歩道じゃないよ。Mar's Wark。マーズ・ワークと書いてあったりもする。マー伯爵という位があって(調べたらややこしかったw)、Warkはスコットランド語で「work」、ひいては「建物」と言う意味だって。つまり「マー邸」です。1570-1572年に建てられたもの。今は廃墟。中はほとんど何も残っていない。

 

何故か正面からの写真を撮っていなかったのでよそから借りてきた。

By dun_deagh - https://www.flickr.com/photos/dun_deagh/5900346537/, CC BY-SA 2.0, Link

 

こんな建物が当たり前に並んでいる界隈。ステキ…

 

お天気が良くないのと、日がさしていなくても逆光だったらしいのとで、暗い写真に。

 

これはアーガイル邸。スターリング城のすぐ前にあります。17世紀のスコットランドのタウンハウスとしては最も保存状態が良いそうです。

 

この邸宅の原型となる建物が最初に建てられたのは16世紀なのかな。元は裕福な商人の家だったとか。そして持ち主が変わり増改築が施され、今ある形の原型が整ったのが1629年にアレクサンダー卿が大幅に増築した時。彼の死後、1660年代にアーガイル公の所有となったのだそうです。
 

 

19世紀には軍の病院としても使われたそうな。

 

 

ま、今は修復中で入れないんですけどね。それは知っていましたからショックでもない。残念ではあるけれど。展示は近代の家具とかだからあまり興味ないんだけど、建物が見たかった。
 

2019/5/2

 

朝ごはんは、これまでのホテルの部屋に用意されていたショートブレッドなど細々としたお菓子。そしてお水。今思えばキッチンを使わせてもらって熱いお茶を飲めば良かったわ。その後、荷物を受付に預けました。スターリングは2泊するんだけど、宿を変えるのでね。

 

この日の最初の目的地はナショナル・ウォレス・モニュメント。1869年に建てられたもので、歴史的建築物と言うわけではありません。と書いたけど、よく考えたら150年も経っているんだな。

 

映画にもなったので知らん人はおらんと信じていますが、念のため。ウィリアム・ウォレスは、13世紀末にイングランド王エドワード1世の過酷なスコットランド支配への抵抗運動をまとめ上げた人です。最後にはイングランドに捕えられ、生きたままはらわたを引きずり出される残虐刑に処せられました。35歳かそこらの若さでした。しかしその死によりスコットランドの民衆は更に意気を高め、スコットランド王ロバート1世のもと、独立を勝ち取るに至るのでした。

 

レンタバイクで行ってこようかなとも思いましたが、何しろアビー・クレイグの  にありますのでオークニーでの「比較的なだらか」な思い出が蘇って躊躇われ、バスで行ってきました。バス乗り場で「え、このバス?この乗り場でいいの?」とウロウロしていて教えてもらったり、バスの中では降りる場所をミスるまいと必死にグーグルマップと睨めっこしていて常連らしい男性と運転手さんに「ウォレス・モニュメントでしょ? 着いたら教えてあげるから」と声をかけてもらったり。皆さん、不慣れな外国人に親切ですわ…。

 

駐車場から見るウォレス・モニュメント。林の中からにょっきりと聳え立っております。

 

入口にチケットブース、お土産屋さんとカフェがあります。その建物の外から塔のある丘の上まで、シャトルバスが出ているよ。歩いても知れている距離だけど、せっかくだから乗っておきました。

 

塔のふもとから見る。この時も完全に逆光で写真が真っ黒になり、後から加工して見える化したんですが、なんか汚らしくなっちゃった。「反対側から撮れば良かったのに」と言われそうですが、反対側は修復中で足場が組んであったんだもの…。

 

 

このデザインはヴィクトリアン・ゴシック様式。18世紀後半から19世紀にかけてのロマン主義によるゴシック建築の復興ですって。懐古趣味みたいなもんらしいので、民族主義とも相性が良い。19世紀はナショナリズムの時代で、ウォレス・モニュメントも、スコットランド人の愛国心の高まりから建築が決まり、一般からの寄付で建てられたのだ。

 

最初にこの塔の建築の話が出たのは1818年だって。グラスゴーに建てるはずだった。でもエディンバラの人たちが「なんでグラスゴーなのさ!」と反対したそうで、妥協案でスターリングになったらしい。

 

高さは67メートル、4階建てで、屋上に展望台があります。屋上までは246段を上らねばならぬ。

 

 

 

 

遠くから見ているとてっぺんのツンツンした感じは確かにゴシックっぽいんだけど、全体的には近代どころか未来的とすら感じますね。上まで来たらなんかもうSFっぽくない? ドームが閉鎖して宇宙に飛んでいきそうな気がしない? 全体的に細長くてロケットっぽいし。

 

スターリング・ブリッジの戦いの戦場跡を望む。

 

イングランド軍はスターリング城から、スコットランド軍はこの塔があるアビー・クレイグの丘から進軍。

 

左から、赤が戦場跡、緑が新しいスターリングブリッジ、青が古いスターリングブリッジ、黄色が13世紀当時の橋があった場所、ピンクがスターリング城。

 

ちなみにこれが古い方のスターリング・ブリッジ。バスは当然ながら新しい橋を通るので、車窓からね。やっぱり自転車で行って、ここでゆっくりすれば良かったかな。てゆか、ここにバスの停留所もある。

 

 

スターリングブリッジの戦いがあった1297年当時はこんな風でした、という図(塔の中の博物館で色々と歴史的展示を見ることができます)。写真の中の白い点が橋かな。

 

同じ頃、お城は遠くからはこんな風に見えていた、という図。

 

スコットランド軍が強かったと言うよりイングランド軍の司令官が大チョンボやらかしたと言う話らしい。

 

イングランド軍は、騎士750に歩兵18,000人、スコットランド軍は騎士150人に歩兵7000人で、兵力ではイングランドが圧倒していた。でもイングランド軍の指揮官サリー伯ワーレンはスコットランド軍をなめていたので、どーーー考えてもそこ渡ったら袋小路に入るだろっていう細い橋(2人しか並べない)を通って進軍させちゃったの。『別部隊に浅瀬を通らせよう』と言う部下の意見も一蹴して。

 

で、スコットランド軍はイングランド軍が充分な数、橋を渡るのを待った上で攻撃。逃げ場もないイングランド兵は殺されるか溺れ死ぬかの選択を強いられた。橋の向こうにはもっと多くのイングランド兵がいましたが、スコットランド軍が橋のたもとを押さえたので渡ってこれず、もう一人の指揮官クレッシンガム卿を含む仲間たちが殺戮されていくのを見ているしかなかったのでした。

 

 

この戦いがスコットランド独立戦争におけるスコットランド初の大勝利であり、ウィリアム・ウォレスの名声を決定的にしたのです。ウォレスは平民でしたが、この武勲によりサーに叙任されている。ちなみにウォレスと共ににスコットランド軍の指揮を取ったアンドリュー・マリー卿は、この戦いで戦死しました。

 

塔内の博物館には英雄たちのステンドグラスが飾られている。これはロバート・ザ・ブルースとウィリアム・ウォレス。あと、ウォレスが実際に使ったと言い伝えられている剣。163センチくらいある。

  

 

下には歴代のスコットランドの英雄たちの胸像も飾ってあるよ。1888年にロバート・ザ・ブルースとロバート・バーンズの胸像を飾ったところから始まったの。女の人もいた。と思ったら、2019年には初の女性の胸像2体が追加されたところだったのだ。念のため、ロバート・ザ・ブルースはスコットランド王ロバート1世ね。ウィリアム・ウォレスと並ぶスコットランドの国民的英雄。ロバート・バーンズはスコットランドの国民的詩人で、19世紀の人。1月25日にはバーンズ・ナイトという催しが各地で開かれます。

 

ウォレスごっこができるコーナーもあるぞ。

 

下りはシャトルバスを使わず歩いていきました。釣鐘草が咲いていたよ。

 

Oh where, tell me where, has your Highland laddie gone?
Oh where, tell me where, has your Highland laddie gone?
He's gone wi' streaming banners where noble deeds are done
And it's oh, in my heart I wish him safe at home

Oh where, tell me where, did your Highland laddie dwell?
Oh where, tell me where, did your Highland laddie dwell?
He dwelt in Bonnie Scotland, where blooms the sweet blue bell
And it's oh, in my heart I lo'ed my laddie well

 

 

 

ハイランドの若者はどこにいったのだろう

彼は 旗をたなびかせて 誉れ高き行いをなす地へといってしまった

おお、私は心に思っている 彼が無事に故郷に戻るようにと

 

ハイランドの若者はどこに住んでいたのだろう

彼は 美しき釣鐘草の咲き誇る 麗しのスコットランドに住んでいた

おお、私は心に思っている どれほどあの若者を愛していたかと

 

   The Bluebells of Scotland (スコットランドの釣鐘草)

 

2019/5/1

 

ツアーから戻ってきたら、電車を待つのに少し余裕があるって感じ。初日には通り過ぎただけだったヴィクトリアン・アーケードをゆっくり見て周り、更に周辺の路地を楽しくうろついていたら、あっという間に時間がなくなってしまった。食事したかったのに…。ごはんを食べる時間がなくても、全然お店に入らないのももったいないから嫌で、駅前のパブに入ってビールだけ飲みました。

 

ひとつ、残念だったことが。実は、この、私がハイランドにいた期間中、Janeさんもハイランドにいらしたそうなんですよ。ハイランドからロンドンにお引越しされて、今ではたまにしかハイランドには来ないとのことなので、すごい偶然だったのに! アメブロのメッセージで連絡をくださって、何とかインヴァネスでお茶くらいできんものかと打ち合わせたのですが、何しろこちらがWi-Fi環境にないものでスムースにやり取りができず… ホンマ残念でした。いつか機会があるといいなあ。

 

夕食は車内販売で購入。またしてもサンドイッチですがね。

 

せっかく遠くまで来たのだからいろいろ食べてみたいのに、なんか時間がない。スターリングに着くのは23時になっちゃうから、もうお店も開いていないし。私はどうしても外の明るい時間はめいっぱい観光に使いたいので、空いた時間に急いで食べたり、暗くなってからの移動中に食べたりになりがちで。そうなるとどうしてもサンドイッチに…。でも今回は奮発してポテチも付けたし熱い紅茶も買った! アメリカに留学して以来、サンドイッチにはポテチの小袋(とフルーツ)を付けたい派になりました。

 

定番だもんねえ、こういうのが。

 

 

スターリングに着いたのは23時15分くらい。

 

もう駅前は真っ暗でひと気もなく… 

 

なんてことはなくて、めっちゃ人おったわ。駅前のマクドナルドやサブウェイは深夜1時(金土は3時)までやっているし! 後で調べたら普通のレストランでも22時閉店の店もあるから、やっぱオークニーに比べたら夜が遅いね。まあ、マクドナルドに入るよりは車内でサンドイッチを食べる方が楽しい。温かい食事は望めないにせよ。

 

この日の宿は、到着が夜遅くなる可能性もあるからと予約時から警戒して駅近を理由に選んだホステルでした。でもこれならあんまり気にしなくて良かったかな? いやいや、やっぱり深夜に到着してから宿まで何十分も歩くのはシンドイし気も張って嫌なので、駅前が正解ですわね。

 

ここがその宿です。ウィリー・ウォレス・ホステル。教会の3軒お隣。(翌日に撮ったものです)

 

 

宿に到着する頃には受付が閉まっているのがわかっていたので、予め連絡して、セルフ・チェックインできるように計らってもらっておりました。(料金は事前に支払い済みでしたし)

 

皆が寝ている時にドミトリーに入ってガサガサするのも嫌だったので、個室を予約していました。プライバシーが欲しいからドミは無理って人は、ホステルの個室が狙い目だと思いますよ。バスルームは共用かもしれないけど。私が使った個室は、確か3500円くらいでしたわ。

 

角部屋なので窓が2面に!

 

窓からの、夜の眺め。

 

朝の眺め。

 

古い建物を転用した宿にはよくある話なんですが、バスルームは同時に1人しか使えないにしては不必要なほど広いのだった。それはともかく、洗面台が広いので洗濯がしやすくて助かりました。

 

そして、古い建物なので階段が優雅なのだ。

 

受付がある上の階までは階段で上るしかありませんので、踊り場に『もうちょっとだよ』と励ましの貼り紙がしてあります。名前がウィリアム・ウォレスだけに、合言葉は「フリーーーダーーーーーム」です。

 

この宿で面白かったのは、翌日に観光に行く前に荷物を預けた時、「自分の荷物の写真を撮っておいてください」と頼まれたこと。引き取りに来た時に「これをお願いします」と写真を見せればいいようにね。

 

あと、うっかり電源プラグを部屋に忘れてきてしまいましてね。荷物を引き取りに行った時にそれを言って、部屋に取りに入らせてもらえないかと頼んだのですが、もう次の人が入っていて、ちょうど部屋にいるとのこと。「じゃあいいです、諦めます」と去ろうとしたら、「いやいやちょっと待って」と引き留められました。そして彼は「この中に同じのがあれば持っていっていいですよ」と、泊り客の忘れ物の山を出してきてくれたのです。同じのがいくつかあったので、ひとつ頂戴いたしましたわ。忘れ物の中にはアイロンとかの大物もあったよ。

 

2019/5/1

 

楽しかったツアーもいよいよ終盤です。

 

ベン・エイ国立自然保護区に寄ってもらいました(写真のA)。この頃になるとまた空が少し曇ってきておりました。途中が上天気で本当に運が良かったわ。「スコットランドに来てからずっとお天気が良くて、こんなに曇ってるのは今日が初めて」と言ったら、ライアンさんに「スコットランドにようこそ」と言われました。

 

さて、ベン・エイ国立自然保護区は湿原や林、泥炭地などから成っております。隣接するロッホ・マリーに浮かぶ島々から成る国立自然保護区と合体して、ベン・エイ並びにロッホ・マリー諸島国立自然保護区(←訳しただけなんで、日本語の正式名称は知りません)となっているそうです。そしてそれがまた、ウェスター・ロス生物圏保護区の一部であるそうな。

 

ロッホ・マリーは聖なる湖。7世紀にアイルランドから来たキリスト教宣教師にちなんで名づけられたと言われています。…しかし Maol Rubha さんに因んで Maree と名づけられましたって… 昔の発音?

 

湖には60もの小島があるそうで、彼はその一つに庵を結んで住んでいた。後に巡礼者がその島に聖堂を建てたそうです。その島にある聖なる井戸の水を飲んで3度湖に飛び込むと病気が治ると信じられていたんだって。(皆、ちゃんと治ったんやろか…)

 

湖を離れ、林の中のトレイルに入っていきます。

 

あの山の上を回ってくると4時間くらいかかるらしい。ライアンさんがお客さんを案内して歩いたりしているって。私もいつかやってみたいなあ。

 

私は普段は完全インドア派でしてね。地元の六甲山だってもう何十年も歩いていない。なのになぜ旅先ではトレッキングとかやりたがるんでしょう。去年も白神山地を歩いたし(ちょっとだけだけど)。昔から謎です。山歩きが既に非日常な状態であり、究極の非日常である旅先では美しい景色を見るために更に非日常な行動も厭わないってことなんですかね。

 

これがライアンさんが撮影した、ベン・エイまで登ってくる動画。わ、私は真夏がいいかな…。

 

この写真、結構上の方まで登ったかのように見えますが、たいして歩いていません。あまり時間もなかったからね。入り口から近い眺望の良い場所(ここ)までライアンさんが連れてきてくれたの。私はここから引き返します。

 

足かけ10日じゃやっぱり、じっくり見るってわけにはいかないよねえ。この一日ツアーだって、見どころをピックアップしてピンポイントで回ると言う、濃縮パッケージだもんね。昔やっていたみたいな何ヶ月にもわたる長期旅行だったら、アップルクロス半島の中で泊まり歩きながら難易度2くらいのトレッキングを楽しんだりもできたでしょうが。

 

もう15年くらい前、スコットランドの人に、英国を訪れたことがあるかと問われたことがあります。

「えーと、ウェールズを周って、コーンウォールを周って、あとロンドンにも行きました」

「なんでスコットランドを抜かすんだ!」

 

ははは…。ウェールズは1ヶ月、コーンウォールは10日。それなりに時間をかけたとは言えますが、充分とも思えなかった。スコットランドは後回しになっちゃったけど、フリーター時代に行っておけば良かったなあ。勤め始めたら長い休みが冬しか取れず、日照時間を考えると二の足を踏んでしまい…。ハイランドだけでも広いから短い休みで駆け足するのも嫌だったしね。でも、定年するまで待つよりはと、10連休となった今年のゴールデンウィークに思い切って行ってきたよ。そうよ、何回かに分けて行ったっていいんだ。

 

で、ライアンさんが言ってたんですけど、ハイランドを訪れるベストシーズンは4月の終わりから5月だって。夏になるとミッジが出てくるから。あの、噛みつく小蠅ね。メチャクチャ痒くなることで悪名高い…。つまり日本のゴールデンウィークがちょうどベストシーズンだそうですよ!

 

ロッホ・マリーが見える。山の上から見たら壮観だろうなあ。

 

私の友人にほぼ毎年スコットランドに行っている人がおります。よく話を聞かせてもらったもので、行ったことないくせに私は昔から異様にスコットランドの地名に耳馴染みがありました。で、「セント・キルダってのもあったな、そこ行こうかな」と思ったらこんなとこで。小さすぎてこの縮尺では地図に出てこない 笑 

 

ライアンさんも「お友達はセント・キルダに行ったの!? それはすごい」と驚いていました。確かに、スコットランド人でも大勢の人が行く場所ではないんだろうな。その友人は「スコットランドの端から端まで歩いた」と評されて「いや、私は端と端しか歩いていないから…」と言っておりました 笑  

 
何度かに分けて行くにしても、私はセント・キルダまで行く機会を持てるだろうか…?

 

ライアンさんが「今日のツアーの最後のストップ」と停めてくれたのがここ(写真のB)。グレン・ドーチェティからロッホ・マリーを望む。最後の最後までこんな息を呑むような絶景を見ることができて最高…。

 

あとはつらつらとお喋りしながらインヴァネスに帰るばかり。ツアーによっては帰りの途中でホテルのティールームでのお茶を楽しんだりもするらしい。でも私は目いっぱい外での景観を楽しみましたわ。

 

あと、お喋りの中で面白かったのが、スコットランドの紙幣にまつわる話。スコットランドは英国連邦の一部としてポンドを使っていますけど、お札のデザインはイングランドとは違います。左がスコットランド、右がイングランドのお札。スコットランドのは国民的詩人ロバート・バーンズね。北アイルランドのお札もデザインが違うらしいよ。

(英国は頻繁に紙幣デザインを変えますのでご注意)

 

ライアンさんは時々イングランド住む家族を訪れるそうで、その際に、予めスコットランドでたっぷり紙幣を用意して行くのだそうです。で、イングランドのお店でスコットランドの紙幣を出すと、見慣れない紙幣に店員さんが戸惑い、「これは正しい紙幣ではありません」「これはイングランドでは使えません」と言うのだそうです。ライアンさん、何やってんのw もちろんスコットランドデザインの紙幣も英国全土で使用可能ですよ。ただ、それをスコットランド人は知っていても、イングランド人は知らなかったりするわけ。

 

スコットランドとの国境に近いカーライルでアパレル店にお勤めの日本人女性が、何度かこの件についてブログ記事を書いていらっしゃいます。大人気ブログ。面白いよ。5ポンド紙幣」」 「構成国

 

この日はアップルクロス半島の自然の美しさを堪能できた素晴らしい一日でしたが、ライアンさんの話も面白かったなあ…。言語は文化そのものであり、歴史を内包しており、哲学や思想を表すものだ…と言うような話でも盛り上がったよ。

 

またライアンさんのガイドでどこかに行きたいものです。Timberbush社のツアーはガイドの指名はできないようですけど、ライアンさんのウェブサイトからお願いすることならできるかな?

 
ライアンさんのインスタグラムフェイスブックツイッターでもコンタクト可能だよ。