あすか・よしの談義(第7話:英語の大母音推移) | Prof_Hiroyukiの語学・検定・歴史談義

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<本記事を引用された場合、その旨を御連絡頂けると有り難いです。>

(第6話から続く)


Y「こう見ていきますと、『スペルと発音の対応』に関しては、本当にドイツ語はきっちりとしていますね。

規則性を高めるために、国を挙げて正書法まで修正してしまう訳ですから。

英語も見習ってもらいたいものですね。」


H「英語も昔はそれほど酷くはなかったのです。ただ、15世紀中頃に印刷技術の発達によって書き言葉が固定した後に、16世紀を中心とした百年ちょっとである発音上の『急激な変化』が起こりまして・・・」


Y「かといって、今回のドイツみたいに『一斉に修正を知らしめる』だけの宣伝能力は国家にはなく・・・というのですね。で、その『急激な変化』とは?」


H「大母音推移という現象です(※宜しければ3/23の記事 の中ほどあたりも御覧ください)。Yさんは、海seaと見るseeとは今は同じ発音ですが、昔は異なる発音だったということは理解出来ますか?」


Y「スペルが異なるから発音が異なる・・・という事なのでしょうね。」


H「seaは口の広い『セー』,seeは口の狭い『セー』でした。カタカナ発音で申し訳ないですが、ドイツ語やフランス語の発音と似ていると思いませんか?」


Y「どうもそちらの方が『本来の発音』っぽいですね。で、『eよりもaの方が口が広い』から『eeよりもeaの方が口が広い』・・・と。」


H「それは重要なポイントです。口が広い→口が狭いという変化には2パターン有って、

「ア」→「エ」→「イ」 と「ア」→「オ」→「ウ」 と口を狭くするに従ってそう変化する事が確認出来ますか?」


Y「まあ、その様ですね。」


H「そして、この変化が母音推移の流れでした。

『アー』が『エー(エイ)』になり、

『エー』が『イー』になり、

『イー』の行き場が無くなって二重母音『アイ』になりました。

あるいは、『イー』が『アイ』になって『イー』の位置が空いたから『エー』が『イー』に変化して流れ込んだ・・・」


Y「ちょっと待ってください!ややこしくて何のことだか・・・」


H「では、アルファベットに目を向けてみましょう。最初の文字aはドイツ語では『アー』、英語では『エイ』ですね。」


Y「これって、『アー』が大母音推移によって『エー』に変化した事に対応していますね!」


H「そうです。そしてeはドイツ語では『エー』英語では『イー』、

iはドイツ語では『イー』英語では『アイ』ですね。」


Y「これらも大母音推移による変化に見事に対応していますね!」


H「ローマ文字”a”を『エイ』と発音するのは英語だけ。あとのヨーロッパ言語は原則として『ア(ー)』です。そこにも英語の特殊性が窺えますね。

もっと具体的に例を挙げますと、”name”。これはドイツ語では『ナーメ』、英語では『ネイム』と発音し、意味もスペルも同じです。当然、大母音推移以前には英語でも『ナーメ』と発音されていたという訳です。」


Y「何とか分かりました。ドイツ語は英語に比べて遙かに発音の変化が小さいという事も言えそうですね。」


H「イギリスが激しすぎたとも言えますね。11世紀にフランス語を話す人達に支配(ノルマンディー征服,1066年)をされ、公用語から消滅した事もありましたからね。」


Y「何とか生き残ったけれども、語彙はフランス語に可成り浸食された・・・と。」


H「議会による英語の公的復活は14世紀後半(1362年)、書き言葉が抑制されていたために英語自体の文法も語尾がなくなるなどの変質を受け、さらにその後で大母音推移・・・ですか。」


Y「語彙・文法・発音全てが数百年で劇的に変化してしまったのですね。」


H「ただ、ここまでのどう言いますか・・・洗礼を受けてきたからこそ文法は易しくなり、世界語として幅広く受け入れられる素地が出来たのだとは少なくとも言えそうですね。」



参考文献:「英語の歴史」,渡部昇一,大修館書店,1983.