モラトリアムの延命 -9ページ目

離れ離れの僕らは

ねれないというのは厄介だ。
疲労はたまっているはずなのに

明日からは山場だ。
気合いを入れる
 
酒を飲まないと、やはり寝つきは悪い
正常では、ないなあ、、笑


最近は会いたい人に会えていないと思うけど
単に近くの人は会えてしまうから遠くの人にそう思うのみであって
離れたら他の人にそれを思い出す気もする

要はさびしいだけ。多分。

ねれないひは考えるしかないのだ。

ただ、やっぱり外側から助けられる
ねれそうになる。
そんなものだ。
不安はあっても、そんなかんじは嫌いじゃあない

いつも同じ話


1.
あるいみ現実。それでもやわらかかったから、いいことだったと思う。
それでも最低限は控えているし。
驚くようなこともあって、それもまたよかった。
当たり前のように道はない。そんなことを感じた。
前にしかないのだ。

2.
一番今には求めている所だったかなあと思う。わかってはいたけれども。
しかし色々とまあ驚きもあり。
思えば時間をかけて向き合ったことは初めてだから、やはり面と向かうことが一番大事だと思った。

電話とかでは、言葉を選べるのである。
面前でなければ、有る程度どうしたって自分というのは自分につくられてしまうところがある。
面前は、逃げれない。
何かを言っても、何かを言う振る舞い全てで相手につたわっている。
だからこそ、わかることも多かった。
まだまだ、しらない人だなと思った。
知らない、わからないというのはひどく魅力的だ。
思いもよらないことに心動かされることもあるし、逆に自分が存在していいと許される瞬間もある気がして。
思ったよりも全然、頭がいい、と感じた。

それでも卑下するほどではなく、普通からしたらよっぽどまっすぐで穏やかな波の中にいるんだけれど
渦はあるんだろうなあ。
いくらでもこっちは馬鹿になれる。
環境は逆に幸いか。

3.
ある意味一番自分だ。
限りなく自分だ。
順番は最後でよかったのかもしれない。

1.が僕のハード面の良き理解者であれば、3.はソフト面の理解者だ。
2.はソフト面のメンテナンスとアップデート。

背筋を伸ばす必要もなければ、背中を押されることもない。
事実は全て事実であり、それ以上でもそれ以下でもないという素晴らしい答えをくれる。

赤ん坊がないているが、何か違うんだろうか。

でも必要な時間だったようにおもう。

きっとこれを、噛み砕かないとまたわかんない。
そういう時間も作ってもらおう。

結局僕は全部人だ。

輪になって輪になって


完全に、崩壊している

キャパをこえているのか、しかしまあ悪いのは悪いのでなんとも言えないが

色々とどうすりゃいいんだよと思うことはある


吐き出す相手も誰がいいのかわからないし

悩んでいるわけでもないからここに書くことも思いつかないし


嗚咽と悲鳴を殺して酒に飲まれることだけで生かされてる様な状況だ



孤独だと、おもうけど
孤独をつくっているのは自分だ


頑張ることに疲れてしまった