こんにちはわんわん



前回の記事では やがて この 地球上に・・・

“氷河期” が “再来する” ということを 書きました。

そして 私たちの ”99%以上” が 地球上に 残されて・・・

“氷河時代” を 生き抜くことが 待っているようです。雪




しかし 現実的には・・・

おそらく 人類の ほとんどが ”餓死” あるいは ”凍死” することになり・・・

人類は 地球上に 生き残ることが できなくなるかも 知れません。

つまり 今後 “氷河時代” が 到来すれば・・・

私たちは ”死” を 覚悟する 必要があるようです。ガーン




そのように 考えれば・・・

今後の “氷河時代” が 到来すること 自体が・・・

私たちにとって “恐怖の対象” に なってしまい・・・

私たちは 今から そのことを 考えるだけでも・・・

“恐怖” に ”支配される” ことにも なってしまいます。叫び




しかし 私たちは 自分自身の ”死” に 対して・・・

なぜ “大きな恐怖” を 感じるのでしょうか?

その ”明確な答え” が 導き出せるのも・・・

仏教の開祖としての “ブッダの教え” によって 可能になるようです。

今回の記事では そのことについて 考えてみます。得意げ





私は 今から 4年前の 2012年から・・・

”ブッダの教え” を  深く 学ぶことができ・・・

さらには “ブッダの教え” による ”実践生活” に 入りました。

そうしているうちに 私は やがて・・・

さまざまな 自分の考え方が ”変わる” ことを 実感しました。

そして その 最も顕著なものが 私自身の ”死生観” だったのです。星




 
人間とは 何のために 生きているのか?・・・

これは すべての人間が 一度は考える 内容であると 思われますが・・・

私は 2012年以降・・・

それは ”人間” から “卒業” するためである・・・という  考え方になりました。ひらめき電球





つまり 私たちすべてに やがて 直面する ”死” という 現象は・・・

私たちが ”人間” から “卒業” するためには・・・

”どうしても 必要なもの” であると 考えるようになりました。

それゆえに 私自身 ”自分自身の死” というものを・・・

かつては 考えもしなかった ”歓迎すべきもの” と 考えるようになったのです。目 





それは なぜか? というと・・・

私が “ブッダの教え” を 理解するにつれて・・・

人間の ”魂(たましい)” というものは・・・

“原子 や 素粒子 ではないか?” というような 考え方になりました。

そして その考え方に 従うと・・・

私たちは 自分の ”本質” である ”魂” が・・・

人間としての ”肉体” に “縛り付けられている” ことが わかってきます。マッチョ





そして それと 同じことを・・・

”古代ギリシャ文明の時代” に 説いていた 人物がいました。

それが あの 偉大な哲学者である “プラトン” でした。

そして 彼の言葉で 有名なのが・・・

”人間の肉体は 魂の 牢獄である”・・・という ものでした。(※)牢屋





”プラトンの思想” を 簡単に ご説明しますと・・・

私たちが 現在 生きている ”現実界” とは 別に・・・

たとえば ”美しさ” が ”永遠に存在する” という・・・

”イデア界” が 存在することを プラトンは 考えました。星





そして 私たち人間は・・・

その ”イデア界” に対する “あこがれ(エロース)” が あり・・・ 

その ”イデア界” を 追求することが 人間の ”理性” の 働きであり・・・

そこで 人間の “知恵” が 生みだされます。

そうした ”知恵” を 獲得するのが ”人生の目的” であると 説いたのです。ひらめき電球





プラトンは ”イデア界” こそが・・・ 

人間が 向かうべき 究極的な ”理想世界” であるために・・・

”自分の本質” とされる “魂(たましい)” とは・・・  

この世での ”牢獄” に 入っているのと 同然であるように・・・

人間としての ”肉体” に ”縛り付けられている”・・・と たとえていたのです。マッチョ





そして 仏教の開祖であった ゴータマ・ブッダは・・・

人間が 向かうべき 究極的な ”理想世界” というものを・・・

”ニルヴァーナ(涅槃寂静)” として 示していました。

それは “永遠の平穏の状態” ともいうべき “理想の状態” なのです。

つまり 私たちは そこに 到達しなければ・・・

私たちは ずっと ”人間” や ”生物” に ”生まれ変わる” ことになり・・・

ずっと ”苦しみ続ける” ことに なるのです。

これが ”輪廻転生(りんねてんしょう)の法則” と 考えられるものです。しょぼん リサイクル






それゆえに 私たちは ”自分自身の死” によって ”現在の状態” から・・・

“理想の状態” へと “脱出” することが 必要であり・・・

”自分自身の死” が ”どうしても 必要である” ということに なりました。

さらには これまで ”否定すべきもの” であった ”自分自身の死” が・・・

むしろ “歓迎すべきもの” という 結論に 達したのです。目





しかし そこでは・・・

私たちは ”自分自身を殺す” こと・・・

つまり “自殺する” ことは 決して 許されません。(※)

それは ブッダも 説いていた・・・

何ものも ”殺してはならない” という ”戒律” が あるからです。雷





つまり その ”戒律” を・・・

私たちが この人生で ”破る” ことになれば・・・

私たちは ”ニルヴァーナ” どころか・・・

その ”反対” にある ”苦しみに満ちた世界” としての・・・

“地獄世界” に ”転落する” ことに なってしまうからです。

これは 昨年 取りあげました・・・

”原始仏典 スッタニパータ” の 内容からも 理解できる 内容でした。(※)本





それゆえに 私たちは この人生において ”死ぬまで” ずっと・・・

”戒律” とともに “修行する” ことが 必要なのであり・・・

やがて ”死” が 自分自身に “自然に訪れる時” が 来れば・・・

そこで 私たちの人生が “完成する” ことになり・・・

”ニルヴァーナ” へ 導かれると 考えられるのです。星


  

 
そのような ”思考プロセス” を 経験して 参りますと・・・

現在の私は ”自分の死” に 対して・・・

ほとんど “恐怖” を ”感じていない” ということを 自覚しております。

これは 人間にとっての ”最大の恐怖” として 考えられる・・・

”死の恐怖” を ”克服する” ことである・・・とも 考えられます。目





ブッダは その教えの中で・・・
 
人間としての “恐れ” というものは・・・

”親しみ 慣れる” ことが 原因であると 説きました。(※)

これは 私たちが 何かに ”親しみ 慣れる” こと・・・

つまり ”愛着” を 抱いたり ”執着” する 対象があると・・・ラブラブ

私たちは その対象を ”失うことを恐れる” ように なるからです。ガーン 
 




それゆえに 私たちが 自分自身が・・・

”人間” で あることに ”愛着” したり ”執着” することが・・・

まったく “無くなる” ようになれば・・・ダウン





私たちは ”死” について 考える時にも・・・

さらには 実際に ”死” に 臨む時にも・・・

そこで ”恐れる” ことも “無くなる” ことが わかって来るのです。ひらめき電球





しかし 私たちが この内容を 理解できても・・・・

”自分の死” に 実際に 直面した時に・・・

ほとんど “役に立たない”・・・ことも あり得ます。

それは この内容が ”自分の死” に ”直面する前” までに・・・

自分自身の “実感” として・・・

ほとんど “確信できていない” ことが 理由であると 考えられます。ショック!





私が 2012年から ”ブッダの教え” を 学んで わかってきたことは・・・

自分自身の “実感” としての “確信” に 至るためには・・・

実際に ”ブッダの教え” を ”実践する 必要がある”・・・ということなのです。

これが 仏教における “修行の意味” であると 考えられます。星





皆様も すでに ご存じのように・・・

”仏教の修行” というのは ”とても 厳しいもの” と 考えられています。

それは “精神的” にも ”肉体的” にも・・・

かなりの ”大きな負荷” を 自分自身に かけるものです。走る人あせる




それは なぜか? というと・・・

人間にとっての ありとあらゆる “厳しい状態” に 自分自身を さらしても・・・

そこで 決して “動揺” せずに・・・

”平然” として いられるか? ということを 自分自身に 試しているわけです。かお 





その意味は ブッダが 説いていた “究極の理想の状態” としての・・・

”ニルヴァーナ(涅槃寂静)” に 到達するためには・・・

一生 すべてを 通じて ”平穏の状態” を 維持することが 条件になるからです。ドキドキ

 




今後の 地球上では・・・

これまでにない “大きな変化” が 起こる可能性が 高いようです。

そして そこでは 人間にとって・・・

“とても 厳しい状態” に さらされることに なりそうです。

しかし 皆様も その時 決して ”動揺” することなく・・・

常に ”平然” として いることが 重要なのです。かお





皆様も ご自身にとっての ”最大の恐怖” として 考えられる・・・

”自分自身の死” に 直面する時に・・・

そこで 決して “動揺” することなく・・・

”平然” として いられる “確信” が あるでしょうか? 得意げ





仏教の開祖である ゴータマ・ブッダは・・・

私たちに 常に ”平穏の状態” を 維持することを 求めていました。

つまり もし ”自分自身の死” に 直面することに なったとしても・・・

そこで 決して ”動揺” することなく・・・

”平然” として いられる 人間 こそが・・・

“永遠の平穏” を ”獲得できる者” なのであり・・・

“永遠の幸福” を ”獲得できる者” であると 考えられます。虹






そして そのための “修行方法” というのが・・・

ブッダが 示していた ”八正道(はっしょうどう)” の 実践なのであり・・・

それが 今後の 私たちにとっての “最後の救われる道” であると 考えられるのです。クローバー






私たちは この人生において ”世俗に生きる者” としても・・・

”自分自身の死” を 迎える ”最後の瞬間” まで・・・

懸命に ”修行する” ことによって・・・

自分自身が 本当の意味で 救われるという ”確信” を 持ちたいですね。ドキドキ







そして 私たちは 人間にとっての ”最大の恐怖” と 考えられる・・・

”死の恐怖” すらも ”克服する” ことが できるような・・・

“最高の人生” を 完成させて 参りたいですね。ニコニコ













(※) 古代ギリシャ文明での ”プラトンの思想” について 考えました・・・

   ”魂(たましい)を 解放する ということ” の 記事は こちらからどうぞ星



    “自殺” が 許されない 理由について 考えました・・・

    “自殺してはいけない 理由”  の 記事は こちら星



    宗教における ”戒律の意味” について 考えました・・・

    “ブッダの教え 戒律とは?” の 記事は こちらです星


 
    原始仏典での ”恐れの原因” を 説いていた 内容である・・・

    “ブッダの教え 聖者とは?” の 記事は こちらです星

       

    昨年の 3月の記事である・・・

    ”死への恐怖を なくせますか?” の 記事は こちらからどうぞ星




    そして ブッダの教えの 実践方法である・・・

    ”八正道(はっしょうどう)” の 内容は こちらからどうぞ星