楽園への道(河出書房新社):マリオ・バルガス=リョサ | 夜の旅と朝の夢

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楽園への道 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-2)/マリオ・バルガス=リョサ

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 祝ノーベル賞!
 というわけで、本年のノーベル文学賞受賞者バルガス=リョサの作品です。リョサは1936年ペルー生まれ。1960年代におけるラテンアメリカ文学ブームの一翼を担った人でもあり、ペルーの大統領選に出馬しフジモリ氏に敗れたことでも有名です。
 
 アラサーの私は、当然のことながら、ラテンアメリカ文学ブームに直接触れたわけではありませんが、ラテンアメリカ文学は当時から今に至るまで刺激的な作品が多く、好んで読んでいます。数えてみたところ、リョサの本は、本書が小説では9冊目、その他の作品もいれれば11冊目となります。一番好きなのは「世界終末戦争」ですが、基本的にハズレがないのが素晴らしいです。ただ絶版が多いのが残念なところ。ノーベル賞受賞を機に再版されればよいのですが・・・

 本書は、ポスト印象派の画家ポール・ゴーギャン(1848~1903)と、その祖母であり社会革命家のフローラ・トリスタン(1803~1844)の物語です。奇数章がフローラ・トリスタンの物語、偶数章がポール・ゴーギャンの物語で、独立した二つの物語が交互にでてくるという構成となっています。このような構造の作品は、色々ありますが、フォークナーの『野生の棕櫚』とか、宮本輝の『葡萄と郷愁』とかが思い浮かびます。

 基本的にはどちらの話も晩年を描いたものですが、回想や会話の中から過去が浮かび上がるという重層的な構造となっていますが、決して読みづらくない。また、頻繁に作者がポールやフローラに話かける独特な文体が、遠い過去の二人を読者に身近な存在として感じさせ、感情移入するのに一役かっていると思います。ただ、「やったじゃないか、コケ(ポールのあだ名)、最初の傑作だよ」などといった感じの、やや上から目線を感じることもなくはない(翻訳の問題かもしれないけど)。まあ、本書を書いたとき作者は既に二人の享年を超えているので、上から目線でも問題ないんですけどね。

 さて、フローラは、不幸な結婚から逃げ出したのを機に、労働の連帯と女性解放を目指す闘いに生涯をささげることになります。一方、ポールは、西洋文明から離れ、芸術の再建を目指し、文明化されていないタヒチへ、そして最後にはマルキーズ諸島へと向かいます。

 フローラは、人工的、理性的なユートピアを目指し、ポールは、自然的、感情的なユートピアを目指す。楽園をキーワードに二人を結びつけ、空白の多い二人の人生を再構築した作者の手腕には脱帽です。この二人の相反するユートピアへの渇望は、恐らく人間を支える両翼を示していると思います。フローラもポールもユートピアに辿り着くことはできず、そして両翼の一方のみに特化した二人は、幸福にもなれなかった。でも仕方ないよね、楽園なんてこの世に存在するはずないんだから。でも満足しているはずだよね、命を賭して闘ったんだから。

この二人の闘いから多くのものを学べるはず。重厚で厚い本ですが、多くの方に読んでもらいたい傑作です。

  本書は、池澤夏樹が個人編集を務める「世界文学全集」の一冊。この世界文学全集は全部(30冊、刊行中)読んでやれ! と思っているのですが、本書でようやく2冊目。先は長い・・・