競技麻雀は競技なのか? | 無気力無関心(仮)

競技麻雀は競技なのか?

今回は結論から先に書きますが、現行の競技麻雀は競技として成立していません

 

これは麻雀にとって非常に重要な問題ですが、同時にまったく議論されることがない(何十年も無視され続けている)問題でもあります。

 

それではこの問題について(細かくはそれぞれ個別に記事を書くとして)大まかに解説していきたいと思います。

 

麻雀を競技として成立させる意味

まず、麻雀が競技として成立するには、最低でも以下の3つが必要であると考えられます。

 

・基準として機能する公式ルール(必ずしも統一ルールである必要はない)

・客観的な実力評価(実力が近い者同士でマッチングできる仕組み)

・上2つに対して責任を負う(国内唯一の)統括組織

 

これは仕組みができるだけでなく、競技を行う際の共通の価値観として広く定着する必要もあります。

 

そして、麻雀が競技として成立することで以下のようなメリットがあります。

 

その1つが『麻雀の実力を客観的に競えること』であり、現行の競技麻雀には(興行として)勝者を決める仕組みは存在しますが(競技として)実力を競う仕組みが存在しません。(参考:『標準ルール&レーティング構想』)

 

もう1つが『麻雀全体の基準として機能すること』であり、現行の麻雀には基準として機能するようなルールは存在しませんし、麻雀全体を取りまとめたり対外的な窓口となるような主体も存在しません。

 

ここで重要なことは『すべての麻雀を競技にしてしまう必要はない』『競技の麻雀が基準として機能することにより麻雀全体にも好影響が期待できる』ということです。

 

麻雀の3つの問題(3つのC)

現在の麻雀には大きく3つの問題が存在しています。

 

・競技(Competition)の問題:競技麻雀が競技として成立していない問題

・コンプライアンス(Compliance)の問題:麻雀の(賭博以外でも)法律の問題

・コンテンツ(Content)の問題:麻雀のコンテンツ(特に観るコンテンツ)の問題

 

競技の麻雀は本来なら麻雀全体の基準としての役割を果たすはずですが、歴史的な経緯として『競技の問題が解決されなかった為に他の2つの問題の解決も遅れている』というのが実情です。

 

コンプライアンスの問題に関しては『競技麻雀に関わる人間が雀荘の違法営業にも関わる』『競技麻雀で参加費を原資とした賭博による大会運営が行われる』など、競技麻雀は法令順守を先導する役割を果たせていません。(参考:『参加費ロンダリングは適法なのか?』)

 

コンテンツの問題に関しても『競技麻雀をプレイするコンテンツとして普及させられていない』『観戦環境や観戦文化を作り出せていない』など、競技麻雀はコンテンツの発展を先導する役割を果たせていません。(参考:『麻雀の観戦人口(前編)』『麻雀の観戦人口(後編)』『Googleトレンドで『観る雀』を読み解く』)

 

また、現状では競技麻雀の代わりに(消去法的に)ネット麻雀がその役割を務めているのですが、ネット麻雀は企業が提供する商品であって麻雀全体に対する責任までは負わせられませんし、麻雀の伸びしろを考える上でも競技の問題は解決する必要があると言えます。

 

麻雀プロ(団体)という存在

現行の麻雀プロ(団体)と競技麻雀は切り離すことができないほど密接な関係にあります。

 

彼らの主な活動は『競技麻雀を行うこと』『麻雀プロ(団体)をアピールすること』なのですが、競技麻雀が競技として成立していない問題がそのまま彼ら自身の問題(存在価値への疑問)にもなっています。

 

つまり、麻雀プロ団体は客観的に実力を競う手段を持っておらず(入会時も入会後も実力による選抜が行われない)、麻雀プロ団体に所属していることで競技麻雀における優遇サービスが受けられる(麻雀プロという枠組みには麻雀プロ以外を排除するという機能しかない)だけで、(プロの定義に関しては色々あるでしょうからある程度は目をつぶるとしても)この取り組みを競技と定義するのにはいささか無理があります。

 

この状況に対して彼ら自身がどういう認識かというと、『競技麻雀をやっているという自己満足(それ以上の何かがあるという錯覚)』『知名度や人間関係などのマウント争い(格付けを行う手段がこれしかない)』だけの視野狭窄に陥っています。

 

まとめ

麻雀以外のほとんどのゲーム・スポーツでは、それが普及していく過程で必然的に競技としても成立・発展していくのですが、麻雀の場合はその前に普及が完了して現在に至ってしまい、競技としての麻雀の重要性(現状の何が問題なのか)を理解している人が誰もいないという状態です。
 
これは競技麻雀という概念が誕生した頃なら(数十年前の知識レベルでは)仕方がなかったのかもしれませんが、現在でも競技として成立していないままというのは競技麻雀の怠慢であり、そのような状態にもかかわらず麻雀の中枢であるかのような振る舞いを続けているのは麻雀全体に対しても無責任です。
 

この問題を解決するには競技麻雀の抜本的な改革が必要なのですが、それを行えるだけの意識も危機感もなく実現はほぼ不可能と言えるのかもしれません。(SNSなどで『麻雀プロの定義』などの無意味な論争がよく起こっているのですが、その問題の根幹部分である『競技麻雀は競技なのか?』まで論争を発展できれば、切っ掛けの切っ掛けくらいにはなるかもしれませんが)

 

追記

この記事の数日後にほぼ同じタイトルの記事が公開されました。(偶然の一致なのか僕の記事を読んでなのかは不明)