p53,RB経路によるiPS細胞樹立の抑制(その3) | 再生医療が描く未来 -iPS細胞とES細胞-

p53,RB経路によるiPS細胞樹立の抑制(その3)

p53,RB経路によるiPS細胞樹立の抑制

p53,RB経路によるiPS細胞樹立の抑制(その2) 」の続きです。


(10年11月14日追加)

コロラド大学のChuan-Yuan Liらのグループにより、caspase 3および8が、ヒト線維芽細胞からのiPS細胞誘導において決定的な役割を果たすことを見出し、iPS細胞誘導転写因子の導入後すぐにcaspase 3および8の活性化が起こり、この活性化の原因はOct4であること、ヒト線維芽細胞におけるcaspase 3および8の阻害は、それぞれ部分的にもしくは完全にiPS細胞の誘導を妨げること、retinoblastoma susceptibility (Rb)タンパクが、これらのcaspaseの下流で働く因子の一つであることを示した論文が発表されました。


Cell Stem Cell. 2010 Oct 8;7(4):508-20.

Apoptotic caspases regulate induction of iPSCs from human fibroblasts.
Li F, He Z, Shen J, Huang Q, Li W, Liu X, He Y, Wolf F, Li CY.

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/20887956?dopt=Abstract


Liらはまず、いくつかのcaspaseが、細胞分化において決定的な役割を果たすことが知られていたことから、iPS細胞誘導においてもなんらかの役割があるのではないのかと考え、iPS細胞誘導プロセスにおけるcaspase活性を調べようと考えました。

そこで、以前、分化に関与していると報告されていたcaspase 3およびcaspase 8の活性を非侵襲的にモニターできるレポーターをそれぞれ作製しました。(CMV-(Ubi)9-DEVD(casp 3 site)-luciferase-EGFPおよびCMV-(Ubi)9-IETD(casp 8 site)-luciferase-EGFP、caspaseが不活化されていると、polyubiquitin domainがproteaseに認識され、レポータータンパクが急速に分解されるが、caspaseが活性化されていると、polyubiquitin domainがレポータータンパクと切り離され、シグナルが確認できるようになる)

このcaspaseレポーターを組換えレンチウイルスベクターによりヒトIMR90線維芽細胞に導入し、導入細胞を選抜した後、Oct4, Sox2, Nanog, Lin28(OSNL)の4因子をレンチウイルスで導入しました。(Mycはcaspase活性化を誘導することが知られていたので山中ファクターは使わなかった。)

すると、おもしろいことに、caspase 3および8レポーター活性の増加が、d3から観察され始め、上昇し続け、観察した残りの期間中、上昇し続けることが分かりました。(ちなみに、caspase 8はinitiator caspase、caspase 3はeffector caspaseで、caspase 3の活性化はcaspase 8に依存することが示されています。)

また、出現するiPS細胞のうち、ほとんど(60%以上)のコロニーはcaspase 3レポーター陽性である一方、caspase 8レポーター陽性iPS細胞コロニーは20%以下であり、これらはウェスタンブロッティングでも確かめられ、intactなcaspase 3のレベルは、OSNL導入細胞において長期間大体同じで維持される一方、活性化caspase 3は時間とともに増加することが示唆されました。

また、活性化caspase 3のレベルはiPS細胞において強く維持されていること、H9 ヒトES細胞においてもかなり高いことが示されました。

また、OSNL導入線維芽細胞におけるトータルおよび活性化caspase 8のレベルはともに有意に増加することが示され、観察している間ずっと有意に高く維持されていました。

しかし、caspase 3と異なり、出現したiPS細胞においては、トータルおよび活性化caspase 8の量は低いことが分かり、H9 ヒトES細胞においてもそれらは低いことが示されました。

さらに、以前、マウスES細胞分化間にcaspase 3レベルが増加することが報告されていたことから、胚様体(EB)に分化させてみたところ、ヒトiPS細胞由来EB細胞では、caspase 3レベルは変わらないのに対し、マウスiPS細胞由来のEB細胞では、マウスES細胞よりも高いトータルおよび活性化caspase 3レベルを示し、以前の報告と一致することが分かりました。

また、定量PCRによって、caspase 3および8 mRNAレベルが、OSNL導入後IMR90細胞において増加することが示され、IMR90由来iPS細胞およびH9 ヒトES細胞の両方において、caspase 3 mRNAレベルはIMR90細胞と同レベルであることが示された一方、H9 ヒトES細胞もしくはiPS細胞におけるcaspase 8 mRNAレベルは、IMR90細胞の約1/10まで落ちることも示されました。


次に、4つのiPS細胞誘導因子のうちどれがcaspase 3および8活性化の原因であるのか調べてみたところ、Oct4がcaspase 3および8活性化の原因であることが分かりました。

他の3因子の中では、Nanogが比較的小さな影響を示し、Sox2, Lin28は極小の影響を示すだけでした。

また、Oct4をIMR90細胞に導入した後、有意な形態変化が起こることが分かり、細胞サイズが小さくなり、細胞濃度が増加し、成長率が速くなることが分かりました。

これらの細胞を幹細胞マーカーで染色してみたところ、期待通り、Oct4の強い発現が見られたのに対し、他の幹細胞マーカーは散発性の発現を示すのみでした。

また、クラスター化し、コロニー型の細胞増殖を示すにも関わらず、10週間以上培養しても、iPS細胞様細胞は出現しないことが確認されました。

さらに、Oct4によって誘導されるcaspase 3および8活性化のパターンは、OSNLによるものと類似しており、OSNL導入を介したcaspase活性化におけるOct4の主な役割が確認されました。

また、オリジナルの山中因子(OSKM, Oct4+Sox2+Klf4+Myc)を導入したIMR90細胞においても、caspase 3および8活性化が誘導されることがウェスタンブロッティング解析によって確認され、 OSKM導入は、d10においてより高いレベルのcaspase 3および8活性化を誘導することが示されました。(おそらくMycの影響)

また、TUNEL解析を行い、OSKM導入IMR90細胞において、有意な量のアポトーシス(10-20%)が起こっていることが示されたのに対し、OSNL導入細胞では、1-3%のみがTUNEL陽性であることが示されました。


次に、iPS細胞誘導におけるcaspase 3および8の機能を調べるために、caspase 1および8活性を抑制することが知られているcow pox virus proteinであるCrmAをレンチウイルスベクターでIMR90細胞に安定的に導入した後に、OSNLを導入してみたところ、有意な(約80%)iPS細胞誘導の抑制が見られることが分かりました。

理論的には、caspase活性を阻害することが、アポトーシスを誘導しうるOSNLもしくはOSKM導入によるストレスからくる細胞死を減少させ、iPS細胞作出を増加させることに繋がると期待されたので、この結果は非常に驚くべきものでした。

次に、CrmAはcaspase 1およびcaspase 8の両方を阻害することから、より特異的なアプローチを用い、caspase 1もしくは8をターゲットとするshRNAをIMR90細胞にレンチウイルスで導入した後に、OSNLを導入してみたところ、caspase 1をターゲットとしたshRNAはiPS細胞誘導効率に有意な影響を与えなかったのに対し、caspase 8をターゲットとしたshRNAはiPS細胞誘導の約55%を抑制することが示され、CrmAのiPS細胞形成に対する阻害効果はcaspase 8を介したものであることが示唆されました。

同様に、caspase 3をターゲットとしたshRNAにより、iPS細胞誘導が有意に減少(約50%)することが示されました。

また、caspase 8を阻害することが知られているc-FLIP遺伝子のshort versionの導入によっても、iPS細胞誘導効率が有意に(約50%)減少することが示されました。

さらに、caspase 3および8の切断活性がiPS細胞形成に必要である決定的な証拠を得るために、caspase 3および8のドミナントネガティブ変異体(casp3-DN, casp8-DN)を、IMR90細胞にレンチウイルスで導入した後に、OSNLを導入してみたところ、casp8-DNを導入したものからのiPS細胞誘導は完全にシャットダウンされることが分かり(野生型では、d25で550 iPSC clones/5x105cellなのに対し)、caspase 8の切断活性がiPS細胞誘導に必須であることが示唆されました。

また、casp3-DNを導入した場合でも、iPS細胞誘導効率の有意な減少(約80%)が確認されたものの、完全にシャットダウンされたわけではなかったことから、caspase 3の機能にはいくらか重複性があることも示唆されました。

さらに、caspase 8の重要性は、オリジナルの山中プロトコールでも確認され、casp8-DNをOSKMとともに導入すると、iPS細胞誘導はほとんど完全に(95%以上抑制)抑制されることが示され、異なるヒトiPS細胞誘導プロトコールにおけるcaspase 8活性の一般的な重要性が示唆されました。

また、iPS細胞誘導の様々な段階でのcaspase阻害剤の重要性を調べたところ、OSNL導入後、3つ全ての時期(初期、中期、後期)において、caspase阻害剤の添加により、iPS細胞誘導に影響が出ることが分かり、初期および後期での添加が、中期での添加と比べ、わずかに効果的であることも分かりました。

さらに、caspase 3もしくは8レポーターを持つIMR90細胞にOSNLを導入し、3日後にそれらがいずれも陽性もしくは陰性の細胞をFACSでソーティングしたところ、両方陽性であるのは約20%であり、約9x104cellのGFP陽性および陰性細胞をフィーダー細胞上にまいたところ、caspaseレポーター陽性細胞は、陰性細胞よりも、6倍iPS細胞が形成されやすいことが示されました。

次に、caspase 8の役割が、細胞自立的なものか非自律的なものか調べるために、casp8-DNもしくはコントロールベクターいずれかを導入したIMR90細胞を9:1の割合で混合し、OSNLを導入して出現するiPS細胞コロニーを選抜、増殖させてPCR解析したところ、選抜した11細胞株全てが、コントロールベクター配列のみを持つことが示され、caspase 8活性化のiPS細胞誘導における効果は、細胞自律的なものであることが強く示唆されました。

さらに、マウス細胞からのiPS細胞誘導におけるcaspase活性化の重要性も確認するために、ドキシサイクリン誘導OSKM遺伝子が既にゲノムに埋め込まれたトランスジェニックマウス由来のマウス線維芽細胞を用いたsecondary iPS細胞リプログラミングシステム(「ジーンターゲティングによるiPS細胞の樹立 」をご参照下さい。)を用いました。

この細胞にcaspaseレポーターを導入し、ドキシサイクリン処理してiPS細胞を誘導したところ、個々のコロニーの50%以上がcaspase 3および8の強い活性化を示し、それらのcaspase活性化コロニーの多くが7日後にはiPS細胞様コロニーに形質転換することが分かり、ウェスタンブロッティング解析によってもcaspase 3および8両方の活性化が確認されました。

さらに、caspase 3ノックアウトマウス由来のMEFを用い、MEFにおけるcaspase 3の欠損が、有意にOSKM導入後に形成されるiPS細胞コロニー数を減少させることを示し、さらに、casp3-/- MEFから出現するわずかなiPS細胞コロニーも、野生型細胞由来のものと比べるとサイズが有意に小さく、より重要なことに、それらはピックアップし、新しいフィーダーとES細胞培地を用いて継代しても増殖できないことが分かり、caspase 3欠損の強い影響が示唆されました。

さらに、化学的な普遍的caspase阻害剤もしくは特異的caspase 3 or 8阻害剤を用いても、OSKM導入MEFからのiPS細胞形成が有意に阻害されること、ドミナントネガティブなcaspase 3もしくは8遺伝子の導入によっても、OSKM導入MEFからのiPS細胞形成が有意に阻害されることを示しました。


次に、外来性caspase 8発現のiPS細胞誘導プロセスにおける影響を調べるために、外来性caspase 8遺伝子を安定的に導入したIMR90細胞を用いてみたところ、OSNLプロトコールを用いたiPS細胞誘導効率は、コントロールと比べ、50%増加することが示され、同様に、IMR90-casp8細胞において、3因子山中プロトコール(OSK)を用いると、iPS細胞誘導における150%ブーストが見られることが示されました。

なお、OSNL+casp8プロトコールで誘導されたiPS細胞は、様々なES細胞マーカーを発現していること、テラトーマ・胚様体を介して三胚葉分化できること、Oct4プロモーターが脱メチルされていることが示されています。


次に、caspaseの一つもしくはそれ以上の切断基質がiPS細胞誘導プロセスに関与しているのでは、線維芽細胞の分化状態の維持に関与する因子の非活性化を介してcaspase 8は機能しているのではと考え、細胞周期進行を制御している癌抑制遺伝子であり、細胞分化の促進と維持にもキーとなる役割を持つretinoblastoma susceptibility(Rb)遺伝子に焦点を当てました。

以前の報告で、活性化caspase 8は、caspase 3の活性化を介して、Rbタンパク質の切断と非活性化を引き起こすことが示唆されており、viral protein E1Aを介したRbの不活化もしくは遺伝子欠失は幹細胞様状態への細胞リプログラミングを促進することが示されています。

まず、ウェスタンブロッティング解析により、Rbタンパク質はOSNLの導入前はintactであることが示唆されたのに対し、iPS細胞誘導後d3までに、完全長タンパク質の減少と切断されたRbタンパク質の増加が明らかになり、おもしろいことに、d10からは、トータルおよびcaspaseで切断されたRb断片の両方の増加が見られることが分かりました。

また、iPS細胞およびH9 ヒトES細胞における完全長Rbレベルは、元となったIMR90線維芽細胞と類似していることも分かり、iPS細胞誘導間のRb減少は一時的なものであることが示唆されました。

iPS細胞誘導間のRb切断のパターンは、caspase 3およびcaspase 8のパターンとほぼ同一であり、特に、活性化caspase 3レベルは、切断されたRbのレベルと非常によく相関することが分かりました。

さらに、Oct4のみの導入により、同様なRb切断パターンが誘導できること、Rbタンパク質はiPS細胞においてほとんどリン酸化されていることも示されました。

次に、RbがiPS細胞誘導プロセスに機能的に重要であるのか調べるために、ヒトRb遺伝子をレンチウイルスベクターでIMR90細胞に安定的に導入したところ、Rbの過剰発現は、OSNL誘導iPS細胞形成の効率を有意に減少させる(約50%)ことが分かり、caspase 3 cleavage siteに変異を入れたRbタンパク質を用いた場合、OSNL導入IMR90細胞におけるiPS細胞形成の抑制能を向上できることが示され、caspaseを介したRb切断の重要性が確認されました。

また、caspase 3耐性変異体は、野生型Rbよりも効果的にiPS細胞誘導を阻害すること、RbをターゲットとしたshRNAのIMR90細胞への安定的な導入により、OSNL誘導iPS細胞形成の効率がほぼ2倍になることも示されました。


次に、Rb機能を効率的に阻害することが知られているhuman papillomavirus type 16 E7(HPV16 E7)タンパク質のiPS細胞誘導プロセスにおける影響を調べるために、OSNLとともにE7をコトランスフェクションしたところ、iPS細胞形成効率はほぼ5倍になることが分かり、さらに、E7は、casp8-DNによるiPS細胞誘導の完全な遮断を部分的に軽減できることが示され、caspase 8を介したリプログラミングは、少なくとも部分的にはRbの非活性化を介して進行することが強く示唆され、shRNAを介したRbノックダウンは、OSKMを介したcaspase欠損(casp3-/-)MEFにおけるiPS細胞誘導の欠損をレスキューできることが示されました。

次に、OSNL and/or E7導入後のRbの状態を調べるためにウェスタンブロッティング解析を行ったところ、OSNLもしくはOct4導入は、有意なRbレベルの減少を引き起こし、caspase 8活性の阻害は、OSNL導入を介したRb減少を部分的にブロックすることが示された一方、ドミナントネガティブcaspase 3は、OSNL導入後のRb切断を有意にブロックすることが示され、caspase 3活性がRb切断に必要なことが示唆されました。

さらに、casp8-DN導入細胞におけるiPS細胞形成のレスキューは、OSNL+casp8-DN+E7を導入したIMR90細胞におけるRbのほとんど完全な分解と相関することも示されました。

次に、最近、癌抑制遺伝子であるp53とその下流遺伝子であるp21がiPS細胞形成プロセスに関与していることが示唆されていることから、これらの遺伝子の状態を調べてみたところ、p53もしくはp21タンパク質のcaspaseを介した切断は認められず、iPS細胞誘導間およびiPS細胞において、p53タンパク質レベルは有意に変化することがないことも示されました。

p21に関しては、初期(d3)における小さな一時的増加を除き、OSNL導入IMR90細胞において、より後の時期にp21タンパク質レベルの小さな減少が見られることが分かり、iPS細胞およびH9 ヒトES細胞においては、以前の報告と同様、完全に抑制されていることが示されました。

これらに対し、Oct4を導入したIMR90細胞においては、p53およびp21レベルの極小の変化が見られることも分かりました。

さらに、iPS細胞誘導プロセスにおけるRb抑制とp53抑制の効果を比較したところ、ドミナントネガティブp53をOSNLと共発現させると、2倍iPS細胞形成が増加し、Rb shRNAノックダウンと同等で、E7を介したRb抑制(5倍増加)よりも低いことが示されました。

また、マウスMEF細胞でも同様な実験を行ったところ、その結果は全く異なり、p53ノックダウンはiPS細胞形成を6倍増加させたのに対し、E7導入はiPS細胞形成を約3倍増加させることが分かりました。

なお、ウェスタンブロッティングにより、p53およびp21の明らかな誘導が見られ、HPV16 E7導入により、さらに強くなることが分かりました。

以前の研究で、Rbノックアウトはp19Arfの活性化を引き起こし、MDM2制御を介してp53およびp21発現を刺激することが示されていたことから、p19Arfの状態についても調べてみたところ、p19Arfは、passage 1もしくは2のMEFからのiPS細胞誘導のいかなる時期においても発現が見られないことが分かり、また、p19Arfは最終的に出現したマウスiPS細胞においても発現しておらず、IMR90細胞(<passage 10)由来のヒトiPS細胞誘導においても同様で、OSNLもしくはOSNL+shRbを導入した細胞においてp19Arfは見られず、Rbのノックダウンはp19Arf発現を促進しないことが示唆されました。





いや~おもしろい!!欠損するとiPS細胞が全くできなくなるようなiPS細胞誘導に必須な因子ってまだ意外に同定されていませんよね。

カスパーゼとは意外でしたね~。。Rbの阻害ということでなるほど納得です。

Rb以外の標的もあるようですが、何なのか気になります。

p53やp21ではないみたいですが、いずれにしろ、これらやRbのようなiPS細胞誘導の障壁を取っ払うのに必須なのかもしれませんね。





(11年3月14日追加)

ソーク研究所のJuan Carlos Izpisúa Belmonteらのグループにより、細胞リプログラミングにおける初期イベントとして、ヒトES細胞の特徴的な細胞周期特性が獲得され、細胞増殖の誘導がリプログラミング効率を増加させる一方、細胞周期の停止はリプログラミングを阻害することを示し、細胞周期の停止がヒトES細胞を不可逆的な分化に向かわせるのに十分であることも示した論文が発表されました。


Curr Biol. 2011 Jan 11;21(1):45-52. Epub 2010 Dec 17.

A high proliferation rate is required for cell reprogramming and maintenance of human embryonic stem cell identity.
Ruiz S, Panopoulos AD, Herrerías A, Bissig KD, Lutz M, Berggren WT, Verma IM, Izpisua Belmonte JC.

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21167714?dopt=Abstract


Belmonteらはまず、ケラチノサイトにOCT4, SOX2, KLF4, cMYC(OSKC)の4因子を導入して12日後に、Tra-1-60陽性、Tra-1-81陽性細胞集団は、Tra-1-60陰性、Tra-1-81陰性細胞集団と比べ、ヒトES細胞(H9)で見られるのと同様な細胞周期プロファイルを示すこと、ヒトES細胞と新生Nanog陽性iPS細胞におけるBrdU陽性細胞の割合が同様であることを明らかにしました。

次に、OCT4-GFPノックインH1ヒトES細胞株を分化させた線維芽細胞様集団の細胞(dFib-OCT4GFP)にOSKCを導入し、出現したGFP陽性ヒトiPS細胞コロニーは、樹立されたGFP陽性ヒトiPS細胞株と異なり、まだ転写的にヒトES細胞と同じではないことが分かり、完全に成熟していないことが示唆されました。

また、ヒトES細胞と初期GFP陽性ヒトiPS細胞では、BrdU陽性細胞の割合が類似しており、元の細胞集団よりも有意に高いこと、OSKC導入後10日より早くに高度に増殖するGFP陽性コロニーが検出できること、dFib-OCT4GFP由来のGFP陽性コロニーは、ケラチノサイト由来Tra-1-60陽性コロニーと同様、ヒトES細胞に匹敵するリン酸化H3陽性細胞の割合を示し、元の細胞集団よりも有意に高いことが示され、ヒトES細胞の特徴的な増殖能はヒトiPS細胞の作製において初期イベントとして獲得されることが示唆されました。


次に、G1-to-S phase transitionの制御に関与するタンパク質の制御がリプログラミング効率に影響するのか調べるために、pRb, CDK2/4, CycE1, CycD1/D2に対するshRNAをコードするレンチウイルスおよび異なる細胞周期タンパク質(p15, p16, p21, CycD1/D2, CDK1/2/4, CycE2)をコードするレトロウイルスをOSKCとともにケラチノサイトに導入してみたところ、pRbの発現抑制は約3倍リプログラミング効率を向上させること、おもしろいことに、CycE1(CDK2 activator)もしくはCycD2(CDK4 activator)を発現抑制するコロニーが見られなくなる一方、CDK2, CDK4もしくはCycD1発現抑制後ではリプログラミング効率の変化が見られないこと、細胞周期停止メディエーターであるp15, p16, p21を外来発現させるとほとんどiPS細胞コロニーが得られなくなること、CycD1, CycD2, CycE2(but not CDK1, CDK2 or CDK4)の発現は陸路グラミング効率を2倍以上増加させることが分かり、同様の結果がIMR90もしくはBJ線維芽細胞を用いても得られることが分かりました。

また、BJ線維芽細胞において、CycD1/CDK4を共発現させることで10倍までリプログラミング効率が劇的に改善すること、細胞増殖の変化がリプログラミング効率の変化と完璧に相関すること、CycD1, CycE2もしくはCDK4/CycD1の強制発現もしくはpRbの発現抑制は、解析の間ずっとS期に入る細胞の割合をコンスタントに増加させることが分かり、OSKCによって誘導され、S phase entryによって促進される細胞周期停止の低減が細胞リプログラミングを増加させる一方、細胞周期停止のさらなる誘導は逆効果を示すことが示唆されました。

次に、見られた増殖誘導後のリプログラミング効率の増加が、リプログラミングの率の加速によるのか、リプログラミングに寛容な細胞の数が増えたことによるのか調べるために、dFib-OCT4GFP細胞にOSKCのみ、OSKC+CycD1、もしくはOSKC+CDK4/CycD1を導入してみたところ、驚いたことに、どの場合でも約8日以内に最初のGFP陽性コロニーが現れ、細胞増殖の増加におけるリプログラミングの動態に違いは見られない(CycD1もしくはCycD1/CDK4を強制発現させた方がより多くのコロニーは現れる)ことが分かり、増殖率の増加は、リプログラミングプロセスの動態を変えるのではなく、リプログラミングに寛容な細胞数の増大を誘導することが示されました。


次に、ヒトES細胞において、Dox誘導システムによるp15, p16もしくはp21の発現後24時間以内にG1期にある細胞が増加すること(p21が最も劇的な効果を示した)、p21の誘導は持続的な細胞周期停止を引き起こす一方、p15もしくはp16の誘導は、G2, M, G1期にある時間を増加させること(それぞれ~40%、~30%)、10日間のドキシサイクリン処理によるp21の誘導延長は非増殖細胞への広範囲な細胞分化を誘起するのに対し、p15もしくはp16は、高度に増殖するヒトES細胞様コロニーが見られるが分化した非増殖細胞によって囲まれる中間状態になることが分かりました。

なお、これらの分化細胞ではOCT4が検出されないことも確認されました。

最後に、p21の1日のみの誘導でも、形態的にヒトES細胞様の細胞が分化細胞によって囲まれること、p21の3日間の誘導が広範囲な分化を誘導するのに十分であり、ドキシサイクリンを除くことで分化をレスキューできないことを示し、ヒトES細胞における細胞周期停止は不可逆的なプロセスであることが示唆されています。





細胞増殖の促進により、リプログラミングに寛容な細胞数が増えるという点がおもしろいですね。

以前のHannaらの論文やBelmonteらの論文と合わせて読むことをお薦めします。





(11年3月14日追加)

ワイツマン科学研究所のVarda Rotterらのグループにより、変異p53が体細胞リプログラミングを促進し、リプログラミング細胞の悪性度を増大させることを示した論文が発表されました。


J Exp Med. 2010 Sep 27;207(10):2127-40. Epub 2010 Aug 9.

Mutant p53 facilitates somatic cell reprogramming and augments the malignant potential of reprogrammed cells.
Sarig R, Rivlin N, Brosh R, Bornstein C, Kamer I, Ezra O, Molchadsky A, Goldfinger N, Brenner O, Rotter V.

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/20696700?dopt=Abstract


変異p53が体細胞リプログラミングを促進しリプログラミング細胞の悪性度を増大させる 」をご参照下さい。