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Passion 

passion8  【すばらしい人生】

『第四チャクラ 周りと自分との関係 

そこで見えたのは kaiさんが見えて 周りにたくさん人が見えたんですよ 

kaiさんは 両方の手に 二人の男の子と手をつないでるんですよ 

両方の子供と 手をつなぎながら 

kaiさんは 周りの人とニコニコ話してるんですよ。

どうゆうことですか って聞いたら 

あなたは 周りの人ととてもうまく その場を過ごすことができるでしょう

二人のちっちゃい男の子は あなたです 

一人はこわばっていて おびえていて でもお花を持っているんですよ 

もう一人は めちゃくちゃやんちゃなんですよ それで どっちもあなたです 

どっちも出る場合があります 

ひとりは 心根がやさしいっていうか でもちょっと気が弱いっていうか 

そうゆう部分があなたにはあるでしょう 

ひとりは きかん坊っていうか 乱暴者っぽいところ 

そうゆうところも あなたにはあるでしょう 

その二人が完全には あなたの中には入っていません 

あなたと手をつないだ状態で その一歩手前の表面のところで 

けっこう 人としゃべったりしています それはあなたにもわかるでしょう 

そして次の絵を見てくださいっていわれて 

周りの人の一人がkaiさんにむかって 

めちゃめちゃおっきいボールを バーンて投げたんですよ 

するとkaiさんは そのボールをつかんで また 投げ返したんですよ 

そして次の人が出てきてその人が パッて ナイフ投げたんですよ 

そしたらkaiさん そのナイフつかんで 

またその人に ナイフ投げ返したんですよ 

また次の人が出てきて その人はハートをこうやって渡したんですよ 

すごいきれいなピンクのハート 

するとkaiさん 二コーって笑って

ピンクのハートを その人にわたしたんですよ。

で この三つの絵が表すのは あなたは攻撃には攻撃を 

やさしさにはやさしさを みたいな感じで対応しています 

あなたの中に全部ある部分です 

たしかに このやり方はよかったかもしれません 

でも 今からあなたに言いたい事は 自分からハートを開くということです 

なにかをされたから そのまんま返すということではありません 

もし 自分から本当の意味で

攻撃をしかけたかったら 攻撃をしてもかまいません 

そして自分から 本当の意味で

ハートを渡したかったら ハートを渡してもかまいません 

相手が どうゆう態度を取ってるかとゆうことを無視して 

自分がどうしたいか ということが

あなたの人間関係のポイントですって言われて 

それをやったところで

人間関係うまくいかないんじゃないの って思うかもしれませんが 

あなたにとって もう一段深いところで つながっている 

けれども ある程度のところからは入れないというのではなくて

深いところでつながるという事が あなたのポイントになるでしょう 

そして あなたは実際に これをできる人です で それはなぜかというと 

さきほども ちらっといいましたが本当の意味で

あなたは めちゃめちゃ大きなハートを持っています 

ものすごく深いところでやさしい 

人に対する慈悲って言うか 愛情っていうか 

どの人もいっしょっていうか あなたは本当の意味では知っています

そうゆう事に今回の生でやろうとしているにもかかわらず 

あなたがまだ しり込みしてる部分があります 

やられた分だけ とりあえず出しとこ みたいな 

そうゆうことを 抜け出す時期ですって言ってました。』

『三チャクラは なぜ生まれてきたかとか

自分自身に 敬意をはらってるかどうかのチャクラです 

大きな道があって 星がキラッって輝いてたんですよ 

そこにトロッコみたいな列車が流れついたんですよ 

山を通って道に そして その列車に乗っていたのはあなたです。

あなたは なんとなく流れに乗ってきています。

そして なぜ生まれてきたかということは まだ全く見えてません 

それは ひとつにはポイントがあるんです 

あなたにとって一番大切なことは 勇気を出すことです 

この勇気というのは 実際に行動する事です 

あなたは ある程度 宇宙の真理を知っています。

人間が裏も表もある事とか 

自分自身の中にも いいところ 悪いところがあるとか 

だけれども 人の中にはやさしさがあって 自分の中にも本当にある 

ということを あなたはよ~くわかっています 

そして あなたはものすごくハートで感じる人です 

ハートが ものすごく大きい人です 

だ その二つがありながら

自分の中で 勇気を出して行動する ということがなくて

本当の意味で これをやりたいとか 

本当の意味で ここ こそしなければいけない というときに 

あなたは投げます ほります みたいな感じでいわれてて 

それで トロッコから流れ着いたkaiさんを見たら

大きな袋をかかえていたんですよ。

どうゆう事ですかって 聞いたら 

あなたは危険が迫ったり

なんか怖いなって思ったりしたら 袋の中に逃げます 

どうゆうことですかって聞いたら 常に逃げ道を持っています 

逃げ道を持たないように 袋を捨てましょう 

それは あなたにとって とっても安全な場所でした

危害を加えられない場所 

だけどもそれは あなたにとって

今までは とっても役にたってたかもしれませんが

今からあなたが 本当の意味でまだ自分が

どれだけ スケールの大きい人か わかっていません

本当の意味で スケールの大きい人だということを

うっすらとどっかで感じているけども でもこれをほんとうの意味で

今回の生で実現するために 袋は捨てたほうがいいでしょう 

そして逃げ道を作らず 直面する問題一つ一つに勇気を持って行動する 

そして あなたは必ずできます って言われて 

なぜなら 次の絵を見てくださいって言われて 

めちゃめちゃ大きなトラックが ガ~って来るんですよ 

みんなが逃げ場がない トラックを止める術もない 

そして周りにはkaiさんが人間として好きな人いるんですよ。

そのときにkaiさんのとる行動です って言って 

次の絵で トラックの前に下敷きになるんですよ。

それで トラックがギャ~っていって止まるっていうか 

あなたは 大好きな人のためには 命を捨てる事もおしみません 

そうゆう勇気は十分に持っています。

ただ 自分に危険が迫ると とたんにあなたは逃げ出します(爆笑)

そうゆう傾向があります 

ものすごく優しい人だなぁって人に言われる場合もよくあるでしょう 

私たちがあなたに言いたいことは 

そこまで人の為にできるぐらいに勇気を自分に向けて持つ

とゆう その時が今 来ています 

とにかく あきらめない 

逃げないっていう事があなたにとってポイントです。』 

生まれてきた目的? そんなのあったの?って 思った 

僕にも いや誰にでも生まれてきた目的ってのがあるんだろうか? 

ここ こそしなければいけないって時に あなたは投げますか・・・ 

やはり おっしゃるとおり 以前 理学療法士の仕事を見て 

おじいさん おばあさんと接する仕事がしたいって思って

本屋で 調べた事があるのを思い出した 

理学療法士になる為には 昼間の学校に3年間も行かないといけない 

その上 国家試験に合格しないと 免許がもらえないのを見て 

あきらめたことがある。  その時は33歳位だったと思う 

そんな歳で 高校卒の子と学校なんか行けない 

家にお金入れないといけないし やっぱ無理だって思った。

袋を持って 怖くなるとその中に逃げるは ほんと僕の性分で 

何か問題があると ほとんど逃げてたように思う 

それと 今回の生は 今回のせい だとばかり思ってたが

後で彼女が 今回の生だよって教えてくれた 今回の生 

今生って事は何回か生まれ変わった 今生の事だ 輪廻の事? 

教会では輪廻の教えはない 

輪廻は仏教 ヒンズー教の教えだ 

やっぱこれって宗教がらみ? って思ったりもした 

それと スケールが大きいって言われたが

???って感じで そんなの 一度も思ったことなかった。

あっけらかんとしてたら

『では第二チャクラ 感情とかセクシャリティのチャクラで見えたのは

kaiさんの顔が見えてちょうど顔の半分 

横で二つに分かれてたんですよ。

上側はにこ~って笑ってるんですよ。

それで半分下は赤と茶色と黒を合わせたような色が

ぶわ~って塗られてたんですよ。どうゆう意味ですか?

って聞いたら 外側に出してるあなたは 

ものすごく穏やかで にこやかなあなたでしょう。

ただ あなたは たしかにその気持ちも感じてるし 

そうゆう部分が多くあります。

ただ下の部分の赤 茶色 黒を混ぜたような色は何を表していますか?

って聞くと これは決して ほとんどの場合 見せない部分です。

って言われて ここには怒りが いっぱいあります。

ものすごく怒ってます。 ほんとの事を言うと 

言い返したいとか こうゆうふうに怒ってんねんぞ

って思ってるんですが それはできません 

あなたの やさしさがそうさせません。

それをどうにかして ちょっとずつ開放する方向に向かったらいいですね。

って言ってました。

ほんとうの事言って なぜそれを開放した方がいいかって言うと 

もうちょっと奥を見てみましょう って言って 奥を見てみると

地球があって 人もいてkaiさんが真ん中にいて 

ぶわ~って その色を周りに出してたんですよ。

周りに あなたは怒っています 

だけど 本当はその奥を見てくださいって 見たら 

今度は逆側に 自分が出してるエネルギーが

全部 自分に返ってきてるのが見えたんですよ。

本当はあなたは自分にめちゃめちゃ怒ってるんです。て言ったんですよ、

それを うっすらと自分で感じてるかもわかりません 

本当に自分が自分に 怒ってるのはつらい事だから

どこかしらで開放していったほうがいいですよね。

その奥を見てみましょう って言って その奥を見たら

水がいっぱいの所が見えたんですよ 

その中には悲しい気持ちがいっぱいあります

それも ぎゅ~って押さえ込んでます。

外へ出ないように 出ないように一生懸命してkaiさんは生きているでしょう

って言われて それは自分ですごくわかるはずです。』

で終わった

今まで 職を転々としてきたのには訳がある。

僕は自分で言うのもなんだが お人よしで通ってる、

いい人には すごくよくわかってもらえるのだが 

世の中には人がいいのを馬鹿にする奴がいる 

こいつは 馬鹿にしても怒らん って思ったらなめてくる 

それで 今までさんざんな目にあってきた 

僕が思ってたのは もっと しっかりしてたら 

もっと 自分に自信があったら こんなふうに

馬鹿にされることなんかないのに って思ってた 

これって自分に怒ってることだった。

だいたい 我慢の限界が来るとキレて そいつにぼろかす言うたり 

殴り合いの喧嘩して ほとんど会社を辞めてた。

その奥の悲しい気持ちって言うのは 

なんで あいつそんな事するんやろうって気持ち 

そんな事して楽しいの って気持ちが僕の中にずっとあった。

2002.9.1.sun チャクラリーディング当日 

僕は久々 彼女と逢ったが 彼女は心を開いていない

暗い顔をしてて もう僕に対して恋愛感情はなくなっているって感じだ

はぁ・・・・  こんな事なら来るんじゃなかった。

でも仕方ない ここまできたんだし 予約もしてる 

そのリーディングしてるとこは 神戸の東灘区の団地の一室だった 

僕は どこか部屋を借りて 占いの館みたいなのを想像してたが 

ふつうの団地で そこで暮らしてるようだった 

玄関から入ると こんにちはって彼女が そこの女の人に声をかけてた

その女の人は美人で 僕より すこし年下って感じだ、

そして その女の人は 「はじめまして、糟谷晴子です。

よろしくお願いします。」って僕に話しかけてきた 

僕は 「こんにちは この子の あれです」とか 

わけのわかんない事を言ってしまった。

部屋を見渡すと 長椅子があって その前に 

いろいろな石や観音像 仏像 天使の置物 マリヤ様の像まで置いてた 

なにかの宗教にしてはちょっと変だ でも僕には共感する部分があった 

キリスト教の教えは 「信じるものは救われる」だ 

教会に何度か行き その教えを聞くたびに 

世の中には キリスト教以外の人だって いい人たくさんいるやん 

無宗教の人や仏教の人 はたまた ヒンズー教やイスラム教 

そんな人たちに キリスト教がいいよ。

こっちの宗教に変わり! って言っても、

うちの家族が 違う宗教に変わらないように 

その人たちだって 変わりっこないって思ってた。

世の中には 

苦しんでる悲しんでる人達の為にボランティアしてる人だっている。

そんな人達が 信じてなかったら救われないの? ってずっと思ってた。

晴子さんの部屋は、僕の気持ちを肯定するような部屋だった。

ちょっとした雑談の後 ぼくのチャクラリーディングが始まった。

晴子さんと向かい合って 僕が右手を出す 

晴子さんは 僕の右手を両手で握って目を閉じた 

僕の手を握ってなにするんやろう? って思ってると 

晴子さんは 目を閉じながら ふらふらと頭を振る・・・

そして10分位経ったろうか 

「はい終わりましたよ」って晴子さんが言った。

僕は なにがなんだかわかんない感じでいた 

すると晴子さんが 「はい いいですか?では始めます。」

僕の彼女は録音を開始した。

晴子さんが話す内容を録音してもいいのだそうだ。

『第一チャクラ 地に足がついてるかどうかで見えた絵は、

kaiさんが傘を持ってるんですよ、

時たま 上から石ころが降って来たとき その傘で避けれる 

この傘はあなたは誰かにもらいました。

次に 空気銃みたいなのを持ってるんですよ。

誰かが襲ってきそうになったとき パパパパッて撃って

襲ってきた人達は どこかにいっちゃうんですよ。

この空気銃もあなたは誰かにもらいました。

こうゆうふうに こりゃちょっと最悪かもっ ていう危機を

あなたは何度となくまぬがれてきています。

それは自分でも知っているはずです。

それは自分できりぬけたと思ってるかもわかりませんが、

それは ほかの人からもらってる または 私たちが渡すように頼んでる 

すごいラッキ―な すごい いろんなことがあっても危機は乗り越える

そうゆうふうになっています。

それはあなたの持っている性質に 徳があるからです。

次の絵を見てください。って言われて 滑り台があるんですよ。

ものすごく長い滑り台があって下の方に湖があって 

次は登りがあるんですよ。 それはまた違う道で 

歩いていく階段みたいな道があるんですよ。

上のほうに きれいなお花畑みたいなものがあるんですよ。

そして言われたのが 今現在 もしくは近い将来 

近いって言っても 1ヶ月以内 あなたは二つの選択をせまられています。

下に行くにはらくちんそう しかもなんか涼しそう 

上に行くにはしんどそう でもなんかお花畑もありそう 

これはあなたの中でわかる選択です。

ほんとうのことを言うと どちらを選択しても同じところへ着きます、

まったく違うって思うかも知れませんが 同じところに着きます。

あなたはこの選択を ものすごく頭で考えます。

ただ あなたにひとつだけ申し上げたいのは 

とにかく自分の気持ちに正直に 周りの気持ちとか 周りの出来事とか

いっさいがっさい無視して 本当はどっちなのかということを

自分に聞いた時にあなたはわかるでしょう。

自分が本当に行きたい方 したい方 を選んでほしいって

私たちは思っています。で終わったんですよ。』

一チャクラ?最悪の危機は乗り越えられる・・・

そういえば以前 夜中に蛍が見たくなって

車で近くの山に行って 誰もいない 真っ暗な道を一人で歩いてた時 

急にお腹が痛くなって がまんできなくなり 車に乗って走り出したとたん

暴走族風の車が二台とすれ違ったのには ほんとに驚いた事がある。

その時は、背筋がぞ~とした。誰かが助けてくれたんだと思った。

おとうさんかも 神様かもってのも考えた。

あのまま道を歩いてたら 何かされてた って直感でそう思った。

車が去った後 不思議なことに お腹の痛みは消えてた。

それと もうひとつ二つの選択は 今現在  実際に選択を迫られてた。

今の仕事を続けるか もうひとつの道は福祉の仕事だ 

以前から福祉関係の仕事がしたかったが

仕事に就くには ほとんどの場合免許がいる 

40前なのに今さら学校に行けるわけないって考えてた。

転職すれば収入も減るし 一からやり直さないといけない 

どう考えてもできないって思ってた、

なんでこんな事わかるの!?

僕の彼女が 事前に晴子さんに話したのかって事も考えた 

でも二つの選択とか 守られてるとかは彼女に話した事もない。

なんなんこれ!? 

なんかわからんけど すごすぎる!って思った

僕も今までいろんな経験をしてきて人間的に図太くなってたので 

おかまいなしに 会社に何回も顔を出した 

でも 顔を出すのが 嫌で嫌でしかたない時だってあった 

この世知辛い世の中、今の世の中そんなもんやなって。

その頃から将来に不安 世の中に憤りをもちだした。

俺なにしてるんやろ・・

こんな事なら喧嘩しても がまんして本社にいればよかった。

今の仕事は30代だから まだ体力的にできているが

これから先 続けていく自信はなかった

正社員と言っても健康保険も厚生年金もなくアルバイトと同じ状態だった 

僕はもう39歳になってた 

夢も希望もない人生 

休みの日に彼女(テニスサークルで出会った)に会っても 

将来が不安で楽しくなかった。

その頃の僕は 本当にどこかに逃げ出したいって思ってた。

なにが楽しくって みんな生きてるんだろう 

子供の頃の純粋な気持ちを押さえ込んで隠し

本当のことを言えず 

本当のことを言う奴がいれば

バカだなぁ もっと世渡り上手にならな あかんわ

てなことを思いながら 何も言わず その人の行く末を案じ

自分だけは うまく人生歩いて行かなって

防御の壁を作りながら

敷かれた線路の上を歩いて

少ない休みの日には どこかに遊びに行って

ローンでマンション買って

夢といえば このまま この会社にいれば 課長には なれるだろうって  

ほんと 小さな夢

そこまでして この会社にしがみついていたいの?って

本当の自分を出せず 

上司に嫌がらせされてる部下を 見てみぬふりをしながら人生歩いてる

僕はそんな器用じゃないし そんな人間にもなりたくなかった

でも 実際 そのようにしなきゃ 

今の僕のように 社会から 置いてきぼりになってしまう

どうしようもなく 矛盾した社会だと思っていた自分と 

うまく生きていく周りの人達

ほんと僕にとって 人生のどん底って感じだった。

この話を聞くと 

なに言うてんの みんなそうやって生活してるんじゃないの 

そんな事言ってたら 社会からおいてかれるよ。ってみんなは思うだろう 

実際 僕は 社会から 置いてかれてたし 

この世の中に嫌気がさしてた 

僕は真剣に悩んでた。

もうすぐ四十歳まだ結婚もせず 人生に悲観してた 

彼女は早く僕と結婚したいみたいだったが 

夢のなくした僕じゃ 長続きしなかった 

彼女と別れる最後の日 

彼女は僕にどうにかして立ち直ってもらいたいって思ったのだろう 

江原裕之の「スピリチュアルガイドブック」って本を彼女からもらった。

なに この本 こんな本もらっても僕の心は癒されないよ。

どうでもいいやって思ってた。

でも 別れて何ヶ月か経ち 彼女にもらった本を読んでみると 

誰にでも ガイド(守護天使)って存在がついていて 

いつも見守っていてくれている 

世の中には偶然はない 全ては必然 って事が書いてあった 

全てが必然? じゃあ  今の僕の この最悪な状態も必然?

あの むかつくやつと会ったのも必然 

今まで いろんな会社に行って 嫌な思いしたのも必然 

見守っていてくれてるんなら 

どうにかして助けてくれてもいいやん って腹が立った。

その本には、

悩み事があるなら 

霊能者のカウンセリングをしてもらうのがいいでしょう 

ってなことも書いてた 

そういえば 彼女 以前ヒーラーにチャクラリーディング

っての みてもらったって言ってた。

なにそれ? って思ってたが 彼女いわく

ヒーラーが ガイドにアクセスして 

メッセージを伝えてくれると話してたのを思い出した

人生変わるんだったら 一度うけてみようかなって思って

インターネットで調べたが 

たくさんあって どこに行けばいいのかわからない。

仕方なし 彼女に連絡したら 

快く受け入れてくれて 予約まで取ってくれた。

本当は まだ彼女に未練があったのだと思う。

予約の日まで一ヶ月ほどあった 

その間 そんなばかげたのやめとこって 

何回も やっぱ 行くのよそうって思った  

彼女にもメールで断ったのだが 

予約入れたんだから行こうよっ て言ってくれたので

断りきれず

彼女とも久々会えるし 行くことにした。

Nさんは なぜ あんな行動をとったのだろうか 

あの時 なぜ僕のところに来なかったのだろうか

Nさんには 家族がいた 辞めてく僕の味方をすれば 

自分の立場が危うくなる もし それが問題になって 

僕と同じように会社を辞める羽目にでもなれば 

自分の家族はどうなるのか

僕がNさんに 給料を渡すなんてことはできない 

家族のため 自分のために そういうふうにしたんだって思った  

でも あの会社って枠がなかったら 

きっとNさんは 僕のところに来てくれたって思う

Nさんの辛い気持ちも良くわかった 

今の世間って こういうもんなんだなって思った

退職後2ヵ月位してから 僕の方からNさんに電話した 

元気でがんばってることを伝えたかった

電話には Nさんの奥さんが出た 

奥さんはびっくりした様子で「kaiさん Nが本当に心配してたんよ」って 

すぐにNと電話を代わった 

Nは 泣きそうな声で「kai 元気やったか 

本当に心配してたんやで」って言ってくれた

僕は明るい声で 「心配しなくっていいっす 

今は休憩中で もう少ししたら 就職活動する」って話をした

やっぱり 僕の思ってたとおりだった 僕のことを心配してくれてたんだ 

Nさんの本当の気持ちがわかって少しうれしかった・・・ 

その後 就職活動をしたが なかなか次の就職先が見つからなかった

半年後 やっとのことで見つかった会社は営業の仕事だった 

なんせ営業は初めてだが できそうな気がしてた

営業の仕事をする前に 事務の仕事を一通り覚えなければいけなかった 

でも 事務の仕事は 自分には向いていないのは初めからわかってた

案の定 仕事をなかなか覚えることができなかった 

始業1時間前に会社に来てがんばってたが結局 上司から呼び出され 

「kai君は 営業に向いてないじゃないかな」って

遠まわしの退職を命じられた

その会社は半年しか続かなかった ほんとについてない・・・・ 

お先真っ暗の状態になった

またもや 就職活動をしたが 何ヶ月も見つからず途方にくれてた時 

辞めた会社の下請けの会社に声をかけてもらった

下請けと言っても一人でしてる会社だった。

初めは週に2~3回位のバイトだったが 

本格的に正社員として働きだした 

下請会社の人(僕より一つ年下)は得意先に

本社とは違う価値観を植え付けるため

得意先から電話があれば夜中であろうと早朝であろうと即対応してた 

そのため仕事が不規則で 

夜中や 朝方まで仕事するのもしょっちゅうあった 

早朝からあくる日の朝まで仕事ってこともあった

早朝 仕事が終わって駐車場に車を入れ自宅に帰る途中 

バス停で出勤するサラリーマンを横目に自宅に帰ったりしてた 

休みの日は フラフラの体を休めるだけの生活が始まった。

その頃 休日に楽しみにしてたテニスサークルも行けなくなってしまった。

仕事がハードなため友達やテニス仲間とも疎遠になっていった。

その上 喧嘩して辞めた会社の下請けだったので

その会社に何度も顔を出さないといけない 

あのむかつく上司に挨拶もした。

他の社員にも挨拶をしたが なんかそっけない態度を取る奴とか 

完全無視する奴とかいた 

僕はまっすぐな事をしてて 誰にも迷惑なんかかけたつもりはない 

その上 嫌がらせをされて辞めたのに 

その会社では僕が悪者になってた・・・

そっか そりゃそうだよな 

僕に付くより会社や上司に付く方が 有利やろな って考えた。

僕を悪者にするほうが楽やもんな ってなことも考えた。

でもその人達の本当の気持ちもわかってた。

その人にだって家族があって守るべきものがある 

仕方なしにしてるってこともわかってた。

それからは母と僕の二人の生活が始まった。

僕がしっかりしないといけないのに 

ちゃらんぽらんの性格はなかなか治らず職を転々としてた。

会社で嫌なやつがいて我慢の限界が来ると喧嘩してしまい

何社も仕事を変わった。

25歳になった頃 転職した会社にも またまた嫌な上司がいて 

なんやかんや言うて嫌がらせをしてくる 

以前いたT君も あいつに相当嫌がらせをされて辞めていった 

その後はH君に嫌がらせをしていた 誰かターゲットを見つけると 

集中して嫌がらせをする そういう人間だった 

でも僕は もうけんかしたらあかん 

もう身動きできない年齢やって自分に言い聞かせ10年間も我慢してたが 

どうしても我慢できなくなって結局 もめて辞めてしまった。 

なぜ我慢できなかったのかというと 

その年は会社の売り上げがよかったので

社員に臨時ボーナスが出ることになってた 

社員が一人一人 社長室に呼ばれてボーナスを受け取った 

僕も呼ばれたが その時 社長から

「君 ボーナスを もらえると思ってるの?」って言われた 

社長はいつも社長室にいるので 社員の働きぶりはわからない

僕にいつも嫌がらせをしてくる上司からの査定で ボーナスが決まってた

あいつの 嫌がらせも ここまできたら もう我慢の限界や!

こんなんじゃ あいつがこの会社にいる限り

ずっと査定は最低だ って思った  

そうとう腹が立ったので 社長に今までの嫌がらせ 

あいつにいじめられて 辞めていった社員の話を一部始終話した

社長は 話し合いの場を設けてくれた 

専務 部長 課長 あいつと僕 5人で話した今までの嫌がらせを話したが 

「それだけおまえは他の社員より働いてるんか!」

とか専務や部長から いろんな罵声を浴びせられた

仕事してるとか してないとかそんなこと言ってないのに・・ 

俺ぜんぜん悪くないのに なんでこんなに攻められるんやろって 

僕が何も話さなくなったら あいつが

「ここまでの問題にしたんやから 

   もう辞めてもらうしかないなって言った」 

専務は 「やめる必要はない」って言ってくれた・・・

それから いろいろ考えたが もう意気消沈してた 

こんな会社にいても ぜんぜんおもんないし お先真っ暗や 

もうええわって思って その日の夜中 

一人会社に行って自分の机の整理をした ほんと悲しかった・・・ 

あくる日 社長に辞表を出しに行った時 

会社の前に車を停めてたら 課長(優しい)が来たので車の窓越しに 

僕は「今日で辞めますって」言った 

課長はびっくりした顔して「辞めるな」 って言ってくれた

課長と話してる最中に 

あいつと同僚(僕と仲の良かったNさん)二人が外回りから車で帰ってきて

僕の車の後ろにつけた 

課長が ちょっと話してくるって その車のほうに行って

僕が辞めることを話してるようだったが 

話しを聞いた二人は 僕のほうに来ず そのまま事務所に入ってしまった 

あいつが事務所に入るのは 当たり前だが 

なんでNさんは こっちに来なかったんだろう・・・

仕事が終わって時間が合えばいつも車で一緒に帰ってた 

仕事の帰りに 一緒にパチンコすることなんか何回もあったし 

家にも何回も遊びに行ったし泊まったこともあった 

僕は ほんとうにショックを受けた

自宅に帰り 母に辞めたことを 嫌々話した 

母の僕への心配そうな顔とあいつへの怒りの顔

その顔を見るのは ほんと辛かった 

その日のうちに 何人も同僚たちから電話があった 

でも電話をくれない同僚もいたし上司もいた Nさんからも連絡はなかった

僕のことを心配してくれて 電話をくれたうれしさと 

仲の良かった同僚の気持ち あいつへの怒りと 母の悲しそうな顔 

いろんな感情が入り混じった

その頃 僕はもう35歳になってた 

そんな やんちゃな反面 

子供の頃は泣き虫でよく母に怒られていた 

「これ以上泣いたらお灸すえるで!」って しょっちゅう言われてた 

隣のボスのおばちゃんは 母に

「あんた もう怒ったりな」って言ってたのを覚えてる。

ボスでも いいおばちゃんだったなぁ

でも 母も僕をあまやかして育てたから  

こんな泣き虫に育ったんやって思っていた。

幼稚園で工作の時間など 

どうやって工作すればいいのか わかんなかったりしたら 

すぐ泣いて みんなの気をひいて教えてもらったり、

小学校時代も誰かが喧嘩してたら

仲裁に入って 逆に殴られて泣いたりしてた。

当時の写真を見ると泣いてる写真が多い。

近所では よく泣くって有名だったようだ。

二人目の子供は母の産道が狭かったので生まれる途中窒息死した。

でも母はあきらめず 

再度挑戦して 僕と同じように帝王切開で僕の弟を生んだ 

帝王切開を二回もするとは母は強しだ。

父は四国生まれで 宗教は仏教だったが

大阪に来て キリスト教の教えに感激して キリスト教の信者になった 

教会で母親と知り合い ラブラブになったらしい。

母は生まれながらのクリスチャン 

母の妹が神学校に行って牧師さんと結婚したので

毎週のように僕も両親に連れられ 母の妹夫婦の教会に行ってた。

僕はといえば、教会に行ってたのは小学校低学年ぐらいまで、

それからはほとんど教会には行かなくなった。

なぜか 教会の雰囲気が かたっくるしくて、行かなかった。

中学校に入るまでにも いろんな塾に行った 

YMCAとかそろばん塾 絵の教室 習字 ピアノ 水練学校 

でも 勉強が嫌いなので 適当にさぼって長続きはしなかった。

水練学校なんか その学校に行かず

近くの市民プールに一人で行って泳いでた。

両親は初めての子供なので 僕に大きな期待をしてたみたいだったが

とんだ誤算だったみたいだ。

中学校になると進学塾に入れられて

(その当時有名な入江塾 灘高 ラサール高に

毎年何人か合格する塾 入塾するのに丸坊主にしないと入れない)

成績順にA~Fクラスまであったが 僕はFクラスの真ん中位だった。

その塾は毎日あったので中学校の友達と遊ぶ事ができなくなったが 

やはり類は友を呼ぶで 塾の中で遊び好きの友達ができた 

授業をさぼって百貨店の屋上のゲームセンターで ゲームして遊んだり 

商店街をうろうろしてた。その塾も運よく?

引越しすることになったので辞めてしまった。

中学校の時に転校して また新しく友達もできた。

その中でも 一番仲のいい友達は頭が良かった。

友達どうしで 和歌山の日の岬まで

泊りがけでサイクリングに行ったりもした。

僕はちょっと変わってて 中学 高校でも

学校で言う 不良グループとも仲がよかった。

誰とでも気さくに話せる 悪く言えば八方美人だった。

高校は新設校の第一期生。クラブは水泳をしたかったが 

まだプールができてなかったので しかたなくバスケット部に入った 

高校3年の頃にはいつの間にか彼女ができてた。

大学進学を目指して一浪したが予備校でも 

たまたま同じ高校の友達といっしょになり ほとんど勉強せず

一浪後 大学の夜間に入学したが途中で辞めてしまった 

ほんと親泣かせだったって思う。

それから家の近くの鉄工所に就職した。

その頃中学で仲の良かった頭のいい友達は

大学の医学部にいたが 持病を苦に自殺してしまった。

しばらくの間 友達の事を思い出し一人で泣いてた。

父は僕が小学校の頃から糖尿病で 

療養のため故郷の高知に一年程居たが僕が22歳の時 

心筋梗塞で他界してしまった。

危篤との連絡を受けて弟と母と3人でフェリーに乗り高知に帰ったが 

病院に着いた時にはもう手遅れだった 

大阪への帰りのフェリーでは家族三人暗かった 母はほんと悲しんでた。

当時 弟は中学生だったので父が亡くなってからは

母に小遣いをもらうのは気がひけたのだろう。

僕に小遣いをせがむようになった。

弟も高校卒業後就職して 東京に転勤になった。

僕は1962年大阪で産声をあげた 

ちょうど 映画「三丁目の夕日」の頃だ

毎日が穏やかで 時がたつのもゆっくりで

いつも両親の愛情で包まれていた

5軒並びの6畳2間の長屋 

右から数えても左から数えても三番目 真ん中んとこに住んでた 

隣のおばちゃんは 近所のボスで 

母が夕食の支度なんかをしてたら 

ボスが家の玄関に入ってきて

「あんた晩ごはん なに作ってるの ええにおいするなぁ」

っておかずを分けてもらいに来てた

今では ほんと考えられないが 当時では よくあることだ 


僕は生き物はなんでも好きで 

よく近くの原っぱや河川敷に行って虫を捕まえに行った。

蛾の幼虫とか蜘蛛とか蟻 かたつむりを家で飼ってた。

子供の頃から変わり者だったのだろうか 

蟻を飼うにしても プラスチックの容器に 土を3分の1 

あと蟻だけを ものすごくたくさん捕ってきて土の上は一面蟻だらけ 

土の量に対して蟻の許容範囲は はるかに超えてた 

その中に捕まえてきた 生きたままのカマキリを入れて

蟻に食べられるのを見てたり 

母がヒロタのシューアイスを買ってくると 

きまって中にドライアイスが入ってて 

それを近くの公園の 蟻の巣の入り口に置きに行った 

近くを通った蟻は一瞬にして体が真っ白になって

凍りつくのを見て 「ほ~」とか言ってた。

蜘蛛なんかも 捕ってきてやつを

家の裏の 猫の額くらいの庭に放すと 

あくる日には巣を張って 裏庭の植木に大きな巣が2・3コできる 

それが大きな蜘蛛で(コガネグモ 黄色と黒の縞々 体長十五cm位)

母がものすごく嫌がったのを覚えてる 

僕はおかまいなしに 蜘蛛の餌は 

コガネグモなんだから コガネムシがいいと思い込んで 

捕まえてきたコガネムシを 巣に引っ掛けて食べるのを見てた 

かたつむりは 裏の庭に放し飼いしてたら

子供を生んだらしく 4~5㎜のかたつむりを見つけて驚いた 

そんなに小さくてもちゃんと殻を背負ってた、

かたつむりのミニチュア盤だ!

小学校に入ると魚釣りが好きになり 

友達と神社の堀の中に入ってフナや鯉を釣った

よく 神社の監視員が巡回に来くるので

こちらも 巡回が来ないか監視してた

僕の残虐性は相変わらずで 

体調5・6cmの魚(モロコ)の口に かゆみ止めのキンカンを入れたら 

魚が 『く』の字になったのを見て

「おお~ キンカンってきつい薬やなぁ」って思った 

残虐性っていうか 実験が好きだったのだろうか・・・ 

電子レンジに生卵を入れたらどうなるんやろって見てたら 

こっぱみじんに爆発した 

母にみつかるとやばいので あわててきれいに掃除した 

魚釣りも いろんな思い出がある 

近くの池で釣りをしていて 釣った魚をビクに何匹か入れておいたら 

ビクの中の魚が 半分にちぎれて浮いてる 

池の中をよ~く見てみると 

大きな亀がビクの外側からビクの網ごしに生きた魚を食べてた。

魚を食べるのに夢中になっている亀は 

素手で簡単に捕まえることができた。

捕まえた亀を紐で木に縛り付けて そのまま帰った。

アヒルがいる池は 釣りをしてたら 餌をもらいに寄ってくる

とてもじゃまだったので 釣った魚を餌にして アヒル釣りもした。

夏休みになると 父の故郷の四国の高知によく行った 

やっぱ田舎はいい  うるさい位のセミの声 

時々道沿いで見かけるアイスクリーム屋さん(高知ではアイスクリン)

歩いてすぐの海には カニやイソギンチャク フナムシ 

いろいろな種類の魚もいた。

父も動物が好きで ひよこや鯉 手乗り文鳥を飼ってた。

小学校に入ると 誕生日に自転車を買ってもらい

朝はやくから友達と自転車で競争していて 

カーブに車が停まってるのに気付かず

その車に激突して 前歯が折れて右の膝を切ってしまった。

ちょうど通りがかった新聞配達のおじさんがそれを見ていて 

僕を家まで送ってくれたのを覚えてる。

すぐ病院に連れていってもらい 膝を5針縫った 

今でもその傷は残ってる。

学校?

『あなたは学校に入るでしょう ここは魂の学校です

あなたの愛情を より深く理解し そして それを表現する学校です

そして 私たちのような世界と地球をつなぐ学校です

そして あなたのビジョンを形にする学校です』


魂の学校?

ぜんぜんわかんない・・・

僕は45歳 結婚して2年 子供はまだいない

3年前から整骨院に勤めている

今の嫁さんと出会って8年になるが ようやく結婚したって感じだ

世間では晩婚って言うんだろうなぁ・・・

さっきの『あなたは学校に入るでしょう』の説明をする前に

長~い 前置きがある

僕の生い立ちから今までの

人生のいろんな ちょっと変わった出来事だ