仏教美術を見る -香雪美術館と大和文華館- | れぽれろのブログ

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今回は2つの美術館、兵庫県にある香雪美術館と奈良県にある大和文華館を取り上げたいと思います。ともに戦後にできた私設の美術館で、日本美術を中心に絵画や彫刻など様々な作品を蒐集・展示している美術館です。
当ブログでは公立の美術館を訪れることが多いですが、私立の美術館も味があって面白いです。両美術館とも、訪れた際に仏教美術の展示をやっていましたので、その感想なども合わせて記載しておきます。



(1)香雪美術館

まずは香雪美術館です。所在地は神戸市東灘区、最寄り駅は阪急の御影駅です。
阪急御影駅はとくに駅の北にかけて大邸宅が立ち並ぶ高級住宅街ですが、駅の南側もそれなりに高そうな(?)住宅地が広がっており、この住宅地の中に香雪美術館があります。

香雪美術館は朝日新聞の創業者である村山龍平が蒐集した古美術を保管・展示する美術館です。
村山龍平は江戸時代末期の1850年の伊勢国(三重県)に生まれ、1881年(明治14年)に大阪で朝日新聞を創業、ニュース報道の重視や印刷機の近代化の推進等により、朝日新聞を日本近代の大新聞に育て上げ、その後大阪府議会議員や貴族院議員を務めた後、1933年に亡くなっています。
香雪美術館は村山の死後、村山が蒐集した美術品を保存・展示する目的で、1973年に開館しました。村山龍平の茶人としての号が「香雪」であったため、香雪美術館と名付けられたのだそうです。
香雪美術館は神戸の御影の地以外にも、大阪中之島の朝日新聞本社ビルにも分館が入っています。

訪問は今年の7月3日、青紅葉が良い雰囲気でした。

入口の感じ。



展示会場(建物)の入口。



休憩スポット。

絵になる庭園です。

 


この日は「仏(ほとけ)・祈りのかたち」と題された仏教美術のコレクションが展示されていました。

展示の中で最も面白かったのが江戸時代の伝狩野探幽の「三十三観音図」で、室町時代の明兆の作品を狩野探幽が模写したと言われている作品です。

全部で三十三の図があり、三十三図とも画面上側に様々な観音様が描かれ、画面下側に観音様により災厄から救われる人々の様子などが描かれています。この画面下側の災厄の様子が面白く、洪水で溺れる人、海で鬼に襲われる人、風神雷神による風雨に襲われる人、火の穴に落とされる人、山賊に襲われる人、処刑される人などが、観音様により救済されている様子が描かれています。1つ1つの災厄の様子が楽しく、鬼や山賊などはどことなくユーモラスな感じもあります。
全体として水難の場面が多く見られ、日本が昔から大雨や台風などの水害が多い地であったことがよく分かります。

室町時代の「矢田地蔵縁起絵巻」も面白い絵巻物でした。
鎌倉時代の有名な矢田寺の絵画を元に後の時代に描き直されたと思われる絵巻物で、地獄道や餓鬼道の様子が描写されるいわゆる地獄絵の一種。地獄のあちこちにお地蔵さまが登場し、お地蔵さまの目線で地獄を観察しているような形式になっている作品で、お地蔵さまは地獄にさいなまれる亡者たちを助けるわけでもなく、ただ見ているだけ(笑)という、物見遊山でお地蔵さまが地獄を見に来ているようにも見える作品で、面白いです。

本展で個人的に最も良かった作品は伝周文の白衣観音図で、観音様を描く伸びやかな筆の筆致と、木々を描く硬めで大胆な筆致の対照が面白いです。
この他は神功皇后の外征の様子を描いた江戸時代の「八幡縁起絵巻」(海から現れた牛を神様が素手で放り投げる場面が印象的)なども面白かったです。

タイトルは「祈りのかたち」となっていましたが、それ以外の仏教に関わる伝承や救済を描写した絵画などがとくに印象に残った展示でした。



(2)大和文華館

続いては奈良県奈良市にある大和文華館です。
最寄り駅は近鉄奈良線の学園前駅。学園前は帝塚山学園の前にある駅で、駅の北側には上村松園の作品などを所蔵する松伯美術館が、駅の南側には今回訪れた大和文華館があります。駅周辺は上の御影と同じく郊外の住宅地で、やはり住宅地の中に美術館があるという形になります。
松伯美術館も大和文華館もいずれも近鉄が運営する美術館です。自分は松伯美術館は過去に訪れたことがありますが、大和文華館を訪れるのは初めてです。

大和文華館は近鉄の5代目社長である種田虎雄(おいたとらお)が設立に関わった美術館です。
種田虎雄は岐阜県の出身、鉄道省で働きますが昭和初期に次官を目前にして辞任、大阪電気軌道(近鉄の前身企業)の役員に就任し、大阪-奈良-三重-名古屋を接続する鉄道網の形成に尽力、後社長になり、この種田社長の時代に現在の社名(近畿日本鉄道)に変わっています。
戦後の1946年に種田は美術史家である矢代幸雄に日本・東洋美術の蒐集を委託し、種田の死後1960年に大和文華館として開館します。

所蔵品のうち「婦女遊楽図屏風(松浦屏風)」、「寝覚物語絵巻」、李迪「雪中帰牧図」、「一字蓮台法華経」の4点は国宝に指定されています。とくに松浦屏風は有名で、日本美術好きなら多くの方がご存じの作品だと思います。



入口の様子。

この右下の窓口でチケットを買って入場します。
入口から美術館の建物までは庭園になっており、自然が豊かです。


上り坂を上がって美術館へ。


 

お花が咲いていました。

ムクゲの花だそうです。解説付きなのでうれしい。


こちらが美術館の建物。

どことなく城郭建築を思わせる色とデザインで、美術館としてはなかなか珍しい形の建築だと思います。


訪問日は9月4日、この日は「祈りと救いの仏教美術」と題された展示が開催されていました。

とりわけ印象的なのは平安時代の「一字蓮台法華経」で、お経の1つ1つの文字が丁寧に書かれ、その文字1つ1つに装飾が施されています。お経本文の両脇には平安時代の貴族の様子も描かれていますが、
お経本文の装飾部分がむしろ目を引きます。
仏画の中で最も良かったのは鎌倉時代の「文殊菩薩像」で、これは本展の菩薩絵画の中でもかなり端正に描かれており、お気に入り度は高いです。

面白いのは鎌倉時代の「十五鬼神図巻」で、絵に解説が付けられた絵巻物風の図巻であり、前半は仏様や動物など絵が中心ですが、後半になるに従い様々な子供の病気の症例が描かれてるようになります。この子供の様子がどことなく可愛げがあり、とくに母親に甘える子供(この甘えも一種の病気の症例として描かれている 笑)の様子が微笑ましい。

この他江戸時代の「大津絵」などの素朴な民間信仰の絵なども所蔵されており、美術的価値はそれほどでもないのかもしれませんが、民衆による愛染明王や雷神の描写の様子が楽しいです。
清姫が登場する有名な「道成寺縁起絵巻」(江戸時代)も素朴な仕上がりで、著名な絵巻物に比べると絵画的描写の点で劣りますが、へらへら笑う僧の様子などが楽しく、微笑ましい絵巻物になっていました。

国宝級の重要美術品から大衆の素朴な絵画作品まで、仏教をキーワードに幅広い作品が展示されており、楽しく鑑賞しました。
この「祈りと救いの仏教美術」は10月3日まで開催されていますのでまだ鑑賞可能、ご興味のある方は美術館周辺の自然と合わせて鑑賞してみても面白いかもしれません。

 

 

ということで、日本・東洋美術を所蔵する2つの美術館でした。

どちらも郊外の住宅地にあり、近畿圏発祥の企業の社長が設立に携わったという美術館です。

私企業はただ収益を上げるだけではなく、その収益を社会に還元することが重要です。その意味でも、現在に至るまでこのような美術館が維持運営されていることは、大切なことであると思います。