たこ焼きパーチィ。随分前から計画していながらなかなか実行できていなかった『たこ焼きパーチィ』をやっと開催することができた。ネコムスメの家にホムパ史上最多人数の6人が集まった。↓↓↓テフロンのたこ焼き機はとても有能なので、失敗は皆無だった。テトとクロエも自分の場所を確保しながらそれなりに馴染んでいたようだった。他にも皆で一品ずつ持ち寄り、たこ焼きパーチィは大盛況のうちに幕を閉じた終わり。
木彫 干し柿仏像好きの私としては、待ちに待った木彫の授業が先月から始まった。モチーフは『干し柿』。自分は実物より大きめに作ってみよう。木材をノコギリで切り出し、いらない部分を大まかにみので落とす。彫刻刀で細部まで調え、ガッシュで色づけして完成した。木彫を体験することが最大の目的であるため、作品は提出しない。なのでプレッシャーもなく、楽しく制作することができた。終わり。
水彩画鉛筆・木炭デッサンが終わり、GW明けから水彩画の授業が始まった。義務教育の時代の写生はキライだったが、個人的には油彩画よりも水彩画の方が好きだ。一口に水彩といっても、水彩絵具には大きく分けて2種類ある。透明水彩絵具と不透明水彩絵具(ガッシュ)だ。絵具は顔料と接着剤の役割をする媒材を混ぜて作られている。それを水で溶いて描くのが水彩画だか、顔料と媒材の反射率の違いが大きいと、被覆力の高い絵具になる。つまり重ねて塗ると下の色を隠し易くなる。被覆力の弱い透明水彩絵具で紫陽花を描いた。今日の作品は自分のものではなく、講師の作品だ。鉛筆・木炭デッサンと銅板画の講師も担当してくださる小林先生は、渋くてとてもカッコイイ。私たちの憧れの存在だ。先生は私たちが紫陽花の花弁に苦戦している傍らで、殆ど下絵も描かずにサラリとこの絵を描き上げた。この作品を観て、私たちが覇気を失ったのは言うまでもない。(笑)終わり。(修正 14th Sep 2020)
国宝 阿修羅展【いざ入場】先日、上野の国立博物館へ行ってきた。『興福寺1300年記念 国宝 阿修羅展』、ご覧になった方もさぞかし多いだろう。6月7日までの展覧会ということもあって、入場券を買うのに30分、入場するまでに70分程かかった。やっとの思いで会場へ入っても、観ている時間は並んだ時間に及ばなかったが、並んででも観に行って良かった。『阿修羅』像はダ・ヴィンチの『受胎告知』が展示されていた同じ場所で、こちらを向いて立っていた。【解かれた封印】現代の日本は心情的には無宗教である人が多い印象があるが、こうして阿修羅の足元に群がる人々を見ていると、やはり日本人の心の中にも信仰心というものは根付いているように思える。そんな光景に、思わず感動してしまった。阿修羅を眼前にしたとき、何かが目の奥から沸き上がってきた。いくら仏像に興味があるからとはいえ、まさか目頭を熱くするとは...。自分を惹き付ける仏像の魅力の正体、それは一体何なのか。まだわからないでいる。頭で考えてもわからないまま、涙腺が反応した。阿修羅は近くで観るよりも、それを囲む群衆まで挑められるよう、少し離れた位置から全て見渡すのがいい。単体では意外に思えるほどに華奢な像なのだが、それを取り囲む群衆をも含めて見られたことで、"『阿修羅像』を見た"と実感できたのだった。【南の御告げ処】阿修羅像に限らず、仏像に価値を与えるのはまさに人間の信仰心なのだと思う。感動させてもらえたけれど、同時に「阿修羅像はこうして博物館でしみじみと眺めるより、興福寺にいるべきである」と直感的に思ったのも事実だ。一刻も早く奈良へと戻り、人々の信仰の拠り所としての役割を未来永劫果たすべきなのだろう。阿修羅の他にも様々な仏像が展示されていたが、特に心を打たれたのは『薬上菩薩立像』、そして『薬王菩薩立像』だ。「ネバーエンディング・ストーリー」という映画をご存知だろうか。この映画の中で勇者アトレイユが通らなければならない場所『南の御告げ処(おつげしょ)』にいる2体の女神像を思い出した。見るところ20メートルはあろうかという、巨大な向かい合った像の間を通らなければ、アトレイユはファンタージェンを虚無の襲撃から救う方法を知ることはできない。だが勇敢だと言われてきた強者達が、次々と女神の発する死の眼光の前に倒れていった。女神の前を通り過ぎる時、少しでも自信を無くしたり、自分を疑ったりすると、女神たちの閉じられた瞳は忽ち見開かれ、その視線に捕らえられた者は、生きてその先に進むことも、元来た道を戻ることもできないのだ。女神像を見上げるアトレイユの気持ちが、少しだけわかった。阿修羅に見下ろされ、またこちらからも見上げてみると、思わず後ずさりしてしまう。まるで心の奥底まで見透かされるようだった。『薬上菩薩立像』『薬王菩薩立像』の他にも阿修羅と共に奈良からやってきた仏像は、長い御勤めを終えてあと3日もすればまた奈良へと帰っていく。脇役にしては存在感のあり過ぎる他の仏像も見ものだ。この機会に上野まで足を運んでみては如何だろう。 終わり。(加筆修正 22th Sep 2020)
帰郷 (6)つまり蕎麦とタラちゃんそしてネコムスメが一番食べたかったのがタラノメ。タラノメの天ぷらを食するまではわしゃ~越後から一歩も出んというつもりで来たのだ。キノメとコゴメを茹で、タラノメの天ぷらと「妻有(つまり)蕎麦」とを共にいただいた。ごっつぉんなりました来年もじょいかいいあんべんなるがだねっかね(^.^)商品紹介 | 十日町名産・妻有そばの株式会社 玉垣製麺所bit.ly親子三代山菜採り終わり。(加筆修正 14th Sep 2020)
帰郷 (5)ワラビ、コゴメワラビは火を通すと粘り気がでる。数年前は大量に採れたが、ここ最近はたくさん採れることは滅多にない。コゴメは関東地方ではコゴミと言うそうだ。築地ではなかなか高級な食材だが、ここではオバケコゴメが取り放題だ。恐竜の時代からあまり姿が変わっていない。…のかもしれない。続く。
帰郷 (4)灰汁の強いヤツここ数年、あまり豊作ではなかったキノメは今年は大量に採れた。キノメとはアケビの新芽らしい。スギの木やタラノメの木、ツバキの木、その他にも色々な木に巻き付いて伸びていたり、一本だけ地面から生えていたりとなかなか順応力のあるヤツだ。そしてキノメに姿形のよく似た食べられないツルもよくキノメの近くに生えている。毎年必ず2、3本は間違えて採ってしまうが、山菜採りも佳境に入ると間違えなくなってくる。その頃には親子三人の口数も減り、山菜を追って三人がそれぞれ散り散りになっている。一瞬、見渡しても互いの姿が見えなくなる。声はすれども姿が見えぬという状況だ。そうやって無心で山肌をなめ回すように見て歩いてふと顔を上げると、目の前に雌鹿が立ってこちらを見ていることがあるそうだ。数年前に一代目が遭遇したが、二代目、三代目は残念ながらまだその洗礼を受けていない。続く。
帰郷 (3)手を掛けるほど美味しくゼンマイは天日で干し、揉まなければならないため食することは出来なかった。夏に帰省すると小豆色になって煮られ更に油で炒められたゼンマイが食べられることだろう。ご飯のおかずやお茶請けに最適なのだ。ゼンマイもまた、物心ついた頃からの大好物である。続く。
帰郷 (2)山菜紹介毎年GWの休暇で山菜採りに出掛けるため、いつも同じ種類の山菜が採れるのだが、その年によって採れる量の割合が違う。昨年はキノメが少なかった記憶があるが、今年はキノメはすこぶる豊作だった。昨年も豊作ではなかったイラクサは、今年は殆ど採れなかった。イラクサは豚肉と炒めると最高なのだが、年々少なくなっている。以前は採りきれないほど採れたものだが。続く。