アーシングエブリナイト -9ページ目

アーシングエブリナイト

10年間、夜は導電性シートを使ってアーシングをしながら寝ています。目覚めた時、ゼロボルトの脳とカラダは純正の私そのもの。紡ぐ言葉も私そのものでありたい。

電磁波カットの家では、

電化製品の電気コードプラグがコンセントに差し込まれたままで、

付近をうろうろするなら、明らかに空気の異変のようなものに気付いた。

なぜか。

家の中の空気がクリーンだったから、と思う。

電磁波の無い澄んだ空気を当たり前として暮らしていると、

空気の淀みのようなものに、目ざとく脳と体が反応する。

ところで。

今の住まいは、どうしようもない屋内配線と電化製品の電磁波で、

空気の淀みが当たり前になってしまった。

なぜそう思うかというと。

画像はパソコンデスク横のカウンター上の測定値。

前日使った精米機と、卓上ライトのプラグが差し込まれたままの状態で103V/m.。

これは画像様に演出したわけではなく、気付くまでこの状態だった。

プラグを抜けば、6V/m。(安全値は25V/m)

普段はこの状態で、パソコンに向かっていた。

オリンピック中継に夢中で普段よりデスクに向かわなかった、とはいえ、

この怠慢ぶりに少なからず、気が沈んだ。

いや。

怠慢とは少し違う。

否応なしに、体が負の環境に慣れてしまったということ。

そして、まあ、いいかと思った時点が怠慢、ということになるかと思う。

私がアーシングに出会う前の長年の絶不調の体が出来上がったのには、

この「怠慢」が入口にあったはず。

反省。脳が正気なうちに、暮らしを立て直しましょう。

 

先日、TVで寅さんシリーズの『夕焼け小焼け』を久し振りに見た。

寅さんシリーズというより、日本映画の中で好きな映画だ。

映画の中で、寅さんは日本画の大家に、知り合いの芸者が金に困っている、ちょろちょろって絵を描いて、売って、その金で芸者を助けてくれ、と頼む。

当然、画家は、金の為には描かない、芸術とはそういうものだ、と譲らない。

寅さんは、映画の冒頭、粗末な身なりで飲んだくれていた画家を宿なしと思い、自分の家(団子屋)で数日面倒を見た経緯があって、そのことを持ち出し、あの時は、あんたを本当に哀れな老人と思い、何とかしてやりたいと思った、なのにどうだ、今のあんたは身を切るようにして働いて貯めた金を失くした芸者にこれっぽっちも同情していないじゃないか、と涙ながらに啖呵を切って、もう頼まないよ!画家の前から去る。

結末は、画家が、寅さんの知らぬところで素晴らしいボタンの絵を描いて(芸者の芸名がボタン)、彼女に贈り、絵を受け取った彼女は感激して、何があってもこの絵は売らない、それにしても、何で私に絵をくれたのかしら、と首を傾げる、というもの。

私は、初めてこの映画を観た時、

寅さんが画家に絵を無心したところで、あ~あ、寅さん、それはダメだよ、と思った。

画家の反応も当然と思った。

が。

「身を切るようにして働いて貯めた金を失くした芸者にこれっぽっちも同情していないじゃないか」のセリフに衝撃を受けた。

私が寅さんという人間を、ようやく理解した瞬間だったかもしれない。

同情には、偽物と本物がある。

現代人は同情=哀れみと捉え、同情という言葉にアレルギーを持つ傾向にあるかとも思う。

独断でさらに言うなら、同情=哀れみ=面倒という図式も成り立たないか。

本物の同情ならば、この精神は尊い。

近寄りがたいほど尊い。

 

 

 

 

 

 

 

 

私は9年間、就寝しながらのアーシングを実践している。

これだけの年月を継続できたのは、アーシング効果を確信しているからで、

でも、それともう一つ。

深い眠りに落ちる前の、読書の時間が至福の時だから、と思う。

体がじんじんと大地と呼応しながら、脳は、言葉の先に生まれる驚き笑い悲しみに翻弄される。

体も心も開放感と充足感の中にあって、心地の良い翻弄だ。

 

で。本題。

今の住まいに越して、悩みの種は読書灯をどうするか、だった。

ちなみに、電磁波カットの家では、ベッドの横に、

電磁波カットの屋内配線から壁付けした、白熱灯の読書灯があった。

私は、光源から距離があって、電磁波測定値に問題なくても、

蛍光灯やLEDの白い明かりが脳に届くというだけで、集中力を欠く。

事が読書とあっては、集中力の欠如は、読書の喜びを根こそぎ奪うと言っていい。

寝室のシーリングライトはLEDで、これを頼みに読書はしたくないし、

何より、眠りにつくタイミングで手を伸ばして明かりを消したい。

ベッド傍にサイドテーブルを置いて、白熱灯のスタンドを置こうか?

でも、ベッドの横に電気コードを置きたくない・・・(白熱球でも電気コードの電場の数値は高い)

で。思い付いたのが、実家から持ち帰った無印良品の「LED持ち運びできるあかり」なるもの。

すりガラス調カバー内の光源は白熱灯に似ていて、

何より電気コードの付いた充電台から切り離してベッドに置ける。

一晩試して、脳がダメージを感じなかったので、

翌日測定してみると、5V/m。一応安全値は25V/m。

ただ。

本来、読書をするための明かりではなく、暗いです。

目の健康には良くないかな、と思う。

未来ある若者には勧められない、かな。

私は、若者の持つべき未来は既にないし、読書時間もそれほど長くないという限定付きなので、

これを使っています。私仕様の読書灯、ということで。

 

先日の朝日新聞一面に、『小児がん病室 広がるWiFi』の記事が載った。

入院中の小児がんの子供たちに、外部との関りを持たせよう、という試みだ。

コロナ禍で、学習面での充実も図っている。

携帯基地局撤去運動の背景には、住民の健康被害が必ずある。だから運動が起こる。

病名には、癌もある。

Dさん(電磁波測定器を持つ電気工事士)は、常日頃から、

WiFiの電波が強すぎる、と言う。

せめて院内は、精査して、

健康被害リスクを最小限に抑えた適切なWiFiを整備して欲しいと思う。

 

 

 

 

 

 

ここ数年、冬でもリネンの服を着ている。

リネン素材の長袖シャツ、スカート(比較的厚地)、タイツ(綿混)。

そうそう。

近頃はシーツもリネンだ。

綿シーツより水分を含むのでリネンシーツの上にのせたアーシングシーツは、

ひんやりと湿り気を持って、大地と繋がりやすい。

冬場はこのひんやりが苦手な人もいるかもしれないが、

私は澄んだ空気に触れた感がある。

風呂上がりだと、じんじんと、特に気持ちいい。

就寝しながらのアーシング体験がない人は、?と思うだろうけど、

私のように9年目に入ると、微妙な感覚の違いを楽しむ域に入っている・・・

と。

明るい話ならいいけれど。

戸建て住宅の電磁波カットのツールとして、

静電気の溜まりにくい素材リネンを見直しています。

素材の帯電列表を見ても分かるように、皮膚、麻、綿などは電気を帯びにくい。

つまりこれらは表の中央に位置するので、

冬場、マイナスの電気に帯びやすいポリエステルや、

プラスの電気に帯びやすいウールのアウターが擦れても、

バリバリバリといった静電気は起きにくい。

もちろん。

体(皮膚)に麻や綿の素材衣服を重ね着して、おうち時間を過ごせば快適。

(電化製品や屋内配線の電磁波を浴びないよう、気を付ければ)

水分の吸収率の高いリネンは、電気を体の表面で分散してくれます。

この点では、木綿より優秀。

たかが衣服の素材。

されど衣服の素材。

まさに自分の身は自分で守る(覆う)ということ。と思う。

 

ただ、リネンはしわになりやすい。

といって、アイロンをかけては、電化製品の電磁波を浴びるし

繊維の水分に余分な手を加えるしで、元も子もない。私的には。

で。

思い付いたのがお尻アイロン。これは何年も敢行している。

自分の椅子の座布団の下に洗濯して乾いたリネン服をきちんと畳んで置く。

2日後くらいには、ちょうど良い塩梅でしわが伸びている。

お尻アイロン後のリネン服は、ホント、いい味(?)が出ている。

お試しください。冬以外の季節でも。

 

今日、知り合いからメールが届いた。

『電磁波過敏症の方々は、アーシングのお陰で改善したと言われます』とあった。

自分の無力を悟った時、大地は力をくれる。

いや。大地の力に気付く、ということ、と思う。

つくづく、自分の無力を悟る、とは可能性の入り口に立つ、ということ、と思う。

 

 

 

 

 

転居して3か月。

気付いたこと。その三。

前の住まい(電磁波カットの家)では、コーヒーは朝の一杯、それきりだったが、

今の住まいでは、家に居る時はプラス三杯は飲むようになった。

昼前に一杯、夕方に一杯、夕食後に一杯、みたいな。

たかが嗜好品。されど嗜好品。

飲みたくなる、ってのは、ストレスがあるのかもしれない、です。

 

気付いたこと。その四。

スマホのラインが結構きつく感じる。

WIFIを飛ばしていない我が家は、携帯基地局からの電波頼みで、

スマホをいじる時には窓に寄る。

それでも、外壁は以前の住まいのようなガルバリウム鋼板ではないので

繋がりやすいかと思うけど、

高周波独特のやめて!って感じの締め付ける頭痛がする。

街中なので家の周辺は、色んな周波数の電波が入り混じって、

干渉し合って、結果、繋がりにくいのかな、と素人頭は思います。

ご多分に漏れず、今の住まいの外壁にはスマートメーターが設置されているし、

居間の窓からは、お向かいの外壁にスマートメーターが見える。

家の周辺の電柱には、付け足し付け足しで増えていったのだろう電線やケーブルが

四方八方に延びている。

気付いたこと、その三のコーヒーの話に戻るけど。

じわじわと細胞を傷付けられているストレスが、カフェインを求めているのかもしれない。

 

気付いたこと。その五。

以前の住まいでは、日中のアーシングは、ヒーリング的要素が多分にあったけど、

今はもっと切実で、必要性を感じています。

特にアーシングしながら絵を描く時は、自分を取り戻した感が強い。

就寝時のアーシングも、素手と素足を思い切り伸ばしてしがみつくように

アーシングシーツに触れる。

傷付いた細胞を深い眠りでリカバリーできるうちは、自分らしく生きれる、はず。

昨日も、アース棒にたっぷり水遣りをした。

大地に敬意と感謝を込めて。

 

 

転居してそろそろ3か月が経つ。

冬は暖房機器、加湿器など、電化製品が増える。

ただ、以前の住まいより広いので、人の動線から距離を置ける電化製品については、

電場カットのシールドをしていない機器もある。

忌々しい屋内配線から発生する高い数値の電場についても、

とにかく長時間浴びないよう立ち回るようにして、これも習慣化しつつあります。

 

気付いたこと。その一。

今の住まいでは、居間の暖房にガスファンヒーターを使っているが

これは体感的にいい感じ、ということ。

以前書いたけど、これも立派な電化製品で、

しかも覆えない部分があるので、ある程度電場カットのシールドを施しても完璧ではなく、

丸一日稼働していれば、どうしても電磁波の影響を受けている感がある。

それでも、エアコンより、体が楽。

これって、”音”由来かもしれない。

エアコンは稼働することで部屋からも外からも(室外機)振動を伴う低周波音を発生する。

更に、エアコンは壁に設置するので、壁伝いの振動(音)もダメージになる。

エアコン使用時より、置き型のガスファンヒーターが体感的に楽なのはこの辺の理由かもしれない。

 

今は当たり前に電化製品は静音を売りにしているが、

私的には、静音を生む振動というものが、

果たして体が無自覚でいられるか、気になる。

低周波音については、音域について定義はあるけれど、

私は、その音が人をイライラさせ、集中力と活力を奪うならば、

健康被害を生んでいると言っていいと思う。

この鬱っぽさは、電場の曝露時とよく似ている。

 

気付いたこと。その二。

電磁波カットの家で暮らした4年間。

かかとがずっとつるつるだった。

床の無垢材の調湿効果(一年中家ではほぼ裸足)と、

アーシング生活を実践していたから、と思う。

で。なんと。

この家で暮らし始めてあっという間にかかとがガサガサになった。

が。

今はつるつるになりつつある。

就寝時以外にもソファとパソコンデスクでは、アーシングをしているから、と思う。

アーシングは体に起こっているアンバランス(炎症)を元に戻そうとしてくれる。

自助努力も忘れない。

調湿効果のないこの家で、積極的に水分を摂って、アーシング効果を高めている。

体が湿り気を帯びれば、結果、電磁波カットになる。

水分は電気を通すので、体に溜まる手前で表面の電気を分散してくれます。