賜物(河出書房新社):ウラジーミル・ウラジーミロヴィチ・ナボコフ | 夜の旅と朝の夢

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【ロシア文学の深みを覗く】
第44回:『賜物』
賜物 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集2)/河出書房新社

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今回は、「池澤夏樹=個人編集 世界文学全集」からナボコフの『賜物』を紹介します。

本書はナボコフがロシア語で執筆した最後の長編小説です(本書の後に『魅惑者』をロシア語で発表しているようですが、これは中編小説扱いだと思われます)。

前回紹介した『プニン』は、ナボコフの分身的な「プニン」が主人公でしたが、本作もナボコフに非常に近い境遇の詩人フョードル・コンスタンチノヴィチを主人公とした物語です。

主人公の境遇が作者に非常に近いので、自伝的な小説と言えなくもないですが、ナボコフ本人は英語版の序文(本書に収録)でそれを完全に否定しています。個人的な意見を言えば、小説というのは、その出発点が実体験であったとしても、それを解体し、新しい要素を追加し、再構成して別物に作り替えるもので、小説が自伝的か否かを問うこと自体あまり意味があるものとは思えません。

さて、主人公のフョードルはドイツに住む亡命ロシア詩人。まだ若い彼は、詩集が出版されたばかり。そんな彼の下に詩集の好意的な評論が新聞に掲載されたと知人に聞かされ、意気揚々とするものの、それがなんとエイプリルフールの嘘だったと分かる。

自身の詩人としての才能に自信があるものの、それが世に認められないのはやはり辛いこと。しかし、彼はめげずに自分の父親についての小説を書こうとする。

とストーリーは比較的単純なのですが、語り口はかなり独特というか、オリジナリティーが溢れていて、読んでいてすごいと思わせる小説です。

全部で5章に分かれていますが、1章は、フョードルの書いた幼いころの思い出と密接に関係する詩とそれの解説を使いながら、フョードルの人生を紹介していく。

2章は父親の小説を書こうとして、父親について調べたり回想したりしていくうちに、父親と一体となったかのように父親の見聞を追体験していく。

3章は、下宿先の娘とのラブロマンス的な要素をはらみつつ、『何をなすべきか』の作者であるニコライ・ガヴリーロヴィチ・チェルヌイシェーフスキイの伝記を書こうと決意する。

4章はなんとフョードルの書いたチェルヌイシェーフスキイの伝記をそのままぶち込むという荒技に出る。そしてこの伝記がいかにもナボコフらしい諧謔と皮肉に満ちたものだが、チェルヌイシェーフスキイを知らないと面白さが分かり辛いかもしれない。

5章は、チェルヌイシェーフスキイの伝記に対する他者の評論で始まり、下宿先の娘とのロマンスの結末が描かれる。

とまあ、一癖も二癖もある構成。個人的には1章がやや退屈でしたが、その後はなんだかよく分からないが面白くなってきました。600頁ほどある大長編ですし、小説論的な小説なので万人受けは望めないでしょう。しかし、小説の可能性を改めて感じさせてくれる素晴らしい小説だと思いますので、興味のある方は是非読んでみてください。

今回でようやくナボコフは終了。次回は、オストロフスキーかショーロホフにしたいと思っています。

備忘録:今まで読んだ『池澤夏樹個人編集=世界文学全集』
Ⅰ-01:オン・ザ・ロード(ブログ記事なし)
Ⅰ-02:楽園への道
Ⅰ-05:巨匠とマルガリータ
Ⅰ-11:鉄の時代
Ⅱ-05:クーデタ
Ⅱ-07:精霊たちの家
Ⅲ-01:私は英国王に給仕した