日記/書簡 フィッツジェラルドの手紙 その2 | ScrapBook

ScrapBook

読んだ本についての感想文と日々の雑感、時々音楽のお話を

「今回新しい小説を書くにあたって、自分を純粋な創作に体当たりさせています——短編小説のときのような安物の想像力ではなく、偽りのない、しかも光り輝く世界の絶えざる想像力を駆使して。だからぼくはゆっくりと注意深く、ときにはかなり苦しんで進んでいます。この本は意識して作られた芸術作品になるでしょう(1924年4月16日マックスウェル・パーキンズ宛書簡)」

「それにしてもなんてつまらない本だろう」。
そう思った僕は、古書店で100円程で購入したばかりの新潮文庫版「華麗なるギャツビー」を放り投げた。
「さっぱりわかりゃしない」。
19歳の僕は、本書に描かれている情景や人物をまったくイメージすることができないまま、第一章の末尾のあの有名な場面、主人公であるギャツビーが緑色の灯火を見つめるシーンにたどり着く前に、早々とこの物語を投げ出してしまった(その後、気を取り直して最後まで読んだが、物語はちっとも僕の中にしみ込まなかった)。
1987年、「ノルウェイの森」を読んだ多くの若者がフィッツジェラルドの著作を手にしたはずだ。特にワタナベくんにより絶賛されていた「グレートギャツビー」を。
自分もその一人であった。

だが、2006年に村上春樹訳の「グレートギャツビー」を読み、あまりの素晴らしさに三日の間に三回読み返した。

そのときのことをブログに綴った。
Ev'rything's gonna be alright:グレート・ギャツビー フィッツジェラルド
http://ameblo.jp/syo-hyo/entry-10643925213.html

Ev'rything's gonna be alright:グレート・ギャツビー再読
http://ameblo.jp/syo-hyo/entry-10041452018.html

フィッツジェラルドが「グレートギャツビー」にかけた意気込みは並々ならぬものがあった。それは、冒頭に引用した、1924年4月16日にマックスウェル・パーキンズに宛てた書簡からも明らかだろう。同じ書簡で彼は次のようにも書き送っている。
「もし、将来余暇を持つことをゆるされるならば、過去に浪費したように、時を浪費することはないと約束いたします。どうか、今、最善を尽くしていると言っているぼくを信じてください(1924年4月16日マックスウェル・パーキンズ宛書簡)」。

1924年6月18日には、「ぼくたちは当地で牧歌的な落ちついた生活をしています。小説はうまく進んでいます——小説は一か月以内に書き終えられるはずです——しかし今、もう一万六千語ぐらい書き足すことを考えているので、確信をもって言えませんが」と同じく、マックスウェル・パーキンズに宛てている。

当時、彼はゼルダをともない、南仏のリヴィエラに別荘を借り、執筆に注力していたのであった。だが、ゼルダとフランス海軍航空士官との恋愛事件や、後に「夜はやさし」の登場人物であるディックとニコルとの優雅な生活のモデルとなったジェラルド・マーフィー夫婦との交際により、「牧歌的な落ちついた生活」ではなかったようである。

なお、ジェラルド・マーフィー夫婦とは1924年頃から交際を始め、「夜はやさし」のモデルとなったことをめぐって一時彼らの間でもめ事が生じたとはいえ、フィッツジェラルドの晩年まで彼ら夫婦はよき理解者であった。
ジェラルド・マーフィーは、ハーヴァードで造園学を学ぶが、フランスに渡り画家を志す。1921年には、南仏リヴィエラのアンティーブ岬に「ヴィラ・アメリカ」と名付けた別荘を構え、妻のセアラと三人の子供と暮らしていたのであった。

先の手紙から2か月後の8月27日には、後一週間程で小説が完成することをマックスウェル・パーキンズに告げる手紙を送る。その中で、「ぼくの小説は今まで書かれたアメリカ最良の小説だと思います。所々あらっぽい所もありますが、約五万語になります。どうか驚かないでください」と自作に関する自信の程をのぞかせる。
一方で、晩年まで良心的な作家であると同時に批評家でもあった彼は、この書簡においてデビュー間もないフランス人作家レイモン・ラディゲの作品を正当に評価している。

2か月後の1924年10月18日付けの書簡では、当時無名であったヘミングウェイの才能を知らせている!
「この手紙を書いているのは、アーネスト・ヘミングウェイという青年について話したいからです。彼はパリに住んでいて(アメリカ人です)、『トランスアトランティック・レビュー』に寄稿していますが、すばらしい未来の可能性をもっている男です。(略)彼は本物です(1924年10月18日マックスウェル・パーキンズ宛書簡)」。

この書簡がきっかけとなって、ヘミングウェイがスクリブナーズ社、いや、アメリカを代表する大作家と、なるのである。(続)