2006年9月16日札幌市で行われた神田橋條治先生の講演録です。


「PTSDの治療 ⑧」  の続き



話は変わりますが、3歳、4歳ぐらいの外傷体験で一番多いのは、両親の仲が悪いとかそういうことじゃない。一番多い外傷体験は引っ越し。それを覚えておいてください。考えてみたらそうでしょう。子どもにとっては、見えている世界がぱかっと変わるわけだから。もう宇宙旅行みたいなものだ、「あれ?」と。


昔、九大にいるころ、神経症の治りやすかった人と治りにくかった人のバックグランドを、村田豊久君たちと一緒に調べたことがあった。何も有意差は出なかったけど、1つだけ出た有意差は、幼稚園までに引越しが多かった人が治りにくいということ。その意味は説明できなかったけれど、それを思い出して今しゃべっているのです。引っ越して世界がころっと変わったら、子どもはわからない。


対策としていいのは子ども部屋に地図を置いて、「ここからここへ行くのよ」とか、「ここを汽車と車でこうやって行くのよ」と。そして、前の世界は失われたんじゃなくてちゃんとあるということを確かめるために、お休みのときにでも、また同じルートを通って行ってみる。やはりなくなっていないということ、自分が動いたということがわかれば、そうするとそれで外傷体験は、幼い時だったらすぐに治ります。そうやって連続性が断ち切れないようにしてあげてください。それを何人かの人に教えてあげて、とても感謝されました。つまり、引っ越した後に寝小便が増えたり、じんましんが出たりしたのが治ります。


ところで歴史上の邪気を取るのに、僕はこういうことを工夫しました。害のない方法だから、これから先はしてみてください。写真を持って来させて、その上に本人の左手と、その上に右手を置く。左手を置いて、右手を置いて。その上に、お父さん、お母さんやら、家族の左手、右手、左手、右手と置いて。数が多いほどいいから。うちへ来た患者さんの場合は、僕が1人ですると気をつかって疲れるから、看護師さんを呼んできて5,6人で寄ってたかってバームクーヘンみたいに積んでやると、大体1分足らずで写真の邪気が取れます。そして、本人を見ると少しいいような気がするから、いいんだろうと思うんです。


そのうちに、写真はいらない。写真を持ってこさせたら手間がかかるから、ただ手だけを置いて。左、右、左、右と、本人の左手を一番下に置いて。夕食の前か何か、家族ができるだけたくさん集まっているときに、友達でも何でもいいですから集めて、それを30秒してもらってください。ご飯を食べる前に、黙って。何も考えなくてもいいから、ただこうして。するといいです。


何がいいのか。確実にいいことがあります。今僕が話したことは全部だめでも、確実にいいことがある。問題になっているほとんどの家庭は、一緒に何かをするということがない。そこへ毎日、30秒でも黙って何かを一緒にする。何か訳のわからないことを先生がいったから、治療になるのかもしれないからやってみよう。これが有効です。一緒の体験が。


それから、お互いにしゃべらない。対話をしない。これがいいの。ほとんどのけんかの源は話をするからです。黙っていればけんかにならない。けんかのない30秒を一緒に過ごすでしょう。だから、平和でしょう。行き違いがないでしょう。しゃべると、「それはそうだけど」とかいってお互いに意見が食い違う。黙ってこんなことをしていては意見は食い違わない。


これが本当に効果があるのかどうか怪しいなと思っていたら、僕の所に陪席とスーパービジョンに来ている、広瀬宏之先生という小児精神医学の先生の所、東京の国立成育医療センターというところに子どもの患者がいっぱいいるので5,6歳の子どもにしてみると、終わった後に子どもたちが「気持ちがいい」というそうです。


今、僕は、20歳とか18歳、17歳ぐらいの人たちの過去の外傷体験をやっているんですが、広瀬先生は、今、外傷体験の最中にいる人たちをやっているわけです。そうすると、子どもたちが「気持ちがいい」といって、目がぱっと開くそうです。だから、少なくとも現在の外傷にはいいんです。多人数で手を重ねてください。何か役に立つ。何しろ害がないでしょう。しゃべらないでしょう。方法を教えるだけでしょう。診療時間が短くて済むでしょう。「看護師さん、来て」といって、やっても5分以内に終わる。「これをおうちでやってね」「やっていますか」といったりするの。


それだったら、犬にもできるはず。犬にもPTSDがあって、犬も治療する。人間はことばを持っているから、ことばだけで構築されている世界。僕の一番新しい本でいえば、『ファントムの世界』。ファントムの世界を治療するのにはことばでないと駄目。犬にはファントムの世界はないから、必要ない。だけど、犬と共有している部分、ことばを使わないでやる治療というものがあり得るはず。だから、そう考えれば、もともとは時間を節約するためにサボりの精神からつくった治療だけど、治療というものの本質をついているんじゃないかなあ。


今やったのはフラッシュバックの治療ではなくて、PTSDの内容になっている不安、緊張、過去のごちゃごちゃしたいろんな感情の波を治療しているわけです。それは犬にもあるはずです。


(つづく)




◎ この一連の記事はすべて神田橋先生の了承を得て載せています。