「PTSDの治療 ②」  の続き



フラッシュバックというものは突然来ます。例えば阪神大震災がありますね。阪神大震災の後で、風で木の葉が揺れたり、子どもが貧乏揺すりをしたり、そういう揺れるというようなものを見ると、それ自体は大震災の記憶じゃないのですが、大震災のときの体験全体がフラッシュバックして、「やめて!」とかいう。揺れるような電気のひもを全部外すとか、理性では、「ばかばかしい。ぜんぜん関係ない」とわかっていても、揺れるものを見ることによって生理的に記憶がよみがえってくるのです。ただし、これは必ずしも脳の不適応的な活動ではないかもしれないです。自分に重要なことについての一発学習というものの有効な活動だと思います。条件反射で学習するのでなかったら学習はできないということになったら、何度も痛い目にあってひどいものです。5回ぐらい地震にあわないと地震の時にぱっとよけることはできない。だから重大なことについては、おそらく一発学習するように脳ができているんです。そうでないと、しょっちゅう痴漢にあったりしたらたまりません。だから、重大なことについては必ず一発学習というのがあるんだと思います。そういう一発学習の能力が裏目に出ているのです。脳はもちろん、いらないときに思い出してもしょうがないから、一生懸命これを押さえようとしているはずです。


ところが、このフラッシュバックというものはなかなか押さえられません。中井久夫先生がどこかで書いていらっしゃったけれども、スキゾフレニアに抗精神病薬をやって、ある程度うまく治まったけれども、ある特定の幻聴や妄想だけがどうしても消えないときに、それがフラッシュバックである可能性がある。僕もそれは何例か経験していますが、抗精神病薬が効かない。


フラッシュバックでもう1つ大切なのは、さっきのハーマンさんの、安全な環境というものをつくる必要があるということに関してです。治療者も本人も一生懸命、本人の不安が起こらないような環境をつくります。しかし、治療者の努力と全然関係なく、フラッシュバックによって無惨にも壊れるんです。被害者である患者さんの脳がささいなことで記憶をぱっと呼び戻しますから、安全な環境がすぐ壊れます。ハーマンさんは、それに対しては何も方法を持っていないんです。


ハーマンさんの方法でも、安全な環境をつくってじっと待っていれば脳は自然治癒力でだんだん良くなるから、僕の場合と同じように夢の中だけに出てくるようになっていけば、眠るときは怖いけど目が覚めたときは安全なんだというふうになります。しかし、僕は何か効くものがないかと思っていろいろやっていて、それを発見しました。


(つづく)







◎ この一連の記事はすべて神田橋先生の了承を得て載せています。