第2外国語への手引き(第15回:ドイツ語の2つの受動態) | Prof_Hiroyukiの語学・検定・歴史談義

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<本記事を引用された場合、その旨を御連絡頂けると有り難いです。>

本シリーズでは、英語にまつわる外国語(ドイツ語・フランス語とその周辺)について、

第9回http://ameblo.jp/prof-hiroyuki/entry-10549557991.html

第10回http://ameblo.jp/prof-hiroyuki/entry-10549593471.html

(現在)完了形

第12回http://ameblo.jp/prof-hiroyuki/entry-10561193856.html

第13回http://ameblo.jp/prof-hiroyuki/entry-10561325012.html

(現在)進行形に関する記事を書きました。


今回はやはり受動態(受身)について触れなければなりませんが、着目するべきはドイツ語の受動態に2種類が存在する事です:


(1)「動作受動態」: werden(英become)・・・+他動詞の過去分詞

Das Tor wird von ihm geschlossen. (英The gate is shut by him)

(2)「状態受動態」: sein(英be)・・・+他動詞の過去分詞

Das Tor ist den ganzen Tag geschlossen. (英The gate is shut the whole day)


不思議です。英訳からも分かりますように、(1)こそが英語で言う「受動態」。それにも関わらず、英語の受動態助動詞はbecomeではなくbeが生き残っています。そうです。生き残っているのです


文献[1]によれば、実は古代英語から18世紀ごろまででは、英語も「動作受動態」と「状態受動態」の2本立てでした:

(1)「動作受動態」: become過去分詞

(2)「状態受動態」: be過去分詞

17世紀からいわゆる「ごちゃまぜ」になってしまった様です。口語においてですが、動作受動にget, grow、状態受動にlie, remain, standなどが使われたのも拍車を掛けたらしいのです。


それに、多かれ少なかれ、後で示す「フランス語の受動態」の影響も有るでしょう。そこで、英語と関連の有るロマンス語であるフランス語とその近縁の言語での受動態も見て参ります:


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フランス語: e^tre(英be)+他動詞の過去分詞+par, de

スペイン語: ser(英be)+他動詞の過去分詞+por, de

イタリア語: essere(英be)+他動詞の過去分詞+ da

(未来リンク:例文については第19回http://ameblo.jp/prof-hiroyuki/entry-10579929505.html の記事も御覧下さい)

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見事に揃っています。そして現在の英語と全くの同形式であり、確かに英語のbecomeからbeへの傾倒が、これら(特にフランス語)の影響を受けたものだという可能性が示唆されます。

なお、スペイン語ではbe動詞に相当する動詞としてser(英be)の他にestar(英be)が有りますが、これも受動態に使われます。


では、元のラテン語ではどうだったのかというと、「受動態活用」という専用の活用が有りました。丁度、今の英語などで現在形と過去形とが「別の語幹」を持って独自に活用しているのと同じです。


(例)amare愛する, amari愛される


困ったことに、これは現生の言語とは全く異なるシステムです。これですと、英語・ドイツ語などの「ゲルマン諸語の受動態」とイタリア語・スペイン語など「ロマンス諸語の受動態」が共に存在を表わす基本動詞を助動詞に持って来る「迂言法(複数の語で一つの機能を持たせる表現)」になった経緯を説明する事が出来ません。


しかしラテン語においても、少なくとも口語のレベルでは、どうやら迂言的用法(be動詞に相当する動詞+分詞などの動詞派生語)も同時に行われていたというのです。第12回 で示しました様に、遠戚であるはずのケルト語派のウェールズ語など他の言語にもこの迂言法は見られます。ですので、ゲルマン諸語とロマンス諸語とで受動態の形式が(動作・状態の区別を別とすれば)揃っているのはおそらく偶然ではなく、ずっと以前から備わっている形式という可能性は高いでしょう。


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第2外国語をドイツ語とした場合、他のヨーロッパ言語の第2外国語候補に比べて受動態の面では若干の違和感があるでしょう。しかし、それはbe(sein),become(werden)動詞の区別・置き換えさえ納得すれば、過去分詞を用いた迂言的用法という事もあって些細なものに違いありません。


参考文献:

[1]三好助三郎:「新独英比較文法」,郁文堂,1977.

[2]ジュゼッペ・パトータ:「イタリア語の起源」,京都大学学術出版会,2007.