PET-CT検査からちょうど1週間後の午前10時。
それが次の診察日でした。
その日は朝から激しい豪雨で、バスが時間通りに来るかわからなかったので相方に送ってもらいました。
到着、8時半。
ここから長い長い待ち時間でした。
乳腺外科で言われた「悪いものではないと思いますよ」という言葉を信じればいいのか、こちらの先生の次々に手続きを進めていくことから考えられることになるのか。
そうだったとして、転移はあるのか。
余命は…
最悪の事態を考えていたらショックも少なかろう、と最悪のパターンを色々考えていたところ、診察前に看護師さんから呼び出されました。
「10時の予約で8時半に来られてますが、体調に何かありましたか?!」
いえ、雨が激しかったので家人に車で送ってもらいました、と答えるとホッとした様子でドアの向こうへ。
あ、やっぱりがんなんだ。
そう確信しました。
再び名前を呼ばれて、診察室へ。
先生は少し微笑んで、それからいきなり本題に入りました。
「がんでした。がん細胞が大きくなり、乳管から飛び出して広がっています。ただし、まだタイプなどは不明です。それは来週になります」
☆乳がんは5つのタイプにも分けられ、そのタイプにより治療方法が異なります。この時点ではがん細胞は見つかったものの、さらに細かい結果は次の診察日(6月24日)に知らされます。
「がんが腋のリンパ、鎖骨下に転移しています」
転移…
「しかし、他の臓器などへの転移はありませんでした。遠隔転移があると手術ができませんので、それはよかったです」
といって、PET-CTの画像を見せながらの説明。
「がんでした」
「がーん」
といったネタに走るわけでもなく、
「そんなはずありません!」
などと言って取り乱すわけでもなく、ただ淡々と説明を聞いている私のことを先生(ここからは主治医、とします)はどう思われたことでしょう。
昔々の「赤いシリーズ」のようなコテコテの昭和のドラマだと、こういうときは本人を外して家族に告知するパターンが多かったと思います。
今はこんなふうにわりとカジュアルに告知されるんですね。
それだけがんが克服できる病となってきたことの証なんでしょう。
初めて見るPET-CT画像。
鎖骨下に潜んでいる奴らがまるで蛍のように光りながら動いていました。
頭の先から爪先までの画像で、胸以外に光る部分はなく、それは大きな安心材料となりました。
「まだサブタイプがわからないのですが、先に手術の日程を押さえておきましょう。7月25日しかあいていませんが、ここでいいですか?ここを逃すと次は8月末のあたりになります。もし治療方針が変わって手術が後になったらキャンセルすればいい話なので」
と、ここでも相変わらずテキパキと手配されました。
自分でも不思議なくらい落ち着いていて、一筋の涙すら流れませんでした。
これが小さなこどもがいたり、可愛い盛りの孫がいたりすると、がんであることが受け入れがたいのかもしれませんが、うちは娘たちはとっくに成人し、相方も精神的にかなり自立した人間なので、私に何かあってもそれで引きづられてしまうような人ではありません。
その点で、がんに闘いを挑むにあたっても淡々とミッションをこなしていく心構えができていたように思います。
「これを読んでおいてください」
と渡されたパンフレット。
表紙にも裏表紙にも何も書いてありません。
一見するとメモ帳のような一冊。
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乳がんに初めて向き合う患者対象の、乳がんについてまとめられたパンフレットでした。
「今日はお一人ですか?次は診療方針についてお話しますので、ご家族もご一緒に来てください」
とのこと。
相方を連れて来る予定、とお伝えして、治療の準備段階、採血へ。
採血を終えて会計に向かう途中、乳腺外科の前でこれから化学療法に入る方に看護師さんが説明してらしたのですが、その患者さんがとても明るくてハキハキして(内面がどういう思いなのかはうかがい知れませんが)、あ、私もこういう人になりたい!!と思いました。
がん告知を受けてどよーんとしてる暇はない。
さぁ、ウイッグを探そう!
入院の準備もしなくては! 半袖前あきのパジャマも探さないと!(これが後に大後悔することになるなんて、このときは予想だにしませんでした💦
当日の家族LINE