★注意!!! 作品の内容に触れています★
獣人雪男(1955)
長野と群馬の県境の山奥で起きた怪事件から生還した東和大学山岳部の捜索隊を取材するため、新聞記者の児玉(堤康久)は雨が降りしきる駅に降り立った。待合室には山岳部員の飯島高志(宝田明)や武野道子(河内桃子)と数名のメンバー、人類学者の小泉重喜教授(中村伸郎)が憔悴しきった表情で帰りの列車を待っていた。事件について尋ねる児玉に飯島は道子の兄の信介(笠原健司)が残したメモを見せ重い口を開く。
東和大学山岳部の飯島、道子と兄の信介、中田(堺左千夫)と梶(山田彰)たち5人は正月に雪山を訪れ、降り積もった雪の中をヒュッテに向かったが、信介と梶は旧知の源さんの山小屋を尋ねるために別れる。松井(瀬良明)の管理するヒュッテに到着した一行は松井から吹雪が近づいていると告げられる。事情を聞いた松井は山小屋へ電話をかけるが応答がない。そこへ山奥の村落に住むチカ(根岸明美)が暖を取るために立ち寄り山小屋へ行く途中の炭焼き地獄という谷間で雪崩が起きている事を告げる。夜になって電話が鳴り受話器からは叫び声と銃声が聞こえ、松井が警報の鐘を鳴らす中チカは逃げるように立ち去るのだった。
吹雪が止んだ翌朝、十数人の捜索隊が組織され飯島たちと共に源さんの山小屋へ向かうが、山小屋の中は争った跡があり源さんの遺体が、戸口には巨大な動物の「足跡」があり、荒れた山小屋内を捜索すると信介と梶のヤッケや所持品を発見、柱には動物の「毛」が残されていた。山小屋の近くで梶の遺体が発見され、周辺の捜索は夜まで続くが更なる捜索は春の雪解けを待つ事となった。
小泉教授の調査の結果、山小屋に残っていた「毛」に該当する生物は国内に存在しないのと巨大な動物の「足跡」から「ヒマラヤの雪男」のような未知の二足歩行霊長類の可能性が高いと結論、雪解けを待って小泉教授と山岳部メンバーを中心に捜索隊が組織され再びヒュッテを訪れるが、未知の生物の噂を聞き付けた動物ブローカーの大場(小杉義男)一味がヒュッテで捜索隊を待ち伏せしていた。
雪の残る山の奥へと進んだ捜索隊はベース・キャンプを設置、小泉教授は未知の生物が生息するとみられるガラン谷へのルートを示すが地元の案内人は危険で猟師も寄り付かない場所だと同行を拒否、藪の奥には捜索隊を監視するかのような二人の人物がいた。翌朝、山奥へと進んだ捜索隊は未知の生物によって殺害されたらしい熊の死骸や落石に遭遇し、未知の生物の咆哮に驚いて転落し負傷した案内人たちは離脱、小泉教授は信介と梶は未知の生物によって拉致されたのではと推理する。捜索隊がガラン谷で未知の生物と遭遇したらしいと部下(谷晃)から報告を受けた大場は捕獲に出発、眠りについた捜索隊のテントに「獣人」が近づくが、それに気付いた道子の悲鳴に驚き逃走、後を追った飯島は谷へ滑落して負傷、キャンプに戻ろうとしたところを大場一味に発見され深い渓谷に投げ込まれてしまう。
飯島はヒュッテで会ったチカによって救出され山奥の村落で看病されるが、そこには何世代にも渡って外界から隔離され「獣人」を守り神のように崇める住人たちが暮らしていた…と言うお話。
本作は「ゴジラ(1954)」の製作中に企画と脚本執筆が進み、円谷英二が特撮を担当する本多猪四郎監督の次回作「アルプスの雪男」として製作発表されたが、「ゴジラ(1954)」の大ヒットを受けて小田基義監督による続編「ゴジラの逆襲(1955))」の製作が急遽決まり、円谷英二が特技監督に昇格し続編を優先する事になったために製作保留となった…本多監督は製作が再開されるまでに、池部良主演の「恋化粧(1955)」と水谷八重子主演の「おえんさん(1955)」を発表しています。そんなトラブル(?)があったからなのか、本多監督の演出は統一感に欠け円谷特撮もイマイチな中途半端な作品になってしまったのが残念(注1;)。
それに加えて「獣人」が生息する山奥の村落に関する描写が公開後に問題視され所謂「封印作品」となってしまい、公開後は一部で再上映されたもののテレビ放映やビデオ・ソフト化は行われていない事から、本多監督の特撮作品の中でも特殊な存在として位置付けられている…作中では明言はされていないものの「被差別部落」を想起させる台詞や差別的描写が頻繁に登場するのでドキドキしてしまう。アメリカではケネス・G・クレイン監督によって追加撮影と再編集が行われ、ジョン・キャラダイン等のアメリカ人キャストによる場面が挿入された海外版が製作・公開されVHSソフトが発売されています…国内では「封印作品」となってますがアメリカでは「Half Human(1955)」としてDVDが発売されています(注2;)。
捜索隊がキャンプを張るあたりまでのロケ撮影はスケール感たっぷりでカメラワークも素晴らしく、スタジオ撮影の部分も緊張感たっぷりでサスペンス映画として良い感じなのだが、「着ぐるみ獣人」が姿を現すと撮影の制約からなのか突如として平凡になる。山奥の村落のシーンは大きなオープン・セットが組まれているものの、構図やカメラワークに工夫が足りず雰囲気もイマイチ。「獣人」の住む洞窟内外のセット撮影も同様で演出も平凡…「獣人」に子供がいたと解った時は一気に脱力。飯島が村人によって吊るされ「獣人」に助けられる崖やチカが大場と出会う崖のセット撮影は雰囲気は悪くなかったが、「獣人」捕獲場面と「獣人」逃亡場面のアクションは「獣人」の着ぐるみ感が消せず平凡な結果に…大場のトラックが崖から落下するミニチュア特撮は丁寧に描写されていてなかなか素敵です。怒った「獣人」が村落を襲い村人を惨殺し大火災となる場面の描写は迫力たっぷりで良かったが、キャンプを襲撃した「獣人」によって道子が拐われ捜索隊が追跡するクライマックスは、ストーリー展開や演出がモタついていてさっぱり盛り上がらない…信介の遺体発見や「獣人」についての分析や解説はストーリーが完結してからでも良かったし、洞窟の奥には都合よく熱泉があったりするのもどうかと思っちゃうよね。ラストは、駅舎で話を聞いている場面に戻るのだが、衝撃的な内容の話を聞いた後なのに記者のリアクションがあまりにも事務的な感じで笑ってしまう(注3;)。
作品全体を通して「獣人」が登場する場面では本多監督と円谷英二とのコンビネーションがあまり上手くいっていない様な印象が残った。色々中途半端で残念な完成度の作品になってしまった本作だが、「未知の生物」をリアルに描くという狙いは悪くなかったと思うし、本多監督の特撮作品に頻繁に登場する「災害や事件に便乗して何かしらの利益を得ようとする悪党」が初お目見えの作品として貴重である…ホントの「怪物」は「人間」なんだよね。
●スタッフ
監督:本多猪四郎
原作:香山滋
脚本:村田武雄
製作:田中友幸
撮影:飯村正
特殊技術:円谷英二、向山宏、渡辺明
音楽:佐藤勝
助監督:岡本喜八
●キャスト
宝田明、河内桃子、根岸明美、
中村伸郎、堺左千夫、髙堂國典、
小杉義男、谷晃、笠原健司、山田彰、
瀬良明、堤康久、千葉一郎
◎注1;
後に本多監督作品の常連になる香山滋の原作を村田武雄が脚本化しているが、俳優さんたちのドラマ部分は似たような台詞や場面が繰り返される事が多く変化に乏しいのが残念…アクション場面以外は座って話しているような場面ばかりなんだよね。俳優さんたちの演技やサスペンス演出は悪く無いのだが、会話が中心となるドラマ部分は玉石混交で散漫な印象になってしまった。
前年デヴューしたばかりの宝田明は、まだ演技が硬くてヒーローとしての存在感も物足りない。河内桃子はヒロインとして華があるし演技も上手いのだが脚本の描写不足でストーリーに上手く組み込めていない感じ。中村伸郎は学者の雰囲気たっぷりでなかなか良いのだが、学者らしく無い台詞がチラホラ出現する脚本の影響で設定がストーリーに活かされていないのが残念…台詞にリアリティが足りない感じなのだ。根岸明美は初登場の場面からミステリアスな雰囲気全開で演技や存在感も最高、クライマックスの大活躍と合わせて観賞後に最も印象に残る。崖で大場と子分に出会う場面から衣装が突然露出多めになって吃驚…村落では長ズボン風だったのにショート・パンツ風に変更され太ももがあらわに。動物ブローカーの大場を演じる小杉義男の小狡い悪党ぶりはなかなか楽しいのだが少々類型的すぎますな…子分役の谷晃はこういうのはホントに上手い。高堂国典の村長は素晴らしかったが問題だらけの設定や台詞のおかげで素直に楽しめない。
◎注2;
本作製作当時は、一般的に差別に対する認識が希薄で、後に差別用語とされたような事柄や言葉が日常会話でも普通に語られていた時代。原作者や脚本家、製作者や監督も「被差別部落」について差別目的で作品に取り入れた訳では無いと思うが、山奥の村落の住人が「獣人」を神のように崇めている事に説特力を付け加えたかっただけなら他の設定も考えられただろう。国内では観賞が困難な事から、数バージョンあると言われている海外版DVDでの観賞、音声は日本語で英語の字幕が表示可能だった。タイムコードを「ぼかし消去」したような跡が画面上部に表示されるので、DVD化の素材は東宝がビデオ化を前提に制作しオクラ入りとなった作業用の映像と思われる。追加撮影と再編集が行われたアメリカ版は63分に短縮され、ストーリーも学者たちによる報告会のように変更され日本人俳優たちの台詞は全てカット、編集された日本版の映像にかぶせられたナレーションでストーリーが語られる…音楽や効果音はそのまま使用されているようだ。
◎注3;
物語の舞台を日本アルプスとしている資料も多いが、劇中に山奥の村落の位置を「ガラン谷」と言及する台詞が登場するので設定は志賀高原あたりだと思われる…「ガラン」と呼ばれる地域は何ヶ所かあるようだが。ロケ撮影が日本アルプスの白馬で行われたと記録されている事から作品の舞台も日本アルプスと思われているようだ。
捜索隊のベース・キャンプに「獣人」がいきなり姿を現すのは勿体無い感じ。足跡や体毛が残っていたり、殺害された熊の死体や目撃者がいたり咆哮が聞こえたりはするが「獣人」の姿は画面に登場していないので、初登場が唐突すぎるしサスペンス演出もあっさりしていて拍子抜け。道子のテントを覗き込む顔を先に見せてしまったのは失敗だと思う…寝ている道子にしのびよる毛むくじゃらの手と姿を見た道子のリアクションだけで良かったのでは。当時の技術では「獣人」の顔の造形の完成度は仕方ないとしても、デザインはもうひと工夫あっても良かったのではと思う…あまり怖くないんだよね。製作費やスケジュールの問題だとは思うが、「獣人」を撮る時の照明やカメラ・アングルに工夫が足りないので怖さや大きさが出せていないのが本当に残念。撮影の制約が増えるアクション場面では「着ぐるみ」感がさらに強調されてコントの様な場面もチラホラ。円谷英二はミニチュア特撮や合成撮影には初期から精通していたが、この頃は造形技術にはあまり興味がなかったのかもしれない。崖を上る「獣人」の短い場面はミニチュア人形をストップモーション撮影していて「キング・コング(1933)」を意識していたのが伝わってくる。「獣人」に子供や死に絶えた仲間がいたりするあたりは、プロデューサーの田中友幸や香山滋&村田武雄の執筆陣も「キング・コング(1933)」を強く意識していたのだろう。
音楽は中期の黒澤明作品で大活躍した佐藤勝が担当していて作品に重厚さを付加している。ドイツ民謡の「別れの歌」が効果的に使われているのも素敵です。
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