わが青春に悔なし(1946) | つぶやキネマ

つぶやキネマ

大好きな「映画」について「Twitter」風に
140文字以内(ぐらい)という制約を自ら課して、
"つぶやいて"みようと思います...ほとんど
「ぼやキネマ」になりそうですが。

★注意!!! 作品の内容に触れています★


わが青春に悔なし(1946)


 京都帝国大学の八木原要教授(大河内伝次郎)の京都の家
には7人の教え子たちが集まり、教授夫妻と娘の幸枝(原節
子)と共に吉田山でピクニックを楽しんでいたが、のどかで
幸福な時間は陸軍の演習の機銃の音にかき消され、演習を
見ようとした幸枝は斜面で倒れている兵隊を見つけ立ちす
くんでしまう。教え子の糸川(河野秋武)と野毛隆吉(藤田進)
は幸枝に好意を寄せていたが、幸枝は社交的な秀才の糸川
と朴訥で行動的な理論家の野毛という対照的なふたりのど
ちらにも好感を抱いていた。昭和8年、自由な学園を標榜
して来た八木原教授は文部大臣によって罷免され、学生た
ちは反対運動に立ち上がっていた。その中心人物となった
野毛は、八木原家で糸川と幸枝に軍閥による侵略主義と軍
国主義を語るが、幸枝は野毛の考え方に異を唱え、野毛は
お嬢さま育ちで浮ついた感じの幸枝の考え方に批判的で、
怒ってピアノを弾き始めた幸枝にあきれて部屋を出て、帰
宅した八木原教授に政府や文部省のやり方に対し徹底的に
闘う事を言い残して去って行く。京大から日本中に拡大し
た学生たちによる運動に対し、文部省は教授たちを次々と
囲い込み、学生たちのデモは騎馬警官隊によって鎮圧され
てしまう。八木原教授はあくまでファシズムと闘い続ける
と言う学生たちをなだめていたが、学生運動では満足出来
なくなっていた野毛はすでに大学を去り左翼運動へのめり
込んでいたのだった。昭和13年、幸枝は野毛が家に現われ
なくなった事で習い事をしていても上の空になっていた。
八木原教授は自宅で法律事務所を始め市民からの法律相談
を無料で行っていたが、検事となった糸川は八木原家を訪
れ国策と反するので止めるように忠告、数日後に野毛を連
れて来ると話す。八木原家に現われた野毛は、左翼運動を
していた事で投獄されていたが転向し糸川検事が身元を保
証した事で執行猶予となり出獄した事を告白する。変わっ
てしまった野毛の姿に落胆し、生き甲斐を失ってしまった
ように感じた幸枝は家を出て東京で働く事を決意する。昭
和16年、東京で生活を続けていた幸枝は偶然糸川と出会い、
野毛が東亜政治経済問題研究所を主宰し中国問題の権威と
なっている事を知らされる。幸枝は野毛の研究所を訪ね、
ふたりは再会を喜び合いお互いのこれまでの事を話すが、
幸枝は野毛が何か秘密を抱えている事を感じ取り、野毛か
ら再び当局に逮捕される覚悟である事を聞かされる。野毛
との生活を始めた幸枝は、幸せを感じている一方で夫が逮
捕される恐怖に苛まれていた。ある日の朝、野毛は大きな
仕事が一段落したので今日はお祝いをしようと幸枝に提案
し、自分たちの仕事は10年後に評価されるだろうと語り家
を出る。しかし、幸枝にプレゼントを買ってカフェに寄っ
た野毛は特高警察の"毒いちご(志村喬)"に国際スパイとして
検挙され、ふたりのアパートは家宅捜索を受け共犯者とし
て逮捕され留置された幸枝は"毒いちご"から連日の厳しい
取り調べを受ける。黙秘を続け釈放された幸枝は上京した
父と共に京都へ帰るが、再び上京し野毛の弁護を申し出た
八木原に糸川検事は野毛が獄中で死亡した事を告げる...と
いうお話。京都帝国大学で昭和8年に実際に起きた滝川事
件をモチーフに、昭和16年のゾルゲ事件の首謀者のひとり
とされた尾崎秀実(おざきほつみ)を主人公の野毛のモデル
として描いた黒澤明監督の終戦後初の作品であります(注1)。
終戦直後に、軍国主義や偏見に対して一石を投じるような
作品を選んだあたりが、何本もの脚本を書きながら戦時中
の検閲のおかげで映画化を断念しなければならなかった黒
澤監督らしいが、本作ではさらに「女性の自立」について
も踏み込んでいて、当時の封建的な批評家たちからは「黒
澤は女性が描けない」と頓珍漢な批判を受けたそうです...
アホな批評家たちには「何処を観てるんだよ」と言いたい
ですな。映画の冒頭で描かれる、京都の吉田山へ向かう若
い学生たちの姿と幸せに満たされたピクニックの雰囲気が
機銃の音で一瞬にして凍り付く展開が素晴らしく、学生た
ちが歌う京都大学の前身の旧制第三高等学校の寮歌「逍遥
の歌」が本作のテーマ曲として耳に残る。当時お嬢さま女
優として大人気だった原節子に、複雑な役柄を演じさせた
黒澤監督の演出がホントに素晴らしく、野毛の態度に腹を
立てた幸枝が糸川に土下座を要求する場面での、幸枝の表
情や目線の変化で糸川の動作を解らせる演出や、野毛の転
向を知った幸枝が帰る野毛と糸川を見送ろうかどうかを悩
み、自室のドアの前で葛藤する姿を短いディゾルブでつな
いで表現した場面、野毛に会いに行きながら逃げるように
階段を下りビルの外へ出る幸枝を追ったカメラワーク、幸
枝がそのビルの前を何度も訪れる場面では季節の変化を衣
装や天候で表現しオーバーラップでつなぐ等、幸枝の微妙
な心理を様々な形で強調している演出が沢山観られます。
野毛の研究所でふたりが語り合う場面は、惹かれ合ってい
るのにお互いの気持ちがナカナカひとつにならないもどか
しさが上手く描かれ、ただ話しているだけなのにラブ・シ
ーンのような感じがしてしまう。結婚生活が始まった後も
歓びと不安が交互に襲って来る幸枝の姿に困惑する野毛の
様子も上手く演出されていて、喜劇を上映している映画館
の場面では観客全員が笑う中、屈託なく笑っている野毛を
見て泣き出してしまい、手をとって慰めていた野毛が再び
スクリーンを見て笑い出す場面は、野毛のおおらかな性格
も上手く表現されていて見事です。幸枝が野毛の生家を訪
れ野良仕事を始める後半はほとんど台詞が無く、スパイの
家族、非国民と罵られ近隣住民の悪意に満ちた視線を浴び
ながら、ひたすら農作業を続ける幸枝と野毛の母親(杉村春
子)が描かれ圧巻です。敗戦を迎え京都の実家に戻った幸枝
の表情に、ピクニックの場面以降観られなくなっていたお
嬢さま育ちの屈託のない笑顔が一瞬だけ戻るあたりも素晴
らしい。学生運動のシーンを観ていて、近年の学生さんた
ちは中流意識が蔓延しているのかホントに従順で、しっか
り財界や政界・官界にコントロールされているなぁと思っ
てしまった...日本中の若者は"今こそ"本作を観るべきだと
思いますね。何度も繰り返し語られる「顧みて悔いのない
生活」という言葉は、「 悔い」ばかりのオジさんには結構
キツイんだけどね。


●スタッフ
監督・脚本:黒澤明
製作:松崎啓次
脚本:久板栄二郎
撮影:中井朝一
音楽:服部正


●キャスト
原節子、藤田進、大河内伝次郎、河野秋武、三好栄子、
清水将夫、志村喬、杉村春子、高堂国典、田中春男、
千葉一郎、河崎堅男、中北千枝子、原緋紗子


◎注1; 滝川事件は京大事件とも呼ばれ、京都帝国大学法
学部の滝川幸辰教授が昭和7年10月に中央大学法学部で
行った講演が文部省と司法省内で問題化し、斎藤内閣の
鳩山一郎文部大臣によって滝川教授が休職処分とされ、
京大法学部は全教官が辞表を提出して抗議、京大法学部
の全学生は教授会を支持して退学届けを提出する等の抗
議したが、教授陣は文部省の切り崩し工作によって分裂
し、学生たちの運動も収束してしまった。尾崎秀実は評
論家・ジャーナリストとして活躍し、朝日新聞社や内閣、
満州鉄道等でも働いていたが、近衛文麿政権にブレーン
として参加し戦前の政界や財界、軍部と深い関係を持っ
ていたが、その一方で日本で諜報活動をしていたソヴィ
エト連邦のリヒャルト・ゾルゲとも接触し行動を共にし
ていた事でスパイとして検挙され死刑の判決を受けた。
本作は、このふたつの事件を元に黒澤明と久板栄二郎が
脚本を書いたが、野毛のモデルである尾崎秀実の半生を
描く楠田清監督のデビュー作で岡譲二、花井蘭子主演の
「命ある限り(1946)」と内容が似ていると、戦後に製作
の決定権を握った東宝の労働組合から圧力がかかり、後
半を変更させられてしまう。戦中は軍部の検閲に悩まさ
れ、戦後は組合から検閲を受けるという災難を受けた黒
澤監督は、権力を振りかざす人間を絶対信用しなくなっ
たそうであります...権力は腐敗するという見本のような
話でありますナ。本作は、黒澤明監督の演出力の成熟度
を観るのに最適な作品でもあるのだが、作品の完成度を
高めたのは原節子の演技の素晴らしさに尽きる。ピクニ
ックの場面の明るい笑顔、我がままな振る舞いで糸川を
翻弄する姿、平穏な生活に満足出来ず刺激を求めて野毛
に憧れ自ら困難に飛び込んで行く大胆さ、野毛の行く末
を案じ不安に苛まれ涙を流す姿等、ホントに素敵です。
特に、全身泥にまみれで黙々と農作業を続ける農夫姿は
感動的で、野毛の生家を訪れ野毛の墓参りをしたがる糸
川に無言で雨に濡れた前掛けを絞った後きっぱり拒否す
る場面は、幸枝が心身共に逞しくなった事がよく解り泣
けます。大河内伝次郎と藤田進という「姿三四郎」2作の
師弟コンビが復活したのも嬉しいが、出番は少ないもの
の特高警察の"毒いちご"を演じた志村喬の悪役ぶりが楽し
めるのも得した気分であります...表情からちょっとした
仕草までホントに悪そうなんだよね。 糸川を演じた河野
秋武は、幸枝に翻弄される気弱な感じがホントに上手い
のだが、役柄的には悪役に近く気の毒な感じで、学生運
動に消極的な理由として母(原緋紗子)との場面を入れた
のは黒澤監督の優しさなのだと思いますね。


★Amazon.co.jp★


 

わが青春に悔なし[Blu-ray]


PS: 以下のサイトも運営しています、よろしかったらどうぞ。


★ 漫画を中心とした同人サイト

「日刊...かもしれないかわら版」

http://www.geocities.jp/saitohteruhiko/index.html


★伝説の漫画誌「COM」についてのサイト

「ぐら・こん」ホームページ

http://www.geocities.jp/saitohteruhiko/home/gracom/g_home.html

★「ぐら・こん」掲示板

http://gracom.bbs.fc2.com/


★Facebook「Teruhiko Saitoh」

https://www.facebook.com/#!/teruhiko.saitoh.3