2019/5/2
朝ごはんは、これまでのホテルの部屋に用意されていたショートブレッドなど細々としたお菓子。そしてお水。今思えばキッチンを使わせてもらって熱いお茶を飲めば良かったわ。その後、荷物を受付に預けました。スターリングは2泊するんだけど、宿を変えるのでね。
この日の最初の目的地はナショナル・ウォレス・モニュメント。1869年に建てられたもので、歴史的建築物と言うわけではありません。と書いたけど、よく考えたら150年も経っているんだな。
映画にもなったので知らん人はおらんと信じていますが、念のため。ウィリアム・ウォレスは、13世紀末にイングランド王エドワード1世の過酷なスコットランド支配への抵抗運動をまとめ上げた人です。最後にはイングランドに捕えられ、生きたままはらわたを引きずり出される残虐刑に処せられました。35歳かそこらの若さでした。しかしその死によりスコットランドの民衆は更に意気を高め、スコットランド王ロバート1世のもと、独立を勝ち取るに至るのでした。
レンタバイクで行ってこようかなとも思いましたが、何しろアビー・クレイグの 丘 にありますので 、オークニーでの「比較的なだらか」な思い出 が蘇って躊躇われ、バスで行ってきました。バス乗り場で「え、このバス?この乗り場でいいの?」とウロウロしていて教えてもらったり、バスの中では降りる場所をミスるまいと必死にグーグルマップと睨めっこしていて常連らしい男性と運転手さんに「ウォレス・モニュメントでしょ? 着いたら教えてあげるから」と声をかけてもらったり。皆さん、不慣れな外国人に親切ですわ…。
駐車場から見るウォレス・モニュメント。林の中からにょっきりと聳え立っております。
入口にチケットブース、お土産屋さんとカフェがあります。その建物の外から塔のある丘の上まで、シャトルバスが出ているよ。歩いても知れている距離だけど、せっかくだから乗っておきました。
塔のふもとから見る。この時も完全に逆光で写真が真っ黒になり、後から加工して見える化したんですが、なんか汚らしくなっちゃった。「反対側から撮れば良かったのに」と言われそうですが、反対側は修復中で足場が組んであったんだもの…。
このデザインはヴィクトリアン・ゴシック様式。18世紀後半から19世紀にかけてのロマン主義によるゴシック建築の復興ですって。懐古趣味みたいなもんらしいので、民族主義とも相性が良い。19世紀はナショナリズムの時代で、ウォレス・モニュメントも、スコットランド人の愛国心の高まりから建築が決まり、一般からの寄付で建てられたのだ。
最初にこの塔の建築の話が出たのは1818年だって。グラスゴーに建てるはずだった。でもエディンバラの人たちが「なんでグラスゴーなのさ!」と反対したそうで、妥協案でスターリングになったらしい。
高さは67メートル、4階建てで、屋上に展望台があります。屋上までは246段を上らねばならぬ。
遠くから見ているとてっぺんのツンツンした感じは確かにゴシックっぽいんだけど、全体的には近代どころか未来的とすら感じますね。上まで来たらなんかもうSFっぽくない? ドームが閉鎖して宇宙に飛んでいきそうな気がしない? 全体的に細長くてロケットっぽいし。
スターリング・ブリッジの戦いの戦場跡を望む。
イングランド軍はスターリング城から、スコットランド軍はこの塔があるアビー・クレイグの丘から進軍。
左から、赤が戦場跡、緑が新しいスターリングブリッジ、青が古いスターリングブリッジ、黄色が13世紀当時の橋があった場所、ピンクがスターリング城。
ちなみにこれが古い方のスターリング・ブリッジ。バスは当然ながら新しい橋を通るので、車窓からね。やっぱり自転車で行って、ここでゆっくりすれば良かったかな。てゆか、ここにバスの停留所もある。
スターリングブリッジの戦いがあった1297年当時はこんな風でした、という図(塔の中の博物館で色々と歴史的展示を見ることができます)。写真の中の白い点が橋かな。
同じ頃、お城は遠くからはこんな風に見えていた、という図。
スコットランド軍が強かったと言うよりイングランド軍の司令官が大チョンボやらかしたと言う話らしい。
イングランド軍は、騎士750に歩兵18,000人、スコットランド軍は騎士150人に歩兵7000人で、兵力ではイングランドが圧倒していた。でもイングランド軍の指揮官サリー伯ワーレンはスコットランド軍をなめていたので、どーーー考えてもそこ渡ったら袋小路に入るだろっていう細い橋(2人しか並べない)を通って進軍させちゃったの。『別部隊に浅瀬を通らせよう』と言う部下の意見も一蹴して。
で、スコットランド軍はイングランド軍が充分な数、橋を渡るのを待った上で攻撃。逃げ場もないイングランド兵は殺されるか溺れ死ぬかの選択を強いられた。橋の向こうにはもっと多くのイングランド兵がいましたが、スコットランド軍が橋のたもとを押さえたので渡ってこれず、もう一人の指揮官クレッシンガム卿を含む仲間たちが殺戮されていくのを見ているしかなかったのでした。
この戦いがスコットランド独立戦争におけるスコットランド初の大勝利であり、ウィリアム・ウォレスの名声を決定的にしたのです。ウォレスは平民でしたが、この武勲によりサーに叙任されている。ちなみにウォレスと共ににスコットランド軍の指揮を取ったアンドリュー・マリー卿は、この戦いで戦死しました。
塔内の博物館には英雄たちのステンドグラスが飾られている。これはロバート・ザ・ブルースとウィリアム・ウォレス。あと、ウォレスが実際に使ったと言い伝えられている剣。163センチくらいある。
下には歴代のスコットランドの英雄たちの胸像も飾ってあるよ。1888年にロバート・ザ・ブルースとロバート・バーンズの胸像を飾ったところから始まったの。女の人もいた。と思ったら、2019年には初の女性の胸像2体が追加されたところだったのだ。念のため、ロバート・ザ・ブルースはスコットランド王ロバート1世ね。ウィリアム・ウォレスと並ぶスコットランドの国民的英雄。ロバート・バーンズはスコットランドの国民的詩人で、19世紀の人。1月25日にはバーンズ・ナイトという催しが各地で開かれます。
ウォレスごっこができるコーナーもあるぞ。
下りはシャトルバスを使わず歩いていきました。釣鐘草が咲いていたよ。
Oh where, tell me where, has your Highland laddie gone?
Oh where, tell me where, has your Highland laddie gone?
He's gone wi' streaming banners where noble deeds are done
And it's oh, in my heart I wish him safe at home
Oh where, tell me where, did your Highland laddie dwell?
Oh where, tell me where, did your Highland laddie dwell?
He dwelt in Bonnie Scotland, where blooms the sweet blue bell
And it's oh, in my heart I lo'ed my laddie well
VIDEO
ハイランドの若者はどこにいったのだろう
彼は 旗をたなびかせて 誉れ高き行いをなす地へといってしまった
おお、私は心に思っている 彼が無事に故郷に戻るようにと
ハイランドの若者はどこに住んでいたのだろう
彼は 美しき釣鐘草の咲き誇る 麗しのスコットランドに住んでいた
おお、私は心に思っている どれほどあの若者を愛していたかと
The Bluebells of Scotland (スコットランドの釣鐘草)