旅中毒 -11ページ目

旅中毒

バックパックと少しのお金とパスポートがあればいい。行けば行くほど行きたい場所が増え、人生狂って後悔なし!

前に知人とLINEでやりとりしていたものをちょっと整理していて、これは記録としてブログに書いとこうかなと思ったので、忘備録的に…

 

これは4月のことです。次の週から在宅勤務に入ることになっていた、木曜日の午後。

 

うちの職場は大きな雑居ビルに入っています。そのビルの、うちの2つ上のフロアの会社にコロナ感染者が出たそうだよと、仕事関係の知り合いから電話がかかってきました。彼の取引先の人がうちのビルの会社を訪れるはずでしたが、感染者が出たという情報でその会社から面会場所を変更された…と耳にしたのだそうです。それで心配して連絡をくれたの。

 
うちの職場には職員2名のみが在駐し、上司は用事がある時だけ来ることになっています。その時は上司が職場にいなかったので電話をかけ、一応、事情を話しておきました。そうしたら、「すぐ帰りなさい」と言ってくれましたので、仕事を片付けていき、在宅勤務の準備を始めました。

 

ところで、同僚は話好きの噂好きです。私が挨拶くらいしかしない隣の会社のお局さん2名にも給湯室で話しかけ、仲良しになりました。井戸端での情報収集が大好きで大得意。さっそくお手洗いで清掃の女性に「○階でコロナ感染者出たそうですね」と話を振ったのだそうです。すると「○階だけと違うんよ…」と耳打ちされたとのこと。市中感染が広がっていることに驚きなどありませんし、そんなもんだろうなと思いました。

 

さて、同僚は帰る前に「隣にも知らせてきますね! 知らないと思うから」と伝えに行ったんですよ。そんな噂を広めんでも、とも思うけど、仲が良い相手に黙っているのも心苦しいのだろうと思いました。

 

すると、しばらくして、そのお局さん2名がうちの職場に乗り込んできたんですよ。ニコニコと対応に出た同僚に対して言うには、

 

「ビルの管理事務所に電話してみたけど、『うちは何も報告を受けていない。感染者を出したという会社が自ら報告してこなければ、管理会社からできることは何もない』と言われた。だから貴方がたが、情報を寄せた人に尋ねて、どこの会社なのかをはっきりさせて欲しい」

知るかアホ。なんでうちの職場が情報を精査する責任なんぞ負わなきゃならんのだ。

 

私だって上司に「未確認情報です」と断りを入れた上で報告しました。上司が「間違ってたら僕が後から謝る。君らの命の方が大事や」と言ってくれたから、どうせ月曜から在宅勤務だしってことで、在宅勤務に入るのを一日早めただけの話です。

 

そんなことを考えつつ、お局コンビと同僚を放置しておりました。ベラベラ喋ってきたのは同僚なんだから、自分で始末をつけろと思いまして。しかし同僚はオロオロと相手の言うことを聞いているばかり。いつものことですが、自分で対処せずじっとしていれば私が動くと知っている。


その手に乗るのもいい加減うんざりなんですけど、お局コンビはいつまでも帰ろうとせずワアワア騒ぎ続け、これはこれで腹が立つので、結局私が席に着いたまま「私たちに電話をしてきた人も又聞きのそのまた又聞きですよ。フロアどころか、ビルも違うかもしれない」と声をかけました。

 

うちのビルは名前に番号がついているので、例えば「1号館の2階」を「2号館の1階」と間違えられるなんてこともありまして。それに、地名がビル名になっているので、例えば「大阪ビル」ではなく「大阪にあるビル」なんて間違いかもしれません。……と、それも付け加えました。更に、「私たちは元々月曜から在宅勤務なのを早めただけなんで」とも言っておきました。

 

お局コンビ、「今日はちょうど社長が来てるやん!」「うちも帰らせてもらおうよ!」と盛り上がりながら帰って行きました。同僚は最後まで黙って彼女らの話を聞いていただけ。私が同僚の立場なら私に謝るし、少なくともお礼を言いますけど、同僚はなーんにも言いませんでしたね。黙っていることで、「私は何も悪いことなどしていないし、ようめさんに迷惑などかけていない」をアピールしていたんでしょう。お隣さんと仲良しだから情報共有をと思うところまでは理解できるけど、自分のやったことの後始末くらいはつけてほしいですね。(元のLINEメッセージには「〇〇を拭くことができないような〇〇は垂らしてくるな」と書いてありますが、ここにあからさまに書くのはやめときますねw)

 

お隣さんの要望がもっともだと思うなら、電話をかけてきた人に同僚自身が電話をかけて「はっきりさせてください」と頼めばいい。(いや、その前に私が同僚を阻止すると思うけどw) それができないなら、お隣さんに同僚自身が「それは無理です」と伝えて追い返せばいい。どっちもできなくてだんまりを決め込んで、私が対応するまで待っていた。いつものことだけど。「うわー、これ、こうした方が良くないですかあ?」とずーっと言い続けて他人にやらせようとするタイプ。

 

 

…と、その時はお隣より同僚に腹が立っていたのですが、今にして思うと、どの会社の誰かを突き止めようとしたお隣のお局コンビの方が怖いよな。これ、「○市で感染者が出た」と情報が出た途端に氏名も住所も勤務先も突き止めてネットで拡散する連中と同じですやん。

 

別の知人の住む町と、隣町でも、感染者が2名出たのだそうです。そしてどちらもすぐに引っ越していったのだそうです。「そりゃもう、家はもちろん勤め先や子供の学校でも、どんな目に遭わされるかわからんもん。都会とは違うんですよ」と。ウイルスよりも人が怖いとよく言われますが、実は身近でも似た事態が起こりかけていたんだなと思いだしたお話。

 

 

ひとつ前の「翻訳じゃなくて作文」に書いた内容に関係あることなので連続でアップしときます。

 

よくドイツ語と日本語の間の翻訳をくださる会社がありました。その部署はドイツの会社と取引があり、その取引先からのドイツ語文書の和訳、そして取引先に送るために日本語からの独訳を、発注してくれていたのです。

 

ある日、その会社から珍しく英文和訳のお仕事が届きました。ドイツからの連絡文書だったのですが、その時に限っては英語で届いたらしいのです。それはいいのですけど、その英文がちょっと、と言うかかなり拙くて、何を言っているのかよくわからない部分があったのです。

 

確信の持てる部分は和訳しましたが、そうでない部分は、「こういうことを書いてあるのではないかと想像するけれども確信は持てない」と書き添えて、お客さんに差し戻しました。するとお客さんは、和訳できた部分への返信と共に、「こちらでドイツ語から日本語に訳してもらえますから、連絡はドイツ語で送ってくださったら結構です」という内容を記載した連絡文書の和文独訳のお仕事をくださったのでした。

 

27年前のドイツ旅行の写真。街角のジュース自動販売機。

 

どんな仕事だって基本的には正確さが一番大事です。翻訳の本来の目的は、元の文章が意味するところを他言語で再現することなのですから、そのためには、ひとつ前の記事のAさんのような勝手な作文は論外だし、わからないことはきちんとわからないと伝えることも大事だし、間違いが起こらないような対策を講じるのも大事。

 

だから、何を言ってるのか全然わからん日本語が原稿として回ってきた時には、翻訳者に渡す前にきちんとした日本語に直したりしていましたよ。「意味だけは明確に伝えて」で書いているように。

 

 

翻訳時代の苦労、今でも思い出せることがいくつもあるなあ。忘れ切ってしまう前に書いておこうか。

 

久しぶりに翻訳カテゴリの記事を更新します。8年ぶりだわ。

 

 

 

最近、DeepLというAI 翻訳が素晴らしいと評判ですよね。自分で使ったことはないのですけど、そんなに優秀ならそのうち使ってみたいなと思っていました。が、

 

 

 

と言うのを読んで、やはり機械翻訳にはまだまだ限界があるよねと思っておりました。これは機械翻訳がダメと言うんじゃなくて先は長いよと言う話。しかしバグった結果だとしても、理解できない文は存在していないことにするってひどいな。

 

とか思いながら読んでいてふと思い出した翻訳会社時代の話。

 

最初に就職した会社でのことです。外注の日本人翻訳者に、他の人が匙を投げるような意味のつかみにくい英文もさらさらと和訳するAさんがいました。彼は仕事もとても速かったし、読みやすいちゃんとした日本語にしてくれる翻訳者でした。最初はすごいなと思っていたんですけど、なんだか変だと思うこともあったのです。

 

例えば。入社間もない頃、お客さんから、取引先から届いたFAXの短い連絡文の和訳を頼まれました。短いものは社員が自分で訳すことになっていましたが、中に、どうしても理解できない一文があったのです。英語圏じゃない国からでしたし、一応2年の米国留学から帰ったばかりだった私は「英文がおかしいのでは」と疑いましたが、とりあえず社長に相談しましたところ、Aさんに発注しろと言われました。そしてそのわかりにくい部分は「スチュワーデスに強烈なアタックを持って挨拶する彼を我々で見張っていなければなりませんね!」との訳で戻ってきました。でも、原文のどこにも、客室乗務員だの「アタック」だのを示すような単語はなかったんですよ。何これ、と思いながらも、ベテランのプロ翻訳者が訳したのだし…とそのまま納品しました。

 

そしてもっと年数が経ってからのこと。ある有名ブランドの季刊誌の記事の英文和約を頼まれ、Aさんにも仕事を振りました。きれいな日本語を書ける人でないと後が大変なので、彼の文章力に期待したのです。そして彼はいつも通り流麗な日本語で和訳を納品してくれました。そして私がヌケ&誤訳チェックをしておりましたところ、びっくりするようなことが。

 

原文の一節が、全く意味が異なる日本語になっていたのです。誤訳ですらありません。全然関係のない内容になっていました。

 

彼の和訳の方は忘れてしまったのですが、原文では、旧市街の街角で伝統的なお菓子を頬張る男性が筆者の視線に気づいてお菓子について教えてくれて、「甘すぎるほど甘いけど、好物なんだ」と語っていました。そして「しかし彼の腹回りを見たところ、好物は他にもたくさんありそうでした」と書かれていました。Aさんはこの流れがわからなかったようで、お菓子にも男性の体型にも全く関係のない内容の和文を書いていたのです。

 

これは翻訳じゃなくて作文だ。Aさんは、英文の意味がわからなかったら適当に捏造しているのだと気づきました。腹回りの下りは別に難しい言い回しだったわけではありません。よく知らない言い回しだったとしても、少し考えたり調べたりすればわかったはず。でもAさんにはパッと理解できなかったのでしょう。そしてパッとわからなければ、その直前の和訳とうまく繋がるような文章を勝手に作り上げて済ませていたんですね。

 

「スチュワーデスに強烈なアタック」などと書かれてしまった人、たぶんあれも彼の勝手な作文だったのだ思いますが、全く根拠なくセクハラ野郎にされてしまったってことなのでは…。その汚名も気の毒だし、Aさんの作文のせいで原文の伝えるべき要素が省かれたことも気になります。

 

Aさんの作文癖に気づいた後は、文章が簡単なシンプルなマニュアル類を主に発注するようにしていました。私はね。社長は昔馴染みで信頼しているAさんの翻訳の質が悪いなんて信じなかったので、雑誌記事などの翻訳を彼に振り続けたのでした。後始末は私ですよ…。

 

私が知っている翻訳者の中では、いい加減な作文癖があったのは彼くらいです。けれど、聞くところによれば、小説や映画やドラマの和訳でも、よくわからなければ適当に文を捏造して済ませてある例は散見されるそうです。元言語に通じている人が今よりずっと少なかった昔は、もっとひどい翻訳者がやりたい放題やっていたのかもしれませんねえ。

 

はーい、今度は膀胱炎になりましたー。

以下、シモの話になりますのでご注意。

 

火曜日の夜、寝る前に用を足した時に、既に多少の違和感はありました。排尿時にジワッと変な感覚があったの。でも軽いものだし、あまり気にせず就寝。

 

で、水曜日の明け方くらいですかね、お手洗いに行きたくて目が覚めたんです。しかし、尿意に比して排尿量がえらく少ない。なんだこりゃと思いながらまた寝ました。

 

そして起床時間になって、明るい中で用を足して仰天! 尿がブラッドオレンジジュースみたいな色なんですよ! 紙には血が付いてくるし! 朝イチで病院に行きたかったのですが、間の悪いことに、同僚が用事があって遅れると先に連絡してきたので(うちの職場は私と同僚の2人だけです)、結局仕事の後で、夕方に診察してもらいました。

 

一日中せっせと水を飲んでいたせいか、朝みたいなすごい色の尿じゃなくなっていたし、血もついてこなくなっていまして、何だか残念。あのすごい色のやつで診てほしかったわ。けど、とにかく診断は膀胱炎ということで、抗生物質を5日分処方されました。

 

そして想定外のことが。夜になるとどんどん熱が上がってきたのです。測る毎に上昇していく熱。22時ごろには38.4℃に。その後は寝てしまったのでどこまで上がったか知りませんが。でも目が覚めた1時半ごろに測ってみたら36.1℃。えらく簡単に下がったな…。

 

で、朝に起きて測ってみたら36.4℃でした。尿の方は見た目はもう平常どおりで、排尿時のジワジワ感もない。抗生物質ってすごいね。怖いくらい。

 

めでたしめでたし。ではなくてですね。ネットで検索したところ、夕方から夜にかけて熱が上がり、朝には平熱に戻る… というのは、膀胱炎を通り越して腎盂腎炎の典型的な症状だとのこと。やめてよ…。

 

体調としては普通に出勤できる状態でしたが、夕方にまた熱が上がる可能性も考えて、この日は在宅勤務にさせてもらいました。

 

そして今、木曜日の夜の21時、体温は36.6℃です。昨日の発熱はやっぱり膀胱炎のせいで、炎症が抗生物質で収まったので熱も引いたってところなんでしょうかね? だったらいいな。膀胱炎は癖になりやすいと聞くし、薬をちゃんと飲み切ろう。

 

 

全然関係ないんですけど、伊藤潤二先生って漫画家になる前は歯科技工士だったので、歯の描き方が正確なんだそうです。こんな歯並びに生まれたかった。

 

実を言えば、この3年ほど、健康診断で尿潜血と指摘はあったのです。ただ、「わずかながら異常を認める」程度の記載だったので、あまり気にしていなかった。これがアカン。昔は健康に自信があったから、「今すぐ対処が必要なわけじゃない」に変換しちゃっていた。「異常があるから注意が必要」と思うべきなのに。

 

このブログを始めたのは2009年3月。その頃はまだ、体調不良は無理しすぎた時に発生するものと言う認識でした。自分の丈夫さは旅行者としての強みだなんて書いたこともありました。今となっては黒歴史のような記述。

 

もっと若い、翻訳業界にいた頃には、胃がおかしくなってゲエゲエ吐きながら仕事をしていた時だって、「休日出勤や徹夜が続いているし、仕事でストレスがあればこんなもんだよな!」みたいな感じでした。今は吐いたりしないけど、今よりその頃の方が元気だった。なぜかって、基本的に体力があって、休めば回復して、長引いてもやがては元に戻ったから。それがいつまでも続くと思っていた。

 

でも年を取って、痛いところができて、しばらく経って「あ、これ、治らないんだ…」と気付いて愕然とすることが増えました。放っておいても勝手に痛くなくなった若い頃とは違う。

 

2018年の秋には胃潰瘍の治療をしました。
誰だって病気になるまでは健康

 

2019年の3月には帯状疱疹を患いました。

 

帯状疱疹の予防接種

 

実は今年の春先には、左腕をある角度に上げると痛みがあり、五十肩の診断も下りました(今はほぼ治っています)。

 

こうやって少しずつ弱っていくのですねえ。体の機能が低下していくのだから、その分メンテをしっかりしていかないとね。最近はウォーキングもやっております。筋トレはどうしても続かない… けど、そんなこと言ってないでやらないとね。自然のままにしていたら、この体はこれから先、悪くなっていくばかりで、良くなっていくことはないのですから。

 

私は若い頃に戻りたいとは思わないんですけど、身体だけは、若い頃の丈夫さと機能を取り戻せたらなあとしょっちゅう思います。もう昔みたいな無茶はせず、大事に使いますから…。

 

 

ベラルーシがすごいことになっていますね。

 

大統領選挙での現役ルカシェンコ氏の6選を受けて、不正であると糾弾する国民が全国で大規模デモを繰り広げている。15日には国営テレビ局前に数千人が集まり、抗議行動を報道するようにと求めている。

 

ルカシェンコ大統領は自身の潔白を主張し、支持を求める演説をテレビで流したけど、なんと映像が流れず音声だけになったって。これはテレビ局内にも抗議する人たちがいるってことなのか。大統領支持派の集会も開かれたけど、動員をかけてかき集められたようだし、圧倒的に数が少ない。

 

空港には万が一に備えて大統領専用機が待機しているそうだけど、ルカシェンコ氏はたとえ死んでも辞任はしないと述べているそうです。また、ロシアからの支援を求めており、プーチン大統領は「両首脳でベラルーシの問題を解決する」と言っているとか…。

 

もう勝敗は決していると思うけど、あとはロシアがどう出るかですかね。

 

で、その大統領選挙があったのが8月9日だったわけですけど、私、コロナ禍がなかったら、8月8日から16日にかけて、ベラルーシを訪れることになっていたんですよ。まだコロナが何となく遠い出来事だった頃に、旅行会社の友人に頼んでチケットも手配してありました。結局、キャンセルしましたけどね。

 

(写真は本文とは関係ありません)

 

もしコロナ禍がなく、予定通りベラルーシに行くつもりでいたら、私、どうしていたんだろう。滞在中に大統領選挙があることは事前にわかったでしょうが、それが旅行を取りやめる理由になっただろうか? 選挙前のニュースと言えば、ロシアの傭兵をベラルーシが拘束した件くらいだった。それもベラルーシの情勢不安定化を画策するものだとしてルカシェンコ大統領がロシアに説明を求めていたんだけどさ。それに、選挙前に既に対立候補である チハノフスカヤ氏を支持する異例の大規模集会も開かれていた。そんなニュースを見ていたら、やめた方がいいと判断して直前キャンセルしていたかなあ?


もしこのような混乱を見越せずに訪れていたらどうなっていただろう。行われているのはあくまでもデモであり、暴動ではありません。でも8月16日時点で死者も2名出てしまっているし、6700人が治安当局に拘束されたし、治安当局は殴る蹴るだけでなくゴム弾や放水銃を使って市民を攻撃しているし、何百人もの怪我人が出ているし、拷問を受けたと言う証言もあるし、道を歩いていただけで取り締まりの警察に叩きのめされてしまった人もいる。

 

国の歴史が大きく転換しようとしているものすごい瞬間ですけれど、ジャーナリストでもないただの外国人観光客が面白がって見物に行くようなものではありません。騒動を恐れて宿から出ることもできずにネットで情報を追う日々になっただろうか。早々に帰国便のチケットを取り直して脱出していただろうか。私は先に地方都市や田舎に行って、最後に首都に戻ってくることが多いんだけど、首都に戻るのも躊躇われて地方都市から飛行機を乗り継いで帰国とか、そんな事態になっていかもしれない。

 

これまで外国で争いに巻き込まれたことはありません。グルジアを訪れた4ヶ月後にグルジアがロシアと戦争を始めてびっくりしたことはあるけど。2008年8月のことです。あの時は友達がグルジアに滞在中で、急遽アルメニアに脱出していましたわ。まだLINEだの何だの普及していなくて、メールで、それも彼女が使えるネット屋のPCに日本語環境がないので英語で(お互い英語がわかればローマ字より早い)やり取りしていました。あの時だって戦争が始まるなんて全然予想されていなかった。

 
何が起きるかわからないなと思う夏の日。9連休をもぎ取ったのに、家から出たのは休日出勤とお墓参りとスーパーへの買い物など3日だけだった、その最後の日の夜でございます。
 
でもお墓参りの後に「徘徊古楽」のライブを楽しみましたよ。
 
室内での演奏が制限されている中で、皆さん、いろんな方法で活動を続けようと頑張っている。
 
早く前みたいにあちこちのライブに行けるようになったらいいのになあ。そして、事態が落ち着いたらベラルーシに行きたいんだ。ああ、スコットランドのシェトランド諸島が先かしら。来年の夏はまだ無理と言っている人もいるけど、どうだろう…。
 

一番問題なのは私の部屋なわけです。

 

片付けは、あふれかえる物の分類から始めました。最初は物をひたすら移動させているだけでしたが、捨てるものが出てきて数が減り、次に分類が済んで箱に詰められるものが出てきてスペースが生まれ、そこで押し入れの物も外に出して分類をやり直し…と、3歩進んで2歩下がる感じでゆっくりと進めて参りました。 

 

とにかく物を引っ張り出して床に広げていた、一番すごかった時の写真がこちら。

 

今となっては何故ここまで荒れてしまったのかわからん。物を出すにしたって、分類はせずともきちんと積んだり並べたりするくらいできたでしょうにねえ。 なんかもうこの時の私ったら 「邪魔だー 遠くに行けー」と空き箱を放り投げたりしておりまして(かなり神経が荒んでいたものと)。通る時は足で物を漕いで進んでいました。

 

大事に置いておくものも、捨てる予定のものも、あることすら忘れていたものも、つい最近買ってきたものも、旅先で買ったお酒のミニボトルも、片づけ中の水分補給のためのスポーツドリンクも、何もかも一緒くた…。

 

 

 

さて、整理整頓や収納にはいろいろな方法がありますが、私がかつて自室に導入したもので失敗したなあと思っているのは大まかに下記の3点。

 

【その1:ロフトベッド】

ベッド自体はいいんですけどね。ベッドの下には回転ハンガーが1つと、手前に引き出せるハンガーが2本、付いていました。便利かと思いきや…

① 服をぎっしりかけると重たくて動かしにくい。特に回転式。

② 引き出し式は、奥の方の服が目の前までは出てこない。

③ ハンガーの下の空間も使わずにいられないけど、服にブロックされて放置状態に。

 

同じデザインじゃないけど、こんなベッドね。(CCMART7さんから拝借

借りるだけじゃ悪いからリンクを挿入しようと思ったのに、文字化けがひどくて断念。

 

どうでもいいんですが、こういう画像を探していたらハンモック付きロフトベッドが! カンボジアでつい買っちゃったハンモック(その… 3つ買えば割安ってことで、その時の連れ2名に唆されまして…)、吊るす場所もないと思っていたけど、ロフトベッドの下に対角線で吊るすと良かったのか。

 

【その2:引き出し式の衣装ケース4つ】

① 引き出しにストッパーが付いていて奥が使いづらい。

② 積んで使うと部屋に圧迫感がある。

③ だから積まずに並べて使ったら、見事に上が物置きに。

 

【その3:コロ付きハンガーラック

これもラック自体はいいんですけど、使い方で失敗していた。

① 動かせるからと本棚の前に置いたけど、動かす気になれず本棚が使用不能になった。

② ラックの下部に物を積み、ごちゃごちゃに。

③ ラックの前にも物を置いちゃうのでリーチしづらくなる。

 

で、どうしたかと言いますと。

 

【解決その1:ロフトベッド】

ベッドの下のハンガーは諦めることにしました。もともと使い勝手が私の好みではないので整理整頓に悪影響があったと悟りました。

 

で、ベッドの下の空間の利用法として私が考えていたのは…

私 「でね、使わなくなった炬燵が2台あるから、それを並べて、マットレスを渡してベッドに」

姉 「やめなさい」

私 「あのね、折れ曲がらないマットレスだから、橋みたいに渡すことが」

姉 「やめなさい」

 

グラグラして寝づらいだろうからベッド案は廃案にしました。下を寝所として使うなら、本来ベッドである上は物置にするつもりでしたが、出し入れを考えたら軽いものしか置けないし、奥半分は無駄になるだろうし、掃除も面倒くさそうだしね。うん、これからも寝る時に上によじ登るのが良いでしょう。足元が不確かになるまでは。

 

で、ベッド下に炬燵2台は並べまして、DVDやCDの置き場にしました。更に、衣装ケース2つもこの場所に。服ではなく細々した物を入れる場所にする。旅行用品でもいいな。炬燵の横にはちょうど、「北の部屋」から引き揚げた衣装ケースが入りました。

 

獣道ができた。

 

このベッドにはクロゼット部分を隠すカーテンもついていました。が、取っ払いました。私の場合はカーテンがむしろ視界不良の原因となって部屋を狭く感じさせ、見えにくい分、物を放置する原因にもなり、更には掃除の邪魔にもなっており、なまじ境界を設けるからこそ『端に寄せて物を置こう』みたいな誘惑ともなっておりましたので。

 

今回私が決めていたのは、必要なものすべてに1次的に手が届くこと!

 

つまり、何かどかさないと取れないとか、引っぱり出さないと見えないとか、奥を探らないと出てこないとかではダメってこと。しまうのが面倒だし、しまったらまた出すのが面倒だと思うから元の場所に戻さず適当なところに放り出すの。これはもちろん、個々の物を指すと言うより、例えば旅行グッズの詰まった箱がDVDの詰まった箱の後ろにあるとか、そういう状態のことね。

 

手に取りたいものが全て目の前にあり、すぐ手に取れる状態にしておかないとダメ。

 

見せる収納とか、そういう次元の話じゃない。出しっぱなしにしておきたいの。(台所はそうでもないんですけどね。調理スペースを広くしたくて、父の反対を押し切って鍋とか食器をしまっちゃったもの)

 

 

【解決その2:引き出し式の衣装ケース4つ

衣装ケースとして使うのはやめにしました。2つはベッドの下に移動させ、もう2つは床に置きました。

床の上の2つは、放っておくとまた上に雑多に物を積みそうなので、むしろ置くものを決めた。

 

Tシャツをこのように収納。平たく畳んで積むと下の方が見えないけど、丸めて立てればどのシャツがどこにあるか一目瞭然だし、取り出しやすい。そしてこれを衣装ケースの上に置けば、つい物を積んでしまうこともなくなって一石二鳥!

 

靴下も出しっぱなしに。靴下の下にあるのはジーンズとかのボトム。同じく丸めて立ててある。

 

 

 

【解決その3:コロ付きハンガーラック】

これは場所が悪かっただけなので、本棚の前から壁際に移動させました。背の高いものが両側にあると圧迫感があるかなと思ったけど、本棚の前が広くなって、カーテンを取っ払ったベッドの下も見通せるようになったので、前より広く感じます。

 

何年振りかで見る蔵書。


本棚は一等地って感じでして、アーサー王関連、各地の神話、中世ヨーロッパ関連、怪奇幻想小説などお気に入りの分野の本を並べてあるのでした。一部ハードボイルド小説もありますが。今はもっと本を置いてあるよ… 本の前に本を…。他にも段ボール4つに詰め込んだ本 + 詰め込みさえできていない本の山があるのですが、まあ、おいおいに…。あと押入れの中の漫画もなあ…。

 

今の部屋の状態。

 

実を言いますと、写真右手前の写っていないところに、整理できていないものを放り込んだ段ボール箱が3つ積み上がっております。と言うか、こたつの下や周辺に置いてある段ボール箱や袋の中も、整理できているとは言い難い。引き出し式衣装ケース4つの中も全然整理できていないし、押入れの中もまだこれからの部分がある。でもとりあえず人が住む部屋に戻ってきた感じはします。残りは涼しくなってからゆっくり整理を進めていきましょう。(実はこの部屋のエアコンが壊れまして…)

 
 
あとねー、父の座椅子周辺もとりあえずは片付きました。
 
左端に見えている銀色のシートから右の机(父のPCデスク)まで、床の上に書類や薬が広げてあったの。全部どかして、亡母の棚を持ってきて、薬置き場としました。書類は基本的には反対側の壁際にあるカラーボックスが置き場所ですが、進行中の案件は手元に置きたいとのことなので、私のタオルを入れていた書類ケースを譲ってあげました。そして文房具も手元に置きたいそうなので、せめてもの境界づくりのためトレイを設置。これでやたらに散らかることもないでしょう… たぶん…。
 
とりあえずこれでこのシリーズを終えることにします。まだ片づけは終わっておりませんが、あとは父の未開封食器コレクションとか床下収納とかだから、大したことない。
 
5月に物置を整理し始めた時には、ここまで徹底的に家中のものを見ていくことになるとは思っていませんでした。今のところ廊下も玄関も台所も整理した状態を保てていますし、なんとかこのまま維持できればいいな…。
 

もう本当に終わりたい、このシリーズ。

なかなか片付けが終わらないのでどんどん長引いている。

 

前回の更新が半月前。その後の片付けで何をしていたかと言うと、主に、居間の一角を占拠する父の物を週末ごとに少しずつ片づけていたのです。姉の主導により。私が「これ要らんでしょ」と言うと父は意固地になって全て置いておこうとしますが、姉が言うと全く同じ事を言っても素直に聞きます。

 

初日の写真。(カラーボックスの左がとりあえずの片付け済み、右が未整理w)

 

この写真に写っている床すべてに、父の書類や冊子、本、雑多な日用品などが山積みになっておりました。それを分類し、不要なもの(9割)を処分したのです。ここの床を見るのは何年ぶりだろうと呟いたら、姉が「さっき底から出てきた書類が20年前のだったから、20年ぶりだろうね」と。なるほど、母の入院とぴったり重なるなw

 

この後、更に1回の片付けを経て、いわゆるカラーボックス3つ分の整理が完了。あと3つカラーボックスが片付けを待っている。そしてその次には、父の座椅子周りの床を埋め尽くす書類や薬類を整理する予定。これは現役のスペースなので父もどこに何があるかは把握しているようですが、とにかく雑多だし床の上に広げているのもどうかと思うので、亡母のカラーボックスを整理して空にして、そこに収める予定。そんでその次には床下収納ね。夏休み、フルに使うか…。(自分の部屋をやれよ私)

 

ところで、父・姉とは別働で私が果たした先週末の快挙がこちら。

 

友人 「ちゃんと客間になってますやん」

 

ずっと物置きだったからねえ。友人には散らかっている客間の写真も送っていたので、差が良くわかるのだ。(さすがにここでお見せする気にはなれないw) もっとも、散らかっていたのは、押し入れや天袋の片付けのため物を出してあったり、他の場所の片付けのため物を客間に一時的に移動させていたり、そんな理由もありました。でもホントすごいことになっていたのでね。

 

8月には亡母の友人がお参りに来てくれていまして、今年もその前に必死に片付けたの。毎年「今後はこの状態を保つぞ!」と誓っては3ヶ月でまた散らかしてますが、気を引き締めていくぞ!

 

そー言えば、お客さんが来る際、お菓子とお茶を出す用意を父がすると言うので任せていたら、我が家にある最も安っぽいアルミ製のお盆に乗せていたので目が点に。

 

2人暮らしに12枚もお盆は要らんのに、父が全部置いておけと言うからしまっておいたんだ!! 年に一度の来客時に何故お客様用の上等な木のお盆を使わんのだ!!

 

片づけと衣替えと模様替えと遺品整理④ 参照。まあ要するに、あれも捨てようこれも要らんと言われると全部置いておきたくなるだけでしょう。使う気なんてないの。

 
 

ところで、実は今、客間で寝ております。夏場は2階の自室が暑いから1階で寝るの。例年は居間で寝ていたけど、今年はオンライン英会話レッスンを始めて客間にPCを設置しているので(窓を背にしているので室内の乱れは晒しておりません)、そこが私の巣になっているのだ。『家で一番良い場所に作った部屋をたまの来客時にしか使わないなんてアホらしい』という説は大いに頷けるものですし、いいじゃんね。

 

ちなみに英会話レッスンは「歴史ネタ英会話 ヒストリー・ラウンジ」。元は西荻窪の中世風英国パブ「オールド・アロウ」でやっていた、と言うか、今もやっている。東京に行く折にだけ参加していたけど、コロナ禍を受けてオンラインレッスンも始めたので、今は毎週参加しているのだ。現在のトピックは東ローマ帝国前期。ユスティヌス1世が終わって今はユスティニアヌス1世。2人とも、漫画でもここまで盛らんわと言うほどの人生ですよね。

 

その前のトピックはヴァイキングとゲルマン神話だった。以前にはアーサー王伝説、ジャンヌ・ダルク、十字軍、中世ヨーロッパの飲食物、歴史に残る女性戦士なども。トピックのリクエストは受け付けてくれるので、シャルルマーニュやエル・シド、ギルガメッシュ、ラーマーヤナやマハーバーラタなんかもやってほしいけど、生徒数も多く要望も多様だそうな。先生のルークはめっちゃ陽気だし、皆でワイワイお喋りするの楽しいよ。ご興味のある方はぜひ~。

 

さて、脱衣場と言うか洗面所とそのシンク下の片付け。

 

シンク下もうっかり、整理前の写真を撮るのを忘れてたんだよなあ。ぎゅうぎゅうにものを詰め込んで、その上に別のものを積んで、えらいことになっていた。

 

なので、ラックを導入することにしたのだ。空間を上下に分けて使えるように。この製品は幅も高さも調節可能だし、棚板も取り外し&スライド可能。配水管をよけて設置できる優れものです。

 

商品イメージはこんな風。

 

私が使うとこんな風。

 

排水管の他に水道管が2本も通ってるもんで、6枚ある棚板のうち3枚しか設置できんかったわw でもこれで、何がどこにあるのか一目でわかるようになりました。捨てたものも少しはあるけど、それを差し引いても期待以上にスッキリした。相当無駄な空間の使い方をしていたと見える。今なんて、わざと隙間を空けて奥が見えるようにしてあるのっ。

 

ホームセンターの袋の中はお風呂・洗濯機関係の消耗品ストックをまとめてある。この袋の背後だけは、見えない部分になってしまったけど、そこにあるのは父が旅館のアメニティを持ち帰ってきたコレクションを詰めたポーチ2つ。これは一目で見える必要がないので問題なし。ちなみに父に「ポーチはここにあるからね」と見せたら「それ何が入ってるんだ?」だって。

 

ハンドソープが4本もあるのは、粗品で貰ったからです。その下のGUMのマウスウォッシュも確か貰い物だ。使わないなら捨てた方が…。実は、同じく貰い物の柔軟剤は捨てました。匂い付きで、苦手なので。もらってくれる人もいなかったし。

 

ここは元は3段ともタオル類を平たく積んでおりました。

 

でも最上段は、踏み台がないと物が取れん。左の方に写り込んでるドアの上の枠の位置を見たらどんなもんかおわかりでしょ? なので最上段には、めったに使わないバスブーツを。

 

2段目には、元は、写真の左側にあるフェイスタオルが4つ折りで平たく置いてありました。そこに3段目にあったタオルも同居させるため、左右で分けることにしたので、折り方も変えた。

 

最下段には洗濯用の洗剤や漂白剤などを収納してある。

 

で、元々その最下段に入れていた私のタオル類はA4書類ケースに入れて突っ張り棒の上へ。

 

漂白剤とかよりタオルの方が使用頻度は高いので取りやすい棚の最下段に置きたいのは山々ですが、突っ張り棒の上に重たいものや液体は置きたくない。タオルなら軽いからね。タオルは丸めて入れておくと取りやすいってホントねえ。これ↑の右側にちょっと見えている同じ書類入れには、雑巾など掃除のための布物を入れてある。

 

あと導入したのは、この吊り下げ型のバスケットくらい。(高さ調節のためフック2段式)

 

この吊り下げかご、なかなか便利なのでもう一つくらいぶら下げたくなるけど、スペースがあればあるだけ散らかす自分の癖を考えると、「ものを入れていい場所」をやたらに増やさない方がいい…。

 

あと、使わなくなった洗面器2つに細々したものを漫然と突っ込んで、貯水用ポリタンクの上に置いてたんですが、洗面器の方がタンクより幅があってはみ出て鬱陶しかったので、ケースを買って入れ替え。


 

じゃあもう洗面器は要らんのではと思うところですが、父が捨てるなと言うので突っ張り棒の上に置いてあります。

 

棚はもう一つありますけど、その中はほとんど触っていないので書くほどのこともない。

 

あと、洗濯機の前の足元にもバケツやらバスケットやら置いてありまして、洗濯機の幅よりはみ出して鬱陶しかったので、そこも整理。バスケットは私が荷物置きにしちゃっていたしw そこも整理しまして、小さなケースを配置。ちょっと服を置きたい時などに使えるように、でも荷物置きにするほどの容量はないように(自分を警戒しているのです、ええ)。

 

洗面所&脱衣所のお片付けはあっさり終わったという印象。

 

こんな長ったらしいシリーズになると思っていなかったけど、これはこれで個人的に貴重で楽しい記録となりますのでのんびり続けます。 

 

年代物の下駄箱。(そしてその横のスペースのカオスっぷりよ…)

 

 

亡母のパンプスなどがまだ4足ありましたが捨てました。私のパンプスとサンダルも4足捨てました。一応、2足だけ3センチヒールのパンプスを残してあるけど、もう履かないだろうなあ。

 

今の職場は10年かけて私色に染め上げ、Tシャツ、ジーンズ、スニーカーで仕事させてもらっています。外国の田舎町とかだと役所の人でもそういう格好が珍しくないじゃん。いいじゃん、ちゃんと仕事できてんだから。

 

それでも会議がある日はスーツとパンプスを着用しておりましたが、右足が軽く外反母趾になってきまして。足に優しいと評判の靴屋さんやアシックスウォーキングで質の良いパンプスを購入したものの、結局は段々に痛くなり。今はスーツにも合わせられるウォーキングシューズを履いています。

 

昨年、石川優美さんのKuToo運動が盛り上がりましたよね。パンプスを強制しないで、という運動です。私も新聞広告を出す支援をしましたよ。「パンプスを履いたらダメだと言うのか!履きたい人の権利を奪うな!」と的外れなことを言い出す人もいるんですが、履きたい人は履けばいいんです。問題にしているのは、履きたくなくても、健康を損ねてでも履かねばならない空気があること。実際、女性職員にパンプス着用を義務付けていた企業がKuToo運動を受けて指示を撤回したとニュースにもなっていました。少しずつ世の中が良くなっていくと希望を持てます。

 

さて、これまで下駄箱の中を2段に仕切れるラックを使っていました。

 

でも靴をたくさん捨てたので不要になり廃棄。と言いつつ、タイプが違うやつを改めて購入しました。

 

2足ずつのだと下側(奥側?)にどの靴が入っているか見えないけど、これなら1足ずつだからわかりやすい。どうも、最近は1足ずつのタイプしかないみたい。通販でも2足ずつのは見つからなかった。

 

次はこの隅っこスペース。こんな状態ですので、下のものに手が届きにくかったのです。

 

一番下にあるのは父の釣り用クーラーボックス。台にちょうど良いのでこのままにする。この上に乗せていた一回り小さい釣り用クーラーボックスと番重(黄色い大きなトレイ)は階段下の物置きへ。番重という名称だと初めて知ったわ。空気入れ(5年前の新品)は自転車置き場へ。3つもあったキャリーは廃棄し、代わりに折り畳み式の軽い台車を買う。

 

で、こうなりました。

 

積み上げ度が軽減されたし、下駄箱とクーラーボックスの間に立てかけてあるホウキやゴミ拾いトングや剪定鋏にすぐ手が届くようになったよ。

 

下駄箱の反対側の壁にはこの棚があります。整理前の写真ではありますが、実は左右どちらも、最上段を少し片付け済みなのだ。最初に撮っておくべきだった。

 

写真手前の段ボール3つは空き箱です。バカじゃないのか我が家。靴箱も7つ置いてあるけど、靴が入っていたのは2つだけ。後は空き箱だったり、靴磨き道具が入っていたり(放置の末ボロボロなので廃棄)、小さなネジだの接着剤だの何やら細々としたものが入っていたり(すべて廃棄)。本当に無駄な空間の使い方をしておりました。玄関なんて一等地なのに。

 

で、こうなりました。

 

一番下の箱、置き場所が無くていつも下駄箱の前に置いてあったんだよ~(一番最初の写真にちょっと写ってる)。ワインを箱買いした時や、500mlのペットボトルを箱買いした時に、空いているうち一番下のスペースを使えます。上の空いている段2つは、外から帰ってきて買い物袋をまず置く場所としても使える。特にコロナ時代は消毒してから持ち込みたい。てゆか、無理して物を置かなくても、このままなら光が入って明るいしね。

 

写真を撮る前に片付けてしまった箱の中に、亡母が食品関係の活動に使っていた大きな模造紙の丸めたものが立ててありました。入院する前だから20年以上前だな。その箱の底には口を縛ったレジ袋も突っ込んであり、「まったくもう、こっちは何が入っているやら」と開けてみたら、

 

ぬおお~! 私の初代のバックパックカバー! 捨てたと思ってたよ!


 

雨除けと言うより泥除けでしたね。道端はもちろん、東南アジアや中南米のローカルバスの貨物スペースとか、結構汚れますんで。バックパックを洗うのは面倒だけど、カバーならすぐ洗えるからね。そー言えば、バスの荷物係がバックパックではなくカバーの端っこを掴んで持ち上げようとして、ビリビリビリ~ッと破けたりもしましたねえ。それでも頑張って使っていたけど、油系の汚れがベットリ付いてしまったのを機に捨てる決心を固めたのだった。…のに、なぜここにあるw 

 

修繕の痕跡。擦り切れて穴が開いたところを補強してあるの。

 

X線検査済みのシール。本当は剥がすべきですね、次の検査のために。ああ、私の40リットルのバックパックがこのカバーに包まれてコンベアを流れてくると小さな青い稲荷寿司のように見えて、大変愛しく思っていたものです。

 

10本以上あるスプレー缶は処理が面倒で放置してあったもの。残った中身を玄関先でシューシュー出そうと思っていたら、父が自分でやると言うので、秋まで待つよう言いました。暑い中でそんなことして倒れでもしたらと思うと。てゆか父が4本は使っていると言い張るので残します(埃まみれで明らかに何年も触ってない)。そのうちこっそり捨てて新しいのと取り換えておこう。

 

友人に聞いたところによると、札幌市では消防署で引き取ってくれるらしい。うちの市でもそうしてくれたらいいのに。
 

これは昔の電話台。電話帳は一応、置いておくそうです…。

 

下は折り畳み傘入れに使っており、このごちゃごちゃぶりです。

 

17本もあった…。古い傘は大きくて重たいから捨てました。残す傘用に折り畳み傘用の収納ボックスを買うつもりでしたが、東急ハンズになかったので、とりあえずブックエンドで長い傘を押さえてみた。

 

…もうこれで良くね? 空いたスペースにはお出かけの際に「あっ、忘れてた」となりがちなものでも入れておきましょうか。今ならマスクとか?

 

亡母の日傘は残してしまった。だって刺繍がきれいなんですもの。

 

 

 

 

元々古いし、何十年も手を入れず放置しているので、ちょっと染みや黄ばみがありますが、酸素系漂白剤にでも浸してみましょうかね?そしてここに置かず遺品箱に入れておこうかな?


実は私の部屋にも4本の折り畳み傘があるんだよね。記念品でもらったり、出先でにわか雨に降られて慌ててコンビニで買ったり、旅行用に小さく軽量のものをと買い求めたりで、増えてしまった。そのほか、職場の置き傘と通勤鞄の中で1本ずつ持っている…。
 

ところで、スリッパラックもありまして、平面に8足を立てられるものを使っておりましたの。ですが平面なだけに場所を取るし掃除がしづらいので、縦形のにしたいなあと姉に言いましたら、「スリッパラックって必要? お客さんが来た時だけスリッパ出してきたらいいだけじゃないの?」との返事。まったくですね。

 

めんどいので父には黙って解体し天袋に入れました。そのうち捨てよう。スリッパは物置へ。

 

 

まあ、玄関はこんなもんでしょう。まだ改善の余地はありますが、前に比べたらスッキリしました。

 

鍋とフライパンの写真が貼れていなかったので、再アップしました。

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先日燃えないゴミに出した圧力鍋と炊飯用の鍋、父によると、ゴミ収集車が来る前に、誰かが持って行ったそうです。金属として売ることができるのではないかとのこと。

 

更にゴミに出す予定なのが鍋の蓋。

 

どう見ても鍋より鍋蓋の方が多いのが長年の疑問でした。先に鍋だけ捨てちゃったのかな。そこで鍋に蓋を合わせながら数えてみましたところ、サイズが合う鍋のない蓋が7枚も。左上の2枚は年代物だな。実は鍋も数が多すぎるんですがね…。

 

ここにある鍋7つのうち、使っているのは2つだけです。ボウルとザルは、よく使うやつは出してあるので、ここのボウルはほとんど使っていない。

 

私は普段はフライパンをよく使っていまして。焼く、炒める、煮る、すべてにね。でもここのフライパンや鍋も、半分くらいしか使っていないなあ。

 

スペースはあるので無理に捨てることもないのですけど、置く場所があるからと捨てずにいるのはゴミ屋敷へのステップ…。

 

 

そして発掘されたこの鍋! 懐かしい、アメリカで使ってたやつですよ!

 

この鍋にアルミホイルをかぶせてご飯を炊いたっけなあ。キャベツと牛肉を炒め煮にしてすき焼き風の食事を楽しんだり。残ったお肉を冷凍しておいたら同じ寮の誰かに盗まれたのも忘れ難い。インスタントラーメンも作りました。寮が閉鎖される夏休みには又貸しのアパートで暮らしましたが(普通のことです)、シャワーがないバスタブと蛇口だけのお風呂だったので、この鍋にお湯を受けて頭からかぶったものです。この鍋はコンマリ風に言うとスパークジョイしますんで、棚の奥に埋め戻しました。

 

ちなみにこの鍋が発掘されたのがこの角の収納(下側)。ここ、めっちゃ使いにくいんだよねえ…。

 
写真で見るだけだとわかりづらいんですが、入口が狭く奥行きが深い上に、奥に向かって体を正面にできないので、横向きで手を伸ばすしかなくて。触らないものしか奥に入れる気にならない。

 

最上段にはお正月用品(全然使ってない)、二段目の奥はタコ焼き器(40年くらい触ってないと思う。もうガス管がやばそう)と巨大なたらい(見たことない気が)とジンギスカン鍋(使いこんだ感じがあるけど、あまり覚えてない)、最下段の奥と左側には使っていない10枚のお盆。一段目と二段目の手前においてある容器はたまに使っております。

 

下の棚も入口の狭さに比して奥行きがありすぎ。棚を互い違いにしてある当たり、手が届きやすいようにと配慮はされていると思いますけどね。

 

奥側の最上段には使っていない大きなザル。手前の菓子箱にのせてあるのはお屠蘇セット。二段目の奥は大鍋と包丁研ぎ関係。最下段の右奥は梅酒とか漬ける時の大きなガラス瓶2つ。左奥には昔使っていたホットプレートや大鍋、未開封の土鍋…。まともに使ってるのは手前だけです。最下段、写真手前の奥には、現役で使っている土鍋の空き箱がありました。なんで使い勝手のいいスペースを空き箱で埋めるんだ! 破棄しました。

 
お茶挽き用の石臼や時代を感じさせる重たいジューサーミキサーも発掘されたんですが、それは元に戻しました。上の写真で言うと料理酒やみりんの背後に置いてあるの。絶対使わんけど、あの奥まで物を置いたらまた取り出しにくくなるし、たわしのストックを置く台にちょうどいいかなって。奥側は高さがないと取りにくくなるからさ。
 

他人様が見ていても何も面白くないと思いますが、忘備録代わりに載せていく。あの棚、何があったっけ、と思ったらこのブログを読みに来るわ。

 

流しのすぐ上の一番よく手が届く棚。椅子に立たなくても手が届くのは一番下だけですが。

 

一番下は見ての通りタッパー類。奥はデッドスペースで良いので、使っていない食器などを押し込んである。二段目の収納ケースの中はお菓子作りの道具をひとまとめにぶち込んである。捨てちゃおうかと思わなくもなかったけど、中世の修道院のお菓子とか作ってみたい気もしまして。いつか、気が向くことがあればね(たぶんない)。最上段はお弁当関係です。(一段丸ごと不要物…)

 

ところでこの収納ケース、今回片づける前に開けてみたら、またしても大量の割り箸が発掘されたんですよ。も~ 割り箸はこないだ片づけたとこなのに~。やはりまずは全てを外に出してみないとダメね。とりあえず新たな発掘品も割箸保管庫に移しました。整理してないけど。

 

その次に手が届きやすい棚がこちら。ここも一番下だけすぐ手が届く。

 

最下段には調理道具を入れてありますが、実は左の2つは使ったことない。発掘したばかりのもの。そのうち使ってみます。奥の「ふっくらさん」は陶器の蓋付き鍋。コンロもレンジもオーブンもOKと言う優れものらしい。使ってもいいけど、未開封だからバザーに出してもいいかな。

 

二段目と最上段の半分は亡母のコレクションの瓶類…。これでもかなり減らしたんですよ! ピクルスを漬ける時や骨から取ったスープを冷蔵庫で保管する時に重宝しますが、こんなに要らん…。ため込んだレジ袋で収納スペースが奪われるのと同じやん。そのうち整理します。まあ、どうせ余程のことがなきゃ触らん場所なんですけどね。脚立でもなきゃ手が届かんもの。

 

まだ試行錯誤しておりますので、そのうち整理し直すかもしれない。でもその時は今回よりずっとやりやすいはずだ。何がどこにあるか把握できているし、今使っているものと捨てられないだけのものとに仕分け済みだし。