アーシングエブリナイト -70ページ目

アーシングエブリナイト

10年間、夜は導電性シートを使ってアーシングをしながら寝ています。目覚めた時、ゼロボルトの脳とカラダは純正の私そのもの。紡ぐ言葉も私そのものでありたい。

四国地方のある集落で、そのおばあさんに出会った。

 

ちょっと寄っていきな、と縁側に呼ばれた。一旦、奥に引っ込んだおばあさんは、冷蔵庫から、キンキンに冷えたポカリスエット缶を、盆にのせて戻ってきた。

地方のお年寄りの家の冷蔵庫には、いつもポカリスエットかオロナミンCかヤクルトが入っている。

頂きます、と飲みながら、家の奥を見た。

「暗いだろ」

おばあさんは私の疑問に答えるように言った。

家の中は、何かを読んだりすることのできない暗さだった。

「夜になっても、部屋の電球をひとつつけるだけだよ。あれが建ってから、畑に出れば、頭が痛いだろ。家の電気をつけても、頭が痛くなるんだよ」

あれとは、集落の入り口の小高い丘に建っている、小ぶりの携帯基地局だ。

「孫がね。この家は暗くてお化け屋敷だって。遊びに来なくなったんだよ」

この縁側からは、ほぼ、集落を見渡すことができた。夕暮れ時も手伝って、音のない、寂しげな風景だった。

携帯基地局ができて、体調不良から移住した人、亡くなった人、このおばあさんのように、ずっと元気をなくして暮らしている人。ここのお年寄りは、この3通りに分かれる。

ポカリスエットのお礼を言って、おばあさんに別れを告げた。もう、二度と会うことのない人。

 

しばらくして、、次世代に移行することなく、この携帯基地局は稼働停止になった。

 

おばあさんのように、携帯基地局の高周波の被ばくをきっかけに、家電製品の低周波にも体調を崩す人がいると聞く。

 

あれから何年も経つ。

 

おばあさんは、また畑仕事ができるようになっただろう。お日様を浴びて、素手で土をいじればアーシングにもなる。元気になっているだろう。

家では、明るい明かりの下で、大きくなった孫に目を細めているだろう。

 

その家の、そのテーブルの、その椅子に座るのは憂鬱だった。

天井に付いたシーリングライトは、私がいつも招かれる椅子の丁度真上にあった。

ライトまでの距離は、座った状態で、頭から1メートル半くらい。電球の取り換えを手伝ったことがあるが、蛍光灯だった。

手元が明るいのを好むのか、家主は昼間でも明かりをつけている。

私は、そこに座ると、頭が熱を持って、ボーっとしてくる。眠くなる。まぶたが落ちる。まぶたが落ちるから眠くなるのか。その境がわからないから、普通の眠気と違う。

蛍光灯の明かりは全面に照射するので、斜め前に座る家主が平気でいるなら、私だけの問題だ。

家主が席を外した時、明かりを消したことがある。昼間だったし、明かりがなくても支障はない。と、勝手に思った。

戻った家主は、あらあら、と明かりをつけた。

生あくびを堪えながら、会話を続けた。

 

電磁波測定器を持つ電気工事士にこの話をすると、勉強机で頭が痛くなる子供の話をしてくれた。

小学校入学時に買ったこの子の勉強机には、スタンド式のLEDライトが付いていた。蛍光灯とLEDは性質の違う電磁波を出している。どちらにしろ、勉強机に取り付ければ、子供の頭に光源が近すぎてしまう。

電気工事士は、親に測定器の数字を見せ、ライトを子供から離すように、そして、頭が痛いのは他に原因があるかもしれないが、まず、そこを改善してみて下さい、とアドバイスしたと言った。

 

現代の体調不良の原因は、一つ一つ疑いのあるものを取り除いていかないとわからない。

その人は、いつも言っている。

 

 

 

 

アーシングしながらの就寝は、土がある庭の一戸建てなら、問題なく体験できる。

2階で就寝する人も、土に打ち込んだアース棒につなげたアース線を部屋まで伸ばすだけのことだ。外壁を伝い、屋根を伝い、窓からアース線を侵入させればいい。

アース線があっても窓は閉まる。

 

マンションの場合。

エアコン、洗濯機、冷蔵庫、トイレなどにあるアース端子が使える。

もちろん、一戸建てでも利用できる。

が。ひとつ問題がある場合がある。

電磁波測定器を持つ電気工事士の話によると、リノベーションやリフォームした場合、アース端子が見せかけで、きちんと接地していないことがあるらしい。

コンセントのアース端子を使うときは、念のため、きちんとアースが取れているか、電気工事士に測定してもらう方がいいと思う。

いや。して下さい。

アーシングしているつもりで、大地とつながっていなかったら、何も変化はありません。

それどころか、不良工事なら、アース端子付近の配線が、体に悪さをするかもしれない(らしきことを、電磁波測定器を持つ電気工事士が言っていた)。

アーシングは効かない、体に悪いなんてことになったら、何より、アーシング試してみようと思い立った人に何一つ、いいことがない。

 

健康で、万事問題なく暮らしていたら、アーシングに関心を持たなかったかもしれないひと。

私もそのひとりだ。

幸運にも、正しい環境でアーシングを始められたから、今の自分がある。

どんな健康法でも、そうだと思う。

勧める人の言うことを鵜呑みにするということではない。きちんと自身も、ある程度は、正しい知識をつけること。

自分の体は、自分で守るという姿勢。

その姿勢は、自分の目で見て、聞いて、感じて、考えるという生き方につながっていく気がする。

一歩一歩ではあるけれど。

 

久しぶりに会う友人と食事した。

友人「よく食べるようになったね」

私「へ?前から食べるよ」

友人「いや。前は、仕方なく食べてた感じだった」

私「そんなことありません」

後は、笑ってすませた。

 

帰り道、考えた。

仕方なく食べている人を前にして、友人は、何を思っていたのだろう。

その時、何かあった?と聞かなかった友人の心の優しさ、繊細さに、頭が下がる。

 

昔見た映画に「サンダカン八番娼館」というのがあった。

戦争中、ボルネオの娼館で働いていた女性の「人は話したいことがあれば自分から話す」というセリフがあった。(正確ではないかもしれないが)

心に残っている。

 

心というフィルターを通って出す言葉には、その人にしかわからない痛みを伴うことがある。

世の中には、それを知っている人。知らない人。二通りあると思う。

 

これは良くない、と思うキッチンスタイルがある。

ダイニングやリビングと独立して、小さくコの字にまとまっているキッチンだ

マンションのカウンター式も似ている。シンクと調理台とガスコンロの並んだシステムキッチンがあって、振り向けば、炊飯器や電子レンジなどの調理機器を置くカウンターがある、というものだ。

人ひとりが動くのに丁度よい狭さで、一見、機能的に見える。実際、横に数歩動いたり、振り返ったりすれば、調理段階に応じた仕事ができるわけで、バタバタしなくてすむ。

 

当時、私が住んだ家のキッチンがこれだった。

リビングダイニングを広くリフォームしたのかもしれない。その割に、キッチンがこじんまりしていたから。

話は飛ぶが、以前、住んだ一戸建ての庭にビワの木があった。ある年、オレンジ色の木になるくらいたくさんの実を付けた。ビワ酒を、果実酒用大びんで3本作った。ガラスのビンに入ったオレンジ色のお酒は美しく、住まいが変わるたび、大事に持ち運んでいた。

本来、たしなむ程度にしかお酒は飲まなかったが、ある時、シンク奥にしまい込んだビワ酒が目に入り、ふと飲みたくなって、グラスに氷を入れ、ちびちびやってみた。夕飯の支度時で、やる気が起きず、のらりくらり動いていた体に元気が出た気がした。

グラス一杯飲み終えると、夕飯が出来上がっていた。

 

実は、この頃、坐骨神経痛の為、いつも右足がしびれ、時々、やってくる内側からの突き刺すような疼痛に悩まされていた。時間の長い、夕飯時のキッチンの立ち仕事は一番つらかった。グラス一杯のビワ酒は、痛みを和らげ、暗い気分を明るくしてくれた。ビワ酒はたっぷりある。外で調達しなくてよいというのは、嬉しい。色んな意味で。

キッチンでの飲酒が常習化して、一年くらい経っただろうか。

慢性炎症に効くというアーシングを試したところ、日に日に効果があり、3か月で、ほぼ、坐骨神経痛の痛みが消えた。

そして、不思議な現象が起きた。

家の中で、乗り物酔いの気分に近い、頭と体が重くなる場所があるのに気付くようになった。アーシングは、脳と体をリセットしてくれる。坐骨神経痛の慢性的な疼痛が消えると、霧が晴れるように、漠然と漂っていた不快なものを、体がはっきりと感知するようになった。私はそう感じた。

その場所は、テレビの裏側、エアコンの下のソファー、そして、キッチンだ。

測定器を持つ電気工事士に、部屋のすべての電化製品の電磁波を調べてもらった。電源が入っていなくても、コンセントにつながっているだけで発生する電場が健康被害の元凶だとその人は言った。いつも当たり前の様にして、存在するからだと。家にいる時間の長い主婦が、体調を崩すこともあると言った。

私が指摘した3か所は、特に電場が高く、私の感知力に、その人は驚いた。

特にキッチンは、ひどい状況だった。

狭い場所に電化製品が集まり、レンジ、炊飯器のスイッチを入れたなら、磁場も発生するわけで(電場も跳ね上がる)、そこに立てば、場合によっては、キッチンの構造上360度から電磁波の攻撃を受けるわけだ。

調理機器は使わないときは、コンセントを抜くこと。

炊飯器、精米機を使うときは、移動させ、部屋の隅のコンセントを使い、稼働時は近づかないこと。

重くて移動できない電子レンジは、冷蔵庫のアース端子使ってアースを取り、使用時には、体を離すこと。私は、狭いキッチンから抜け出るようにした。

以上のアドバイスを受け、実践し、私のキッチンライフは一変した。

坐骨神経痛の痛みが軽減したこともあるが、キッチンに立つたびに感じた倦怠感、気の沈みが嘘のように消えたのだ。

私はキッチンで、ビワ酒を飲まなくなった。

 

私は思う。

キッチンは、閉ざされた孤独な空間であると同時に、弱い自分を叱りもせず、黙って受け入れてくれる場所でもあると。人はいろんな理由で、弱い自分になる。

ただ、現代社会は知識と知恵で乗り越えられることもたくさんある、という気がしている。