2017年 読んだ本 | れぽれろのブログ

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年末になりました。
少し早いですが、自分が今年読んだ本のことなどについてまとめておきたいと思います。

今年はとくに10月以降、仕事が忙しくて土日も仕事に時間を取られれることが多くなり、そんなこともあって、読書メーターの更新も9月でストップしてしまっています。
今の調子では年末までしっかりと本を読むことはできなさそうですので、少し早めのまとめとなります。

今年の読書目標、というと大げさですが、年初になんとなく決めた目標は2つ。

1つは文庫・新書以外の最近出版された本を読むこと。
自分はどちらかというと古い本を読むことが多いのと、あと文庫と新書ばかり読む(理由:本が軽いから、寝っ転がって読んだり外出の際に持ち歩くのに便利)傾向にありますが、今年は久しぶりにハードカバーの本を、重さに負けず(笑)読むことにしました。
もう1つの目標は、近年(80年代以降)の日本の文芸作品を読むこと。
これも自分はどちらかといえば古い文芸作品ばかり読んでいますので、80年代以降で読んだ作家は非常に少ないです。
このため、新しいのを集中的に読んでみようという目標です。

しかし目標はあまり達成されず、近年の本もそんなに多くは読んでいません。
80年代以降の小説は、大江健三郎、後藤明生、高橋源一郎、池澤夏樹、多和田葉子、絲山秋子を読みましたが、これとて大江氏・後藤氏などは80年代以前から活躍されている作家さんですので、あまり目標達成しているとは言えませんね。


今回の記事では、個人的な今年の代表書籍、読んで良かった本として、以下の8タイトル(9冊)について、コメントを残しておこうと思います。

・サピエンス全史/ユヴァル・ノア・ハラリ (上下巻)
・PC遠隔操作事件/神保哲生
・観光客の哲学(ゲンロン0)/東浩紀
・尼僧とキューピッドの弓/多和田葉子
・同時代ゲーム/大江健三郎
・マシアス・ギリの失脚/池澤夏樹
・日本人の信仰/島田裕巳
・文部省の研究/辻田真佐憲


本記事では所感・コメントのみです。
自分が今年読んだ本の一覧や、各本の内容についてはこちらに書いているので、ご興味のある方は参照ください。(更新は10月から止まっています。)

https://bookmeter.com/users/418702/reviews
https://bookmeter.com/users/418702/books/read


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まず1つめの目標、最近出版された本から、とくに面白かったのを3タイトル。

・サピエンス全史/ユヴァル・ノア・ハラリ (上・下)  (河出書房新社)
・PC遠隔操作事件/神保哲生  (光文社)
・観光客の哲学/東浩紀  (ゲンロン)


まず「サピエンス全史」ですが、この本からして日本では去年出版された本ですので全然新しい本ではなく(笑)、いまさら感があるかもしれません。
しかしこの本は非常に面白く、多くの方にお勧めしたい本です。
それほど難解ではなく、分かりやすく書かれており読みやすく、今年の個人的おすすめ本その1です。
この本の重要な点は、人類の歴史の中で、農耕・定住がはじまる以前の狩猟採取・遊動段階を重視していることです。
人類が誕生したのが約20万年前、農耕・定住がはじまるのが約1万年前、そして数百年前から、経済社会化・科学化・情報化が圧倒的なスピードで進んできたのが、人類の歴史です。
農耕・定住以降の社会変化のスピードは、人類の種としての進化のスピードを越えています。
狩猟採取・遊動に適した身体(遺伝子)が進化しないまま、農耕・定住以降の社会変化が続く。
この身体/社会のギャップが人類の苦しみの所以であるということ、社会の進歩は必ずしも人類を幸福にしませんが、それでも社会は進歩してしまうという構造が示されているのが、この本の重要なポイントです。
最後の方の章では、近未来のいわゆるシンギュラリティについて書かれていますが、このあたりは少し眉に唾を付けて読む必要があるとも思います。

PC遠隔操作事件」は、ジャーナリスト神保哲生さんの近著。
何度か書いていますが、自分は神保哲生さんが運営するインターネット放送局:ビデオニュース・ドットコム(http://www.videonews.com/)を10年以上毎週視聴し続けています。
2012年に起こったPC遠隔操作事件は、この放送で継続的に追い続けていた事件であり、ビデオニュースファンならお馴染みの事件ですので、事件のあらましを懐かしく(?)再体験しながら読みました。
事件を通して警察・司法・メディアの問題を鋭く指摘することが本書の目的であり重要なポイントですが、自分は現代社会を生きる個人の苦しみが犯罪を齎し、その犯罪がまた新たな苦しみを生む構造、苦しみの連鎖を齎す人類社会のどうしようもなさが感じられる点も、この本の興味深いところであると感じます。
社会に重大な影響を与えた本事件の真犯人は断罪されて然るべきですが、罪を憎んで人を憎まず、犯人の動機・感情・行動を理解し、同種の犯罪が繰り返されないよう社会的手当てを行うことが重要です。

東浩紀さんの「観光客の哲学」は、本ブログでも以前に少し書いた批評誌「ゲンロン」の第0号という位置づけで出版された本。
自分は東さんの単著は初めて読みます。
本書は昨今の世界情勢を構造的・模式的に捉え、シンプルな形式に落とし込んだ興味深い本であり、哲学・人文書界隈ではたいへん話題の本であるようです。
現代世界はナショナリズム/グローバリズムの二層構造からなるとされ、二項対立的なキーワードが次々と登場、政治/経済、上部構造/下部構造、意識/無意識、上半身/下半身、国民国家/帝国、規律訓練/生産力、国民/個人、人間/動物、
スモールワールド/スケールフリー、このような構造がシンプルかつ明確に整理されており、非常に面白いです。
本書で重要視されるのは偶然性です。
偶然性に身を晒した結果、他者・社会に不可避的に影響を与えるという構造が、東ワードで言うところの「郵便的誤配」。
郵便的誤配を引き起こす存在になる(観光客になる、親になる、家族の成員となる)ということが、ナショナリズム/グローバリズムの二項対立を乗り越える概念的な処方箋として提示されているのが本書のポイント。
当ブログのキーワードを用いて自分なりに本書を超意訳すると、社会に遍在する苦しみを緩和するには、人と人との共感能力をベースに他者と関わることから始め、個人が世界システムや国家と直接向き合うのではなく、少しでも共感能力が発動可能なユニット(家族・中間集団)を形成・維持することが肝要、そのためにはまず偶然性に身を晒せ、とこのように捉えられます。
偶然性を経て、家族的なものへ。
本書は社会問題の個別の事例を直接解決するものではありませんが、公共政策などで現代社会をマクロな視点で改善していくには、非常に有用な視点を提供している本であると感じます。


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2つめの目標、80年代以降の文芸作品から、面白かったものを3冊。

・尼僧とキューピッドの弓/多和田葉子  (講談社文庫)
・同時代ゲーム/大江健三郎  (新潮文庫)
・マシアス・ギリの失脚/池澤夏樹  (新潮文庫)

とくに面白かったのが多和田葉子さんの「尼僧とキューピッドの弓」です。
ドイツの修道院を舞台にした小説で、おそらく著者が現実の修道院を取材して描いた作品ではないかと思われます。
本書のテーマは自由と自己決定を巡る逆説です。
自由に生きるということ、感情や感覚の赴くままに生きるということは、上記のハラリ的な意味で言うと、身体/世界のギャップに苦しむということでもあります。
信仰は不自由なものですが、苦しみを緩和し、人に生きる力を与えます。
農耕・定住社会以降にキリスト教や仏教などの世界宗教が誕生したのは、おそらくこのあたりにポイントがあります。
本書では第2部で描かれる個人の苦しみに対し、第1部で描かれる修道院の様子が称揚されているようにも見えます。
描かれる修道院はさほど調和的ではなく世俗的雰囲気が強いですが、ここには目的を共有する者たちの生活と共同体的救済があります。
ポイントは信仰(修道院へ入ること、非自己決定的に生きること)が自己決定的に選択されているということで、再帰的な家族・中間集団の形成・維持に、古い宗教が役立っているということです。
このような緩やかな再帰的コミュニティの形成は、宗教のあるべき姿の1つなのではないかと思います

同時代ゲーム」「マシアス・ギリの失脚」の2冊は、どちらも南米文学の影響下にかかれたと思しき作品であり、ボリュームある濃厚な作品で非常に楽しく読みました。
国家や歴史というテーマが扱われていますが、どちらかといえば文芸作品を読むということの快楽の方が大きい作品です。
「同時代ゲーム」はガルシア=マルケスの「百年の孤独」の日本土俗版、日本の四国山中の村落共同体の歴史が圧倒的なスケールで描かれます。
「マシアス・ギリの失脚」の方は、かつて日本軍の占領下にあった南洋にある架空の島嶼国が舞台で、こちらは国家を統治する大統領が主人公であるため、ガルシア=マルケスの「族長の秋」に印象が近いです。
時系列が入り乱れるのも両書の特徴で、時間の流れが前後する描写を読むことを苦役と取るか快楽と取るかで、これらの小説の印象は変わってくる、好き嫌いが決まるという面はあると思います。
ちなみに「同時代ゲーム」は自分が大学生のときに買ってから読んでないという
超長期積読本であったりします(笑)。
今はなき大阪梅田の旭屋書店で買った文庫本を、今回20年弱ぶりくらいに読んだということになります。


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その他、今年の新書から興味深かった本を2冊。

・日本人の信仰/島田裕巳  (扶桑社新書)
・文部省の研究/辻田真佐憲  (文春新書)

日本人の信仰」は現在日本人の宗教観について、非常に分かりやすくクリアに説明されている本です。
本書の記載は平易で読みやすく、目からウロコ本、個人的今年のおすすめ本その2が本書です。
本書によると日本社会は無宗教なのではなく、社会の中に信仰が強く組み込まれた社会であるとされています。
冠婚葬祭、お寺・お宮参り、七五三や厄払いなどの行事、家庭や企業に設置される仏壇や神棚、地域のお祭りなど、日本では信仰が生活の中に遍在しています。
我々は宗教というと、神や真理と向き合うような超越的な何かを考えがちですが、このような原理主義的な信仰の在り様は世界を見渡しても非常に稀。
むしろ宗教は社会的・コミュニティ的なものであり、家族や中間集団を維持しつつ、豊かな生活を成り立たせる基盤として機能しているのが、宗教であると捉えることができます。
明治神宮の初詣の参拝者数は、メッカの年1度のハッジにおける参拝者数を上回り、このことからも日本人の信仰との関わりの強さを伺うことができます。
同時にメッカ巡礼も原理主義的な何かではなく、共同体的な意義、おそらくはお伊勢参りのような感覚に近いのではないかという気がしてきます。
宗教・信仰・コミュニティ等を考え直すのに、非常に有益な1冊です。

もう1冊あげるなら、辻田真佐憲さんの「文部省の研究」をあげておきたいと思います。
本書は明治期以降、教育を司る文部省が、どのような日本国民を理想とし教育に反映してきたかについて、まとめられた本。
教育勅語が一般的に認識されているよりずっと中庸的な方針で策定された事実や、それにも関わらず後年に神格化されていくプロセスなど、国家と教育を巡る面白い視点を提供してくれる本です。
ちなみに著者の辻田真佐憲さんは大阪府出身で、自分と出身高校が同じです。
出身高校が同じという文化人は初めて知りましたので、なんとなく親近感が湧いてきます。(母校にあまり愛着を持っていなさそうに見えるところ(※真実は不明)も、なんとなく自分と似ています。)
辻田さんは上記のビデオニュースやゲンロンカフェにも出演されており、お話も面白いので、今後も注目していきたいと考えています。


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ということで、今年の思い出本8タイトル(9冊)でした。


最近世界文学を全然読んでいませんので、来年は世界文学をいくつか読もうと思っていますが、本年の結果から見ても、どこまで達成できるのかは推して知るべしです(笑)。