坂眼鏡 | 山田小説 (オリジナル超短編小説) 公開の場

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 「先日、坂眼鏡を購入しましてね」と宴会場でたまたま隣の席に座っていた会社の同僚が言い出した。「今もそれを掛けているのですけどね」

 その言葉を聞いて私は同僚の顔を見遣ったが、彼が装着している眼鏡は何の変哲もない代物のようだった。その名称が意味するところは何だろうかと考えながら私は「坂眼鏡」と鸚鵡返しに呟いた。
 
 「ええ。これを掛けていると目の前の景色が向こう側に傾斜して下っていっているように見えてくるのです。いいでしょう?」と同僚は酔っ払って赤くなった顔を綻ばせながら言った。

 どうやら自慢をされているらしいと気付いたが、景色が傾いて見えたところでので特に利点があるとは思われないので少しも羨ましくなかった。私は料理の方に視線を移しながら「そうですか」と呟いた。

 「あなたと同じ景色を見ていても私は自分が高所にいると思い、常に見晴らしが良いと感じているのですよ。この眼鏡を掛けていると山の頂きに登り着いた時のように遠くに視線を投げ掛けたくなりますよ」

 同僚の言葉を聞きながら私は宴会場をぐるりと見回した。あまり広くもない空間の中で上司や同僚達が料理を食べながら語り合っていた。私はもっと遥か遠方の景色を見てみたいという衝動を覚えた。坂眼鏡を欲しくなっていた。


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