さて。次のものは何つながりでしょう。
電気・空気・温度・思考・音・光・命・力・時間・空間・磁場・・・etc
ちょっと気が付いたものを並べてみましたが、これは私たちが物理的な生活を送る上で欠かせないものです。あるいは、このうちひとつでも欠けると私たちは通常に(今のまま)生きていくことはできません。
しかし、ここでもう一度みてください。これらは全て見えないものです。そして、見えないからこそ、その本質が明らかにならないものばかりであり、見えないからこそ、とても大切なものばかりです。
これらの実態を、もし、客観的に説明できるとしたら、きっと、その人はノーベル賞ものです。なぜなら、本質を理解できると、そのものを無限に利用して新たで画期的な科学を創造できるからです。
私たちは見えない「難解」な道理により生きていることでしょう。たとえば「命」・「生命」・「魂」などと呼ばれるものが私たちの実像だといいます。今日はそれをわかりやすく説明することにします。
さて、ここに一個の生命として一本の柳の木があり、青々と成長を続けています。素晴らしい生命力で自然に溶け込んでいますが、貴方は、その柳の木の枝を折り、傍らの地面に挿しました。するとどうでしょう。柳の命は二つになり、二個の生き方をはじめます。そしてその二個の一生は明らかに異なります。
この原理を、少し飛躍させて考えたなら、一個だけにみえる柳の命は、じつは無限であることが理解できるのです。
命(生命)とは限りなく変化するパワー。それ自体のことです。しかし、そんな無限ともいえるパワーとは、一体どんなものでしょうか。じつは、前記したものは、全てが目に見えないパワーであり、それぞれに種類が違うものです。これは「波動」とか「波長」などで出来ています。
ここで問題になることがひとつ。人間が陥りやすい誤解を、柳を使って説明しておきましょう。
やなぎに主体的な意識があれば、人間である貴方のことをきっと「神」だと思うでしょう。なぜならひとつであった彼の生命を刹那に何倍にもできるからですね。しかし、貴方の行った行為は「縁」であり「きっかけ」でしかありません。生命を無限にしているのは貴方ではありません。
そう、みえない波動(パワー)が無限を創造しています。教会でも、聖人でも、お寺でも、経済でもないものが命を育んでいるのです。その実態をわかりやすく説明します。
ここに鉱石ラジオ(ゲルマニュームラジオ)があります。学校の工作の時間でも、よく活用されていますが、このラジオは電池や電気を必要としません。ラジオ局が発する電波のエネルギーを受信して、そのパワーを音に変換して放送を伝えるもの。ラジオ局がある限り音を出し続けます。
電波は波動です。そしてそれを受信し、そのパワーを制御し、変換して「音」という空気の振動を造っています。
これは、
1・アンテナ(受信)
2・電波と同調する回路(同調)
3・電波を取り出す回路(変換)
4・レシーバー(具現化)
の4つの回路から構成される極めて簡単なものです。
目には見えませんが、ラジオの電波は、私たちの身の回りに蔓延していて、それを取り出すことができる機器です。
生命にも放送局があります。そしてそれを柳や私たちが受信してパワーをいただき、具現化しているのです。
貴方がしっていようといまいと、その放送局は波動を無限に発信しています。それを受け止めるのは魂であり、魂が同調しているからこそ私たちは生きています。その一部を取り出して変換して世界を具現化しているのは「心」です。
この放送局が発信するパワーは単に宇宙を創造し、数々の受信機をも創造しました。それは星であり、柳であり、貴方自身です。このパワーは具現化を求めている「愛」なのです。これを「神」と表現している人もいます。それはどうでもいいこと。なぜなら真理のみが重要だからです。
この見えないパワーは数々のものと共鳴し、冒頭の必要不可欠な二次的なパワーも創り出しています。
私たちは心が未だ未熟であり、「具現化」する機能に劣っています。レシバーがお粗末なのですね。そう、変換する回路にまだ「愛」という演算がなされていないのです。
しかし、同調回路である貴方の魂は愛を知っていて共鳴し、自身の中に愛を育んでいることを忘れないでください。そうでなければ歩くことも息をすることも出来ないからです。
この宇宙は「愛」という波動で出来上がっていて、その波動は無限に放射されています。それを知り、信じることは同調と変換を促し、より良い幸福で光溢れる具現化を私たちにもたらします。本当の貴方は具現化された物理的なものではありません。パワーと同調している魂の段階が本当の貴方なのです。
そしてその愛のパワーでさえ、より聡明で美しく進化しようとしています。
愛はこの世界であり、愛は貴方の中の存在です。
いつも胸に手を当ててください。
「私はここに。」と。
私は10歳のとき、このことをタミェルという友人に教えてもらいましたが、説明は出来ませんでした。しかし、いま、やっと、その真理の一端を説明できるようになりました。
この論文を君と私が過ごした30余年と共に、敬愛するタミェルへ贈ります。感謝。
「シネマ」
ずっと夢を観ているようでした
ルーランの海岸の潮騒にいて
目を細める地平線に浮遊する
そんな素敵な夢を観ていたよ
ふるさとを追われた旅人達が
いつか目にして憧れるような
そんな抱きしめられる思い出
貴方は夢のシネマで舞踏した
沖に浮かぶ蜃気楼を背に、帰る人並みを見送りながら
私は独り、夕日の海へ足を進めた。
もう何もかも失ったくせに、ただこの心の痛みだけが消えずに。その重みを消そうとして。
波は静まり、海は涙の色に輝いたかと思うと、一文字の紅の道を太陽まで伸ばした。
この夕日のように燃えた恋の終焉を飾る真紅の絨毯が海に続く。
そこからは誰も歩いてくることはない。そんな事は知っているはずなのに、潮騒のカーテンコールの中に、未だ何かを探している自分がいた。
遠く大陸を望む石狩の海。ルーランの浜辺に微笑むよう、私を見守るハマナスがゆれていた。
「愛を、愛の姿を教えてください。」
もう、胸までも落ちた私の涙はいま、遠く源を探している。
一陣の涼風が吹く。宵の空に輝きだした明星の傍らに閃光が射した。
「愛は光。愛は存在。愛は想像。」
体中に微細な振動が溢れて、積み重なるように言葉が伝わってきた。
こんな私に、今の私に、いったい何をいうのだ。壊れた愛の傷を修復するには愛をというのだろうか。
「遠い約束に生まれた君を私はいつも待っている。」
美しい女性の面影が浮かんでは消えた。泣きながら微笑んで。
「貴方は誰ですか?貴方は。。。」
光になった美しい天使が私に何かを伝えようとして消えた。私は何も出来ずに、ただ、どこかにきっと存在するであろう、その人のために、座っていた岩に一輪のハマナスを添えた。
私は、倒れこんだ浜辺に再び立ち上がり祈った。
私もいつかこうして、傷ついた人々の心を癒す光になりたいと。
きっと、同じ時代に、同じ思いで生きる人々のために、その奇跡に私は、今日のことを忘れないと。
どこからか、小さな女の子が現れた。
おにいちゃん独りなの?と首をかしげて見せた。
うん。独りなんだ。
はい。お母さんがあげなさいって。
うん。ありがとう。
少女は何もかも失った私に、真っ赤なリンゴをくれた。泣きながら、照れ笑いをしながらかぶりついた。
人生で30回目の夏。私を変えた出来事だった。
BGM↓
http://homepage2.nifty.com/sapporo7king/sunadokei.mp3
「僕の声が聞こえるかい」
その目を閉じてうつむいて
胸に力を溜めて堪えながら
人の心を見つめて微笑んで
がんばり屋の貴方がいるね
疲れた頬もそのままにして
口もとに力をあつめながら
愛をあきらめた事がない人
いつも僕は貴方を愛してる
遠い北の都から僕はずっと
貴方のこころを感じている
一人でいても何も恐れずに
自分を投げ打つ愛に生きて
いま僕の声が聞こえるかい
そっと胸に手を当て感じて
どんなに険しい道だろうと
僕らの願いはとどく約束が
きっと僕は光となり訪れる
君をきつく抱きしめるため
愛の世界をそこから広げて
誰もがひとつに輝くために
涙に濡れてもかまわないよ
僕がいつも包んであげよう
永久に僕らは共にあること
それを貴方へ教えてあげる
自由詩人・松尾多聞
多聞の!
◆法華経の真実 七つのたとえ話◆
・その1 譬喩品第三
「三車火宅の譬え」
・その2 信解品第四
「長者窮子(ちょうじゃぐうし)の譬え」
・その3 薬草喩品第五
「三草二木の譬え」
・その4 化城喩品第七
「化城宝処の譬え」
そ・の5 五百弟子受記品第八
「貧人繋珠(衣裏珠)の譬え」
・その6 安楽行品第十四
「髻中明珠の譬え」
一心に仏を見奉らんと欲して自らの身命を惜しまず。(不惜身命)
愛に殉じた私の先生。 宮沢賢治先生