新規事項と四捨五入 | 特許翻訳 A to Z

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1992年5月から、フリーランスで特許翻訳者をしています。

四捨五入や五捨五入、英語では?」との関連です。
前回、この話を書きながら、新規事項のことに思い至りました。


特許翻訳では、たとえばmilkを「牛乳」と訳すと、不必要に権利範囲が狭くなったり、明細書の記載内容によっては新規事項になったりすることが、あります

丸め処理に相当する「round (off)」を「四捨五入」と訳すことも、まったく同じだと思うのです。

Websterのオンライン版でroundの語義を引くと、「to express as a round number —often used with off」と説明されています。
round numberのroundは、「approximately correct」とあり、「use the round number 1400 for the exact figure 1411」という例が載っています。近似ですよね。

ためしに公報を検索してみたところ、山のようにありました。
以下、請求項に四捨五入を含む翻訳公報を無作為抽出して、該当部分を原文とともに抜粋します。

 

特開2003-179925 
a rounding-off operation for rounding off to integers the coefficients of the vector
ベクトルの係数を整数に四捨五入することを目的とする四捨五入動作

特開2003-134071
the step of rounding off the calculated information size value to a nearest integer value
算出した情報サイズ値を最も近い整数値に四捨五入するステップ

特開2002-026723
the rounded ratio of said second frequency to said first frequency
前記第1の周波数に対する前記第2の周波数の四捨五入した比

特表2006-511298
2πの四捨五入した倍数
a rounded multiple of 2π


明細書の全文を読んだわけではありませんので、もしかしたら「結果的に」四捨五入で良い例も含まれるかもしれません。

ただ、切り上げ(round up)や切り捨て(round down)も、roundの一種です。

翻訳者としては、やはり四捨五入ではなく、「丸める」「丸め処理する」「端数処理する」など原文に沿った表現で訳す必要があるのではないかなと。
milkを牛乳と訳すとウシ以外の哺乳動物の乳が含まれなくなるのと同様、roundを四捨五入と訳すと、これ以外の丸め処理が含まれなくなってしまうから

 

 

実際、たとえばWikipediaで「端数処理」の項には、四捨五入以外にも様々な端数処理が載っています。
対応する英語のRoundingの項も、同様です。
四捨五入は、端数処理のほんの一例にすぎない、ということですね。

この場合、おそらく問題は、和訳より英訳でしょう。
前回も書いたように、四捨五入に「厳密に」対応する英単語・用語は、存在しません

牛乳を「cow's milk」と訳さず単に「milk」とすると、その時点で語義が広がるのと同様、四捨五入を「round (off)」で英訳すると、語義は確実に広がります。

日本語の明細書に四捨五入と書かれていたとき、特に、切り捨てや切り上げをはじめ他の端数処理を除外したいとき、新規事項にせずに英訳するにはどうするか。
round-down-on-four-and-round-up-on-fiveなど、長い名詞にするのかどうか。
最終的には個々の明細書に依存するとはいえ、これは非常に奥の深い問題かもしれません。

 

四捨五入にかぎらず、ある用語(特に名詞)に対応する概念そのものが、相手の言語に用語として存在しない場合というのは、十分に有り得ると思います。
こういうときにどうするか、実務者と翻訳者がさまざまな仮想事例で議論を重ねる必要がありそうですね。


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