瀬戸内寂聴師によれば、"人間の心の中には「無明」という「まっくらなもの」が居座っていて、心の悩み、煩悩はそこから生まれるという。苦悩=無明が生み出した幻=実体はないものあり→「心のとらわれ」をなくせば「苦」も「悲しみ」もなくせるという。また、ダライラマ猊下がいうには、無明→すべての物のありようを知らない事でありすべての物のありようを知る事は→この世に存在するすべてのものが、いったいどのように存在しているかを理解する事である=智慧を自分の心の中に育むこと→「知らない」という「無明の闇」を徐々になくしていくことができる、という。祈願でもなく、信心でもなく、慈悲の心でもなく、智慧こそが無明の闇を晴らすことのできる力を持つという。「教えを聴くことは'無明の闇'を晴らす灯火である」と釈尊もおっしゃるという。これら諸師の「教え」を聴いて、自らの智慧を育み、また、その智慧の力をもって「心のとらわれ」「わだかまり」ができたり、こびりつきそうにになったら、これを捨て、自らの心の中の「無明の闇」を晴らしていきたいものである。「教えを聞いて何か新しいことを学び、学んだことについて自分で考えるという実践によって智慧を育んでいけ」という釈尊のお言葉も猊下は紹介している。"南無文殊菩薩・オン・アラハシャナウ(文殊菩薩真言)・無明快晴"(参考・瀬戸内寂聴著「絵解き般若心経・朝日出版社」 ダライラマ著「心の平和・サンマーク出版」)
アショーカ王(BC273~232)はインド統一を成し遂げた、マウリア朝第3代の王である。釈迦牟尼世尊入滅後120年後頃に活躍、インド統一のための戦争の悲惨さを目の当たりにし、仏教に深く帰依した。また、仏教だけでなく、あらゆる宗教を保護したという。エジプト、シリア、マケドニアなどの外国にも仏教宣布の使いを派遣したという。後世の日本国聖武天皇の大仏建立、全国への国分寺建立による仏教流布を彷彿させる。釈尊初法輪転の地、サールナート(鹿野苑・ろくやおん)に建立された石柱の頂には4頭の背中合わせの獅子像が彫刻されている。釈尊の説法が四方に行き渡ることの象徴であり、その下に法輪(説法の象徴)も描かれている。まさに、仏教者の気概を象徴する獅子像の姿である。(参考・ナツメ社・図解雑学仏教)
表題はサザンの名曲"素顔で踊らせて"(ステレオ太陽族3曲目 )に出てくるフレーズ。 そう、今日は桑田さんの誕生日でした。そんなわけでNHKで"復活!桑田ドキュメント~55歳の夜明け~" が本日放映されてました。闘病復活後、1年ぶりのライブを福岡と茅ヶ崎の2ヶ所だけで復活試聴会としてやってました。湘南茅ヶ崎は芸能の神様・江の島の弁天様のエリアですけど、実は福岡も日本における弁天様の総本社宗像大社さんのエリアですよね。なんか両エリアでやったことに縁を感じました。茅ヶ崎市民会館で歌ってた、"明日晴れるかな" 聴いてたら、なんかいい曲で涙出そうになりました(ライブ会場の人達も泣いてましたが)。 桑田さんの番組最後での言葉「音楽の神様を拝んでいるしかないんですけれども。病気した時にファンの方もありがたく、ありがたく 守ってくれる家族を含めいたわけですね。そういう存在を考えるように知らしめられたんじゃないかと思うんですよね。 今後はそういう人たちを大事にする、そういう人たちの幸せを願う。お坊さんみたいですけど、それが自分に与えられた義務であり、自分の役目、これから、僕のやる音楽というのは、そういう事を意味するのかな。」意味深いお言葉でした。うーん、音楽の神様も一緒にまた、桑田さん達とも盛り上がっていきたいものですね。