ジーンターゲティングによるiPS細胞の樹立 | 再生医療が描く未来 -iPS細胞とES細胞-

ジーンターゲティングによるiPS細胞の樹立

相同組換えによって、ゲノム中の安全な場所にリプログラミング因子をターゲティングして導入することでマウスiPS細胞を樹立したという論文が、毎度おなじみ、マサチューセッツ工科大学(MIT)のRudolf Jaenischらのグループおよびハーバード大学のKonrad Hochedlingerらのグループにより発表されました。


彼らのグループでは、

複数の細胞種からの遺伝的に均一なiPS細胞の樹立

特定の組み合わせの薬剤誘導リプログラミング因子を持つマウス

で紹介したような‘secondary’systemを用いてiPS細胞樹立におけるリプログラミングを解析していましたが、以前の系で作製されたマウスというのは、複数(>7)のプロウイルスがランダムに挿入されており、リプログラミング因子の発現にバリエーションがあったり、世代交代の際に複数の導入遺伝子が遺伝的に分離してしまい系統の維持が難しかったりするので、今回の研究においては、リプログラミング因子全てを一つのベクターに載せ、ゲノム上の特定の位置にターゲティングして導入するという戦略が用いられています。

なお、以前、Oct4をこの領域に導入したマウスを作製していることもあり、両グループともcollagen type I, alpha 1(Col1a1)の3' UTR領域にターゲティングしています。


Nature Methods Published online: 13 December 2009
Single-gene transgenic mouse strains for reprogramming adult somatic cells
Bryce W Carey, Styliani Markoulaki, Caroline Beard, Jacob Hanna & Rudolf Jaenisch
http://www.nature.com/nmeth/journal/vaop/ncurrent/abs/nmeth.1410.html


We report transgenic mouse models in which three or four reprogramming factors are expressed from a single genomic locus using a drug-inducible transgene. Multiple somatic cell types can be directly reprogrammed to generate induced pluripotent stem cells (iPSCs) by culture in doxycycline. Because reprogramming factors are carried on a single polycistronic construct, the mice can be easily maintained, and the transgene can be easily transferred into other genetic backgrounds.


Nature Methods Published online: 13 December 2009
A reprogrammable mouse strain from gene-targeted embryonic stem cells
Matthias Stadtfeld, Nimet Maherali, Marti Borkent & Konrad Hochedlinger
http://www.nature.com/nmeth/journal/vaop/ncurrent/abs/nmeth.1409.html


The derivation of induced pluripotent stem cells (iPSCs) usually involves the viral introduction of reprogramming factors into somatic cells. Here we used gene targeting to generate a mouse strain with a single copy of an inducible, polycistronic reprogramming cassette, allowing for the induction of pluripotency in various somatic cell types. As these 'reprogrammable mice' can be easily bred, they are a useful tool to study the mechanisms underlying cellular reprogramming.


Jaenischらはまず、Rosa26遺伝子座にdrug-inducible reverse tetracycline trans-activator(M2rtTA)を持つES細胞に、Oct4, Sox2, Klf4, c-Mycの4遺伝子を2A self-cleaving peptideで繋いだ単一のポリシストロニック発現カセット(4F2A)をCol1a1の3' UTR領域に相同組換えにより挿入し、rtTAと4F2Aを1コピーずつ持つrtTA(1):4F2A(1)(1:1)トランスジェニックマウスを作製、交雑し、様々な組み合わせで導入遺伝子を持つマウス(rtTA(2):4F2A(1), rtTA(1):4F2A(2), rtTA(2):4F2A(2))を作製しました。

これらのマウスでは、31週齢まで腫瘍形成が見られず、他の健康的な問題も見られませんでした。

qRT-PCRにより、rtTAと4F2Aをともに1コピーずつ持つマウス胎仔線維芽細胞(MEF)における4F2A導入遺伝子の発現はドキシサイクリン処理により>100倍に誘導され、タンパク質の発現も確認されました。

なお、この際、Oct4とSox2の発現はES細胞と同等である一方、Klf4とc-Mycは3-4倍高いことも分かりました。

また、4F2A発現はコピー数およびドキシサイクリン依存的であることが示されました。(1:1<1:2<2:2)


次に、全ての組み合わせの導入遺伝子コピー数を持つマウス全てにおいて、様々な組織からのiPS細胞樹立能を調べたところ、1:1のマウス由来の場合、MEFからはiPS細胞が樹立できるのに対し、成体マウスからではどの組織からもiPS細胞が樹立できないこと、2:1のマウス由来の場合、成体の肝臓細胞とケラチノサイトからはiPS細胞が樹立できること、成体のしっぽ線維芽細胞、脾臓由来のCD11b陽性マクロファージ、骨髄由来のCD19陽性pro-B細胞(1:2)、小腸上皮、間葉系幹細胞(2:2)からは、2コピーの4F2A存在下でのみiPS細胞が樹立できることが分かり、細胞種によってiPS細胞樹立に必要とする因子発現量が違うか、もしくは、細胞種によってCol1a1遺伝子座における発現誘導に差があるため因子発現の閾値に達するためのコピー数が異なったということが示唆されました。


次に、1:2と2:2のマウス由来のCD19陽性pro-B細胞におけるリプログラミング効率を調べるために、d12-14でのアルカリフォスファターゼおよびNanogポジティブコロニーの数を計測したところ、1:2に比べて2:2の方が、100倍効率が高いということが分かりました。

また、ドキシサイクリン処理が長いほどNanogポジティブコロニーの数が増え、用いたドナー細胞の数に直接的に比例することが示されました。


さらに、「特定の組み合わせの薬剤誘導リプログラミング因子を持つマウス 」で紹介した論文のように、Sox2の代替物質を探索できるように、一部のリプログラミング因子のみを持つトランスジェニックマウスも作製しました。

Sox2を除く3因子を搭載した発現カセット(3F2A)で同様のマウスを作製したところ、このMEFではドキシサイクリン処理により~120倍で導入遺伝子の発現が誘導され、Sox2を搭載したレンチウイルス(pFUW-tetO Sox2)をさらに感染させることでiPS細胞を樹立できました。

これにより、Sox2プロウイルスを一つしか持たない4つのiPS細胞株(MEF 3F2A+S iPSC)を得ることができ、キメラ形成に寄与し、ジャームライントランスミッションすることが確認されました。

よって、将来的には、このような系を用いて作製された3F2Aを持つマウス由来の体細胞を、Sox2の代替物質を探索するために使用するといったことが考えられます。


最後に、loxP配列で挟まれた導入遺伝子を持つCol1a1 4F2Aターゲティングベクター(Col1a1 2lox 4F2A)を作製し、Cre recombinaseで処理することで、Col1a1の3' UTR領域に1つのloxPのみを残してベクターを除去できるようにしました。

このベクターを、Rosa26遺伝子座にrtTAを持つES細胞のCol1a1遺伝子座にターゲティングした後、recombinant cell-permeable Cre protein(HTN-Cre)で20時間処理して導入遺伝子を除去できることを示しています。

よって、このES細胞由来のマウスはベクター配列を持たないiPS細胞を樹立するためのドナーとして有用であると言っています。



Hochedlingerらはまず、Oct4, Klf4, Sox2, c-Myc(OKSM)の4遺伝子をこの順番でコードするドキシサイクリン誘導ポリシストロニックカセットを、Rosa26-rtTA ES細胞のCol1a1遺伝子の3' UTR領域にFlp recombinaseでターゲティングしました。(Collagen-OKSM ESCs)

このES細胞由来のMEF(Collagen-OKSM MEFs)、もしくは、同じポリシストロニックOKSMカセットを発現するドキシサイクリン誘導レンチウイルスベクターを2コピー持つROSA26-rtTA MEFs由来のiPS細胞から作製されたMEF(Lenti-OKSM MEFs)を、ドキシサイクリン存在下で培養したところ、両方のMEFからもiPS細胞が樹立できることが示され、Collagen-OKSM MEFsはLenti-OKSM MEFsよりも約10倍の効率でiPS細胞コロニーを作ることが分かり、Collagen-OKSM MEFsからは外因性のOct4が均一に発現するのに対し、Lenti-OKSM MEFsでは一部でしか見られないことと一致しました。


次に、リプログラミングを受ける細胞を追跡するために、Collagen-OKSM MEFsにレンチウイルスでtdTomatoを導入し、明るい赤色蛍光を示す細胞を単一細胞濃度でフィーダー細胞上にまいてみたところ、ドキシサイクリン添加後最初の48時間以内に、4リプログラミング因子を発現するMEFは、より小さく、より速く増殖することが分かり、d4から6の間に合体した細胞のクラスターとなり、d8から14の間にiPS細胞コロニーが出現することが分かりました。

また、様々なタイムポイントでドキシサイクリンを除くことで、最初の安定したリプログラミングを受けた細胞がd7までに現れることが分かり、以前のレンチウイルスベクターを用いた報告と一致しました。

なお、d7より前にドキシサイクリンを除いたものでは、線維芽細胞様の形態に戻り、増殖が止まってしまい、そのような細胞に対して、1週間後、再度ドキシサイクリン処理しても安定なiPS細胞コロニーを得ることはできず、リプログラミングに対して抵抗性を持つようになっていることが示唆されました。

(増殖能の消耗のせいかと推測している)

また、このことから、以前報告されたような‘partially reprogrammed cells’は、因子を介したリプログラミングの間に共通して起こる現象ではなく、むしろレトロウイルス導入遺伝子の不完全なサイレンシングの結果であり、多能性を獲得することなく細胞増殖が持続していることが示唆されました。


次に、Collagen-OKSMキメラをOct4-EGFPレポーターを持つマウスと交配させ、生まれてきたマウスを‘reprogrammable mice’と名付けました。

reprogrammable miceの中には、大部分が未分化なテラトーマであると組織学的に判定される活発に成長する腫瘍が一つ発生するものが見られ、この表現型は、不特定の細胞種におけるleakyな導入遺伝子発現のせいであると考えられ、体細胞の多能性細胞へのリプログラミングはin vitroだけでなく、in vivoでも起こり得ることが示唆されました。


次に、Collagen-OKSM-Oct4-EGFPリプログラミングシステムを評価するために、新生仔のしっぽ線維芽細胞(TTFs)をドキシサイクリン存在下で培養したところ、約0.1%でEGFPポジティブなES細胞様コロニーの形成が見られることが分かり、また、MEFsと比べてTTFsのリプログラミング効率が低いのはリプログラミングカセットの不完全な再活性化に起因するものではなかったことから、以前の報告と同様、新生仔細胞と比べて胎仔細胞はリプログラミングを受けやすいことが示唆されました。

また、TTFsのリプログラミング効率は、血清代替物質(SR)を用いた場合、約2倍改善することも分かり、フィーダー細胞を用いない場合、SR培地中で増殖するTTFsは最適なリプログラミング効率に達するためには濃い濃度で細胞をまく必要がある(血清培地では~1,000細胞/平方cmなのに対し、SR培地では~10,000細胞/平方cm)ことも分かりました。

これらより、リプログラミングは完全にcell-autonomousではなく、培養環境からの抑制的・支持的シグナルの両方に影響を受けることが示唆されました。


また、Rosa26-rtTA遺伝子座がホモなCollagen-OKSM TTFsは、リプログラミング効率が0.5-1%に達し、ヘテロ細胞よりも速くリプログラミングされることがドキシサイクリン非依存的なGFPポジティブコロニーのより早い出現により示され、導入遺伝子発現がより高い方が、リプログラミングの動態と効率の両方が向上することが示されました。


次に、成体のreprogrammable miceから様々な種類の造血細胞を採取してみたところ、Rosa26-rtTAとCollagen-OKSMの両方がヘテロな、成熟したT細胞とB細胞および顆粒球からは一貫してiPS細胞が得られないが、単球からはこの遺伝子型であっても時折コロニーが得られることが分かったのに対し、Rosa26-rtTAがホモなCollagen-OKSMヘテロ細胞では、テストした全ての細胞種でiPS細胞が得られ、その時の効率は0.01%(B細胞)から0.3%(単球)であることが分かり、終末分化血液細胞のリプログラミングには高いレベルの因子発現が必要とされるのに対し、Rosa26-rtTAヘテロマウス由来の造血幹細胞や単球-マクロファージ前駆細胞では高率(5-10%)でiPS細胞が樹立できることから、「特定の組み合わせの薬剤誘導リプログラミング因子を持つマウス 」の後半で紹介した論文で同グループが示した通り、リプログラミング能は分化段階と逆相関することが示唆されました。

ちなみに、Rosa26-rtTAホモマウス由来の造血幹細胞からは40%でiPS細胞が得られ、現在、成体幹細胞の中で最も高率であると言っています。


最後に、顆粒球はgranulocyte-macrophage colony stimulating factorの存在下でiPS細胞になれないこと、Rosa26-rtTAヘテロな造血幹細胞と顆粒球-マクロファージ前駆細胞はサイトカインなしだと3-4倍低率でリプログラミングされるが、Rosa26-rtTAホモな造血幹細胞と顆粒球-マクロファージ前駆細胞ではこのような効果が見られないことから、造血細胞の生存と増殖を支持する細胞種特異的なサイトカインの存在下もしくは非存在下で、同じように血液細胞がリプログラミングできることが示され、リプログラミング因子の高い発現は、サイトカインによって供給されるシグナルの代替となることが示唆されています。





早さを競っていて、中途半端な部分もありますが、両方合わせて見ると、とてもおもしろいですね。

ヒトで、安全なゲノム領域へのターゲティング&Cre/loxPによる導入因子の除去でiPS細胞ができれば、ジェネティックにもエピジェネティックにも安定していると考えられ、標準化しやすく、また、うまくやれば安全性と効率が両立できるのではと考えられます。

ただ、ヒトではマウスと同様のストラテジーは難しく、Zinc Finger Nucleaseみたいな手法を用いる必要があると思われます。しかし、このようなマウスでの実験も、予備実験として非常に重要であると思います。

ガン化の長期観察などの安全性検査により、より安全なコンストラクトやターゲティング部位の探索に寄与できるかもしれませんし。

それにpartially reprogrammed cellの新しい解釈もなかなか興味深いですね。