旅中毒 -12ページ目

旅中毒

バックパックと少しのお金とパスポートがあればいい。行けば行くほど行きたい場所が増え、人生狂って後悔なし!

さて、今回の大規模な片付けや遺品整理のきっかけになった階段下の物置のお片付け。

 

当初はとにかく、亡母がため込んでいた紙袋を出し、丈夫できれいなものだけを残して他は捨てました。同じく母がため込んでいた紐類、貰い物がたまっていくエコバッグやクーラーバッグなどはいずれ整理と言うことになっていました。その「いずれ」がやってまいりましたの。

 

まずは物置で大きな場所を取っていたトイレットペーパーの予備を、お手洗いの中に設置したツッパリ棚に移動。うちは昔から6ロール入りのパックを3つは予備として置いておりまして。つまり封を切ったものと合わせて4パックあるの。これが消えただけでも相当スッキリ。

 

それから物置きの中の寸法を測って、押し入れ用の引き出し式収納ケースを買ってきました。物置きの奥行きが80センチあるので、押し入れ用の奥行きが深いケースでないとね。ただ残念なのは、横に2つ並べたかったのに、物置きの横幅が足りなくて、1つしか置けないこと。もっと幅が狭いのになると、押し入れ用じゃない、奥行きが半分くらいのケースになっちゃうのよね。

 

今、こんな感じです。まだまだ整理の途中ですが。ああ、手を付ける前の写真を撮っておけば良かったわ。ビフォー&アフターのすごさがわかってもらえるのに。(手前の箒はドアの内側に吊るしてあります)

 

物置きに入れた収納ケースの中には、マスク、前述の大量の紐類(父が捨てるなと言うので)、レインスーツ、レジャーシート、父の帽子6つ、氷枕、ガムテープに布テープ、保冷バッグ、定期購入している生産者直送のお米を入れてもらうための布袋などが雑多に詰まっております。向かって左側のスペースは、ラックを置くなりしてもうちょっと空間を有効利用できるようにするつもり。お酒や備蓄食料、非常用持ち出し袋の置き場にしてもいいよね。

 

ちなみに物置内で輝いているのは、乾電池式のコード付きプラスチック電球です。こういうやつね。(この写真はアマゾンからもらってきたものですが)

 

イタリアのヴィテルボの屋台にあったの。イタリア在住の野本さんが「便利ですよ」と言うので買ってみた。確か1個1ユーロだった。あと3つくらい買っておけば良かったわー。

 

この物置きの扉をフルオープンできるようにするため、手前の廊下には物を置くことを厳禁とします。こんなに空っぽなこの場所を見るのは何十年ぶりだろう。この写真の縦のラインにも横のラインにも壁際にびっしり物を置いておりましたのに(半分は私が…)。



物置きから発掘されたものの中には古い絵や置物がありました。両親へのプレゼントです。もう誰にもらったかもわからず、何十年もしまいっぱなしだったものなので、父の号令の下に一気に捨てました。そんな中で、額入りの押し花だけはあまりにもきれいで、惜しくてねえ。茶色一色のグラデーションで、とても優雅。最初は捨てるつもりで裏蓋の留め金を外したら折れちゃったのを、そっと蓋を戻して裏向きのまま脇によけて置いておいたの。後で布テープでも貼っておこうと思って。そしたら姉が「えーっと、これ何だっけ」と持ち上げて花や葉が飛び散りまして、保存を断念しました。あんなすごいもん再構築できぬわ。

 

母がソーセージやハムを作っていた頃の手動ミンチ機やらタコ糸やらも発掘。タコ糸などの消耗品は捨てましたが、ミンチ機はちょっと未練がありまして(姉「あと10年くらいしたら捨てる気になるだろう」)、客間の天袋に移動させました。

 

そう、客間の天袋も整理したのですよ。半分は雛人形が占め、もう半分のそのまた3分の1は五月人形と兜が占めておりました。それはもう置いておくしかないので良しとして。他には、お正月用の漆器、九谷焼の花瓶が2つ、カトラリーのセット、お盆、アルコールコンロ、贈答用タオルセット、木琴、バドミントンのセット、カーレンジャーのカイト、結納用の白木台と水引、古い蛍光灯の器具、折りたたんだ段ボール、宝石の鑑定書。宝石本体はどこやねんと思っていたら、これ、姉の婚約指輪の鑑定書だったのでした(持って帰らせました)。

 

そして物置や玄関に放置されていた花瓶を新たに3つ、天袋へ。超ヘビー級のクリスタルの花瓶もあり(スリムなのに分厚いから穴が小さくて花2本くらいしか入らない)、「ミステリー小説とかで犯罪に使われているのはこういうやつなんだな!」と思いました。

 

バドミントンやカイトや蛍光灯器具など廃棄するものも多いけど、木琴は父が置いておきたいと言うので保存(従姉のでした)。お盆は台所の収納棚へ。

 
てことで、今度は台所のお片付けを開始。
 
タコ焼き器や餅つき機はもう使わないけど、焦って捨てることはないと父が言うので棚の奥深くに保存。
灰皿は6個あり、父が「大勢が集まった時に(もう集まらないってば)喫煙者が複数いるかもしれないから(うちに来る喫煙者は弟だけだってば)一つたりとも捨てるな」と主張し保存。
12枚あるお盆も父がすべて置いておけと言うので保存。
もう何十年も使っていない砥石やら包丁研ぎ機も、近くのスーパーに巡回に来てくれる研ぎ屋さんが来なくなった時に必要だからと保存。
100枚を超えるであろうレジ袋も「大判で貴重だから」と言うので保存。
変色した吸い飲み4個も「いずれ俺が使う日が来る」と保存(姉 「隙を見て捨てて新しいの買っといて。あんなもん使ったら余計に病気になる」)。
カセット式卓上コンロの予備はいいとして、都市ガス式のコンロ(カセット式を買ったので使わなくなった)もカセットコンロが使えない時のためとして保存。
アルコールコンロはガスが止まってカセットも使えない時のために保存。
 
高齢者の家がゴミ屋敷になりがちな理由を肌で知る日々です。
 
そんな父でも捨てろと言うのが割箸。キャンプファイヤー出来そうなくらい発掘されました。でもこれこそ消耗品だから、とりあえずまとめて保存。その消耗品を洗って再利用しているんで一向に減らないのですが、まあ、いいじゃないですか(血筋)。
 
航空会社のロゴ入り袋の割箸もあります。DELTAに乗ったのは18年前のチリ行きかな。ウズベキスタンはその直後だ。こういうの、往きの飛行機の中で、旅先で使うかもとカバンに入れちゃうんだよね。んで、使わなかったけどもったいないから持ち帰った、と。
 
便利な引き出しの中を埋め尽くして引き出しを無意味な場所にしていたのが、使っていないカトラリー。お菓子の箱に詰めて上の棚の奥へ移動した。「スプーン、何十本あるんだよ!」と言ったら、姉が「贈答品じゃない?昔は引き出物も食器セットが多かったし」と。未使用ならバザーに出せたんだけどね。……未使用の箱入りの食器は水屋の上に山積みだわ。でも父が絶対に手放さない。
 

これが無意味な場所になっていた引き出しね。割箸と使っていないカトラリーでぎゅうぎゅうで、その上に無理やり詰め込んだビニール袋やジップロックバッグを引っぱり出すのに苦労していましたよ。「なんてスッキリきれいになったんだ」と悦に入って写真を撮ったけど、右下のジップロックバッグの文字の向きがバラバラなところに疲労の痕跡を見る。

 
中を確認する気にもなれなかったのがこちら。
 
左の上のは升、下のは蓋が割れて中が見えるので覗いてみたところ陶器のお重っぽい。右の下は黒会席四ツ椀五人前…? 合ってる? いずれも祖母の遺品でしょうな。箱が既にぼろいので触るのが怖い。確認したってどうせ同じ場所に保存するだけだから、今は見なくていい。
 
それでも捨てるものも出てきたのですよ。
 
2世代前の圧力鍋。1世代前のは、今使っている圧力釜に世代交代した際に捨てました。更に古いのが保管されていたとは! これが発掘されていたら一緒に捨てたのに。
 
そしてこの圧力釜の中に隠されていたのが、何十年も前に使っていた炊飯用の鍋。出てきたとたんに姉と声を上げましたね。蓋の下から白いあぶくが噴き出す様子を今でも思い出せます。
 
底にできたおこげを剥がす時の感触もありありと。こんなに懐かしいなら置いておいてもいいのでは… みたいな気がしてくるから危ない。
 

ちなみに、現役の圧力釜の定位置はここにしました。今まではしまう場所が無くてコンロやテーブルの上に出しっぱなしだったのですが、邪魔になるので移動。横にあるのはプロテインバーです。父が最近蛋白質を摂らなさすぎなので、おやつ代わりに食べてもらってます。

 

これまでは圧力釜の場所には、上から蓋をするタイプの収納ケースが入っておりました。しかし台所の棚に置くなら引き出し式でないと使い勝手が悪すぎる。てことでそのケースは移動させました。下の引き出し式のケースには、元は上は手拭いがぎっしり、下は割箸やビニール袋がぎっしり入っていたのだ。今は上がパスタとソース類、下は切り干し大根やヒジキなどの乾物を入れてある。あちこちから湧いて出た小さなビニール袋やジップロックバッグ、ゴミ捨て用の袋などもガッチリ整理して、それぞれすぐ取り出せる場所にキレイに収めました。頑張ったよ!

 

上から蓋をする収納ケースの中にあったのは、タオル類とお弁当箱とお弁当箱を包む布の他、お弁当におかずを入れる小さなアルミケースや、おにぎり用の竹の皮。使う予定もないのに捨てられない。母が病気になるまで「これからもっと使うだろう」と買っておいたんだなと思うと… って、こういう感傷が入るから物が減らんのだな。まあ、あと何年か熟成させますさ。どこか、邪魔にならない奥の方に入れときゃいいのだ。

 

他にも、古い水筒や我ら姉弟が幼稚園の頃からの歴代のお弁当箱など、気持ちや思い出が一緒になっているものは、やっぱり捨てたくなくて見て見ぬふりと言うか、整理し直しちゃった。こうして高齢者の家はゴミ屋敷に…。でも、もう使わない調理器具や鍋類は捨てる。もう父には相談しない。こっそり捨てる。

 

なかなか終わんないですね。台所も一番使いにくい収納棚は手つかずだし、これから玄関も片付けなきゃいけないし、脱衣場と洗面台の下も整理する予定だしね。姉はとにかく居間の一角を埋め尽くす父のものを何とかしたいと言っております。

 

ああ、最初に手を付けたはずの自室はもう何週間も触ってないわ…。

 

我々家族が「北の部屋」と呼んでいる2階の部屋は、文字通り北に面した部屋です。家を建てた時はおそらく父の書斎にと言う発想があったものと思われまして、父が中学生の頃に買ってもらった文机が置いてありました。

 

が、父はやがてほとんどの時間を居間で過ごすようになり、「北の部屋」は物置と化していきました。(お客が来た時に泊まる部屋としても使用) 文机の上には収納棚が積まれて雑多なものが詰め込まれ、本棚には本ではなく釣り具が置かれるようになり、父の憧れから購入した揺り椅子の上には孫たちのおもちゃを詰めた衣装ケースが積み上げられ、本棚の前には私や弟の衣装ケースが置かれるようになり…。

 

家の中で最もカオスなのは私の部屋ですが、次点は北の部屋でした。弟夫婦が泊まりに来る時など、前もってスペースを作るのがどれほど大変だったか。

 

今回、この北の部屋を徹底整理したのっ! 我ながらよくやった! 文机は収納棚をどけて救出され、引き出しの中も整理された上で父の部屋へ。

 

文机は姉が父の枕元に配置することにこだわりました。「そうしたら枕元の細々したものをここに置けるでしょ」と。でも父はすぐ手の届く枕周りに置く方が便利だと思っているようで(やはり私は父の血を色濃く引いている)、さっき見たら机の上に乗っているのは布団バサミだけでした。

 

おもちゃを捨てたので、解放された揺り椅子も父の部屋へ。本棚においてあったリールなどの釣り道具は、他のあちこちにも保存されていた釣り道具と共に段ボールに詰められ、天袋へ。父はもう釣りには行かないけど、捨てることもないからね。釣り針や錘は捨てましたが。釣り用のベストは、新品を1つ私がもらいました。旅行で使います。ポケットがたくさんあって便利なの。

 

父が釣りに使っていたバックパック6個も触らず天袋へ。まだ使えるけど、私は自分のを持っているし。でもうち2つは磯臭いので厳重に封印しました。あとキャリーカート2個、これは父が旅行していた最後の頃に買ったもの。なぜ2つも買うのか。サイズも同じなのに! 私が機能違いでバックパックをいくつも買ってしまうのと同じことか。あるいは、姉や弟が借りたりして、「だったら同じ時に使いたくなっても困らないように」と買ってしまったのかも(うちの父にはこういう傾向がある)。

 

ブラウン管のテレビ2個も廃棄。1個は一応、現役でした。スマホが出回る前までは、弟が泊まりに来た時に見ていたようですが、今はもう誰も使っていなかった。一緒に積んであったDVDプレイヤー2つとVHSテーププレイヤー1つも捨てようかなー。何しろモニタに繋げなきゃ意味のない機械だし、RCAケーブルっつの?それが繋げられるモニタって居間のテレビしかないし、そのテレビにはVHSプレイヤー内臓のDVDレコーダーが繋がっているしで(でもその内蔵のVHSプレイヤー、30余年前の全日本プロレス中継のビデオを食べたまま出してくれないの。業者さんを呼んで出してもらわなきゃ)。

 

 

上の写真でてっぺんに乗っかっている平べったい黒い板が何かと言いますと、ブラウン管TVや古いタイプのPCモニタの上に置いて使用する棚です。後ろに脚が付いているの。どこかで使えんかな。

 

ちなみに今の平べったいモニタ用の棚、職場で使っていますよ。カレンダーを置くのに使ってるの。(写真はここから借りました) 

 

今のモニタ用の棚は材質も軽いなあ…。と思ったけど、昔の棚が重かった理由は、台になるモニタ自体が大きくて丈夫だったから重量のあるものを乗せることができたからだね。それに備えて棚もしっかりしたものが使われていたんだろう。実際、うちも昔はケーブルテレビのチューナーとかテレビの上にこういう棚を使って置いてたわ。(ケーブルテレビが出回るころになってもまだブラウン管TVを使っていた我が家)

 

さて、北の部屋に山積みになっていた衣装ケースは、弟が泊まりに来た時のために置いてあるものを除き、私が自分の部屋に持って帰りました。自室が狭くなったわw 

 

かくして、北の部屋は蘇りました。これで、いつ弟たちが泊まりに来ても問題ないよ。もう放置するほどの荷物がないから!(←自分に言い聞かせ)

 

と言っても実は、このタンスの中にある亡母の着物が手付かずなのだ。ラスボスって感じですわね。しばらく考えたくない。このタンスは祖母の嫁入り道具だったらしい。上の部分は本当は襖が付いていたんですが、今は外され、袋の中でボロボロになっております。

 

友人「積み上げてある箱にシンパシーを感じる」。ええ、どかしてから写真を撮ろうかと思わなくもなかったんですが、この時はもうクタクタでしてね。下ろして、また上げるのかと思うと…。ちなみに奥の大きな箱は避難梯子です。あることも知らなかったよ。あんな所に置いておいても、いざと言う時に使えないのではないかと。所詮2階だから私は飛び降りれば済むけど、父がそれやったら間違いなく骨折するだろうから、父の枕元にでも出しておくべきでは…。手前は正座椅子(父の買い物です)(使ってません)。その上には風呂敷が詰まった海苔の空き箱が2つ。風呂敷類の整理はまた今度ね!

 

さて、北の部屋がすっきりと片付きましたので、逆に、父の部屋に置いてあった亡母のハンガーラックを北の部屋に持ってきました。ロングコートなどを架けるには最適だけど、私の部屋に持ってくると圧迫感がありすぎなのでパス。一つが片付くと、別のことも片付いていくんだよなあ。良い流れだ。

 

北の部屋と父の部屋の天袋からは様々な遺物が発掘されましたよ。普段使わないものを詰めておく場所だけに、「こんなものが!」の宝庫。レジャーテーブルや飯盒、レトロな旅行鞄、古い扇風機4個。天袋じゃないけど、石油ストーブ1個にホットカーペット1個も、もう使ってないんだよなあ。あと母の学生時代の文学全集とか…。

 

扇風機は今使っている卓上タイプ2つで充分なので、大きいのは何年も使っていないのだ。なので捨てようと言ったんですけど、父が「捨てるのはいつでもできる」と抵抗。もう危ないんじゃないかと思うほど古いのもあるのにな。でもまあ、あんまりいきなり色々捨てると寂しいのかもしれない。

 

古いもの決定戦でもやれば優勝だろうと思うのがこの木箱。

 

しかし中に入っていたのは20年ちょっと前に作った父の着物でして、期待したほど古くなかった。こんなとこにしまってあったのか。今も着ればと言ったけど、後始末が面倒だから着ないって。そういうことやってくれていた母がもういませんからねえ…。(不出来な娘ですみません)
 
父の着物が入る前は、この箱には何が詰まっていたのだろう。それが見たかったわ。
 

 

まだ終わんないので、あと1回ね!

 

さて、おもちゃや毛皮やワープロはともかく、自分の部屋の片づけの続き。もう他人様が読んで楽しい内容ではない、ただの日記。

 

改めて片付けてみると、自分の部屋を散らかすものの正体がわかってきます。私の場合は本、CD、DVD、服、旅行関係の思い出の品ってとこですかね。

 

本は最近は、よほど思い入れのあるものを除いては電子書籍で買うようにしています。これ以上物を増やしたくない。電子書籍は読みづらくて好きじゃないんだけど、慣れないとね。それでも電子書籍では手に入らない本(ごついいハードカバー多し)や、帰宅途中にある古本屋でふと購入した1冊50円の古い文庫本(大量)が、すごいんですよ…。本棚に入りきらない分は段ボール3つに詰めて部屋の隅に積み上げ。50円の文庫本の中には1回読んだらそれでいいような本もあるんですけど、それを仕分けするのはまた今度ね。

 

一つの本棚にやたら詰め込んであった父の釣り道具を一つの段ボールにまとめ、開いた本棚に、私の部屋の隅に積み上げていた大判の本を移動させました。これ、昭和によくあった「各家庭に百科事典をワンセット」と同じノリで両親が買い求めたものです。私の旅好きや異文化への興味はこれで醸成されたのでありましょうな。

 

 

各地の名所旧跡、歴史、食文化やお伽噺には特に惹かれましたねえ。(今と変わらん)

 

印象派の画家シリーズもあります。それなりに楽しみましたが大して好きではなく、繰り返し開いた記憶もない。今でも印象派にはあまり心惹かれませんので、その頃から好みが定まっていたらしい。

 

CDやDVDは専用コーナーにまとめてある。CDは中身をPCに取り込んで聞くことが増えたけど、だからと言って捨てる必要もない。DVDは、ANXミステリーを見まくっていた頃にそこそこ好きな番組は全部録画を残してあるんだ。新しい番組や映画もろくに見れていないのに古い番組をそんなに見るだろうかとか、今はネットで見れる番組も増えているとかは思うんだけど、ラインアップから外れたら見れなくなるんで、手元に置いておきたい。

 

服は今回、結構捨てました。破れた冬用のボトムとか。色が褪せまくっている上に素材があまり好きではないシャツとか。破れを隠せば着て歩ける、褪せてても気にしなければいい、そう思って着ていたけど、もういいわ…。シャツは切り刻んで掃除用の端切れにしました。

 

ライブやイベントがある毎に記念Tシャツ買っちゃうんだけど、それが今や膨大な量に。それはもう普段着ではなく記念品なので、それ専用の衣装ケースを一つ設えました。

 

旅先で買った服がダメになっても捨てられないのも問題。これはウズベキスタンで買った室内履き。ストーブで乾かして焦がして、擦り切れて穴が開いて、でも捨てられない。

 

替えは買ってあるけど、上の赤い奴の方が好き。だから捨てられない。上下にずらして置いて撮ったら、形が変に見えるな。左右にもずらすべきだった。

 

ウズベキスタン、今は観光にめっちゃ力を入れて、古い町並みを壊して新しくレトロ風な街を作ったり、古いマドラサを新しく塗りたくって新品みたいにキラキラにしちゃってるそうだから、きっとお土産屋さんも充実していることでしょう。でも18年前はホンットにお土産がなくてね。ブハラはまだ色々あった方だけど(それでも布物が中心)、ヒヴァなんて旧市街のモスク跡でも博物館でも、地元のおかみさんたちが編んだ室内履きしか売っていなくて笑ってしまった。

 

余談ですが、アメブロでも今、ウズベキスタンが公式ハッシュタグになっているんですよ。それだけ人気なの。ツイッターやインスタでもウズベキスタンの青い風景とやらをロマンチックなものと喜んで投稿している人がいっぱい。でも政府主導で町を壊してテーマパークに作り替えていっていると聞くと、悲しくなるね。こういう発想は良くないと思うけど18年前に行っておいて良かったと思っちゃう。整備されていない方が張りぼてよりずっとマシ。私ら旅行者のせいで変わってしまったのだと思うと、こんな他人事みたいな言い方は無責任で傲慢なんだけどね。

 

旅先で買ったご当地Tシャツ(18年前のウズベキスタンになかったものw) もシャレにならん枚数。姉にはよく「1枚買ったら1枚捨てろ」と言われたものですが、何しろ好きで買った思い出のTシャツですから、色が褪せたりヨレヨレになったりして外で着れなくなっても捨てられない。置いておきたいの。でも最近は節制してまして。直近の2回の旅行、ウイグルでもオーストラリアでも一枚もTシャツは買ってない。

 

最後に買ったのはスコットランド、オークニーのメイズハウ遺跡で買ったやつね。めっちゃお気に入り。撮るの忘れてたから遺跡の通販の写真を拝借。

だけど前回の大掛かりな整理の時から、衣装ケース1つ分以上、服が増えていて愕然。痩せていた頃のスカートやワンピース、売り払おうかしら。もう入らないし、そもそもスカートを履かないしさ。一着10円くらいかもしれんけど、捨てるのが悲しいなら10円の方がいい。それにしても優美な柄ばかりで笑ってしまうわ。あの頃はエレガンスを目指していたんだっけ。

 

旅行用品は、今となっては要らないものもあるなあ。蝋燭とか。電気が通っていない村に泊まることも、少なくとも定年退職するまではないと思うのよね。この蝋燭、買ってから既に10年以上経っている上に、定年なんて15年くらい先の話なので、もう捨てて、要る時に買い直した方がいいかも…。機内やホテルのアメニティでもらった使い捨てスリッパも20個くらいあるし、惜しんでいないで使わねば。使い捨て靴下も洗ってまた使っちゃうからなかなか減らない。

 

そして旅先から持ち帰ったパンフレットや入場券、絵葉書、切符、領収書などの思い出の品。これこそ本当に整理が必要なのですけど、30年分くらい放置してありまして、ちょっと気合が要るので、大雑把に年代別に分けてあるまま今回も触らない。領収書って結構楽しいよね。行動の軌跡を思い出せるの。

 

 

なんでこんなに長くなってんのかわかんないけど、あと1回くらいで終わるかしら。

 

 

コロナ自粛で自宅に籠っている間に家の片づけや断捨離に取り組んだ方が多いと伺っております。

ゴミ回収業者さんやクリーニング屋さんが大変だったそうで。

 

そんな日々も一段落した6月に私もいきなり何かのスイッチが入りまして、突如として自室の片づけを始めました。なんでスイッチが入ったのか、1ヶ月前のことなのに思い出せない。5月に姉と一緒に階段下の物置と客間の押入れの中を整理したのが始まりだったのかもしれない。

 

物置からは大量の紙袋が、そして客間の押入れの中からは大量のタオルが発掘されました。母が大事にしまっていたものです。紙袋が詰まった大型紙袋が5個もありましたかね。丈夫そうなのを残してすべて廃棄しました。タオルは一度洗って、再度収納。こちらはまだ使うこともあろうかと。私が生まれ変わって今の年になるまで生きても不自由しないくらいの量がありますが、いざとなれば切り刻んで掃除用の端切れにもできる。

 

前にも載せたけど、発掘された遺物。40年ものです。

 

さて、「散らかっている」と言う人の部屋って「ものが片付けてある箱が床の上に出しっぱなし」レベルだったりすることが多いんですが、私の場合は物がむき出しで床の上に散らばっていました。ベッドにたどり着くまでの獣道を通しておかねばならない有様で。まずは床の上に広がる様々なものを分類して箱に放り込んでいく作業から始めました。

 

最初はひたすら物を右から左へ、また左から右へと移動させるばかり。物の山が部屋の中を巡回していく。そうしているうちに、ずっと隠れていた部屋の隅の床を何年ぶりかに拝むに至り、年代物のほこりを掃除機で吸い取れるようになる。で、隣の部屋とのドアを何年ぶりかで開けると、そこには亡母の洋服の下がるハンガーラックがドンとそびえている。その下のほこりもついでに吸い取りつつ、「これ、片付けよう」と閃きました。

 

亡母恋しさに片付けるのを先延ばしにしていたのですが、19年経ってようやくスイッチが。姉も呼んで、タンスの中にあった洋服も処分しました。ただ、「母はこれをよく着ていた」「これを着る母の姿が好きだった」という洋服は少し形見に置いてあります。よそ行きの服は特に保存状態が良くて、もったいなくてため息が出ましたが、型が時代遅れで着れない… と言うより、スリムだった母の服は私にはとてもじゃないけど着れませんw 普通体型の姉でも無理です。リサイクルするにもお金がかかるし、思い切ってゴミ袋へ。

 

そして、甥が幼かった頃のおもちゃも処分。可愛いバイク、ボール、ボードゲーム、プラレール、ゴムのフィギュア等々…。そして絵本もほどんとを処分。でも、我々姉弟が子どもの頃から持っていた積み木や絵本は残してしまった。思い入れがねえ。ときめくものは残して良いと言うこんまりさんのメソッドに従っているのだ。

 

輪投げは我ら姉弟が買ってもらった年代物。右下の可愛い電話は手元に残しました。0歳~2歳くらいの甥が大真面目な顔をして、小さな指でボタンを押していた姿を思い出して幸せになれるので。

 

もう粗大ごみ回収のシールが貼ってある。下の甥がこれのことを最初「バー」と呼んでいましてね。次に「バーイ」になり、その次に「バイク」になりました。

 

押入れから出てきたものでぶったまげたのは豹の毛皮。母方の大叔母の夫氏(よく外国に行っていた)の持ち物だった模様。何となく捨てずにおいてあるけど、使い道もないわ。

 

テキトーに玄関で広げて撮ったけど、周りにナッツの空き缶だの通販のうどんの箱だの縛り上げて捨てるばかりになった段ボールだの写っているので、雑に消しておきました。

 

これは検疫とか税関とか、そういう手続きの印???

 

 

あと、ワープロも捨てました。学生時代に使っていたもの。捨てようと思うたびに父が「中に入っているデータは!」とかうるさいので捨てられなかったの。ハードに残ってるとしたら私の卒論くらいだっつってんのに。確認すればいいだけだけど、動くかどうかわからんので面倒ねえ。今回は押し切りました。父も、同じ理由で捨てられずにいた自分のワープロを捨てましたよ今回。あっちも面倒くさくなってきたらしい。

 

 

ワープロの前の世代である、タイプライターも発掘されましたよ。そう、私はタイプライターを使った世代に引っかかっているのです。私くらいが最後の世代だと思う。でもねえ、20世紀前半くらいのタイプライターならアンティークでオシャレ感もあるけど、こんなのじゃねえ。それなりに可愛いけどさ。

 

 

今の若い子から見たらこういう昭和末期のものも「昭和レトロ」でアンティーク感あるのかしら。デスクトップPCとあの巨大なモニタがワープロの次に来たわけですけどね、残念ながら廃棄する際に写真は撮っていません。それももうずいぶん前の話だなあ。

 

日本だと食事って、ご飯、汁物、主菜、副菜が基本ですよね。それに箸休めの小鉢が2つ3つ並んだり。品数が少なかったり、同じようなメニューが日を置かずに出たりすると嫌がられたりなんて話も聞きます。

 

でも、そうではない国もあるようで。

 

ドイツ人男性と結婚した日本人女性が、日本の感覚で上記のような食事を用意していたら、夫氏が「毎日違うメニューを出されると疲れる」と言ったのだそうです。私にはわからない感覚なんですけど、ドイツ系の方が「あるあるです」と笑っていました。ドイツで旅行業を営むさんぼさんのブログを読んでいても、ご家庭でのお食事の記述でそれが伺えます。

 

学び1: 毎日同じようなメニューの方が落ち着いて食事を楽しめる文化もある。

 

てな話をオーストラリア在住の友人と話していたら、似たようなことを夫氏が言うらしい。食卓に何皿も並べるのは好きじゃないんですって。ワンプレートがいい。メインのお料理と、付け合わせの野菜ね。そう言えば、前にもどこだったかでそういう話を聞いたことがあるな。同じ料理でも、別の器に盛るより一皿に乗っける方がウケが良いことがあるらしく。

 
学び2: 皿数が少ない方が落ち着いて食事を楽しめる文化もある。
 
私はと言えば、盛り付けはワンプレートでもいいんだけど、内容は、食べるにしろ作るにしろ変えていきたいかなあ。
 
アメリカでホームステイした時、ホストマザーが作ってくれるランチは家族全員、毎日ツナサンドイッチでして、飽きてしまった私は「いろんな店の食べ物を試してみたい」と言い訳してランチはお店で買うことにしたのでした。
 
でも品数が多いのが嫌と言う気持ちもなんとなくわかるんですよね。子どもの頃には私もそうだったから。法事の時などに出てくる仕出しの会席料理が嫌でねえ。こんな色んなものがちょっとずつじゃ、何を食べたかわからない!とイライラしたものです。今は正反対で、ちょっとずつ色んなものを食べるほど贅沢なことはないと思っておりますが。いつ頃から変わったんだろう。
 
でも西洋にもコース料理はあるのですから、一度に並べるのではなく順番に出せばいいんだよね? コース料理が好きか嫌いかはともかく。いっぺんにたくさんのお皿を並べることに違和感があるだけで。
 
学び3: 問題は品数ではなく食卓の上の皿数。
 
 
ところで、アンティパスト・ミストはどう受け止められているのでしょう? イタリアはまた違うのかしら。
 
 
これは大阪のイタリア料理屋さん Dal Pompiere さんで食べたもの。もう5年前だわ。
 
 
古い消防署の建物を使っていてね。ここは会議室だったらしい。手前に置いてある可愛いカップとカトラリーは、これから小さいお客様がいらっしゃるからかしら。

 
各国の違いとか調べるの好きだったけど、今の私ったら「どうなんだろうな」で終わっちゃう。気力と好奇心が足りない。少しインプットを増やして刺激してかねば。
 

これ、何年も前の書きかけブログ記事です。読んでたら今更こんなこと書いてもなあと思えてきて、削除しようかと思ったけど、せっかくなのでアップしときます。

 

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先日、海外に移住したばかりの日本人を、既に長く住んでいる日本人がカモにするという話を、いくつか聞きました。

 

例えば、外国に移住して店を開くため、物件の手配など必要になる手続きを一式丸ごと現地の日本人業者に依頼していた。なのに、着いてみると何一つできていない。本人にももう連絡が取れず、渡したお金も回収できない。

 

ベルリンでは日本人による日本人を狙った詐欺がとても多いと聞きました。世界に名だたるアートの街なので、野心的な若いアーティストが世界中から集まり、当然のことながら激しい競争にさらされる。落後した人の中には、故郷に戻ることもできずにベルリンに留まってその日暮らしを送る人たちがいる。そして食べていくために、以前の自分のようにベルリンにやってきた同国人を騙してお金を巻き上げる…。

 

嫌な話ですけど、切なくもなりますね。

 

旅先でも同じようなことはあると聞きます。親しげに「日本人ですかー」と話しかけてくる日本人に旅行者が騙される。久しぶりに日本人を見かけただの、前に住んでいた土地の方言を聞いて懐かしくなっただのと理由をつけて、お喋りに持ち込む。そして店を紹介された旅行者がぼったくりに遭ったり、荷物から貴重品を抜かれたり。

 

イスタンブールなどは一時すごかったそうで。現地の男性と組んだ日本人女性がバザールで声をかけてきて、絨毯などの店に連れて行こうとする。断っても断ってもピッタリ張り付いてついてきて、それでも誘いに乗らずにいると、罵詈雑言に切り替えるのだとか。そのまま30分も罵り続けながらつきまとってきたりするって。気持ち悪い。

 

で、こういう話になると、「同じ日本人を騙すなんて最低ですよね!」と怒る旅行者がいるんですよねえ。ちょっと幼稚な反応だと思います。詐欺師は騙しやすい人をターゲットにするもの。外国在住の日本人詐欺師にとって一番騙しやすいのは不慣れな日本人でしょ。特に相手が日本人であることを理由に信用するような人は絶好のカモ。「同じ日本人なのに」じゃなく、「同じ日本人だから」なの。

 

言葉が通じるし、同郷だしで、安心感を得て気が緩むのは確かにありますよ。でも親しみを覚えるのと信頼するのとは段階が別。日本国内でだって日本人同士で騙したり盗んだり殺したりしているんだから、場所が外国に移ったって同じことが起きるでしょう。異国で同国人同士が肩を寄せ合って助け合うという話とは全く別次元の人間関係ですよ。

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新型コロナウイルスの影響で困窮する人が増えれば、更に問題が深刻になっていくかもしれないね。
 
2019年3月には、日本国内で借金を背負った日本人がカンボジアで強盗殺人をやらかした。外国で暮らしていて食い詰めるのではなく、日本で食い詰めて外国に行く人も、これから増えていくのかも。そうしたら、今よりも更に日本人が日本人のターゲットにされるのかもね。

前によそのブログで「こだわり」など捨てた方が…というような話題をお見かけしまして。

「こだわり」があるのは良いことでもありましょうが、それに沿わないものを拒絶することになっちゃう可能性がありますしね。

 

で、私、「こだわり」と「好み」の違いは何かしらと思いまして。ほとんどの「こだわり」は「好み」にすぎんのではないかしらと思ったりもしまして。私のこだわりって何かしらとつらつら考えておったのです。

 

で、気づきました。

 

英数字の全角・半角とフォントだわ。

 

書類で英数字が全角や和文フォントになってるのが嫌い。仕事で使う書類で英数字が全角や和文フォントになってるのが回ってきたら、許される範囲で半角や欧文フォントに直してる。

 

一頃はブログで数字に全角を使っていました。これは、半角だと小さすぎて読みにくいという人がいるのを見かけたから。でも今は半角に戻してる。

 

そうだ、もひとつ。PCで書類作成していてスペースでインデントやセンタリングしてあるのも嫌。なぜインデント機能やタブを使わないのだ。タブを使っていても、いくつもいくつもタブを入れまくって揃えてるのを見るとイラッとして直してしまう。いくらでも好きな場所に設定できるんだから、学べよ。

 

ああ、更にひとつ。一行だけ次のページにはみ出すとか、そういうのも嫌い。先行ページで行間を詰めたりポイント数を下げたりと、何とか詰めて前のページに収めてしまう。

 

これは確かに好みに過ぎないのですけど、他人がやってるものまで気になって直したりしてるのだから、こだわりなのでしょう。

 

こういうの言い出したら、書類を折る時に隅がピタッと揃っていないと嫌だし、封筒などをセロテープで留める時に撚れてシワになるのも嫌だし、セロテープの糊面に指紋が付くのが嫌いだし、宛名シールが斜めになったらはがして貼り直すし、同僚が席札とかをカッターではなくハサミで切って縁がガタガタになってるの見て「私がやってあげたい」と思ってるし、こういうのもこだわりに入るかもしれない。好みかな。むしろ癖か?

 

別に几帳面なんじゃないです。机の上には書類が積み上がっている。あ、でもPCのデスクトップがアイコンだらけになってるのは嫌い。せいぜい、右端と左端に1列ずつだわ。忙しい時は目に入りやすいようデスクトップに出しておくものが増えるけど、平常時ならショートカットしか置きたくない。

 

同僚のデスクトップはフォルダーやファイルが大量に並んでいて、空きスペースはほんの少しです。わかりにくいやん!と思うけど、出しておいた方がわかりやすいんだろうな。「はみだしっ子」のサーニンが、部屋を片付けるとどこにしまったのかわからなくなる、床の上に全部広げておけばどこに何があるか一目でわかると言っていたけど、あれと同じなのでしょう。

 

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ここまで書いて放ってあった記事を見つけたんですよ。何年も前の。ここに書かれている「同僚」と言うか先輩は、もう亡くなってしまいました。こういうのが不意打ちで出てくると、ちょっとセンチになっちゃうね。

 

緊急事態宣言が解除されました、大阪も兵庫も京都も。

 

でもうちのオフィスはとりあえず月末までは在宅勤務を続けるつもりですし、6月は時短勤務のままにさせてもらうよう上に頼むつもり。だって大阪の感染者数の公式発表なんてとてもじゃないけど信じられないし、どーせ無症状感染者だっていっぱいいるでしょ。うちのオフィスは2人だけの小さな職場ですけど、どちらも高齢の親と同居しているので、警戒はMAXなのです。

 

と言いつつ、週に1、2度は出勤してますけど。今週は3回。印刷やら発送やらの仕事があると出てくるしかないし、あとはやっぱ外からサーバーにアクセスできないとすべての情報は手に入らないので、たまにはね。

 

自宅のPCからサーバーにアクセスできるように設定してもらえばよいのですが、よそのオフィスでは遠隔操作ソフトを入れているとか。そこは有料のを入れているけど、無料のもある。

 

【無料】リモート操作のソフト一覧 - 窓の杜

 

来月くらいから相談しましょうね。今はいいや(逃げ)。

 

本日、大阪に出てみましたところ、かなり人出が戻っています。時差通勤で遅く出勤しているのに電車は混んでいた。4月ガラガラだったし、5月でもこないだまではもっと空いていたもの。昼食のため訪れた馴染みの店も、4月はランチタイムにお客が私だけなんてこともあったのに、すっかり前のようにたくさんのお客が。喜ばしい。

 

美味しい台風カレー。じゃなくてタイ風カレー。

 

「大枚はたいて」と書こうとして「タイ米は炊いて」と変換されたのを思い出すわ。なるほどって思った。あと、航空会社と連携したクレジットカードの宣伝の翻訳の仕事で「暮らしの中で参るがたまる」って変換されて、月間サービス残業時間が150時間と言う会社だったので『おお、ホンマにな』と思ったっけ。

 

話を戻しまして。

 

こんな風にたくさんの人が出歩くようになったらまた感染が広がるのではという恐れも抱いておりますし、第2波だって警戒しなくちゃいけません。でもいつまでもお店を閉めていたら社会が死にますしね。とにかく少しずつ平常に戻していかないと。これからの「平常」はもう、去年までの平常とは違ったものになるでしょう。今後は人前では服を着るのと同じようにマスクをするのが当たり前になったら、かなり鬱陶しい。

 

でも、マスクしてたら吹奏系の楽器は演奏できないね。室内楽くらいなら人数も少ないけど、オーケストラとかはどうしたらいいんだろう。激しいスポーツも、マスクしてたら息ができないから無理では? そもそもレスリング、柔道、ラグビーとか、密着しないとできない競技は…?

 

合唱は、マスクしても歌えるからOKかと思いきや、「ワクチン、および95%効果のある治療法が開発されるまで、合唱のリハーサルを安全に実施する方法はない。そしてそれは最低でも18-24ヶ月先になる。」 とアメリカの感染症の専門家が言っているそうです。(合唱は安全か?アメリカの感染症専門家の意見) 合唱団も密着するからねえ。アムステルダムの合唱団の大規模集団感染の例もありますし…。

 

社会全体のウイルス量が減るのが先かもしれない。早くそうならんかな。

 

 

片付けで発掘された、43年前の紙袋。捨てるには惜しい。

 

コロナ騒ぎになる前からたまにスカイプやLINE、メッセンジャーでお喋りはしていたのですけど、今回のコロナ騒ぎをきっかけに始める相手も増えて、楽しく喋り倒しております。

 

相手は友人たちなので近況を報告し合ったり世間話をしているだけで楽しいし、旅行の話なども実に楽しい。今は新しく報告するネタはないものの、過去の旅行で話していない体験や、もう話したけど再度話して盛り上がれるネタや、これから行きたいところの話や、話すことはいっぱいあるの。

 

 
先日は、次に海外に行くならスリランカがいいかもと言う話になり、スリランカに2ヶ月滞在したという相手の話を聞き、素敵なホテルを教えてもらい、大いに盛り上がった。
 
そしてグーグルのマップを見ながら「モルディブって有名だけどめっちゃ小さいよね!」と盛り上がった。マップに現れないほど小さい…。
 
これだけアップにしてもまだ字しか出てこない。

 

やっと島影が。

 

なるほど。真ん中辺のムカデっぽいのは、水上コテージが長屋状態になっているもの。

dronepicr - Maledives Atoll Lhaviyani, CC 表示 2.0, リンクによる

 

 

セーシェルも有名で、やはり見えない。

 

セーシェルの方がモルディブより少しは大きいね。大豆と小豆を比べるようなものですが。

 

上から見る写真が手に入らない。

Tobias Alt, Tobi 87 - 投稿者自身による作品, CC 表示-継承 4.0, リンクによる

 

やはり絶海の孤島だからきれいなんでしょうね。特にモルディブ。

 

私はビーチリゾートにはあまりそそられないので、たぶんモルディブにもセーシェルにもいかないと思うのですけど、モーリシャスには行ってみたい。

 

何なら上陸せんでもいい。空からこの有名な「水中の滝」を見てみたいの。

 

ちなみに、アメブロのハッシュタグではモルディブは公式ハッシュタグになっていますが、セーシェルとモーリシャスはなっていない。日本からは断然モルディブが人気ってことか。

 

IATA、国際線回復は2024年に 搭乗前検温など代替措置提案 (Aviation Wire)

 

IATA、国際線の需要回復を2024年と予測 国内線は2022年の見込みTRAICY

 

念のため、これは需要が2019年のレベルに戻るのが2024年と言う話で、2024年まで国際便の需要が無いって意味じゃありません。
 
「基本シナリオ」と「悲観シナリオ」があるんですって。
 
基本シナリオは、各国の国内線は今年の7~9月に再開されるが国際線にはもっと時間がかかるというもの。
悲観シナリオは、新型コロナウイルス感染の第2波が起きてロックダウンが7~9月にも必要になって、経済の回復はさらに遅れると言うもの。
 
IATAが2020年4月に実施した調査では、回答者の58%が次の旅行は自国内にすると回答しているって。そー言えば私も、「地球の歩き方」のアンケートで、次の旅行は国内にすると回答したわ。やはり皆、再開にするにしても恐る恐るって感じなんだろうね。
 
さらに、IATAの調査では、86%が旅行中に隔離されることを心配していて、69%は14日間の隔離措置があるなら旅行を検討していないと答えたって。いや、69%にとどまることが驚きだよ! これは私が日本人だからそう思うだけなのかな。14日間って、平均的な日本人が取れる最長の連休を軽く超えてるし 笑
 
とにかく、渡航先で14日間隔離されてしまう不安から国際便利用を躊躇う人がたくさんいるってわけだ。なので、IATAの事務総長兼CEOは「ワクチンや免疫の証明などが可能になるまで、隔離以外の一時的措置を実施すべきだ」 と声明を出しているそうです。具体的には、どういうことかしら。
 
あと、「世界各国が合意し、実行する旅行時の感染防止基準の設定が、ますます肝要になる」とも。具体的にはやっぱあれですか、公共の場でのマスク着用の義務づけとか、カウンター席も1つおきにして距離を保つとか、客を入れ替える前の消毒の徹底とか? 一つの国できちんとしていても、旅先の国がちゃんとしていなかったらダメですものね。
 
そんなうちにも、EUは夏のバカンスシーズンに向けて、6月15日までにEU内での国境の全面開放を目指しているって。台湾と中国との間のフライトも10月に再開を目指しているとか。動き始めているところもあるんだな。
 
一方で、タイ国際航空は破産を申請するらしい。更生法に則って再建を図ることになるのでしょうけど。コロナ禍での航空会社の破綻はこれが最初じゃないけど、ナショナルフラッグでは初らしいよ。もっとも、コロナ禍がなくても時間の問題だったらしいけどさ…(労働組合と天下り先が欲しい役人とが粘って遅らせていたんだとか)。
 
日本の居住者が外国に行けるようになるのがどれくらい先か見えないし、その頃の搭乗条件や渡航先の入国制限がどうなっているのかもわかりませんが、とにかく安全に再開できる日が来るのを待つばかりです。