「~状」という言葉と、明細書の翻訳 | 特許翻訳 A to Z

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1992年5月から、フリーランスで特許翻訳者をしています。

羊歯状の模様を、英訳するとしたら?」からの続きです。

 

前回も触れたように、市販の妊娠検査薬で「シダ模様」が出るとして販売されているものがあります。
この模様、日常英語では「ferning pattern」または「ferning」と表現されることが多いようで、ネット上ではそこそこ出てきました。


なかには、こうした模様が出る現象を「fern phenomenon」と説明した資料もあり、対応する日本語は「羊歯現象」あるいは「羊歯様現象」。
ferningに対して、「羊歯状結晶形成」に類する訳もありますが、とにかく邦訳は「羊歯」です。

ちなみに「ferning」を明細書で全文検索すると、USPTOで59件、PATENTSCOPEで74件ヒットします。
非常に少数ではありますが、排卵・妊娠関連の文脈にかぎっては医薬業界で(ある程度の)共通認識ができているようですし、「ferning」や「ferning pattern」でもギリギリ問題ないのかもしれません。

ただし、専門用語としてはarborization のようで、

  After drying, amniotic fluid will form a crystallization pattern called arborization which resembles leaves of a fern plant when viewed under a microscope

  This pattern is known as arborization

  It crystallized into a particular pattern (arborization)

などの説明が見つかります。
arborizationは「樹状(化)」で、日本でいうところのいわゆるシダとは、語感が違いますね。

文献資料によると、ホルモンの状態によって「シダ模様」ができることは、C. AndreoliとM. Della Portaという2人のイタリア人医師が発見したとか。
彼らが記した英語論文でも arborizationが使われ、ところどころ「fern-leaf patterns」という言い回しが混じっていました。

そして論文に掲載された写真を見るかぎり、fern leaf patternは下の画像で左のような形ではなく、右の細い葉が重なったような形をしています。

     

 

羊歯の表記がどこからくるかを追っていたときに、もともと中国語の羊歯は葉の細いオシダを示していたことが判明しましたが、このオシダのようなイメージですね。
 


さて。
上述のように、「シダ模様」ができる現象は、イタリア人医師が発見したとされています。
・・・・ということは、もとは外国語です。
イタリア語のfelceあるいはこれが英訳されたfernが、「羊歯」「羊歯状」「羊歯様」などと翻訳されました。

翻訳者の立場からすると、たとえば fern phenomenon に「羊歯現象」などという奇妙な単語の置き換えには強い抵抗がありますが、以前に示した「窒素雰囲気下」の「雰囲気」同様、最初の訳が不適切でも、それがそのまま定着することは十分に有り得ます。

ただ、「雰囲気下」のときに自分が明細書を書くときは使わないという意見があったように、誤訳由来の技術用語に書き手の工夫で対処することは、可能かもしれません。

「~状」という表現自体が曖昧なのに、そもそもが総称である語に付加したら、言葉の外延がまったくわからなくなるだろうとも思います。

以前、「~類」という語に伴うリスク」で、特許明細書では「類」という文言が問題になっているケースが少なからずある旨や、総称である「アルコール」に「類」を加えた「アルコール類」が表現として不適切だという旨を示したことがありました。
日本語で書くときの問題だけでなく、翻訳で alcoholsを「アルコール類」と訳す場合も同様です。

これと似ていて、「~状」も外延を曖昧にしますし、「~様」もそうですね。

翻訳者としては原文に記載がある以上は勝手に削るわけにはいきませんが、「~状」「~様」だからといって、fernlikeのように単純に「-like」を加えればよいというものでもなく。
こういう曖昧な表現を使わずに明細書を書いてもらえると助かりますが、現実問題としてなかなかそうもいきません。

漢字ではなくカタカナですが、たとえば排卵日判定の文脈で、「住宅地図様の文様あるいはシダ状の文様と表現が可能な状態」とした公報が存在します(特開2008-046099)。

この場合、業界で共通認識ができつつあるferningを使うことができるか否か、「住宅地図様」をどう英訳するか、という問題が生じますね。
ウラジロ形ではなく、オシダのような細葉のシダだとしても、これに近いイメージを生む住宅地図とは?
 

ほかにも、「シダ状の表面不良」「シダ状物」「シダ状欠陥」「シダ状の形体」など、いろいろあります。

植物関連ですら、「コゴミは春先になるとゼンマイ状に巻いた新芽を出し、成長に伴いシダ状の成葉となる」という記述(特開2012-196171)がありました。

fernの一種であるコゴミが成長してできる「シダ状の成葉」とは、どんな葉?
仮にfern-like leafとすると、わけのわからないことになりますね。

総称+類・状・様は、ほんとうに翻訳が難しいと思います。


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