「先日、箱眼鏡を購入しましてね」と宴会場でたまたま隣の席に座っていた会社の同僚が言い出した。「今もそれを掛けているのですけどね」
その言葉を聞いて私は同僚の顔を見遣ったが、彼が装着している眼鏡は何の変哲もない代物のようだった。その名称が意味するところは何だろうかと考えながら私は「箱眼鏡」と鸚鵡返しに呟いた。
「ええ。これを掛けていると世界が大きな箱の中にあるような気持ちになってくるのです。いいでしょう?」と同僚は酔っ払って赤くなった顔を綻ばせながら言った。
どうやら自慢をされているらしいと気付いたが、世界が大きな箱の中に収まったところで特に利点があるとは思われないので少しも羨ましくなかった。私は料理の方に視線を移しながら「そうですか」と呟いた。
「この眼鏡を外すと宇宙の形状が不明になりますが、そうなると気持ちが悪くて仕方がありません。しかし、箱眼鏡を掛けると宇宙の形状が立方体であるという確信を得られるので清々しい気分になれますよ」
同僚の言葉を聞きながら宇宙の形状について考えていたが、曖昧でよくわからなかった。それは確かに心地が良くないかもしれないという気がした。しかし、立方体という形状が好ましいわけでもなかった。私は井戸のような長細い円筒の底に自分が座っているという状況を想像してみた。すると、その環境が好ましいような気がしたので円筒眼鏡が欲しくなった。
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