1月15日日経夕刊の一面トップに掲載された記事を検証してみました。
 未承認薬を混合診療で患者負担を軽減するという内容で、日本では「混合診療」の仕組みがあると報道しています。そして、規制改革会議の要望を受けて混合診療を拡大していると解説しています。
 この記事の問題は、治験のルールと、治験中の薬も含め未承認薬は医療保険の対象ではないこと、日本では混合診療が制度としてないこと、「国の保険を併用」との間違いなど、基本的な理解ができていないことです。理解した上で報道しているとすれば、「人道的見地」という言葉をかざした規制改革会議の「混合診療推進」のプロパガンダ記事と感じます。


「人道的見地からの治験」
 昨年10月14日に下記の会議で厚労省から提出された資料に基づき専門委員が討論しています。
 堀田座長は、現在の「治験の枠組み」で行うと確認されています。各委員からも制度改正ではないですねと念を押されています。治験については、製薬会社の責任で行うとされています。その実施ルールは「医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令」(GCP)により厳格に守られています。

 厚労省の提案は、治験要件を満たさない患者の参加の機会をつくるもので、治験制度の変更ではなく、製薬会社が治験対象から外した患者からの申立を受け、厚労省が製薬会社への口利きを行い、関連する企業の手数料を軽減するというものであると理解できます。製薬会社が治験を行う場合、実施医療機関と契約します。契約外の一般の医師が治験を行うことはできません。(堀田座長;主治医が治療をするのではなくて、治験実施医療機関に行って受けるのです)

 なお、現状の治験制度では「保険外併用療養費制度」の対象となっています。日経はこれを「混合診療」と書き換えているのですが、新薬開発の加速の目的で併用を認めているものです。その費用負担区分は、下記の日本製薬工業会の資料に書かれています。治験の薬代は製薬会社の全額負担又は患者一部負担で医療保険から支払われません。治験以外の保険適用医療行為が保険負担対象なのです。なお治験データの信頼性を確保するためには、治験中のデータ公表はできません。このデータ保護の問題についても各委員が心配されています。


2015年10月14日会議録より抜粋
○堀田座長
ありがとうございました。新しい枠組みで日本版のコンパッショネート・ユースといいますか、人道的な支援を、あくまで治験の枠組みで患者への治療機会の提供ということですね。


○堀田座長
人道的治験のコンパッショネート・ユースは、主治医が治療をするのではなくて、治験実施医療機関に行って受けるのです。ですから、そこから先は基本的には途中でデータは出ないですね。主治医のところで間接的には知るかもしれないけれども、公表できるようなものではないですよね。


第25回 医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議・会議録
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000105880.html
治験について(GCP)
http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/isei/chiken/01.html
治験に関する費用(日本製薬工業会)
http://www.jpma.or.jp/information/evaluation/allotment/pdf/medical_training_39.pdf
いわゆる「混合診療」について(厚労省)
http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/isei/sensiniryo/heiyou.html


「人道的見地からの治験についての資料と予算措置の平成28年度予算案」


平成27年10月14日(水)
第25回 医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000101295.html


 資料6-1から資料6-4が「人道的見地からの治験」に関する資料で資料6-4に患者負担のことが書かれています。


資料6-4 「医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令の一部を改正する省令(仮称)案」(骨子案)に関する意見募集について
http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11121000-Iyakushokuhinkyoku-Soumuka/0000101293.pdf


平成28年予算案
Ⅰ 革新的な医薬品・医療機器等の国内開発の環境整備
(3)迅速な承認審査の推進等 12 → 158(百万円)
○ PMDAにおいて、薬事戦略相談の充実、市販後安全対策として革新的医療機器に係る医療機関からの重点的な情報収集や医薬品リスク管理計画(RMP)を通じた安全対策の実施等に必要な人員体制を整備する。
○ 治験の参加基準を満たさない患者等を組み入れた人道的見地からの治験を推進するため、開発企業等が実施する際に必要なPMDAへの治験相談に係る手数料を軽減する。
(以下略)
http://www.mhlw.go.jp/wp/yosan/yosan/16syokanyosan/dl/gaiyo-04.pdf


「日経2016年1月15日夕刊」
未承認薬、患者負担軽く
がんなど 混合診療を適用 厚労省、今春めど

 厚生労働省は今春をめどに、がんなど命にかかわる重い病気で治療の緊急性が高い患者を対象に、国内で承認されていない新薬を使う場合の自己負担を軽くする。薬代は原則として製薬企業に負担を求める一方、診察費や入院費などには国の保険を適用する「混合診療」の仕組みを適用する。現行は厳しく制限されている混合診療の運用を一部緩めて、難病に苦しむ患者に欧米で効果が認められた先進的な抗がん剤などを安く投与できるための道を広げる。


 近く省令を改正し、3月までに「人道的見地からの治験(コンパッショネート・ユース)」と呼ぶ制度を始める。日本では通常、公的な医療保険は承認済みの薬にしか適用されず、未承認の薬を使う場合は高額の薬代や診察費などの医療費は全て自己負担になる。
 新しい制度では命が脅かされている患者等が未承認の薬を使う場合、例外的に「混合診療」を適用して国の保険を併用できる。米国やドイツといった欧米主要国も導入しており、人道的見地から日本でも早期導入を求める声があがっていた。
 今は患者が混合診療制度を使うためには、製薬会社が新薬の承認申請のために安全性などを確かめる「治験」と言われる臨床試験に参加するのが一般的だ。治験に入ると診察費など保険が利く費用は3割負担で済む。薬代も製薬会社が全額や一部負担するので、患者の負担は軽くて済む。
 だががんなどで緊急性が高いにもかかわらず、実際には高齢だったり持病、体型といった様々な要件を満たせずに混合診療の恩恵を満たせずに治験に参加できず、混合診療の恩恵を受けられない患者も多い。自由診療となれば治療費が高額となる。経済的余裕がない患者には事実上、未承認薬を投与できないのが実情だ。
 新制度では厚労省がこうした治験から外れた患者が参加できる、参加要件をある程度緩めた治験の枠を設け、診療費などへの保険が併用される範囲を広げる。混合診療を拡大する一歩となる。具体的な手続としてはまず、難病患者が医師と共にホームページで治験中の未承認薬を探し、使いたいものがあれば製薬会社に利用を申し込む。
 新薬の費用は製薬会社に払うよう求める。製薬会社に断られた場合、患者は厚生労働省に不服申立ができる。省内の検討会議が事例を検証して新制度を利用すべきだと判断すれば、製薬会社に再考を求める。
 新制度で使える未承認薬は日本で治験が既に始まっていて、これに代わる治療法がないものだ。今は治験中の薬を知ることは難しいが、新制度の開始にあわせて新たに医療品医療機器総合機構(PMDA)のホームページで公開する。治験の計画は年に約600件ほど提出されている。


診療制度による患者負担の違い
      人道目的の    混合診療      保険外の     
      混合診療                 自由診療


薬代   ゼロ又は一部    ゼロ        10割 


診療費    3割        3割         10割


対象者  命に関わる    年齢、体型など  基準なし
       難病患者     治験基準に合う
      通常治療適用外  


(注記)混合診療
 公的医療保険が利く保険診療と保険が利かない保険外診療を併用する仕組み。日本では原則禁止されているが、治験中の薬の他、金歯や銀歯は例外的に混合診療として認められている。混合診療として認められると保険診療の自己負担は原則3割で済み、残りの7割は公的保険から支払われる。
 規制改革会議などは患者の負担を減らすために混合診療の大幅な拡大を求めてきたが、厚生労働省は効果の不確かな治験が広がる可能性もあるとして段階的に広げている。

日経Web版
http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS14H5U_V10C16A1MM0000/


参考資料
TPPと医療問題(1)
http://ameblo.jp/study-houkoku/entry-12094407427.html
TPPと医療問題(2)
http://ameblo.jp/study-houkoku/entry-12095137576.html
TPP協定と年次改革要望書(その4)医療
http://ameblo.jp/study-houkoku/entry-12112114091.html