モラトリアムの延命
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誰も悪くないのに 泣きたい夜があるから 君はギターを 持ってるんだろ


最近はなんだか色々とごちゃごちゃしている気がして、少しバランスが良くない。

まあ周りうんぬんではなく、完全に自分の中の問題だからもうどうしようもないんだけど。

もうなんか、何がどうしようもないかって常々わかりきっていることなんだけどそもそもの自分の性格がどうしようもないから、どうしようもないんだよな。

なんだこの頭の悪い文。

まあでも運動はなんだかんだいいと思う。こういうものをスッキリさせる力はある。なんなら一番必要なことかもしれない。

走ってたら筋肉減ったからガン萎えしたけど。

自分が苦手なのは分かっているが、うまくやりたいと思ってるのかな、色々。

それはそうとベースは楽しいよ。うまく楽しいことでサイクルを回すイメージでしばらくは過ごしていきたいな。

もしくは忙しくなることが必要なのかも。

あとは、なんかほんとに優しい人達と飲むことか。
7月かなあ、それにしても。

初期衝動で生きて行こう。

リアルよりリアリティ


寝れへんねん。
ポツポツと浮かぶものを


どんな生き方をしていようと、結局人は感受性の奴隷であることから逃げられないと思っている、半ば信じている。
だからハイパーにサラリーマンなみんなだって、それに気付くか否か認めるか否かだけであって、圧倒的な表現の前にただひれ伏すのみだと思っているよ。
僕自身はハイパーなサラリーマンを決して否定はしていないよ、むしろ尊敬しているよ。これは本当。
でも人は感受性の奴隷なんだよ。多分もう随分前から。


どんな形でもコミュニケーションは好きだけど、多分得意なのはマンツーマンだけだ。
それ以外は僕が僕をおざなりにしている。

本当に情けないけど大好きな人の幸せな話だけでいくらでも涙が出てくる。
動物的に生きようぜ。それの何が悪い。
僕と誰かの関係値を人が決めてたまるか。

長い文が書けなくなっているのは幸せになっているからなのか。
単に考え方がシンプルになってきただけな気もする。
収斂されてきた。


バンドマンと名乗ることに抵抗はなかったけど、最近はようやくベーシストと名乗ることの抵抗も薄れてきたよ。少しだけど。


ファンクは最高だしポップスも優しいけど、ロックンロールを信じた上での話だから。信じ切って転がった時に指を刺さずに笑ってくれる人だけ残ってくれればいい。


きっと僕はいつだって周りのみんなが羨ましくて、自分だけは何者にもなれなくてうじうじしていて。根幹は変わらないんだけど。
でもそんなみんなの心を震わせた瞬間がどっかにあったからみんなと楽しくお酒が飲めてるって信じてるよ。




タダシイ生き方

素案になりそうなものをトピックだけでも

 

 

北海道に地震が起きた。かなり胸がざわついたけれども、ニュースを見た時点で建物の倒壊等が札幌市内はそれほどなかったので、

まだ大丈夫なほうだ、というのは割とすぐ気づいた。

からまあ割と平然としていられたのだけど。やはりそれでも胸がざわつく部分はあった。

ツイッターであれやこれやと議論が飛び交う。それこそ政治への批判なんかかなり飛び交う。

凄く思うのが、いいから被災者にとって何が大事かで行動しろ、というのが地元がそうなった僕としてやはり認識しなおしたことだ。

騒いでる人達は当事者じゃないのがああいったSNSの本当に悪いところ。

差し迫った局面で大事なのは誰のせいなのか、なぜなのかではなく、今どうすべきか、どこに希望があるかでしかない。

反芻はそのあとすればよい。

少なからず関係のある立場として、非常にイライラした。

 

ツイッターは面白い内容がすぐ流れてくるから非常に好きなんだけど、炎上やらなんやらの話が大体くだらなくて笑う。

所謂「何か批判したい人達」が大声出してるからだ。

基本、意見があるわけではなく、批判することで自分の格が上がった気になってる人種の人達だと思う。

きっとそんな感じだから現実世界で相手にしてもらえなくて、SNSで騒ぐんだろうなと、凄く酷い見方かもしれんけどそう思うよ。

文字数制限があるから根拠とかそういうのを含めない意見ばかりなのも影響してるんだろうな。

 

 

 

最近知り合いに心からぶちぎれる瞬間が久々にあった。

まあもうだいぶ人に話して落ち着いたんだけど。

怒っているとき、意外にも「何故ここまで怒っているのか」は後からじゃないと分析できなかったりする。

怒っている最中にもわかっていたのは、僕が大事にしている信頼を裏切ったからだ。

そして僕の独りよがりではなく、客観的に見ても裏切ったという自信があったからだ。

でも多分その怒りが増幅したのは、その人が自分は誠実で綺麗だという主張を大真面目にしているからだ。

自分の中の筋とか思想の部分を「誰にどう見られてるか」で納得させようとしてる時点で見つめなおしてほしいと思う。

誠実やら綺麗やらということは、誰かに言ってもらうことではなく自問自答した時に自信をもって答えられるかどうかの話でしかない。

そこに気づかないと、人生が薄っぺらくなるよと思うけど、もうこれくらいの年齢になると変わるのもなあ、、、というのもあるし

何より心からぶちぎれてしまった以上どうでもいいです。今後のその人の人生の幸せに興味がなくなってしまったので。

 

 

 

 

 

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