「~類」という語に伴うリスク | 特許翻訳 A to Z

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1992年5月から、フリーランスで特許翻訳者をしています。

物質名詞の複数形は、常に種類を示すのか」からの続きです。もともと単独で完結していたのですが、非常に示唆に富んだコメントを頂戴しましたので、もう少し掘り下げることにいたしました。

このコメントは、こちらで外部サイトから引用した「メチルアルコールなどのアルコール類」というくだりに対し、消防法上の危険物である「アルコール類」と飲料の「アルコール類」を例にあげた上で、請求項で使用した場合の法36条6項2号による拒絶リスクを示唆したものです。

(※意味がわからないという方のために添えておくと、ここでいう法は特許法で、第36条6項2号は発明の明確性要件に関する規定です。ようするに、記載が不明瞭だとして、特許庁から権利化できないと言われる可能性があるということです。)

たしかに、「アルコール類」は、技術分野によって意味が大きく異なります。ただ、この拒絶リスクは、分野による意味の違いが直接的な原因ではありません。問題なのは、「類」という語の外延がはっきりしないことのほうです。

実際、明確性要件が絡む拒絶だけでなく、「類」が何を示すか不明瞭であることを主張した特許無効審判、「類」あるいは「等」の文言を問題にして争われた裁判、補正時に「類」を削除しようとしたところ不明瞭な記載の釈明を目的とするものには該当しないとして拒絶された出願など、特許明細書に含まれる「類」の表現は、現実に少なからず問題になっています

こうしたトラブルは国内出願が大半であるとはいえ、文言が問題になり得るという意味では、翻訳でも同じです。本来「~類」ではないはずのところ「~類」と訳したがゆえに拒絶あるいは争いになった場合、特許事務所の立場として、多くは海外の代理人に対して報告しにくいでしょう。権利解釈は弁理士の仕事であって翻訳者が深入りする領域ではないため、最終判断は弁理士に任せれば良いのですが、だからといって安易に「類」と訳してよいことにはならないと思います。

それでは、翻訳者の立場として、「類」をどのように扱えばよいのでしょうか。この点について、検討してみたいと思います。

まず、「類」という語を国語辞典で引くと、たとえば次のように書かれています。

---引用開始
(1) 性質・性格などが似ていること。また,そのもの。また,類似したものをくくった集まり。「他に-をみない大規模な古墳」「雑誌の-」
(2) (ア) 生物分類学上,綱・目などの代わりに用いる慣用語。哺乳類(綱),双翅類(目)など。
(イ) 〔論〕「類概念」に同じ。
(3) 一族。一門。親戚縁者。「此の乳母の-也ける僧/今昔 16」
---引用終了(『大辞林』第3版)

今回は翻訳対象に技術文書を想定しており、事実上(3)は関係ないため、除外します。また、(2) は生物分類学や論理学における語に限定されるため、これもひとまず除外して考えます。残るは(1)で、技術文書における名詞の複数形を「類」と訳すことに伴う影響という点では、この意味の「類」が最も深く関係しています。

ここで「類」が(1)の意味を持つ「○○類」という語のうち、国語辞典の見出し語になっているものは、ほぼ「類を含む全体」で何かの総称を示しています。加えて、「衣=身にまとうもの。着物。ころも。」に類がついた「衣類=身につける物の総称。衣服。着類」や「肉=食用とするため切り取られた鳥・獣・魚介類の体の柔らかい部分。」に類がついた「肉類=食用にする肉の総称」など、抽象的な印象の強い名詞に「類」がつくことで、種類の異なる物品(ジャケット、ブラウス、セーター/鶏肉、豚肉、牛肉など)を想起させる総称になっているものが、少なからずあります。

ところが、たとえば「アルコール類」という語が国語辞典の見出し語になっている例は、調べたかぎり見当たりません。絶対にないとは言えないのですが、国語辞典だけでなく百科事典や技術用語辞典まで範囲を広げても、まるで出てこないのです。かたや「アルコール」という語には、「衣」や「肉」のような抽象的な意味ではなく、もう少し具体的な定義があります。以下、『大辞林』から引用します。

---引用開始
(1) (ア) 鎖式,脂環式炭化水素の水素原子をヒドロキシル(水酸)基で置き換えた化合物の総称。メタノール(メチルアルコール),エタノール(エチルアルコール)がその代表的な例。
[中略]
(イ) エタノール(エチルアルコール)のこと。
(2) 〔エチルアルコールが主成分であることから〕酒類のこと。

---引用終了

alcohols such as methyl alcohol, ethyl alcohols...という場合のalcoholsは(1) (ア)に該当します。そしてこの定義から明らかなように、「アルコール」はそれ自体が総称です。つまり、抽象的な語に「類」を加えて総称とした「衣類」や「肉類」とは異なり、「アルコール類」は、もともと種類の概念を伴う総称である名詞にさらに「類」を付加した「総称+類」の形になっているとも言えるでしょう。

この結果、「アルコール」だけでなく、性質・性格などが似ている何かをさらに含み得るという解釈が成り立つようになります。そしてそれは当然に、さまざまな疑問を引き起こします。塗料や消毒薬など成分としてアルコールを含みさえすればよいのか、「石炭(総称)+熱分解生成物など=石炭類」と同様に、アルコール由来の物質も含めてアルコール類なのか―――。外延が不明瞭という意味では同じでも、「身につける物」や「食用にする肉」などとは不明瞭さの程度が異なるのは、言うまでもありません。

物質を列挙しただけの文(例:alcohols such as methyl alcohol, ethyl alcohols ...)で、翻訳時に「~などのアルコール」でとどめておけば、それは通常「アルコール」として化学的に定義される物質の範囲だけで解釈されると考えられます。ところが、「~などのアルコール類」と「類」を一文字加えただけで、一気に「何でもあり」さながらになってしまう可能性がある、ということです。そして同様のことは、他の語の場合もあてはまります。

最後に、これは推測にすぎませんが、「アルコール類」という表現が多用されるのは、飲料でいうそれが生活の中に定着している=聞き慣れていることも、無関係ではないだろうと考えています。

いずれにしろ重要なのは、名詞の複数形を安易に「~類」と訳す前に、それぞれの文脈に応じて「類」の適否を判断することです。特に、特許請求の範囲における「類」の使用には十分に注意して、どうしても使いたい場合は訳註を添付するくらいで、ちょうどよいかもしれませんね。

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