2006年9月16日札幌市で行われた神田橋條治先生の講演録です。



神田橋   このPTSDの治療は、10年以上も苦労してきたのがようやくまとまりました。まとまったとは、自分が毎日診療しているうえでほとんど困らなくなったという程度のもので、学問としてまとまったという意味ではありません。それを今日、初めて皆さんにお話しします。10年ぐらい苦労しましたので、あらゆる治療法をいろいろ試してみました。ですから、お話しする中にはオカルト的なものから生物学的な示唆を持つものまで全部込みです。体系ではありませんから、どこか一部分だけをちょっと使ってみようかと思ってくだされば、その部分だけでもいくらかの役に立つと思います。「全部がまとまってないからわからない」といわずに、どこか一部分だけでも持ってお帰りになってください。


僕は、DSMは嫌いですから、ここでPTSDと申し上げるのも、DSMで定義されているPTSDとは違います。それを説明するのに、僕の個人のPTSDをお話ししましょう。


日本が敗戦になりましたとき、僕は小学校3年生だったんです。昭和20年の春に米軍のB29がやってきて、僕の家も全部燃えました。子どもたちはみんな防空壕に入っているのですが、ヒュルヒュルーッという焼夷弾が落ちてくる音がしまして、それがドンと落ちたら、自分の所に落ちなかったと安心するわけです。それまでは自分の所に落ちるかもしれないのです。爆弾と違って焼夷弾ですから、わっと燃えるぐらいのことで爆発の被害は少ないですが非常に怖かったのです。


焼夷弾のヒュルヒュルが終わりますとB29は向こうへ行きますから、防空壕から顔を出してみますと、あちこちで燃えていますから大人たちがみんなで水をかけたりするわけです。そうするとB29は旋回しまして、今度は超低空でもう一度やってきまして、消化活動をしている人たちを機銃掃射するんです。見ていると、機銃掃射するときの米軍の航空兵の顔が見える所まで下りてきます。見える限りの空の半分ぐらいが1つのB29で覆われたような感じになって、そこからニヤッと笑ったりして撃っている人の姿が見えます。僕はそう記憶しているのですが、ひょっとしたらそうじゃなくて、付き添っていたロッキードの戦闘機だったかもしれません。ともかく空が全部覆われて物凄く怖かったのです。それが行っちゃって、外に出ると、庭にこのぐらいの機銃の真鍮の色をした弾がいっぱい地面に突き刺さっていたりしました。そういうことがあって、それがひどく怖い思い出でございました。それから間もなく日本は負けたんです。


それが僕のPTSDであります。それから50歳を越えるぐらいまで、繰り返し、繰り返し、夢に出てきまして、「もう駄目だ。もうこれで終わりだ」というような感情を伴った夢で目が覚めたりしました。だんだん慣れてきますと、夢を見ているにもかかわらず、これはまたいつもの空襲の夢だということがわかって、「怖いから急いで覚めよう」と夢の中で思って、ぱっと目を覚まして、それから、「また寝ようかな。寝るとまた夢が来るかな」と思っているようなことが、程度は薄れましたが、最終的には50歳ぐらいまで続きました。つまりPTSDというものは、そんなに長く心の中に残るのです。


じゃあ現実生活ではどうなのかといいますと、僕がそれに関連しているなと思うのは、天井の低い所に行くとすごく嫌なんです。天井の低い、すぐこの辺まで天井があるようなホテル。ホテルは低いでしょう。それが嫌だったんです。でも、今はそれもよくなりました。


それから、いつだったか、『未知との遭遇』という宇宙の映画がありまして、向こうから宇宙船が来て空全体を覆うシーンがありました。そのとき、ひどく怖かったんです。そして何が起こったかというと、それ以後、B29の夢は出てこなくなって、いつもその宇宙船が来る夢。それも最近は消えました。もうすぐ70歳になりますので、ようやく消えたんです。長かったです。


そういうものをPTSDに含めています。つまり、PTSDとは、ある心理的な外傷体験の記憶、その記憶の再生に関連して起こってくる、不安状態が、現在「here and now(ヒヤ アンド ナウ)」で動いている精神活動に阻害的に働くことをすべてPTSDと僕は考えているんです。ですから、DSMのPTSDと違うわけです。違うけど重なってはいるんです。したがって、PTSDは、神経症から、僕みたいな正常な人から、スキゾフレニアから、双極性障害から、自閉症から、すべての人にあり得るわけです。あらゆる精神疾患に併存し得る。併存し得るだけでなく、PTSDは、そのもう1つの病気を治らなくします。悪くします。ですからPTSDの治療は精神科の治療現場ですこぶる大切なのです。


(つづく)



PTSDの治療 ②

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