ピアニストを撃て(’60)
監督は、フランソワ・トリュフォー
人生に絶望していた元天才ピアニスト、シャルル・アズナヴールは、パリの小さなカフェでピアノを弾いていた。
店の給仕女マリー・デュボワとの恋であったり、弟のトラブルによるギャングとの抗争であったり
揺れるカメラ、アメリカのB級映画を思わせるハチャメチャなストーリー、脈絡のないカット
いいですね(笑)
冒頭、シャルルの弟が、見ず知らずの中年男性の結婚生活のこと聞くというシーンがあるのですが、
物語の流れとは全く関係ありません。
なのに、ちょっといい話したりするんです。
「本当に妻を愛したのは結婚して2年目です。初産で病院へ行き、私は枕元にいて妻と赤ん坊を見ていた。」
「そこから本当の人生が始まったのです。」
え~ 物語の流れとは全く関係ありません(笑)
ギャングも安んです。
シャルルとマリー・デュボワを車で連れ去るんですけど、なぜか車中で、女の話で盛り上がります。
「父親が横断歩道を渡っているとき、女性のミニスカートに目を奪われ、車に引かれて死んでしまった」
「自分も父の血を引き継いでいて、風が吹いてドレスがめくれたり、女性がバスに乗るときに、目を奪われてしまう」
ワハハハ~ なんか和やかな車中なんです。いいですね~ このとぼけた感じが。
シャルルの心の中のつぶやきも可笑しくて、マリーの手を握ろう、一杯誘おうとするんですけど、なかなかうまくいかない。
指を折って、カウントダウンして勢いつけようとしたり
「黙っててはだめだ臆病だと思われる。いや沈黙こそ愛だと彼女ならわかる」
面倒くさ~い(笑)
「一杯どうだい?」
と、言った時にはマリーはどっか行っちゃてる。
私、これ経験あります(笑)
ちょっととぼけてて、ちょっとズレてる。
シャルルがベッドの中で胸を丸出しにしている娼婦に対して「映画ではこうするのさ」と言って
シーツで胸を隠すシーンがあるんですけど(上の画)
当時の映画における性の表現の偽善に対するトリュフォー監督の皮肉だそうです。
実際、この映画以降ベッドシーンで女性の胸をシーツで隠す演出が無くなったそうな。
へ~ そうなんだ・・・・
フランソア・トリュフォー監督作品
あこがれ(’58)
大人は判ってくれない(’59)
アントワーヌとコレット(’62)
夜霧の恋人たち(’68)
映画に愛を込めて アメリカの夜(’73)
※参考Wikipedia
かつては名ピアニストとして名を馳せながら、妻の自殺によるショックで現在は場末の店でピアノ弾きをする男。彼は自分に好意を抱く女性と共に事件に巻き込まれる。
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