周知のように酢酸は酸性、ミョウバンはアルカリ性であるから、染めた布がちょうどリトマス試験紙のような反応を起こすのだ。
ウコンで染めたハンカチ

藍で染めたランチョンマット(上)とハンカチ(下)


乾いた後2度染め、3度染めすると濃い色になる。
それぞれの染料で染めたガーゼ

下左から→茜+酢酸、茜、茜+酢酸。
私は数年履いていなかった白いホットパンツを藍色に染めた。
藍、茜、ヨモギ。

茜、ウコン。

藍はイカが腐ったような何とも言えない鼻につく臭いだ。
この臭いを嫌がって藍染の浴衣には虫が寄ってこない。
昔から夏によく藍色の浴衣を着るのには理由があったのだ。
そして染める材料が全て天然のものであるところがいい。
少々手間は掛かっても、なるべく人や環境にやさしい手法を選ぶべきだ。
終わり。
『生涯学習概論』という授業の講師が実際に学芸員として務める
川崎市市民ミュージアムの見学会があった。

武蔵小杉駅から更にバスで20分、
なかなか立派な建物だ。
ここで星野富弘という作家の展覧会を観た。
元々教員だったが、
指導中の事故によって手足がマヒしてしまい、
口を使って描いた水彩画に詩を付けた作品を
三十余年にも渡って製作し続けているという。
美術学校の一年生が手で描いても
こんな風に人の心を掴むことはできないというのに、
星野富弘という人は柔らかいタッチで繊細に描き、
さらに素晴らしい詩人でもある。
この道は 茨の道
しかし茨にも
あの花が好きだから この道をゆこう

いのちが一番大切だと
思っていたころ
生きるのが苦しかった
いのちより大切なものが
あると知った日
生きているのが
嬉しかった

そして私は下記の詩に一番感動した。
木にあるときは 枝にゆだね
枝を離れれば 風にまかせ
地に落ちれば 土と眠る
神様にゆだねた人生なら
木の葉のように
一番美しくなって
散れるだろう

彼の生まれた群馬県には
富弘美術館というのがある。
是非行ってみたいと思う。
終わり。
水曜日の午後は日本画の授業だ。
絵画には様々な技法があるが、油彩画も水彩画も日本画も絵具の仕組みは同じである。
顔料に糊の役割を果たす媒材を混ぜ合わせ、技法によってオイル・水等で溶いて、木・紙・キャンバス等の支持体に描くのだ。
ざっくり言うと油彩画は顔料に媒材として亜麻仁油などを混ぜ合わせ、希釈剤としてテレピン等を用いて木版や画布などに描き、水彩画は顔料に媒材としてアラビアゴムを混ぜ合わせ、希釈剤として水を用いて画紙に描く。
そして日本画は、自然界にある鉱物などから採れる岩絵具に媒材として膠(ニカワ)を混ぜ合わせ、希釈剤として水を用いて和紙に描くのだ。
膠とはウサギや牛や昆虫などのコラーゲンから取れるゼラチン物質である。
顔料をこねたり描く前に画紙に施す処置など、日本画は他の絵画に比べて遥かに手間が掛る。
油絵具を人力で作る実習があったが、それもかなりの労力を要した。
しかし今では油絵具を自分でこねて描く必要はなく、全て絵具工場で作られている。
日本画の絵具は膠が使用されているため描くたびにねらねばならない。
膠は日持ちしないからだ。
他にも描く前に予め裏打ちなどの様々な工程を経なければならない。
しかし手間がかかるからこそ好きだったりもする。
それに全て自然界に存在するものを使うところもいい。
岩絵具は高価なため人口のものもあるが、膠は臭いし扱いづらいのにそれにかわる媒材はない。
正確に言うと、科学技術の進歩に伴い膠に代わる媒材も発明されたが、結局は数百年、数千年前から使われてきた膠が一番あんばいが良いため現在も使用されているのだという。
人間が信じてやまない「科学」の進歩も、古の人々の知恵には敵わなかった。
終わり。
というか、キリがないのでこれでよしとした 笑。
なぜこんなに時間がかかったのかというと、キャンバスを張るところから始めたからだ。
キャンバスを膠(ニカワ)で目止めした後、真中から左右に分け、左側には油性地、右側には水性地を施した。
そして下地の性質によって描く手法を変えている。
右にはフランドル派の技法を用いた。
下地は水性地で明るい部分から塗り始め、徐々に暗い色を載せていく技法で、色の暗い部分ほど絵具の層が厚くなる。
一度暗くしてしまうとなかなか明るくすることができないので大変難しく、なかなか作業も進まないため、現在ではあまり用いられていない技法だ。
左にはヴェネツィア派の技法を用いた。
下地は油性地で暗い部分から塗り始め、徐々に明るい色を載せてゆく技法で、色の明るい部分ほど絵の具の層は厚くなる。
後からいくらでも絵の具を重ねられるため、大胆に描くことができる。
近代の油彩画はヴェネツィアン派の技法で描かれることが多い。
これまでにもいくつかの作品を載せてきたが、作品の出来の良し悪しは問わないで頂ければ幸いである。
終わり。
先ずは刃の裏部分を平にするため表から金槌で叩き、裏側全体を肌目の細かい砥石で磨く。
以前、このブログでも紹介した、長尾ゆうたろう氏とボヘミアン・カフェのメンバーが出演するというので、5年振りに会う千葉の友人と共に赴いた。
彼らの出番は2部の一番目。


ゆうたろうさんをこのような大きなステージで観るのは2回目だ。
1回目は4年程前、たった一人でステージの真ん中に座り、歌もトークもなしでひたすらギターをかきまわしていた。
本人曰く『オセロ』か『オレオ』みたいな衣装で登場したボヘミアン・カフェのメンバー。
シャンソンのイベントということで、出演アーティストも観客も年齢層が高かったが、唐突にパッ!と出てきた彼らの奏でる異国的で若々しく軽やかなラテンのリズムに皆酔いしれ、華やかな衣装を身に纏ったベリーダンサーの引き締まったウエストは刮目に値した。
客席近くに横一列で並んだオレオ軍団はかなり迫力があった。
すこぶるカッコ良かった。
来月10日には同じ市川市文化会館で『ボヘミアン・カフェ』というショーが開催される。
来月も非常に楽しみだ。
終わり。
しかも今週は重ねて天気もすぐれなかった。
にも関わらず私たちの気分は軽やかだった。
大好きな小林先生の授業だからだ。




銅板画というものは真に時間の掛かるもので、先月頭から毎週3時間作業を進めても未だに誰一人として印刷に至っていない。

まず銅板にニスを塗り、乾いたところへチョークで下絵を転写し、下から熱で炙って炭酸カルシウムを定着させる。
ニスの上から銅板まで届くように針で掻いて線を作り、酸に50分程つけてニスが剥がれた部分を腐食させる。
50分で酸から一旦あげ、水洗いし、溝の腐食がこれ以上進むのを防ぐ為、銅板全体を醤油で洗い、中和する。

醤油を洗い流した後、ドライヤーで表面を完全に乾かし、灯油でニスを全て落とす。
続いてガソリンで油分を完全に取り除き、印刷した際に白くなる部分にだけニスを塗る。
ニスが乾いたら松脂の粉を振りかけ、下から炙って定着させる。
松脂の粉の乗っている部分は腐食されず、乗っていない部分が腐食されると印刷した際にトーンのようになるのだ。
黒い部分の色の濃さによって腐食時間を1分、2分、3分と変えながら先程の工程を繰り返す。
ニスは乾くまでに30分程かかり、はみ出すと残念なことになるので慎重に塗って行かなければならない。
一つの作品を完成させるのに、凝った下絵だと100時間以上掛かることもあるそうだ。
続く。




















