コロナ下の生活・社会 (2020年6月~2021年9月) | れぽれろのブログ

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美術、音楽、本、日常のことなどを思いつくままに・・・。

新型コロナウイルスのワクチンですが、自分もようやく2回目を打ち終えました。
今週木曜日の夕方に2回目の接種を行い、その結果翌金曜日(昨日)はやはり発熱、最大39度2分まで上がりましたが、ロキソニンを飲んで現在は高熱は下がりました。それでも今も37度台前半の微熱が続いています。
2回目接種後の副反応は思ったよりきつかったです。接種部の痛みは1回目と同じで、これは予想できましたが、39度台まで熱が上がると同時に寒気や頭痛や体の痛みなども発生し、それが長時間持続することまでは予想していませんでした。こんなにしんどいとは思っていなかった…。
やはり2回目接種前にはきっちりと心構えと準備が必要だったと反省 笑。自分はファイザー製を接種しましたが、モデルナ・ファイザーに関わらず、発熱する人は発熱するみたいです。これから2回目接種を予定されている方は、ぜひ心構えと事前準備をお勧めします。


さて、自分は昨年の5月末に以下のような記事を書いています。

・コロナ下の生活・社会 (2020年3月~5月)
https://ameblo.jp/0-leporello/entry-12600542730.html

1度目の緊急事態宣言が発令されたときの自分の生活や社会の様子の記録です。
社会については、日本は欧米諸国に比べて死者・感染者は少なくてすんだこと、日本のコロナ対策はトップダウンによる強固な対策ではなく、空気をあてにした自粛要請であったこと、社会には感染対策ができる職種と難しい職種があり、この不公正の是正の必要性などについて記載しました。
生活については、旅行・外出・外食が減ったこと、読書や動画鑑賞が増えたことなどについて記載しました。
今回はこれらの様子がこの1年と3ヶ月の間にどう変遷したかについて、今の考えなどをあれこれ書き留めておこうと思います。


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まず社会の様子について。

昨年6月以降引き続き感染の波が何度か発生し、緊急事態宣言も3度発令、波が訪れるたびに感染者は増加し、現在は第5波がようやく収束の兆しを見せているところです。
この1年3ヶ月で明確になったのは、医療体制と検査体制の不備です。感染が広がるたびに引き続き個人の自粛要請と飲食店の休業要請などが行われ、同時に感染が収束したときに経済振興策(GoToに代表される)が行われましたが、感染症対応としての医療の抜本的な体制変更は行われないまま現在に至っています。
日本は中小の病院が多く、これは平時では様々な人が身近にある医療機関に気軽に受信できるというメリットがありますが、いざ危機のときに垂直的・全体的な医療体制を構築することは難しく、このことがコロナではマイナスに作用し、病床・医療機器・医療従事者の不足を招くことになりました。これはこの1年数ヶ月で改善されるべき点であったと考えますが、国レベルで改善が行われることはなく、対策は自治体任せになりました。このため、コロナ対応が上手くいっている自治体とそうでない自治体の格差が現れる結果になりました。

感染症対策は、①検査と隔離、②治療、③ワクチンの3本柱で進める必要があると考えます。
日本は今年以降、③のワクチンについては国が力を入れ、曲がりなりにもそれなりのスピードで対応が進められましたが、①検査と②治療については地域任せで、国家としてやるべきことをやらなかったのではないかというのが自分の考えです。
検査を無償化し自治体や企業レベルで常に検査を行い、陰性の人は経済活動を、そうでない人は自主隔離を、というのがベストの対応。医療体制も各自治体がスムーズに構築・拡充できるように、法の改正を含むトップダウンでの指針の公布が必達。
しかし実際に行われたのは、緊急事態宣言と言う名の下の一億総自粛、及び一部の業種への批判であり、これが抜け駆けと相互不信を招き、一方ではロックダウンを叫ぶ人が現れ、一方では経済の完全自由化を叫ぶ人が現れるという極端な言説も目につくようになりました。
感染症は不測の事態であり、これにより亡くなる人が発生するのは仕方のないことです。感染症のすべてを政治の責任に帰することはできません。しかし国政が①~③についてちゃんとやるべきことをやったかというと、③のワクチンを除けばやはり不備が多かったのではないかと自分は考えます。

一方でコロナは社会の分断も生む結果になりました。テレワークができる人/できない人、ワクチンを速やかに摂取できる人/できない人、オリンピック開催に賛成/反対、etc…。
これは前回の記事にも書きましたが、テレワークが可能な職種とそうでない職種の間の格差は、やはりある程度是正されるべきであると考えます。少なくともワクチンについてはトップダウンで優先順位を考慮すべきであったと思います。
ワクチンは、高齢者や医療従事者については優先的に接種が行われ、これは良かったと思いますが、
これ以降がフリーアクセスになってしまったのはやや残念です。職域接種は現業職場(テレワーク不可の職種)に限るべきであったし、その他の予約についてももう少し年齢・居住地・職種を細やかに設定して優先順位を決めるなどの手立ては取れたのではないかと思います。
65歳未満であっても高年齢者や基礎疾患のある人ほど接種は優先されるべきであるし、感染が蔓延しやすい都市部は地方より優先されるべきであったと考えます。

オリンピックについても、無観客開催の決断は良かったと思いますが、開会式や閉会式は縮小・中止するなど、もう少し細かな手立てを取れたのではないかと考えます。また、緊急事態宣言を発令し、その中で開催するなら、もう少し開催の意義を言葉で説明する必要があったと考えます。
「社会は娯楽や祝祭を必要とする。様々な趣味を楽しむ人の中にはスポーツの鑑賞を楽しみにしている人もいる。我々一人一人が社会の中の各持ち場で日々努力を続けているのと同じように、選手たちもこの日のために努力を重ねてきている。なのでオリンピックを開催することに意義はあると考える。多くの国民にはこのことを理解を頂きたい。しかし感染症対策のため規模は最低限に縮小して実施する。」→これくらいのことはトップは発言すべきであったと考えます。

総じて為政者による言葉を用いての説明が欠けており、このことが社会の分断を加速しているのではないかというのが自分の所感です。(もちろんこの背景には、発言してもメディアが正しく報道しないという、メディア問題も含まれてます。)

全体的に今の国政には、最低限やるべきことをちゃんとやる、それをきっちり言葉で説明する、ということが欠けています。行われるのは空気支配ばかりであり、このことが抜け駆けと相互不信を招く結果になってしまっています。
コロナはまだ収束しておらず、今後も変異株など発生することも予想されます。検査体制・医療体制の見直し、来年以降のワクチンの再接種体制の見直しは、今からでも進める必要があります。また今後も感染症の中で様々な国民間の差異があらわになることだと思います。
政治はこれらに対し、国民の相互不信と分断を防ぐためにも、きっちりと対策と言葉による説眼を行う必要があります。



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個人的な生活について。

1度目の緊急事態宣言開け以降、屋外をウロウロしたり美術館や博物館に行ったりすることは再び増えましたが、それでも美術館や博物館は休業することも多く、コロナ前に比べると訪問回数は減っています。また遠出の旅行は全く行かず、訪れるとしても近畿圏、京阪神地区限定での外出となっています。演奏会も一度も行けていません。この度ワクチン2回目を接種しましたので、徐々に旅行や演奏会なども再びぼちぼち行こうかなと思っているところです。
その代りに近場の公園や神社仏閣はかなり積極的に訪れるようになっています。この1年数ヶ月は遠出の旅行や演奏会の記事はすっかりなくなり、代わりに近場の公園や神社仏閣の散策記事がやたらと増えています。

外出が減った代わりに、相対的に読書の時間は増えています。
巻数が多い本を読むことも多くなり、長らく読もうと思っていた和辻哲郎の「日本倫理思想史」(全4巻)も読み、講談社の「天皇の歴史」(全10巻)も通史の8巻までを読み終えました(各論の9巻10巻はまだ)。
和辻の「日本倫理思想史」は、この国の倫理のあり方を歴史を振り返って詳述する本で、ごく簡単にまとめると、古代王朝時代の人倫の思想と中世武士時代の忠孝の道徳を丁寧に腑分けし、前者を是、後者を否としているところがポイント。明治以降の日本近代の倫理はこの2つの観念が混ざり合っており、王朝時代の人倫思想は良いがそこに忠孝の道徳が混ざりこんでいることが良くなく、これが忠臣愛国的な考え方をもたらし、近代日本によくない影響を与えたと読める本です。現在日本の倫理を考える上でも重要なヒントを与えてくれる本。
「天皇の歴史」シリーズは、とりわけ中世・近世の天皇についての歴史が面白いです。古代や近代の天皇は比較的研究の対象になりやすいですが、その間の天皇については知らないことが多い。とくに6巻の「江戸時代の天皇」は近代天皇制に直接つながるわりにはあまり知られていない、江戸時代の天皇についての基本的な知識がまとめられており、面白かったです。この他では8巻の「昭和天皇と戦争の世紀」がとくに面白く、明治以降に憲法上の天皇の位置づけがどう変わっていったかについての考察など、興味深く読むことができます。

インターネット動画の鑑賞時間も引き続き増えています。
昨年同様ゲンロンカフェ関連の動画を多く鑑賞していますが、ゲンロンは昨年10月から独自の動画プラットフォーム「シラス」の配信を開始し、ここで様々な動画配信チャンネルが準備されるようになりました。自分はこの中の「辻田真佐憲の国威発揚ウォッチ」を継続的に鑑賞しています。「国威発揚ウォッチ」チャンネルは近現代史家の辻田真佐憲さんが、「国威発揚」というキーワードを切り口に、現代社会、歴史、文化、本、音楽、旅、仕事術など、様々な分野について著者独特のユーモアとともに語られる番組で、企画も毎回趣向が凝らされており、見ていて飽きません。
とくにコメント機能を通して配信者と直接対話できるのが、シラスのプラットフォームの良いところで、最近ではZOOMを通して配信者と直接会話する試みも試験的に取り入れられており、自分も番組中のコメントやZOOMを通して配信者との対話を楽しんでいます。本の書き手と直接会話できる機会は極めて貴重です。
自分はこの「国威発揚ウォッチ」チャンネルがあまりにも面白いので、ゲンロン本体の鑑賞時間は相対的にかなり少なくなってきてしまっています 笑。シラスのプラットフォームはコロナ自粛時代に最適のプラットフォームであり、様々な可能性がある動画システムとして今後もウォッチしていきたいと考えています。

その他、相対的に外食の頻度は減っており、とくに緊急事態宣言下では頻繁に飲食店が閉まるので、やはりお惣菜を買って食べる機会が多いです。
そして驚くべきことに(?)最近は料理をする機会が増えてきています 笑。昔から自分は料理をしないことで有名(笑)でしたが、お惣菜ばかりだと飽きるので、最近は料理も取り入れてきています。
料理と言っても炒め物などが中心でそんなに大層なものではないですが、簡便な料理を短時間でチャチャッと調理することは比較的スムーズにできるようになってきています。調理時間10分の料理、料理嫌いの人のため料理のまとめなども、そのうちどこかで書くかもしれません 笑。



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ということで、コロナ時代の社会と自分の生活について、簡単に現状の思うところなどをまとめてみました。
コロナは終息はまだまだ先、社会はすっかりマスク着用、手指の消毒、距離の確保、換気などが普通になりました。もし今後コロナが収束に向かってもこのような行動原理はおそらく当面は変わることはなく、
2010年代と2020年代の間には、おそらく社会的・文化的に大きな断絶があることになるのではないかと思います。
自分は社会の在り様や感じたことなどは記録しておきたいと考える方なので、今後も折に触れてコロナ時代の生活・社会については書き留めておこうと思っています。